そして魔界へ
周囲が騒がしい。
徐々に意識が回復していく。
感覚が麻痺しているのだろうか、不思議と痛みは感じない。
意識とともに視界も回復していく。
ひとだっ!
状況を確認するために開いた目を薄目にして周囲を見る。
武装した人型の獣や顔に痣のある人間が、慌ただしく動き回っている。
ドレスのような鎧を着た人型の獣が包容力のある声で、褐色銀髪の者に報告する。
「敵の残存兵力は侯爵の城に撤退しました。開戦前に確認した兵力の約9割の戦死を確認しました。我が軍の被害は軽微です。」
「分かった。皆ご苦労であった。軍をまとめ帰国の準備を進めよ。」
「よろしいのですか?」
「構わん。竜王様の依頼を果たし、南方の拠点の守備兵を壊滅させた。城を攻略するのは竜王軍の仕事だ。」
少し低音だが艶のある毅然とした声で部下に説明している。
「分かりました。そのように致します。」
報告を受けている艶のある声の主が敵部隊の指揮官であることは容易に想像できた。
よし、このまま死んだふりをして、敵が撤退するのを待って、次の行動に移ろう。あの組織お得意の段取り待機だ。
死んだふりを続行する。
指揮官は、私のいる場所に向かって移動しながら、入れ替わり立ち替わりやって来る部下に対し、状況を確認しながら指示を出していく。
仕事のできる人なんだろうなぁ。まっ、それはそれとして、早くどっか行ってくれ。
指揮官の声が私の足元で立ち止まった。
「竜王様のやり方では、奴らとの再戦には勝てない。そうは思わないか、イルゼ。」
イルゼと呼ばれた者は、包容力のある声で答えた。
「ハイデ様のおっしゃるとおりです。人間を味方につけてこそ支配する意味があるというものです。再戦を視野に入れるであれば猶更のことです。」
「うむ、そのとおりだ。」
イルゼの返答にハイデと呼ばれた者は、満足しているようだった。
2人のやり取りを盗み聞きしながら、少し落ち込んだ。
なんか、部下を信頼している上司、上司を敬愛している部下みたいだな。
まっ、私には縁のないものだったが。
その時、私の体に再び不思議なことが起こった。
薄目のため、ぼんやりしていた私の視界が意に反して開き、敵将の姿が脳内に飛び込んできたのだ。
続けて上半身が跳ね上がり、抜剣しながら立ち上がって、敵将に切りかかった。
抜いた剣は黄金の輝きを放っている。
この一連の動作は、もちろん私の意志ではない。
なん・・・ だと!
自分自身に何が起こっているのか全く理解できず、思考も定まらない。
すげぇ、伝説の剣みたいだ・・・ カリバーか? 叢雲か? でも、なんか、動きのバランスが悪いなぁ。あっ、左足が無いや・・・ あははっ・・・
私の体は左足の欠損に関わらず、俊敏に動作した。
鋭くハイデに襲い掛かり、向かって右胸に剣を突き立てた。
「がっ、はぁっ。」
ハイデが苦悶の声とともに吐血し、それが私の口に入り飲み込んでしまった。
血を飲んでしまったことなどお構いなしに私の体は敵将に突き刺した剣を切り上げる。
「なにをっ?」
ハイデから噴き出た血を全身に浴びながら、バランスを崩し地面に向かってうつ伏せに倒れていく。
その刹那、ハイデの傍にいたイルゼが抜剣し、私を切り捨てた。
鋭い斬撃のため、痛みは感じなかった。
紫電一閃とは、今のためにある言葉だな・・・
人は日常を逸脱した状況に陥ると思考の緊迫感を無くしていくものだ。なにせ、本日3回目だから説得力だけは十分にある。
私の体は、その斬撃により今度は仰向けに倒れていく。
次に背中から腹部にかけて衝撃が走る。
腹を見ると剣が突き出ている、それも2本も。
おそらく、背後に回った部下が刺突したのだろう。
2本の剣が体から抜かれ、今度こそ地面に倒れていく。
斬撃を放った者がハイデに駆け寄り声をかける。
「ハイデ様、大丈夫ですか?」
「問題ない。この程度なら3日もあれば完治する。」
「医士を呼びます。ポーション治療を受けて下さい。」
「分かった、イルゼの判断に従おう。」
別の声がハイデに報告する。
「こやつ、まだ生きておりますぞ。」
「ほう、あれだけの攻撃を受けて生きているのか? 若しや我が血を飲んだからかも知れぬ。面白い、そやつを連れ帰る。牢に入れて経過を確認し、状況を逐次報告せよ。」
致命傷と思われる傷を負っているにも関わらず、意識がはっきりしている。
面白い? どこに連れていかれるんだ? って、いうか、なぜ死んでないんだ? やっぱり夢なのか?
突然、頭と胸に強い圧迫感を感じ、体中に激しい痙攣を感じた。
ひゅっ、ぃひっ、くぅ、苦じぃ・・・
ひときわ大きく心臓が脈打ち、体が大きく仰け反った。
意識が落ちていく。