そしてお茶会へ
お茶の準備のためハンナが退室し、私とイルゼも中庭に移動を開始する。
中庭まで移動する間に、何人かとすれ違った。
獣耳の者、服を着て2足歩行している獣、そして褐色の者。
皆、すれ違う際に立ち止まって道を譲り、イルゼに対して敬礼する。
いろんな種族がいる世界だ。って、イルゼさんって偉い人なのか。対応には気を付けねば・・・ しかし、皆が、私を興味深く見てくるような気がするなぁ・・・
イルゼが話しかけてくる。
「皆、あなたに興味があるのですよ。良い意味でね。悪く思わないで下さいね。」
「そうなのですか?」
何のことか全く理解ができないが、とりあえず、それっぽい返事をしておこう。
イルゼとの会話を続けるうちに中庭に到着した。
中庭にはハンナともう1名のメイドが待機しており、テーブルには茶器や菓子が並んでいた。
ハンナさんが指示したのか・・・ やっぱり仕事ができる人なんだなぁ。
イルゼに促され椅子に腰かける。
メイドに椅子を引いて貰えるなんて、俺はなんて幸せ者なんだ! 三国一の果報者だ!
ハンナたちがカップに湯気の立つ赤い液体を注いでいく。
「お好みで砂糖やミルクをお入れ下さい。」
そう言って、メイドたちはテーブルの脇から下がる。
砂糖も生乳もあるし、結構、発展している国だな。
テーブルには、クッキーの様な菓子やドライフルーツが並んでいる。
「では、いただきましょうか。」
イルゼに言われ紅茶に口をつける。砂糖もミルクも入れていない、いわゆるストレートティーだが甘さを感じる。ペットボトルの甘い紅茶しか飲んだことがないので、詳しいことは分からないが、高度な技術により注がれたものであることは分かった。
「まだ、お名前を伺っていませんでしたね?」
「ヤクモといいます。」
中二病っぽい名だが本名だ。実家は出雲大社前の神門通りでパン屋兼喫茶店を営んでいる。天然酵母を使用した意識の高いパンを製造・販売している。
「まあ、素敵なお名前ですね。」
初めて聞いたよ、そのフレーズ。
イルゼの説明が始まり、紅茶を飲みながら話に耳を傾ける。
「ヤクモ殿は、人間界のグランロッツォ帝国の兵士として、我が獣王軍と戦い、その中で獣将軍ハイデ様と剣を交えられ戦死されました。その際にハイデ様の返り血を浴びるとともに飲んでしまい、魔族として生まれ変わりました。」
「なるほど。私は人間ではなくなったのですね。あの、魔族とは何ですか?」
俺は人間をやめたぞぉぉぉ。
ここでも、異世界耐性が力を発揮する。魔族に生まれ変わっているのに、さして混乱もせず状況を受け入れることができた。
イルゼによると、魔族とは魔界に住む人々を指し、この世界には神界、魔界、人間界があるが、かつて神族と魔族との間に大きな戦争があり、神と大魔王は互いに深い傷を負い休眠しているという。そして現在、魔族の竜王軍が人間界に侵攻し、グランロッツォ帝国と戦争しているとのことだ。
ちなみに、神界、魔界、人間界は同じ空間に存在している訳ではなく、この世界の中心部に存在する生命の大樹の幹にそれぞれ分かれて存在し、上部から神界、人間界、魔界の順に上下に並んでいるそうだ。
また、人間は魔力を持っておらず、神族も魔族も使用できるのは火・雷・風・水・土の五属性に限られており、神族は法術、魔族は魔術と呼んでいるそうだ。
あと、神族は五属性の他に転移法術と収納法術を使えるが、魔族はその2種類は使えず、また法術にも魔術にも治療や蘇生に関するものはなく、ポーションと呼ばれる薬草から抽出した液体薬で治療を行うとのことだ。
そして、魔族と一口に言っても、人間と同様の外見をしている魔人、獣型や人型の魔獣人、竜型にも人型にもなれる竜人、エルフなどの亜魔人が存在しているそうだ。
じゃあ、私はグランロッツォ帝国とやらに転生したのか・・・ でも、いきなり兵士として戦争に参加とは、やっぱり碌なことがない人生だな・・・
「私が今いる魔界には大魔王様、竜王様、獣王様以外にどんな勢力があるのですか?」
「今は休眠されている大魔王様のもと、我らが獣王様、人間界に侵攻している竜王様、堕天使王様、闇王様、先の大戦でお隠れになった蟲王様が治めている六つの国があります。」
なんか、強そうというか中二病全開のお名前がたくさんあったが・・・
「竜王様はいつから人間界に侵攻しているのですか? 獣王様も人間界に軍を派遣しているのですか?」
イルゼは怪訝そうに説明する。
「今から10年前に竜王軍が人間界に侵攻を開始したのですが、ヤクモ殿は覚えてらっしゃらないのですか?」
あっ・・・ まずい。
「そのあたりの記憶が曖昧なんです。魔族になったことの影響でしょうか。うぅー、アーターマーがー」
酷い大根演技だ。
イルゼによると、竜王は来たるべき神族との再戦に備え、人間界で勢力を拡大するために侵攻を開始し、各王は竜王からの支援依頼を受けて軍を送り、人間界の偵察も兼ねて戦闘を行っているそうだ。
ハイデは帝国の中央部で戦う竜王軍を支援するため、帝国軍の補給拠点のひとつである南部の貴族の領地を攻略したが、その際に私は負傷し魔族化してしまったとのことだ。
私は帝国南部の出身で貴族の私兵だったようだが、もうちょっと良い転生先があったんじゃないの? 貴族の末っ子で膨大な魔力を持っているとかさぁ・・・
