神絵師、意図せず混沌召喚しました。
Q:ティンダロスの猟犬こと、てぃんてぃんわんちゃん。
あの娘がヤンデレでメンヘラで舌の長い美少女だったらどうします?
A:タイムトラベルするしかないですよね!
数え終わって少し休憩した後、航たちが戻ってくる気配がなかったので先に二人を着替えさせるために更衣室へ向かわせた。
眠気と戦いながら孝宏からもらったゼリーをちゅるちゅるとゆっくり飲みながら周りをみていると、遠くから知り合いの顔がみえてくる。
「かやくん、久しぶり」
「優生さん! お久しぶりです」
ななみの父でNoname代表の赤月優生さんがやってきた。
「様子を見に来たんだけど…うん、完売したみたいだね。ふふ、おめでとう」
「ありがとうございます。なんとか終わらせられたって感じですが…」
「みたいだね。ところでほかの人は?」
「航たちは休憩や着替えに行ってますね。着替え組はわからないですが、航ならもう少しで帰ってきますよ」
「そっか…挨拶できないのは残念だけど、それなら航くん…じゃなくて村崎先生を待たせてもらおうかな」
「わかりました、ちなみに航と会ったことは…」
「確か少し前のサマコミだったかな? 友達とふたりで参加したときにちょっとね」
あー。
「じゃあ今日はその日以来って感じですか」
「そうだね。まぁ先に誰もいない時にかやくんに会えたのは運がよかったかな?」
「はは、俺も同じですよ」
話しながらこっちにウィンクを飛ばしてるけど…なにか話でもあるのかね?
「そういえば少し前に相談した『仕事』の件はどうなったかな?」
「俺のほうはななみさんに話を通してもらうようにしたので…。俺からはOKって伝えてます」
「よかった。それならななみと相談してサマコミが終わるころにまた相談させてもらおうかな?」
「わかりました、お待ちしてます」
あーね。なんの仕事か相変わらずわからないけど、楽しみにしておこう。
「ところで話は変わるんだけど……かやくんの知り合いでVtuberの知り合いがいたりしない? ましまろさん以外に」
「……いないですね。ましまろだとダメで?」
「彼女がゲームの案件に向いていないのは、「見守る会」のかやくんなら分かるだろう?」
「……ですね。聞いておいてなんですが、ぽんこつゲーマーは止めておいて正解だと…」
「ただ一視聴者としては楽しみだし、企業としてもやらせたらどうなるかは見てみたいんだよね」
「それはわかりますね。どんなプレイングをしてくれるか楽しみですから」
「それならいっそのこと…やらせるのもアリなのか?」
「悲惨で目も当てられなくなっても良いなら紹介しましょうか?」
「遠慮しておくよ。今はね」
うーん。大人だ。やんわりと断られらぁ。
「こーちゃんおまたせー」
話もそこそこに航が帰ってきた。
「おかえり。Nonameの赤月代表がいらっしゃったよ」
「久しぶり、村崎先生」
「!!!」
にこやかに固まる航だが、優生さんもニコニコしている。ある意味平和な世界で、別の意味では混沌極まりない。
「お久しぶりです! サマコミの時はお世話になりました!」
「そんなに硬くならなくていいよ? 先生はほら、フランクさがウリじゃないか。僕に気を使わなくていいからね」
「い、いやぁ…そうは言いますけどね~…たはは」
コイツ、ガッチガチに緊張してやがる。前は笑ってごまかしたけど、もう時効じゃないんかね。
仕方ない、助け船を出してあげるか。
「たぶん触手の件じゃないですかね」
「なるほどね」
「こーちゃん!?」
「村崎先生…いや、航くん」
「は、はい!」
盛大にビクついた航が面白い。原稿以外で過去ここまで緊張したこいつを見たことがあまりなかったのでちょっと新鮮。でも安心してどうぞ。
