第12話 先輩剣士の来訪
マノンがセラと思い出話に花を咲かせていると、ついにタリス家の建物が見えてきた。
「あ、先輩、あれがタリス家です」
マノンが指差すと、セラは圧倒されたように口を開けた。
「聞いていた十倍の大きさだな……。さすが、家主が魔法協会の長なだけある」
「えっ……? 魔法協会の長って……イーサン様が、ですか……?」
「ああ。もしかしてマノン、知らなかったのか?」
「は、はい……。お恥ずかしい限りです……」
さも当然とばかりに尋ねてくるセラ。マノンは穴があったら入りたかった。
そういえば、ニーナの兄であるジークが魔法協会の会長の助手をしている、と以前言っていた気がする。魔法協会の助手なんてすごいと思っていたが、今思えば父親の助手をするのは息子として半ば当たり前なのかもしれない。
マノンが恥ずかしさのあまり縮こまっていると、
「剣士協会と魔法協会は色々あるからな、剣士協会でも魔法協会絡みの話はなかなか出ないし、仕方ないな」
と、セラが苦笑した。
タリス家に着いて離れ家――稽古場に入ると、そこには素振りの練習をするニーナがいた。マノンたちに気づいた彼女は、しびれを切らしたように駆け寄ってくる。
「マノン! 待ちくたびれましたわ、早く稽古を――」
ニーナの言葉と足は途中で止まった。マノンの隣にいるセラを目に止めたからだろう。彼女の瞳が驚きの色で染まる。
そんなニーナに、セラは胸に拳を当てて剣士流の礼をした。
「ご無沙汰しております。剣士協会所属、第一剣士、セラ・クシフォでございます」
「マノン、一体どういうことですの……?」
セラを見ていたニーナがマノンに視線を移す。
「わたしが頼んで、先輩に来ていただいたんです。見習い剣士としてのわたしじゃなくて、侍女としてのわたしを見ていただきたくて」
そう言ってから、マノンの胸に突如として申し訳ない気持ちが湧き上がってきた。イーサンとカミラ夫妻には事情を説明してあるものの、やはりニーナにも説明するべきだっただろうか。
「お嬢様の許可も無しに、申し訳ありません……!」
反射的にマノンは頭を下げて謝罪する。ニーナの立場に立って考えれば、自分だけ事情を説明されていない状況はやはり気持ちの良いものではない。
だが、ニーナに説明した時に自室にこもってしまったり、セラを追い出そうとしたりされてはマノンの計画が水の泡である。
ニーナが怒り出してしまうかどうか、マノンは頭を下げたままドキドキしてしまう。
ニーナが深く息を吐く音が聞こえた。やはり、怒っているだろうか。
「そういうことでしたのね……。大丈夫ですわ、マノン」
ニーナの思いがけない言葉に、マノンは驚いて顔を上げた。ニーナはマノンに優しい微笑みを浮かべたまま、今度はセラに視線を移した。
「セラさん、と仰いましたか? 先日はわたくしもつい感情的になってしまって、申し訳ございませんでした。マノンの先輩であるあなたに向かって少々失礼な物言いだったと、反省しておりますわ」
「いえ、私の方こそ初対面にも関わらず酷い言動をしてしまい、大変申し訳ありませんでした。首を斬れと言われればいつでも――」
「せ、セラ先輩!?」
「そ、そんなこと、言いませんわ!! 何もあなたの命まで奪う必要はこれっぽっちもないですもの!」
セラの衝撃的な発言に、ニーナはもちろんマノンも驚いてしまう。
剣士協会にいた時でさえ、セラは首を斬る、腹を斬る、と言ったような自分自身の体をもって命を落とすような発言はしたことがなかった。マノンの記憶が正しければ、むしろそういった発言を軽々しくすることに対して嫌悪感を抱いていたように思える。
それほど、セラはニーナに対する言動を反省しているということなのだろう。
「初めてマノンが遠くに行ってしまって、きっとすごく不安で心配なさっておられたのでしょう? そんな時にわたくしがあんな言動をとっていたら、マノンを振り回していると思われても仕方ないですわ」
「三年前、私が第二剣士の時の実習でこちらに伺っていれば、こんなに心配することもなかったのですが、私の時は違う家の方でしたので……」
目を伏せて悔いるセラは、しかし首を横に振った。
「いえ、だからと言って、ニーナ嬢に失礼な言動を取っていい理由にはなりません。大変申し訳ありませんでした」
「あ、頭を上げてくださいな! 感情的になってしまったわたくしにも原因はありますわ!」
「お恥ずかしながら、本日はタリス家でのマノンの様子を拝見したく、お邪魔いたしました。私はただの傍観者ですので、お気になさらず」
「そうでしたのね……。マノン、そうならそうと言ってくださればよかったのに」
「お、お嬢様が先輩を見て逃げたり部屋にこもったりなさったらどうしようと思いまして……。申し訳ありませんでした……」
ここまで言われてしまえば、マノンも正直に事情を話すしかない。変に嘘をついたところでマノンにとってもニーナにとってもプラスになることはない。
マノンが事情を説明して謝罪すると、ニーナは少し困ったような顔をして、
「別に怒ってはいませんけれど……。承知しましたわ、セラさん。ゆっくりなさってくださいな」
「ありがとうございます」
セラが頭を下げるのを見てから、ニーナは鞘から剣を抜いてマノンを見据えた。
「さ、マノン師匠、剣術の稽古をお願いいたしますわ」
「はい、やりましょう、お嬢様」
マノンも腰の鞘から抜刀し、ニーナに向き直った。




