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神絵師、百合を眺めました。

「え!? じゃあマジモンで子会社なの!?」

「そうですね。完全に傘下には入っておりますが、会社を立ち上げられたのも実際にゲームを販売しているのも、会社の運営はほぼ全部がななみの手腕ですよ」

「あはは…そこまで言われると照れちゃうね~…」


 タイミング良くななみさんが出勤してくる。


「あれ? 大学は終わったの?」

「はい♪ 今日の講義は1限目だけだったので」


 経済学部にいるななみさんがにこやかに答えるけど…。

 うちの大学の経済学部ってかなり面倒なはずだべ。なすってそげな笑み浮かべられちょるけん…。すごかー。


「ななみさん! おかえりなさい! なのです!」

「はい、ただいまですさくらちゃん♪」


 とてとてと歩み寄って抱き着きにいく来宮さんを迎えてハグするななみさん。

 可愛いと可愛いの融合。


「…水鳥さん、もしかしてななみさんって…」

「そうですね。彼女も私と同じで残りは必修だけのはずですよ。ほかはすでに履修済みですから」

「あっ、ハイ」


 元から出来がちがう人は違うんだぁ。

 ……。

 できる系女子の二人に囲まれる無自覚あざとい系女児(マスコット)こと来宮さん。

 うん。


「来宮さんは可愛いなぁ…」

「ぴぇ!?」

「んなっ!?」

「ぷぎゅっ!?」

「あらまぁ…」


 俺はきっと、来宮さんと同じタイプなんだろうね。

 経営とかおカネとか無理無理。考えられないわ。俺らにできるのは絵を描くことだけだから、それができれば一番。


「特に他意はないですよ。皆さん可愛いし美人なのは事実ですから」

「あぅ…うぷ…」

「ぇへへ…」

「あらまぁ…」


 危ない危ない…。

 勢いで抱きしめがベアハッグに変わる前に、光速で拘束をほどく。一瞬で来宮さんの顔が青くなって申し訳ないと思うけど、口にでちゃったものは仕方ない。そして水鳥さん、何か言いたげな表情を向けるのはやめてください。


「その…康太君もかっこいいですよ」

「な、ななみさん…ぎぶ…ぎぶ…」

「あっ! ご、ごめんなさい!!」

「ぴぇ…たすかりましたぁ……」


 ななみさんのハグという名の無自覚攻撃から解放された来宮さんが、空気を求めていた。そしてその横で顔を逸らしながら笑いを堪えて震える水鳥さん。

 …いやまぁ…俺が余計なことを言ったのが悪いんだけど。


「えっと…ななみさんと水鳥さんの経緯はわかったけど…来宮さんはどうだったの?」

「はぁ、はぁ…。ぼ、ボクはななみさんに誘われて入社したのです…い、いちおうプロのイラストレーターとしては実績がありましたのです」

「そうですね、親にはゲームの看板絵師として起用するには数字が弱いと言われましたが、実績は私たちで作ればいいんですよ、に近いことを言って納得してもらいました」

「あれを納得って言いきるななみは凄いと思うよ」

「あ、あはは…。で、でも! そのおかげでボクはここで絵が描けるので幸せなのです!」

「さくらちゃん…ちゅき!」

「ボクもななみさん、ちゅき!」

「「ひしっ!」」


 そして今度は正面から抱き合うふたり。

 …うーん、良い絵だ。


「水鳥さんはそこに混ざらないんですか?」

「うん? 私はそんな柄じゃないですよ。二人を眺めているだけで十分ですから」

「…眺めてるだけで十分って気持ちは物凄く同意します」

「…見てるだけで幸せですからね、あの二人は」


 犬のようにぐりぐりと豊満な胸に顔を押し付ける来宮さんと、甘えてくる妹をだらしない顔で甘えさせるダメ姉…じゃなくてななみさん。

 ななみさんにはいろんな表情があるなぁ…。

 …っと、そろそろ時間かな?


