そして食事会へ
部屋に戻るとハンナが衣装棚より服を取り出し、私に差し出した。
「こちらが正装になりますので、お召し変え下さい。」
「食事をするのに、いちいち着替えるの?」
「獣騎士様との食事ですので、正装されるのがよろしいかと存じます。」
あっ、そういうものなんだ。
そういえば上官から食事に誘われたことなんか一度もなかったなぁ・・・
「了解です。」
ハンナが退室していく。
優秀だなぁ・・・ 1度目の着替えのやり取りで、私には着替えの手伝いが必要ないことを理解し行動に反映させている。簡単にできることじゃないよなぁ。まぁ、単に私とハンナの思考回路が似ているだけという説もあるけど・・・
予め衣装棚に準備されていた正装を確認したが、今着ている服とデザインはあまり変わらない。
違うところといえば布の厚みと縫製の丁寧さ、そしてフロックコートの様な襟がなく丈の長い上着と磨かれた黒い短靴が用意されていることぐらいだ。
手早く身支度を済ませ、ハンナを室内に呼ぶ。
「準備はできたけど、スカーフの巻き方は、これで合ってる?」
「よろしいかと存じますが・・・ 少し曲がっております。」
ハンナが私の首に手をまわし、スカーフを直してくれる。
なに、これ。なに、これ。美人メイドが歪んだスカーフを直してくれて、顔と顔の距離がすごく近くて・・・ 異世界・・・ いいね!
再びハンナの案内で移動を開始する。
案内されたのは幹部食堂と表示された大きな部屋だった。
ハンナによれば、ここは獣騎士や獣魔導士等が使用できる幹部食堂の特別個室で、騎士や魔導士は騎士食堂、兵士は兵士用の大食堂でそれぞれ食事をするのだそうだ。
ちなみにメイドや執事、料理人には専用の食堂があり、そこで食事をするとのことだ。
個室では、黄色を基調としたバロック風の簡素なドレスで着飾ったイルゼが出迎えてくれた。ドラマの受け売りなので、詳細は分からないが、すっごく似合っていることだけは確かだ。
なんて、エレガンス。この人、美人すぎないか? 私的にはケモミミもポイント高いし・・・ 谷間が少し見えているし・・・ 本当に奇麗な人だなぁ・・・
「あらあら、まぁまぁ、正装もよくお似合いですね。」
笑顔が眩しいなぁ・・・
ハンナに促され、イルゼの対面の席に着くと、食事が運ばれてきた。
以前の食事と異なり、前菜から順に料理が出されてくるようだ。
給仕をするメイドがワイングラスに赤い液体を注いでいく。
イルゼが蕩けそうな微笑みを湛えている。
お互いにグラスを掲げ乾杯する。
「ヤクモ、これからよろしくお願いしますね。」
笑顔につられて返事をする。
「了解です。」
だらしない顔をしていたに違いないが、こんな美人に見つめられたら鼻の下が伸びるのは仕方がないと思う。
給仕のメイドから、饗応される料理が説明された。
ドラマの受け売りの知識だが、いわゆるフランス料理のコースメニューだ。
オードブルとしてニジマスの燻製の角切り野菜のせ、ジャガイモのポタージュスープ、ポワソンはニジマスのムニエル、アントレとしてグロスチキンのロースト、そしてデザートは林檎のコンポート、食事の最後に紅茶が出されるようだ。
私にはフランス料理を愛する舌も心も持ち合わせていないが、料理人の努力が結晶しているであろうことは理解できた。
大体、人が一生懸命作ってくれた料理にいちゃもんをつける奴に食事をする資格はないと思う。「この鴨のローストは出来損ないだ、食べられないよ」なんて台詞を偉そうに言う奴は飢えて死ねばいい。
私のように毎日毎日、雨にも負けず風にも負けず、コンビニ弁当を主食としていた人間からすれば、黙っていても食事が提供されるだけで天国だ。
見るからに美味しそうな料理が運ばれてくるが、食べてばかりではイルゼに失礼なので質問してみる。