ハンナに2杯目の紅茶を催促しながら、イルゼに質問する。
「ところで、何故、私はこんなにも厚遇されているのですか? メイドもついているし・・・ イルゼ様から丁寧な説明もしてもらっているし・・・ 私は、その・・・ ハイデ様に切りかかった訳ですし・・・ 普通なら処刑されても仕方ないと思うのですが・・・」
包容力のある声で回答が返ってくる。
「先程も申し上げましたが、ヤクモ殿は獣将軍ハイデ様の血により魔族になられました。つまり、ヤクモ殿はハイデ様を通じて獣王様の血を受け継いだ魔人として認識されており、強大な魔力や身体能力が期待されています。未来の獣将軍として、皆、期待しているのです。あと、ハイデ様は切りつけられたことは気にされていませんよ。」
イルゼがにっこりとほほ笑む。
器の大きな人物だなぁ・・・
「そうなのですか・・・ ところで、ハイデ様も元人間なのですか?」
「はい。魔界に迷い込んだ人間で、獣王様より血を与えられ、強大な魔力を持った魔人として生まれ変わられたのです。」
本来、獣将軍は獣王が作り出す者で、いわば獣王の分体の様な存在であるが、将軍を生み出すと百年程度は魔力が低下するため頻繁には行えず、その代替行為として血を分け与え将軍を作り出す方法が実験的に行われ、その結果として生まれたのがハイデなのだそうだ。
なお、ハイデ1人を作り出すのに数百人の失敗があったそうだが、獣王の魔力低下には代えられないため、現在でも魔界に迷い込んだ人間に対して実験が繰り返されているとのことだ。
「失敗とおっしゃいましたが、どの様な状態だと失敗と判断されるのですか?」
「人の形を保っていない、言葉を解せない、魔力が基準値に達していない等です。」
「ちょっ、魔力が基準値にって、それより低かったらどうなるのですか?」
「獣王様の血が他国に利用されないよう、生涯、獣王城内で適性に応じた業務に従事することになると思われます。」
「思われるとは?」
「成功したのがハイデ様とヤクモ殿の2例しかありませんので、現時点では回答のしようがないの。ごめんなさい。」
イルゼによると私はハイデ以来90年ぶりの成功例ということだが、つまるところ、血を授かり人の形を保っていない、言葉を解せない状態の場合は処分され、魔力が基準値未満であれば飼い殺しということらしい。
魔力が低ければ城内で飼い殺し・・・ KA・I・GO・RO・SHI! YEAH!!! つまりは死ぬまで戦争に行かずに楽して暮らせるってことか! ひょっとしたら、私が理想とする地下文書庫で来る日も来る日も1年中、書類整理の日々が過ごせるかもしれない。最高じゃん。
「近いうちに魔力測定や魔術適正が検査されますので、それまでの間は、ゆっくり過ごして下さい。」
「了解です。」
私は、この時、顔がにやけるのを隠すので必死だった。
どうか、最低な判定が下りますように・・・
誰に対してか分からないが、お祈りをしつつ別の質問をしてみる。
「ハイデ様は獣王様の下で全軍を統括されているのですか?」
「ハイデ様以外に獣将軍が御二方、そして獣魔司が御一方いらっしゃいます。御三方とも獣王様からお生まれになった方々です。」
イルゼの顔が一瞬曇る。
あぁ、軋轢があるんだろうな・・・
おそらく、ハイデと獣王が作った者の間には目に見えない壁があって、出自や経歴による水面下の小さな争いが任務に少なからず支障をきたしているのだろう。
どの世界でも、例え異世界であっても宮仕えは楽じゃないようだ。
やっぱり、目指せ飼い殺し、夢の地下文書庫勤務にレッツラ・ゴー!
3杯目の紅茶を飲みながら考えに耽っていると、イルゼとハンナの会話が聞こえてきた。
「イルゼ様、そろそろお時間です。」
「分かりました。ヤクモ殿、今日はこの辺にしておきましょうか。」
空を見ると太陽が傾いていた。
随分と長い間、話をしていたようだ。
「了解です。今日はありがとうございました。お話が出来て楽しかったです。」
イルゼが嬉しそうな表情をしている。
「ヤクモ殿、もしよろしければ、夕食をご一緒にいかがですか?」
えっ、イルゼ様と、ゆ・う・しょ・く? 意図はよく分からないが、人脈を作っておいて損はない。
「もちろんです。私でよろしければ・・・ それと私のことは、今後はヤクモとお呼び下さい。」
「まぁ、分かりました。それでは私は準備がありますので、これで失礼しますね。ハンナ、後はよろしくね。」
凛々しい軍服が弾むような足取りで立ち去る。
夕食の準備って何? イルゼ様の手料理なの?
「あの、ハンナさん、私はこれからどうすれば・・・」
「ハンナで結構です。事後は部屋にお戻り頂き、お召し替え下さい。お部屋までご案内致します。」
ハンナは、もう1人のメイドに茶器類の片付けを指示し、私の案内をしてくれた。
部屋に帰る際にも魔界の住人とすれ違った。ハンナによれば皆、食堂に向かうのだそうだ。
不意にハンナが立ち止まり廊下の壁際に移動し一礼する。
「黒金騎士様です。ヤクモ様もこちらに。」
ハンナに倣い同様に一礼する。
ハンナによれば、獣将軍や獣騎士の側近等を務める高位の騎士とのことだ。
騎士は、こちらを一瞥し、私の前を通り過ぎる。
階級社会ですか・・・ どこの世界も宮仕えは辛いな・・・