「話は変わりますが水鳥さん、今日から俺は何をすればいいですかね?」

「ゲームが始動するまでは、主に原画担当、うちで言うグラフィックチームには基本的に外注業務を行っていただきます。発注を受けるのは代表のななみですけど、作業進捗は全部チーフのさくらが取り仕切っていますので、内容はチーフへお願いします」


 なるほど。完全に分業化してるわけだ。


「私としては事務作業を手伝ってもらうのもいいんですが…今は全部片手間で終わりますし、外注業務も今は手が回ってますから…。そうですね、ではTowitterなどで発信してみてはいかがでしょうか? そのあとにいつものをお願いできると、広報担当としては情報を扱いやすくなるので嬉しいところですね」


 そういえば…専属になったこと、どこにも言ってないな…。

 ブラックパース(元いたバイト先)は俺のTowitterのこと知らないだろうし…。デメリットはほぼないかな。

 ならTowitterは変えるとして…。


「いつものっていうと…30分の?」

「えぇ。30分ドローイングですね。最後に告知ってことで、専属が決まりました、くらいにTowitterのフォロワーさんに報告をしてもらえれば」

「わかりました。では今から始めますね」


 お願いしますという代わりに水鳥さんがペコリと頭を下げる。

 そして頭を下げた後ろに見えたななみさんと来宮さんの二人は、まだ幸せ空間を作っていた。


「さくらちゃん!」

「ななみさぁん!」

「「ひしっ!」」


 あれは邪魔してはいけない。





 ☆★☆★☆★





 Towitterで5分後にドローイングを始めることを伝えると、どうやらまたお祭りだとかいうツイートが表示される。

 特に好んで使うタブレットはないので、会社の備品を使わせてもらうことに。流石に急ごしらえだったため、用意できたのは水鳥さん曰く2世代前のやつらしい。

 用意してもらえるだけでもありがたい。それに…。


「ん、使ってたやつよりも新しいし便利だ」


 ブラックの時よりも全然新しいからやりやすいことこの上ない。触り心地抜群で滑らかな保護シートや左手(・・)に良く馴染む持ちやすさのプロペンに至っては、絵師が作業しやすいように工夫がされているので、ななみさんや水鳥さんの配慮が知れてちょっと嬉しい。


 こういう小さな配慮もアソコとは大違いだ、ななみさんにはほんとに感謝しないと。


「じゃ、時間になったから始めるかな」


 ふふふ…今日のお題も面白そうだ…。










--side. 水鳥聖--


 『ななみのやることだから、どうせいつもの突拍子もないことだろう』


 私はななみが何かするとき、最初にそう決めつけることにしている。

 「運が良い」彼女とは幼馴染とも呼べるくらいに小さい頃から一緒だったが、目を離すとあの子はいつも常識の外側、想像の斜め上に手と足を延ばすことが多かった。


 この会社を作ることにしてもそうだ。元から美少女ゲームという業界に興味はあったのに、初めてサマコミに連れていった時、当時わずか1年で超大手サークルになった「かぎっ子」の同人誌を手に取り、「ゲームを作りたい」って言いだすと思いきや、それを飛び越していきなり親に向かって「美少女ゲームの会社を作りたい!」なんて言い出すもんだから、初めて彼女に対して本気で呆れたのはあの時が初めてだろう。


 今回もブラックパース社のバイトくんだったらしい鍵谷君を連れてきたのも、いろいろあって唐突に契約を結んできたという。

 鍵谷君の本性を知ってか知らぬか、神絵師だったのは想定外だったけども。話をしてみると意外と彼は紳士で皮なんて被っていないと思ってる。


 まぁ物理的に被っていようが私は興味ないのだが

 そう、面の皮は被っていない、と思ってたが…。

 彼は化けの皮を被っていた。


「…うそ…早過ぎ…」


 神絵師は化けの皮を何枚も被っている、ということを私はこの時初めて知った。私の中で「本物の常識の外側」というのはこういうことを言うのだなと、今までの自分の経験とななみの運の良さ、そして今起きていることに目を疑う。


 距離感を図り損ねていた彼――鍵谷康太君こと、伝説のイラストレーターの「かや。」を目の当たりにして、自分の常識が早くも崩れ去る。

 線が見えないというか彼の手がぶれ、手の残像が見えている。


 一枚の完成に掛けた時間は…おおよそ5分強。


 言っては良くないが、来宮さくらという絵師も絵は悪くないが、彼女は常識の範囲内で修まる、優秀なイラストレーター。その優秀を何人かき集めても彼には遠く及ばない。


 比較をするのであれば、過去に話題となった「ポケモソ5分モデリング」というネットで有名なTowitterのタグを思い出したが、アレを5分で描いて完成させたもの、といっても差し支えないだろう。私の目の前で起きていることをみれば、過言ではない。


(これが…本物なのか?)


