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2:夢じゃなかった




「……ここは」


 リンネが次に目を覚ますと、知らない場所のベッドに寝かされていた。

 寝起きでぼんやりとしながら周囲を見回すと、そこは今まで泊まったない城の一室のような豪華な部屋だ。


(夢でも見てるのかな??)


 何かまるで夢物語のような、あり得ないようなことを体験した気がする。

 本当に夢を見ているだけなのかもしれないと思い直し、もうひと眠りしようとした時だった。


「あっ、目を覚ましたのね!」


 ノックの音がして、扉が開くと共に入って来たのは、車椅子に乗った長い艶やかな銀髪を揺らし、紫色の瞳を輝かせる美少女。


「気分はどう? 神官見習いさん」


 華やかな微笑みを浮かべて、ベッドの隣にまでやってきた彼女を見て、リンネは呆然とする。


「――夢、じゃ、なかった……」


 彼女はディアナ・グラジオラス公爵令嬢で。

 ここは、グラジオラス公爵家の城だ。


『どうして、この女を起こしたのよ。許せない。許せない許せない許せない――』


 美しい少女の背後に、首を絞めるようにまとわり付いている「アレ」を何とかするために、自分は倒れたのだと、リンネは現実を目の当たりにした。


「どうしたの? やっぱり、まだ気分が……」

「い、いえ! もう大丈夫です。ありがとうございますッ」


 後ろにいたものに気を取られて、ディアナに心配されてしまう。

 リンネは慌てて大丈夫だと言ったが、頭の中はまだ混乱していた。


「今、お医者様を呼んでもらうわ。昨日、私を助けてくれた後、倒れてしまったと聞いて心配してたの」


 一緒に入ってきたメイドに水をもらい、喉が潤うと肩身の狭い思いで口を開く。


「あ、あの……。お、お嬢様こそ、身体は平気なんですか……? ずっと眠ってらっしゃったのに……」


 彼女を何と呼べばいいのか分からず、お嬢様と呼んだ。

 三週間も眠っていたのに、こんなところに来て大丈夫なのか。

 リンネは自分の身体よりもまず、車椅子に乗っている公爵令嬢の体調が気になる。


「お父様が眠っている間も尽くしてくださったお陰で、もう動けるの。筋力は落ちているから、みんなが心配して車椅子なんだけれど、私は平気よ」


 にこりと微笑まれて、リンネはとりあえず納得するが、背後に見える悪霊を見ると全く安心できない。

 メイドが連れてきた医者に体調を確認してもらう間も側にいてくれたディアナには、しっかり霊が取り憑いている。

 側にいる間は、悪霊から放たれる瘴気を浄化することができるが、果たしてこれからどうするべきなのか――。


(わたしには、あの悪役令嬢を消すことはできない……。でも、瘴気が溜まって呪いになるのを防ぐには、定期的に浄化しないと……)


 こういう時に相談できる人がいないのが辛い。

 どうして自分にしかあれが見えないのか、リンネはやるせない気持ちになった。


(定期的にわたしのところに来てもらうように説得するしかない)


 結局、自分でなんとかするしかない。

 診察が終わるまでに、彼女はひとつの結論を出した。

 勿論、人には見えない霊と関わりたくない気持ちは消えてはいない。

 しかし、これからディアナの身に異変が起こったら、きっとリンネが呼ばれることになる。

 ここで説明をしておかなければ、自分の身が危ないのだ。


「問題ありませんね。もう、普通に動けるでしょう」

「はい。ありがとうございました」


 診てくれて医師に頭を下げて、彼が部屋から出ていくのを見送る。


「――ちゃんと元気になったみたいで良かったわ!」


 静かに控えていたディアナは、無事を確認して安堵を浮かべた。

 気味が悪い子として育ってきたリンネには、くすぐったい表情だ。


「改めて、助けてくれてありがとう。私はディアナ・グラジオラス。あなたの名前を聞いてもいい? 神官見習いさん」


『こいつ許さない。よくもワタシの邪魔を――!!』


 ふたり分の視線が刺さって、リンネはごくりと固唾を飲む。


「……リンネ、と申します」


 悪役霊嬢とでも呼ぶべき悪霊には名前を教えたくないが、ディアナに答えないわけにはいかない。

 圧に押されてリンネは名乗った。


「リンネ! 素敵な名前ね。よかったら、私のことはディアナと呼んで!」

「は、はい。光栄です、ディアナ様……」


 自分のような身分の低い者に、こんな風に話しかけてくれる令嬢が、この国にいったいどれだけいるだろう。

 気さくに話しかけてくれるディアナに、リンネは複雑な心境だった。


(これで良かったんだよね……)


