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4:同い年ですが…




 風呂から出ると、マッサージを施されてから言われた通り傷に軟膏を塗ってもらい、服を着替えた。


(いい匂いがするし、新品みたい……!)


 ここには試作品の洗濯機があって、それには乾燥機能も付いているらしく、スカプラリオはまるで新品同然だった。

 この世界には魔石と呼ばれる動力源があり、それを使った機器を魔道具と呼ぶ。ディアナの要望から、職人たちが次々に便利なものを発明しているのだ。

 乾燥機があるということは、熱を扱う道具は既に他にもあって。

 リンネの髪はドライヤーであっという間に乾かされた。

 ブラッシングされてオイルも塗ってもらった彼女の髪は、今までになく艶めいている。


「何から何まで、すごい……」


 鏡に映った自分の姿は、間違いなく今までで一番綺麗に仕上げられていた。

 軽くだが化粧もしてもらっていて、淡いピンクの唇紅が肌色をよく見せている。

 寄付金で成り立っている教会ではそのお金で贅沢はしないように、酒やタバコ、高価なドレスに装飾品などを楽しむのはご法度。大人の女性の嗜み程度にしか化粧も許されておらず、リンネはメイクをしてもらうのはこれが始めてだった。

 身なりを整えておかないと神官たちに嫌味を言われるので、それなりに頑張ってはいたが、質の良い物を使って手をかけるとここまで違うのか。

 するりと手で梳ける髪に触れ、リンネは感激して呆然と呟いた。


「この後は夕食まで時間が少し空きます。お部屋で休まれてもいいですし、この城を簡単にですが案内することもできますが、いかがなさいますか?」


 ひと仕事終えて満足気なアンジーに提案されて、リンネは少し考える。


(本当は城を見て回りたいけど、霊と接触した時に何かあったら嫌がられるよね……)


 どうしてこの城で霊に会わないのか、彼女は気になってはいたので案内してもらいたいところだが、それなりにリスクもあった。


(でも。ここにいる霊にはわたしが見える人間だって知られていないだろうし、反応さえしなければ大丈夫かな?)


 見えていると知られなければ、ちょっかいも出されない。

 教会の関係者には、リンネが小さな時に宙を指差したり、何かと喋っているおかしな子どもだったことを知っている人は多かった。

 そこからまとわりつく噂のせいで、確かめにくる霊がいる。

 しかし、公爵領は聖都からかなり距離がある、全く違う土地だ。

 ここでなら、見えない普通の人として上手く振る舞うことができるかもしれない。


「……お城を、見てみてもいいですか。こんな機会、二度とないと思うので是非見ておきたくて」

「かしこまりました。ご案内いたします」


 リンネは思い切って、城の案内をお願いした。

 甘酸っぱい果実水で水分補給をしてから、アンジーに連れられて廊下を歩く。


(ディアナ様の記憶で見てるけど、実際に目にするのとでは違うなぁ)


 ディアナの魂が見せてくれた情報には、彼女が見ていたものしか映らない。

 つまり、この城に幽霊がいたかどうかの情報は、リンネが調べないと分からないのだ。

 城の構造は全て把握しているが、リンネはひとつひとつ丁寧に周囲を見て回る。

 礼拝堂以外には装飾がほとんどない教会の建物とは違って、白い壁に落ち着いた紫色がアクセントになった美しい廊下が続いた。

 掃除が行き届いていて、城全体がとても明るく感じる。こんなに綺麗で清潔な場所なら、確かに霊なんて憑かずに成仏されそうだ。


(出るとしたら地下牢とか、武器庫かな……)


 まあ、この城にあるのは明るい場所だけではないことくらい分かっている。

 自分の姿や存在を示したい霊は、人間がその存在を信じやすい場所や時間に活動する。死んだ場所や、形見、凶器、お墓などの暗い場所や、夜になると見つけやすい。

 普通は死ぬとあの世に還るので、霊がこの世に留まるのには何かしらの原因や理由があるものだ。

 教会に集まりすぎるせいで感覚が鈍るが、何もいないのは正常なことである。


(早くお金を貯めて、聖都を出よう……)


 アンザレア教会堂より古い建物なのに霊がいないことを確認して、リンネは心の中で誓った。


「あ! リンネ!」

「――ディアナ様」


 しばらくすると、何やら話し声が聞こえたかと思えば、歩いている先に横からディアナが現れる。


「すれ違いにならなくてよかったわ」


 どうやらリンネを探していたようで、少年ふたりと一緒にいた彼女は真っ直ぐリンネの元までやってきた。


「ちゃんとお風呂に入って、ゆっくりできたみたいね!」

「はい……。わたしのような者をもてなしていただき、本当にありがとうございます」


 リンネは胸の前で手を合わせて、最大の敬意と感謝を表す。


「リンネは私の恩人なのだから、これくらいのことは当然よ」


 ディアナは天使のような微笑みを浮かべ、やはりこの世のものとは思えない美しさだ。

 こういう人が歴史に名を残すのだと確信し、リンネは彼女に会えたことを光栄に思う。

 ――が。

 後ろで言葉を発することなく、無言でじっとまとわりついている悪役霊嬢には会いたくなかった。

 