「僕も思うところはあるけど、でももう大丈夫だよ?」
「……と、言いますと……」
「娘が触手の同人誌を持ってきたところで、もう今更な話ってことだよ。今となってはななみも業界のひとかどの人間だからね」
ド正論。ぐうの音すら出ないとはまさにこのこと。
「俺らのらくがきそふとが掲げるのはあくまで純愛ですからね」
「あとは…それを咎めようとも性癖は千差万別だから、僕がなにか言うことはないから、ね?」
俺の援護射撃と優生さんの許可がおりたことで安堵できたのか、航が脱力した。
「あ、あははは…よかったぁ…」
「そんなに気にすることないのにね」
「親に性癖バレするのは割と黒歴史じゃないですか?」
「そういうものかな」
「それはほら、あれですよ。優生さんはエンタメ業界家系じゃないですか。だから違和感を覚えないかもですが、一般人がエロ趣味バレしたらそりゃ絶叫ものですからね」
「そうですよ~…。それも大御所も大御所の人になれば、心臓がキュってなりますよ~」
「へぇ~。若い子だとそう思うんだ?」
「パンピーが陽キャにオタバレしたイメージなら伝わりますかね?」
「あー。それは辛いかもしれないねぇ」
伝わって何より。
そりゃね。俺も航も一応は一般の家系ですからね。えちち本とかがバレたら家族会議待ったなしですわ。うちの場合なら「うちの長男が思春期を迎えた件について」とかで話し合いが始まりそう。
自分で描いてたから寛容だったのかもしれないけど。航はその辺苦労したって言ってたな。航んちのおじさんおばさんに呼ばれて話し合いしたときは俺も心臓止まるかと思ったし。
「それはそうと話を変えるんだけどね」
あれま。
「村崎先生は商業誌以外だと外部契約ができないとかってあるのかな?」
「おれですか? こーちゃんじゃなくて?」
「いや、かやくんには説明済みさ。ちょっとしたプロジェクトを考えてるんだけど、そこに村崎先生も入れたら良いなって」
これプロジェクトなんだ? 初めて知ったわ。単発系かと思ったけど違うのね。
「うーん。他社の商業誌や同人活動はダメですけど、ゲーム業界なら業務提携って感じになるんですかね~? 忙しくなるからその余裕があるかはわかんないですけど」
「やっぱりチャンプは厳しいかなぁ」
「うちの担当編集に聞いてみます?」
「んーーー、いや、そういう話を振る程度でいいかな。詳しい話は僕とチャンプで通してくるから」
「わかりました~」
結構大がかりになりそうなプロジェクトですこと。どうなるんだろ。
「うんうん。村崎先生がだめってなったらかやくん一人で頑張ってもらおうかな」
「ゑっ!?」
え、本当に大丈夫? それ別名でオワタ式プロジェクトって言われてないよね!?
「そんなことにならないように努めるけど…一応メインキャラとキービジュアルはかやくんにやってもらう予定だから」
「ふぁっ!?」
「おぉ~! それは楽しみですね~」
「でしょう? 僕はね、ずっと夢を見ているからね。今でも夢は無限にあるから、ひとつひとつ叶えていきたいんだ」
「な、なるほど…?」
「イラスト業界と音楽業界、声優界隈もそうだし企業だってそうさ。各チームの新進気鋭でベテランにも劣らない力がある若手たちを世に知らしめたい、まだ業界は生きているんだ! ってね」
おお…かなりビッグなプロジェクトだ。そこに呼んでもらえるのはふつうに嬉しい。
「だから、是が非でもかぎっ子のみんなは参戦してもらうからね」
で、航が無理なら俺がオワタ式になると。…きっちぃ~。
でもそんな大きいプロジェクトに係れるのなら、きちぃ以上にめちゃくちゃ楽しみだ。
「流石はかやくん…じゃなくて二人だね」
航も?
