【閑話休題】ハイデとイルゼ
炎をイメージさせる文様が彫られた扉をノックする。
「獣騎士イルゼ、入ります。」
「入れ。」
低音だが艶のある声が返ってくる。
入室すると褐色、銀髪の女性が執務机の正面に位置するソファに腰かけワインを飲んでいた。
私が敬愛する上官、ハイデ様だ。
「夕食は終わったのか?」
「はい。ヤクモはハンナとともに部屋に戻りました。」
「そうか。イルゼも一杯どうだ?」
「いえ、結構です。食事の際にいただきましたので。」
ハイデ様が座るよう促したので、ソファに腰をかける。
「しかし、えらく粧し込んでいるじゃないか? それに、もう名前を呼び捨てにする関係になったのか?」
「えっ、あっ、それは・・・」
「あははは、イルゼは、ああいう真面目そうな男が大好きだからな。」
「からかわないで下さい。ただ弟のように感じているだけです。」
ハイデ様の潔い為人のせいだろうか、からかわれているが不快には感じない。
「ヤクモ殿に関して報告致します。」
「うむ。」
夕食の際の会話の内容とヤクモの為人を報告する。
特に、戦争に参加したくない旨の発言を詳細に報告した。
ハイデ様は、私の報告に真剣に耳を傾けていた。
「なるほど、イルゼが、あの男を気に入ったのがよく分かった。」
「ハイデ様!」
「すまない。ヤクモが政に興味を持っているなら、書物庫の利用を許可してやるとよい。上手く育てれば次の作戦に役立つかもしれないな。あと、行動する際には必ずハンナを随行させてくれ、以上だ。今日はご苦労だったな。もう下がってよいぞ。」
「分かりました。」
ハイデ様が私に労いの言葉をかけた時の表情には頬笑が浮かんでいた。
部屋を退出した後、改めてヤクモのことを考える。
ヤクモが魔界に運び込まれて以来、ハンナとともに世話をしてきたことや剣術の師であるハイデ様の血を受けていることもあり、彼のことは弟のように思っている。お茶や食事の際の印象だが、何かを成し遂げるような可能性を感じた。
ヤクモには、できれば大成して欲しいと思う。そのためには自分にできる限りの援助をするつもりだ。
お姉ちゃんは応援しているからね!
疲れているはずだが、気分は高揚しており足取りは軽い。
明日からのことをあれこれと考えながら、自室に向かった。