「姉さん。彼女が……?」


 浄化して瘴気は鎮まっていることを確認していると、ディアナの隣についてきた少年の声が耳に入る。


「そう。私を助けてくれた神官見習いのリンネよ。――リンネ、彼は私の弟のルイス。こっちは執事のレキよ」

「……はじめまして。リンネと申します」


 紹介を受けて、リンネも名乗って会釈を返した。


(髪の色は同じだけど、似てないな……)


 ルイスと呼ばれた、銀髪に鳶色の瞳を持つ少年は、ディアナとは血がほぼ繋がっていない弟だ。

 五歳の時には、嗜虐的な人格を表していた悪役令嬢ディアナのことを見て、公爵が分家から後継者を連れてきたのが彼である。

 ルイスが公爵家に来る前日に、義弟ができることを聞かされて、それを不満に思ってイラついていたところ階段から落ちて、今のディアナになった経緯があった。


(そして、こっちはこの国では珍しい獣人さんか……)


 ディアナの車椅子を押している、もうひとりの黒い執事服を着る少年は、ディアナが十歳の時にブラックマーケットから助けてきた元奴隷の獣人。

 今は人姿をしているが、青みがかったグレーの髪と蒼い目が綺麗な彼は、青灰色の毛並みをした狼の姿を併せ持つ。


 この世界には、獣人の他にも森人や鉱人、竜人に海人など、さまざまな種族がいる。基本的に自分たちの縄張りで暮らして種族間の争いを避けているが、どの種族も共通の先祖である人の形をとることができるので、人の国には他の種族も混じりやすい。


(……なんだか警戒されてるみたい。まあ、わたしは教会の手下だから仕方ないよね……)