隣を見ると航も同じことを思ったのか、こっちを見ていた。みるんじゃないよ恥ずかしい。
「いやいや。僕が理想としていたかぎっ子はこうじゃないとねって確信したところさ。本当に二人は理想のクリエイターだってね」
「たはは~ありがとうございます~」
航が何を考えての返事かは知らないけども…。というかメインのキービジュって。俺オリキャラ自体まだ作ったことないのに…ラフだけでも描いてイメージ掴めるようにしとかんとあかんな。
「とりあえずは次の新作で月間賞を取ってから、そのプロジェクトをお待ちすることにしますね」
俺はこうだな。
「うんうん。もちろんだよ」
そして満足そうに笑う優生さんは…尊敬する身近な大人で、遥か高いところにいる企画者でライバルクリエイターの顔だった。
「あ、別館にいるきの。ちゃんたちのサークルも結構人気だったよ? 早くいかないと完売しちゃうくらいにね」
「すみません、俺はちぇりぶろの身内なので見本の交換なんです」
「いいなぁ~」
サークル主特権なもので。
☆★☆★☆★
優生さんと別れてから航とだべってると孝宏が帰ってきて、そのあとに遅れてましろと萌衣菜が合流する。
全員が集まったのでささっと共有して俺もふらふら歩き回ろうかな? とか思いながら全員の顔を見渡すと、楽しそうで満足そうで、それでいて疲れたかのような充実した顔をしていたので、参加してよかったと思えた。
「みんな今日はお疲れさん。で、気になってる売り上げだけど、釣銭の数え間違いがなければ『20,000,000円』の売り上げのはずだ。あとで航たちはダブルチェックしてもらえると」
「あいあ~い。まっかせて~」
「相変わらずすげぇな。お前のことだから間違いはないと思うけど了解だ」
そしてみんながお待ちかねの売り上げ額を発表すると一人は顎が外れるくらいに口をぱっかーんと開きながら呆けている。ひとりはそんなもんかと平常で頷いていて、もう一人はさすがだなと軽く引いていた。そして残りは寝ているのでいつも通りだ。
印刷とか発送などの経費含めると収支としてはまぁプラスぐらいかなって感じだし。様子見でこれなら次回があればもっとやってもいいかもしれないな。
「せ、先輩も触手のやべーやつも大谷くんも…どうしてそんなに落ち着いてられるんですか!?」
両隣に並んでいるサークルはないので話しても問題は無いが、それでも一応公共の場なので小さい声で話したつもりだけど…うちのサークル内がざわざわしている。そりゃそうか。
「案件とかがまとまってくればひと月でこれに近い額が入るしなぁ」
「おれの場合は原作重版の他にも映像や小説の監修とかで入るのもあるから、こーちゃんと似た感覚だなぁ」
「慣れた」
「えぇ~…」
俺や航は思い出しながら「確かこんな感じだったような」の業界話だが、一般人の孝宏はどこか歴戦の王者みたいな風格だった。顔色を変えずに「慣れた」で済ませるあたりが謎の哀愁を感じる。案の定、萌衣菜はドン引きしていた。
「ま、ましろさんはどうなんですか?」
「んぇ…? 康太ならこれくらいじゃない? いつも通りで流石だなぁって…」
「えぇー…味方がだっれもいない…」
「沢村」
「な、なに…?」
王者が新米に語り掛けた。おそらく伝統と伝説が引き継がれるのかもしれない。
「慣れろ」
「えぇ…」
無慈悲な伝統だった。
さすがに助け船でも出すか?
「萌衣菜あれだよ。次も手伝ってくれるなら嫌でも慣れるはずだ」
「こ、これに慣れるのはちょっと…金銭感覚が狂っちゃいそうです」
それもそうか。……。
「萌衣菜! お前はそのままでいてくれ!」
「貴重な一般人枠! 超大事!!」
「お前ら息ピッタリだな」
いやだって、このサークルにいるのは世界的に有名な漫画家と神絵師のコンビに、人気Vtuberとクリエイター見習いだぞ?
貴重な一般人(売り子)が居てもおかしくないじゃないか!!
「あ、そういえば萌衣菜」
「はい? なんでしょう先輩?」
「今日お蝶さんのコスプレしてみて……どうだった?」
サークルではコスや変装仮装がルールらしいけど、18歳未満が発禁を~の条件自体はすでに突破してるし、これからも続けてくれる(と思いたい)なら、航と相談してコスプレじゃなくて仮装に変更したほうが良いかもしれないが……。
と思っていたけど、萌衣菜の目が怪しく光った。なんか嫌な予感。
「……せんぱぁい? そんなにあたしにコスプレしてほしいんですかぁ?」
あ、やらかした。
「も~、そんなにコスプレしてほしいなら早くいってくださいよぉ~! 先輩のお願いなら…あたしなんでも叶えてみせますからねっ!」
パチッとウィンクを送ってくる萌衣菜。かわいい上にウィンクが似合ってるのが腹立たしい。
……そうだな、ここまで煽られておとなしくしてるのはちょっとな…少しだけ反撃しよう。そうしよう。
「そうだな、また見たいって思うくらいには萌衣菜のコスプレも結構似合ってたよ」
「へっ?」
「おっ?」
「おっ!」
「む……」
素直に感想を言って要望も出したら四者四様…反応が分かれた。
「あの…先輩? そ、それって…ど、どういう…」
「そのままの意味だけど? また萌衣菜のコスプレ姿も見たいってこと」
「あふぅ…」
顔を赤くして俯く萌衣菜。よっしゃ勝った。何がとは言わないが!
あと航、目が語ってるからそれ以上は言うなよ? 恋愛クソ雑魚ナメクジって言ってやるなよ? 絶対だからな! わかってるんだから!
