鳴かず飛ばずの人生そして転生へ
眼前には黄金職に輝くライ麦畑が広がりコボルドたちが談笑しながら刈入作業に勤しみ、別の畑ではオークやゴブリンがジャガイモの収穫に励んでいる。
数年前、この地に赴任した時は、どうなることかと思ったが、皆の働きのおかげで、日々の食事には困らない生活ができるようになった。
懐中時計を見ると、時刻は午後3時を過ぎていた。
今日の夕食は何だろう?
肉の気分ではないな・・・ できれば魚料理がありがたい。
そんな些細な期待と不安を抱きながら感慨に耽る。
あの頃とは大違いだよなぁ・・・
頼れる仲間や美女と過ごす穏やかな日々。
不意に前世での記憶が脳裏をよぎった。
・
・
・
・
・
私は、子供の頃から大した努力もせず、ただ何となく生きてきたような気がする。
勉強も運動も平均的な能力で、集団の真ん中辺りにいる子供だった。
これといった夢もなく、親や教師に言われるがままに勉強し、進学してきた。
就職も、ただ食いっぱぐれがないようにという理由だけで、親方日の丸である役人の道を選んだ。
別に、自身のスキルを活かした仕事で国民のために働きたいとかではなく、単に合格した省庁に入省しただけだ。高い志があった訳じゃない。
つまるところ、楽して定年まで暮らしたいから役人になったのだ。
志もやる気もなく、何となく働き続けて30年。
もちろん、出世とは無縁の鳴かず飛ばずのおじさん公務員だ。しかし、役人の仕事は激務だった。
処理しても処理しても業務は終わらないし、臨時の業務は舞い込んでくるし、業務量に比例して上司の指導は厳しくなっていく・・・
ただでさえ、定員削減で恒常業務がオーバーワークなところに、つつかれる重箱の隅が増えていく人・物・金・情報に関する定期検査、不祥事のたびに増えていくコンプライアンスやハラスメントに関する幼稚な教育、資料配布で事足りるような内容のくせに、対面形式で実施される会議・会同・委員会・ミーティング等々。
毎日、目の前の業務をこなしているだけであって、別に頑張っている訳じゃない、ただ無理をしているだけ。
癒してくれる恋人は画面の外にはいないし、世間一般(?)でいうところの魔法使いだし。
あぁ、楽して暮らしたい。できれば3次元の美女と一緒に・・・
私が理想とする役人とは、地下文書庫で来る日も来る日もマイペースに書類整理をする者のことであり、つまりは騒がしいのや忙しいのは嫌なのだ。
本日については、仕事に区切りがついたのが22時。
新たに着任した将軍様が急遽視察に来られる旨の連絡があり、そのミーティングと準備という予定外の業務が舞い込んだからだ。17時を過ぎてから。
昨日よりは、マシか・・・ はぁ、明日は除草作業か・・・
退庁して宿舎に到着するのが23時過ぎ。おそらく就寝は12時半。そして6時前に起床して6時半に出勤する。そんな明日を想像するだけで気が滅入る。
ため息をつきながら、警衛所で身分証を見せ、門を通過する。
子供のころから、そして役人になってからも、人並みの努力はしてきたつもりだが、もし2回目の人生があるのなら、人並みの幸せな暮らしができるよう、今よりも努力をしよう。主に恋愛とか結婚とか。
仕事はやっぱり楽な方が良いなぁ、特に上司の匙加減で右往左往して、心身ともに疲労するような仕事に就くのは絶対に止めよう。
そうだ、もう、いっそのこと異世界に転生して、田舎の小さな国の王様になって、優秀で美人で従順な部下に囲まれて好きなように暮らしたい。
そして、いざ戦いになればスマホを使ったチートスキルで不埒な敵を一刀両断、部下は勿論のこと貴族のご令嬢から村娘に至るまで、「こ、国王様、しゅっ、しゅてきぃ」なハーレム状態で生活したい。
疲れてるなぁ・・・
いつもの帰り道。繁華街を抜け駅に向かう。酔っぱらいの学生だろうか、上機嫌で騒いでいる。ぶつからないように、絡まれないように普段以上に早足で通り過ぎる。
背中に何かがぶつかった。振り返ると酔っぱらいの大学生的風の若者が申し訳なさそうに頭を下げている。
うん、分かるよ、今が人生で一番楽しい時だからね。精一杯、羽目を外しておくんだよ。
でも人に迷惑をかけないようにね。私が百裂拳の伝承者なら、お前はもう死んでいるからね。
こちらも申し訳程度に頭を下げ、その場を立ち去ろうとする。
振り返った瞬間、目の前には、いかにも反社的な風貌の方々が立っていた。
まずい。
咄嗟に避けようとしたが普段の不摂生からか、それとも加齢によるものなのか、体が思うように動かずその方々にぶつかった。
いかにもな罵声が浴びせられ、反射的にいかにもな謝罪台詞を読み上げ頭を下げた。普通(?)なら、これで終わるはずなのだが、その方々は虫の居所が悪かったのか、さらに罵声を浴びせかけ私を突き飛ばした。
ご丁寧に道路に向かって、それもガードレールが途切れている場所で。
私は道路に投げ出され、更に車両のヘッドライトが迫ってくる。
チョ、マテヨ。死ぬのか? 魔法使いのまま死ぬのか?
非現実的な状況に迫られ、思考が崩れていく。
えっ、でも、これって、あの定番のパターンでは?
確かに2回目の人生は、とか考えていたけど、いきなり? 異世界に行ってチートハーレムなの?
永遠の17歳が手取り足取り異世界をレクチャーしてくれるの?
それよりも、まず、冒険者ギルドに登録してから、チンピラに囲まれている美少女を助けて、って、その前に神様にどんな超人的能力をおねだりしようか?
様々な妄想が走馬灯の様に脳内を駆け巡る。
迫りくるヘッドライト。トラックのような車両のシルエット。
声が聞こえる。
【死んでしまうとは何事だっ!】
意識が闇に沈んでいく。