 彼らはディアナを治すために、教会なんかあてにならないと奔走していたため、リンネと顔を合わせるのはこれが初めてだ。

 こんなやつが本当にディアナを助けたのかと、猜疑に満ちた視線は隠しているつもりらしいが、受けている側は割と勘づくもの。


「……姉さんを助けてくれて、ありがとう」

「いえ……。わたしは、わたしがやるべきことをしたまでなので……」


 ルイスに礼を述べられ、レキからも軽く頭を下げられたが、心からの感謝は感じられない。

 リンネは複雑な心境だ。彼らの視線はもちろんだが、本当は根本的な解決はされていないのだから、礼を言われるにはまだ早い……。


「もしよかったら、ここからは私も一緒に案内するわ。女の子が遊びに来てくれるなんて、滅多にないからすごく嬉しいの!」


 ひとりだけ少年ふたりとリンネの間に漂う空気に気が付かないディアナが、話題を変える。

 彼女の爛漫さに空気は一瞬パッと晴れて、リンネはありがたく公爵令嬢の案内を受けることになった。


「定期検診のことは、私からお父様に話をしておいたわ。神父様とお話をなさっていたから、今日中には話がまとまると思う」

「わたしから公爵様にご説明するべきところを、すみません……」

「そんなに畏まらなくていいのよ。リンネは大人にもできなかったことをして、私のために十分頑張ってくれてるんだから」


 紺色のシックなワンピースを着て、その上に丈の短い白の上着を着ているディアナは、「お姉様」と表現するのが似合う。

 しかし、歳はそう変わらないはずなのに、子ども扱いされるのは引っかかる。


「いえ……。わたしもディアナ様と同い年ですし、それくらいのことはできないと」

「え!?」


 ディアナに前世の記憶があるように、リンネも色々と自分の身体が経験する以上の知識を得ていた。

 もう十五歳で成人も迎えているし、患者を治療した自分が、きちんと保護者に話をするべきだった。

 そう考えて言ったことに、ディアナが隣で驚きの声を上げる。


「同い年なの!? てっきり、年下かと――!」


 どうやら同じ年齢だというところに驚いたらしい。

 後ろを歩いてついて来たルイスとレキも目を丸くしてリンネを見つめるし、アンジーも物言いだけな眼差しだ。

 確かに、自分と同世代の人たちと比べたら身長が低いのだが、ここまで驚かれるとは思わなかった。


「わたしは、これからが成長期なんです」


 そのうち身長なんて伸びてくるだろう。

 リンネはとりあえず、そう答えて笑った。


「そ、そうよね……。これからたくさん食べたら、すぐに大きくなるわ!」

「はい」


 気を取り直したディアナに、リンネは頷く。


「――お嬢様。お話中、失礼します」


 しかし、これまでずっと黙っていたアンジーが険しい顔で間に入った。


「どうしたの? アンジー」


 ディアナは彼女の変化に気が付いて、後ろを見上げる。


「……リンネ様に確認したいことが……」

「――? はい。何でしょうか」


 きっとこの城にいる間、リンネのお目付け役として付くことになっているアンジーに尋ねられて、リンネは足を止めた。


「教会では、普段どのようなお食事を?」

「大体いつもパンとスープに牛乳のセットです」


 ディアナとの会話を中断させるほどの質問には思えなかったが、問われた以上、リンネは答えた。


「スープには、野菜やお肉が入っていたり?」

「もちろん。でも、お肉は食べない方もいらっしゃるので、芋や豆を使ったスープがよく出ますね。……あれ? そういえば最後にお肉食べたの、いつだったかな……」


 三年前から世話になっているアンザレア教会堂は、聖水の滝のすぐそばに門を構えており、神官たちの修行場としての機能がある。

 リンネは特例として預けられたが、本来は子どもがいるような場所ではない。

 短期間、厳しい戒律を守って修行する大人の神官たちに混ざって食事をしていたので、彼女が食べていた食事はずっと野菜や穀物が中心だった。

 こつこつ貯めているお小遣いが決まった目標を達成すると街に出て食事をするのが、リンネの生き甲斐だ。


「「…………」」


 直近でお金が溜まった時に食べたのは、魚だったので、肉はもっと前……。

 リンネが考えに更けている間、ディアナとアンジーは顔を見合わせる。


「……アンジー。今すぐ、シェフに消化しやすい料理を準備するように伝えて来て」

「はい」

「えっ、そこまでしていただかなくても――」


 ディアナの命に、アンジーはすぐ踵を返して廊下の向こうに消えてしまった。


「そんなに教会が厳しいなんて、知らなかったわ」


 城の案内はぴったりストップして、ディアナは真剣な目付きでリンネを見つめる。


「リンネは教会で神官見習いとして、頑張っているのよね? 住み込みで働いているの?」

「……そ、そうです。わたしは三歳から教会でお世話になっていて、今は聖都でも一番戒律に厳しいアンザレア教会堂にいます。育てていただいたご恩を返すために、そのまま神官の道に進みました」


 ご令嬢は一介の神官見習いに興味津々らしく、紫色の瞳から向けられる視線は、リンネに釘付けだ。


「私、恥ずかしいことに教会のことはほとんど知らないの……。普段は、どんな風に過ごしているの?」


 何代も前からグラジオラス公爵家は、高い寄付金を要求する教会と折り合いが悪い。

 帝国の厳しい土地が広がる北部を外敵から守っている公爵家からすると、安全地帯でぬくぬくと祈るだけでお金を集めている教会に対する印象はよくないのだ。


 現当主のネウェル・グラジオラスも、何に金を使っているのか不透明な教会を嫌っている人で、最低限しか教会と関わろうとしなかった。

 確か、ネウェルは聖都にも足を踏み入れたことがなかったはずだ。

 今、こうして教会所属の自分が公爵家の城にいるのは、奇跡に近い。

 だから、その娘のディアナが教会のことを知らないのは当然のことだ。


「……そうですね。わたしの場合は、朝起きたら水行をして身体を清めて、その後は朝食の準備をします。それが終わったら洗濯を手伝って、教会堂の掃除。礼拝堂で祈祷。また昼食の準備をして、洗濯を取り込んで……。基本的には雑用をこなしています。見習いなので」


 リンネはアンザレア教会堂に入る前から、ずっと雑用を押し付けられて育った。三年前に神官見習いになってからは、それにプラスして祈祷や儀式の時間が少し増えたが、雑用をしている時間がほとんどだ。

 公爵令嬢として家庭教師に勉強を叩き込まれるよりは楽な仕事だろう。


「じゃあ、休日は? どこかに遊びに行ったり、買い物したりしないの?」

「お暇をもらうと散歩に行きますよ。必要なものは教会が支給してくださるので、買い物はあまりしないですね」

「…………」


 またしても黙り込んでしまったディアナに、リンネは少しだけ気まずくなってきた。


「そのっ、わたしの今いる教会が特に厳しい場所なだけなので、全部の教会がこうだというわけではないんですよ!」


 教会全体に対するイメージが下がってしまってはいけない。リンネはフォローを入れる。


「……リンネは、本当にこのままずっと、その厳しい教会にいて神官になりたいの……?」

「――っ」


 ぽつりと呟かれた言葉は、リンネの胸を正確に突いた。

 痛いところを突かれて、表情が消えそうになるのをグッと堪える。


「――あはは。他に進める道は、まだ見えないので……」


 まだ耐えれる。教会にいなければ呪文を覚えることもできなかっただろうし、衣食住には困らない。

 神官として行う祈祷や儀式については、自分の身を守るために、まず一番に覚えた。書庫にある書物も、夜遅くまで月明かりを頼りに読んでいたので、もう知識は十分にある。

 いつかは出たいが、今は資金が足りない。自立して生きるには準備がいる。


 リンネは苦笑を交えて、悪役霊嬢を背負うディアナに告げた。



 


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