「コホン、話を戻すけど。手伝ってもらったお礼に萌衣菜には手渡しで、ほかの三人にはいつも通りに振り込んでおくから確認してもらえると。この後俺が挨拶回りしてくるから、休憩とかお客対応は……そっちに任せていいんだよな?」
「いいよいいよ~。ドローイングの時間までに戻ってく来てくれたらねー」
「それは大丈夫だ。挨拶言っても出展ブースとちぇりぶろ、ほかのサークルに行ってくるだけだから」
「はいよー」
「せ、先輩!」
「なんだ?」
次の話に移行しようと思ったが、復活した萌衣菜が遮る。もじもじしながら聞いてくるが…えっと…そういうこと? あと航と孝宏はそのにやけヅラを止めろ。ましろはどういう表情かわからない。生すら感じないのはどういうこと?
「そ、その…あたしも挨拶回りについて行っても、いいですか…?」
「来ても良いけど…いやまった」
ちょうどいいがここに人材いたわ。
「むしろ俺と一緒に着いて来てほしい。お前がいいんだ」
ご注文はこの子ですか?
「ぴゃっ!?」
「あらぁ~♪」
「あらぁ~♪」
「あらぁ~♪」
今言葉選びを盛大に間違えた気がする。
「ちょ、ちょっと待った! 一応言っておくけど、そういう意図はないからな? あわせたい人がいるってだけで」
「せっ!? せせせ、先輩!?」
「あらぁ~♪」
「あらぁ~♪」
「………」
「そうじゃなくて! うちが事務スタッフを探してるから! その話をしようと思ってるんだよ!」
航と孝宏は今でも悪ノリしてる。というか航! お前はわかっててやってるだろ!
「あっ、そっ、そういぅっ、ことですねっ! あっ、ははっ…勘違いしちゃいましたよ~」
「まぁいまのはこーちゃんが悪いよねぇ」
「……」
「むー…康太のばか」
「悪かったってましろ」
「康太のばか、もうしらない」
完全にへそを曲げてしまった…。
「悪かったってましろ。今度一緒に遊ぶか?」
「ぷい→」
「新しい衣装も作るから」
「ぷい←」
「新作のスイーツがあるんだけど?」
「…ぷい→」
「今度の休みに、駅前のカフェで新作スイーツを食べに行くか?」
「…ぷい←」
「それなら、で、デートが、いいのか?」
「……ぷ、ぷい…↓」
「わかった。次の休みにデートいこうな」
「はーいっ↑」
さっきまで左右に向いていたへちゃむくれ顔が一転して、にぱっとヒマワリが咲いたような笑顔に。昔からこの顔に弱いんだよなぁ…。まぁこれでもまだ甘やかしてるって言われそう。
「はたから見ると、ハーレム構築を頑張ろうとするクズ野郎にしかみえないよねぇ」
「まったくもって同感だな」
「…それってあたしも入ってる?」
「にゃはは」
「誤魔化さないでよ…」
あっちはあっちでわちゃわちゃしているが…正直それどころじゃないからあまり話が聞こえてなかった。
「脱線したから話を戻すぞ! えっと…俺が戻ってきたらドローイングが始まるけど、基本はかやと村崎コウとましろの三人で回すつもりだから、ほかの二人は自由にして構わない」
「まかせてぇ~」
「ましろん、急に元気になったね」
「現金なやつだ…」
ちなみにましろはいつもどおりだ。
「先輩! 自由ってことはサークルスペース内でもいいってことですよね?」
「そうだな、流石にお客さんの対応とかがあるから俺と航は話しできないかもしれんけど」
「はーいっ! わっかりましたー! おとなしく待機してます!」
「おけ。終わったら撤収作業が終わったら大学近くの焼肉を予約してるから、全員でそこに行って打ち上げして解散。って流れだけど問題ないか?」
ましろは目を肉の形に変えている、ようにみえる。すでに頭の中はまっしろのようだ。まぁましろは良いとして、ほかの三人は…問題なさそうだな。
「よし、なら俺は今から休憩行ってくる。何かあったら連絡な」
「あいあい。いってらっしゃ~」
「うい。じゃ萌衣菜、行くぞ」
「はぁい♪」
挨拶用の名刺と交換用のサイン入り新作
とテンションの高い萌衣菜を引き連れてサークルを後にした。いろいろ話をしただけなのにめちゃくちゃ疲れた…。
ふぅ…。