 背筋に冷たいものが奔る…。それと同時になぜあの会社に埋もれる結果になったのだろうかと、憤りを感じた。

 どうして彼を『うまく使わなかったのか?』と。


「ほぇ~! やっぱりかや。様はとっても早いのです! すごいのです!」

「康太君、こんなに早かったんだぁ…やっぱりすごいなぁ…」


 『いつもの』が終わって彼女たちも満足したのか、艶々とした表情で現場に戻り、私と同じものを目の当たりにする。

 この時ほど、彼女たちをうらやましいと思ったことはない。らくがきそふとのシナリオ担当として嘆かわしいが、彼を見てどのように表現すればよいだろうか。


 様々な感想が脳裏で逡巡し、様々な感情が身体の中で交錯する。

 そして私が出した結論は「すごい」という単語なのだから、皮肉でしかない。

 彼女たちが羨ましい。


 「すごいのですー!」と、私が悩んで出した言葉をさらりと出しながら突撃するさくらは、称賛に値する。あれだけの出来事を目の当たりにしても向上心を持って話し合おうとする姿勢は、うらやましい。


「あ、ふたりとも終わりました? すみませんが水鳥さんかななみさん。ドローイングは何枚って制限あります?」


 そして余裕そうに声を掛ける康太君は、モニターから目を逸らしてこちらを見ている。その間も手が止まることはないが、ミスらしいミスをしている様子もない。


「制限はないですよ~。康太君の好きなように描いちゃってください」

「うぃー。あ、来宮さんも終わりました?」

「はいなのですー! かやさんかやさん! これなのですが……」

「あ~……」


 確認が終わり、同じ絵師としてインスピレーションを受け取ったさくらが格上の絵師に突撃をしていたが、それをあしらい、時には真面目に答えながらも、本人が一番楽しそうにしながら絵を描く手は止めない。神絵師とは……こういうものなのか?


「すごい…すごい人だ、かや。さん…」

「うーん、私としては一緒にのんびり仕事をしたいって思ってたんだけどね」


 主に彼との交渉事を務めていたのはななみだから、康太君を一番知っているのは彼女だろう、そんなななみがのんびりと言うのだから、何か裏があるんじゃないか? と予測する。情報が足りないから答えが出せない。


「…どういうことかな?」

「んーとね、……ふふっ、やっぱりナイショ♪」


 ウィンクしながら人差し指を口元に寄せてあざとくポーズをとる。けどそれはイラっとするかなぁ?


「……まぁいいでしょ。そのうち話をしてもらうからね」

「はーい♪」


 ふふふ、とにやけるななみはあとでシメるとして。

 さくらと戯れながら楽しそうに絵を描く彼の姿は「まさに神絵師になるために生まれてきた」と言っても過言じゃない。


 いちクリエイターとしても、同僚(・・)としても尊敬に値する。

 そして自分の中に宿った感情を自覚する。


「ふふ、ジャンルは違えど、彼には負けてられないな…。それ以上に…これから楽しくなりそうだ」


 さらに面白いゲームが作れそうだと、私は予感がした。


--side. 水鳥聖 fin.--

おんなのこどうしの間に挟まるおじさんは撲滅する系聖人こと、美少女ゲームが好きなふつうのひとです。

来宮さんが着た服が欲しい。この服をきて撲滅したい。なんなら来宮さんが服になりたい。文字だけで自己主張したいですわ。


あと何度も「皮をかぶっている」なんて言うのはやめてください! 全人類の9割が被っているんですから! 猫の皮も化けの皮も仮性でも!!

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