「イルゼ様は獣騎士ということですが、もう長いのですか?」
「そうね、獣騎士に叙せられて50年というところかしら。それまでは騎士として働いていたのだけれど、ハイデ様に拾っていただいて以来、獣騎士としてお仕えています。私の体術の師はハイデ様なのですよ。」
私に放った鋭い斬撃はハイデ譲りという訳か・・・ 獣将軍に逆らうのは止めておこう。
そして何よりも大切なことだが、イルゼの年齢が非常に気になったが、初対面に近い女性に年齢を聞くのは絶対アカンやつだ。今後の人間関係を考慮して質問しないでおこう。大体、この世界の寿命が分からないから聞いたところでどうしようもない。
「イルゼ様はどのような魔術が使えるのですか?」
「火と風の2種類よ。」
「5属性の魔術に序列はあるのですか?」
「攻撃力のある火と雷が最上位で、次に風、その次が水、そして大きく下がって土魔術の順番かしら?」
ほうほう、分かりやすくて良いね。大体、多種多様な無属性魔術なんて都合良すぎじゃね? 敵の足元の摩擦係数を減らすとか離れた場所の物体を手元に引き寄せるとか、それって魔術じゃなくて超能力じゃね?
「イルゼ様は政治にも関わっておられるのですか?」
美味しそうにムニエルを食べるイルゼが、静かにナイフとフォークを置き、答える。
「政には専門の文官がいるの。だから私は騎士隊長として軍の任務に専念させてもらっているわ。」
料理を味わう時の笑顔と任務の説明をする時の表情のギャップが萌える。
政治部門と軍事部門が明確に分かれているのか・・・ てっきり、軍事政権で軍人が全てを掌握しているかと思った。
えっ、イルゼ様、隊長なの? どうりで皆が敬礼する訳だ・・・
続けて質問する。
「獣王城以外にも軍事や政治の拠点はあるのですか?」
「太守や代官を派遣して、地方の隅々まで管理しているわ。」
ふむふむ、地下文書庫勤務も魅力的だが、代官としての地方勤務も魅力的だ。まっ、城外での勤務が認められればの話だけどね。
でも、私は2例目な訳だし、城内勤務が確定している訳ではないはずだから、地方勤務が認められる可能性はゼロじゃない。あきらめるな、自分に負けるな。魔力が基準を満たしていれば地方勤務を希望して、満たしていなければ地下文書庫の勤務を希望すればいいだけだ。
自分の思考に満足しながら、鴨肉のローストを平らげた後にイルゼから質問された。
「ヤクモは政に興味があるのかしら?」
「興味がある訳ではないのですが、戦争には参加するのは懲り懲りです。魔族が平和に暮らせるような世界の構築に関わる仕事に従事したいです。偉そうなこと言いましたが、私には政治の経験があるわけではないので、何が出来るか分かりませんが・・・」
理想に向かって、それっぽいことを発言してみました。
「まあ、そうなのですね。すばらしいわ。あなたこそ次の作戦にふさわしい人材だわ。」
眩しすぎる笑顔が私を見つめている。
あれ? 盛りすぎたか? 次の作戦ってなに? ふさわしい? いやいやいや、っていうか、イルゼ様、軍事機密が駄々洩れですよ。
その後も料理人を呼びつけるようなトラブルや調理室に怒鳴り込むような料理が提供されることもなく、食事はデザートと紅茶で締めくくられた。
イルゼとの食事で、魔術の概要や国の運営は政治部門と軍事部門が分かれており、地方まで支配が行き届いていること、時期は不明だが何やら大きな作戦があり、それは純粋な軍事行動ではないことなどが分かった。
そして、イルゼの胸が立派であることも。
「本日は、ありがとうございました。とても楽しかったです。また誘っていただけると嬉しいです。」
イルゼに礼を述べる。
「こちらこそ、とても楽しかったわ。また、ご一緒して下さいね。」
イルゼは、私にそう言うと個室を後にし、その後、ハンナに案内されて部屋に移動した。