月光の大樹
宵闇にどこからともなく襖が現れる。
深い森の中で一層際立つそれは、シャランという鈴の音とともに勢いよく門戸を開く。はじけだされるように、咲夜が転がり出る。
「ッとと。なんなんだいきなり!ってここはどこなんだよ」
暗闇に包まれた深い森にただただ圧倒される。
街頭やネオンに照らされぬ一人きりの夜をこんなに怖いと思ったのはいつ以来だろうか。
用を終えたのかいつのまにか襖はひっそりと消失していた。
「いやいやいやいや。ありえないって。いきなり襖は現れるわ、森にほおり出されるわ。夢なればどれほどよかったでしょう~とはこのことかよ、クソが」
場に自らを慣らすため咲夜は揚々(ようよう)と独り言でごまかしてみるが、己の体の震えまではごまかせない。しかしなぜだろうか、妙に既視感のある森だ。
「前に来たことがあるのか、、?そもそもここは現代日本なのか、、?」
薄暗い森の中に一本の獣道を見つける。
やはり既視感がある、が、違和感にも包まれている感覚。
先へ進めとばかりに背後からつむじ風が吹いた。
「はいはい。わかったよ、わかりましたぁ!行けばいいんだろ行けば」
己を鼓舞しようと悪態をつきながら進む咲夜。生い茂った草木をかき分けながら前に進んでいくと一面の開けた場所に出た。
「なんでこの景色がここにあるんだ、、」
先ほどとはうって変わって宵闇を明るく照らす月光のもとに、雄大な桜の木がそびえたっている。樹齢1000年は軽く超えるだろうかともとれるその大樹を前に、咲夜は驚愕を隠せずにいた。
「子どものころに夢に出てきた桜の木だ、、」
なぜ忘れていたのだろう。あの獣道からこの大樹までのルートを咲夜は何度も夢に見ていた。薄桃色の花びらを満開に咲かせたその桜の木のふもとには確か、、
「******がいるんだ」
自分の口から言葉にならない言語が発せられた。桜の木のふもとを目にしようと凝視した咲夜に突如、激しい動悸が襲う。
「い、息が、、、。******がいるはずなんだ。******」
動悸だけではない。
ひしゃげるようなのどの痛み。狂おしいほどの頭痛。沸騰するのではないかと思えるほどの血液。もはや人の形をとどめているのが奇跡だと思えるくらいの悪辣に身を割かれ、盛大に地に伏した咲夜のもとへ進んでくる影が一つ。
「やはり運命には逆らえないノカ。これ以上苦しむ姿は見たくナイ。ナラバ・・・」