 背後に背負っている悪役霊嬢ではなく、彼女を戻したことは、間違ってはいないはずだ。

 それに、悪魔を呼び寄せたと誤解されて公爵に殺されたくなければ、こうするしかなかった。

 リンネに選択肢など、最初からなかったのだ。


「――それでね、リンネ……」


 ベッドの横につけた車椅子に座るディアナが、顔色を窺うように尋ねる。


「あなたは、どうやって私を助けたの――? この身体がどうなっていたか、わかることを教えてほしいの」

「それは……」


 どうなっていた、か――。

 過去形でそう言うディアナには、やはり身体に憑いている悪霊が見えていない。

 現在進行で霊に取り憑かれているのだが、それを言って頭がおかしいと思われるのは嫌だった。

 たとえ違う世界の記憶がある器の大きなディアナが信じてくれても、周囲の人間から疎まれるのは火を見るより明らかなこと。

 もう、霊が見えることを外野からとやかく言われるのは、散々だ。


 何より、「あなたが乗っ取った身体の主人が、後ろに憑いています」なんて誰が言えるだろう。


 後ろで呪っている霊以外、今のディアナが消えることなど誰も望んでいない。

 このことを知っているのは、見えているリンネだけだ。自分さえ黙っていれば、悪役霊嬢には悪いが、みんな幸せでいられる。


「……肉体から離れかけていた魂を定着させました」


 悩んだ末、本当にやったことをまず口にした。

 ディアナの持つ記憶にあった「異世界転生」という話のジャンルにも、このような話があった。

 本来存在しないはずのものが、不具合を起こすことは理解してもらえるはずだ。


「魂を定着……」


 リンネの話を聞いた彼女は、紫色の目を見開く。


「……やっぱり、そうなのね」


 思い当たる節があったようで、納得したような顔付きに変わったディアナが小さく呟いた。

 ただ、話はここからが本題だ。

 リンネは気を引き締め直して、ディアナを見つめた。


「それで、ですが。定期的にディアナ様の魂を定着させる点検をしないと、また今回のようなことが起こってしまうかもしれません」

「…………」


 ディアナは無言で相槌を打つ。

 まだ十二歳にしては、互いに大人びた空気をまとっており、部屋には程よい緊張感が漂っていた。


「正直、今回行った処置にどれだけ効果の持続性があるのか、わたしにもわかりません……。しばらく経過観察も必要だと思います」


 ディアナは病気の種を飼っているような状態だ。

 悪役令嬢の瘴気がひどくなって呪いに変化すれば、身体に異変が起こる。

 常に側にいられれば、ずっと悪霊を抑えていられるが、公爵家と教会の関係を考慮すると、そう上手くはいかないだろう。

 事後処理にはなってしまうが、リンネは自分ができる精一杯の対処について語った。


「正式な神官でもない見習いのわたしが言っても信頼できないかもしれませんが、ディアナ様には定期的な診察が必要だということだけは断言いたします」


 緊張でシーツを無意識に握りしめ、リンネは言い切る。

 グラジオラス公爵家と教会がもう少し良い関係だったら、こんなに緊張することもなかったという裏の事情だけが問題だった。

 自分のひと言ひと言がもしかすると争いの種になるかもしれないと思うと、嫌になりそうだ。


「わかったわ。ありがとう。お父様にも相談してみるわ」


 決して、寄付金を巻き上げようとしているのではないと伝わっているといいのだが。

 リンネと教会の命運はディアナに託された――。






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