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心の極意と剣聖ロイ

「精神統一?なんだろう。でも、それは毎日していることですよね?」


それはある日のこと、ライフの師匠が武術の一つとして教えてくれた時だった。

どうやら優れた精神統一すれば、より剣術が洗練されるというものだ。

ただ精神統一は平凡な修行方法であるため、ライフは本当の意味を理解しきれていなかった。


「お主が考えている精神統一は、準備運動の一環(いっかん)に過ぎん。(わし)が言っておるのは、武術の技としてじゃ」


「すみません、師匠。まだよく分からないです」


「お主に分かりやすく言えば、覚醒状態……つまり血一滴から全身の細胞、内臓と神経、それらあらゆるものを全力以上の状態へ持ち込む事となる」


「それって精一杯に(りき)むのとは違うんですか?」


「それだと適切な脱力と柔軟が生み出せん。この精神統一は、体が常に最適解を出すようにする技じゃよ。これは肉体だけではなく、精神状態も最適にするよう訓練を積まなければならん」


要するに潜在能力を引き出した上、それを完璧に使いこなす状態へするものらしい。

だが、どれだけ説明されても想像が難しく、やはりライフは要領得ない返事しかできなかった。


「なんとなく分かったような、分からないような………。とにかく時間がかかりそうな技ですねー、というのは分かりました!」


「極めれば、案外それほど時間を要しないぞ。剣聖に届く実力者であれば、(まばた)き一つで覚醒状態へ入れるはずじゃ。また、それに比例して持続時間も長く続く」


「へぇ。ちなみに師匠はどうなんですか?師匠は瞬き一つで、その覚醒状態とやらになれるんですか?」


「わ、儂は老いたからなぁ…。それはともかく!これは心技体の一つである、心の極意に過ぎん!まだ技と体の方に極意があってな……」


これは一つの指南だ。

その指南を、ライフは黒衣の男性と対峙中に思い出していた。

そして今現在の彼は、血だらけで倒れ伏した師匠を目にやきつけながらも精神統一を(おこな)っていた。


「ふぅー………」


先程まで感じられなかった夜風を浴び、月光に照らされた光景をライフは再認識する。

全身全霊の全力を出すなら、こうして目先の相手と現状だけに囚われている場合では無い。


自分の精神を研磨し、感情を爆発させる瞬間すら適切にしなければ、実力を発揮しきれないままだ。

そして彼が全力を出す準備が整うとき、黒衣の男性は剣を持ち直した。


「剣士としての精神統一はできるのか。しかし、出来る程度ではな………」


「無双剣・悪魔(ばら)い」


改めてライフが剣術を放つ瞬間、それから全ての攻防は、刹那より遥かに短い一瞬で終える事となる。

気が付けば、高速移動で起きる突風を感じさせる間も無く、ライフは黒衣の男性に急接近していたのだ。


その接近に合わせて、ライフは既に剣を振るっている。

木々と大地を破壊し尽くした彼の剛力を考慮すれば、到底防ぎきれない攻撃となっているはずだ。

だが、黒衣の男性は全てを理解した上で動揺しない。


王神(おうじん)剣・神討(かみう)ち」


黒衣の男性はライフの剣撃に合わせて、華麗に打ち()らした。

優しくありながらも極限に鋭く、そして察知不可能な速度で刃を切り返す。

ただし、それはライフの剣術も同様だった。


そこから繋がる打ち合いは、まるで(ほとばし)る閃光が無限に衝突し合う光景。

だから無数の金属音が重なり合う始末であって、その音は夜空に響くのみならず、斬撃が周囲の大地を(えぐ)っていた。

一度刃が交えられる(たび)に破壊が生じ、同じくして吹き抜ける烈風が周辺に甚大な影響を与え続ける。


「うおぉおぉおおぉおおおおおああぁおおぉ!!」


ライフは相手と何度も打ち払いながら、雄叫びをあげた。

より自分を高めるために、より完璧なタイミングで力を発揮させるために、より正確無比なる剣術を振るうために、ひたすら心を研ぎ澄ます。

そして強烈にして最高の剣撃を、今この場でライフは体現しようとしている。

しかし、相手は顔色一つ変えていなかった。


「やはり心だけだ。こうなってしまえば、技の極意が物を言う」


そう呟いた直後、相手を完全に捉えていたはずのライフの攻撃はすり抜けてしまう。

(かわ)された。

ただルシみたく紙一重で回避された感覚は無く、なぜか体が動かない状態へ陥っていた。


「技の極意とは、一撃を振るう(たび)に剣術を進化させるもの。つまり、無限の成長を果たす極意だ。そして今、俺の剣撃はお前の体を破壊する技へ進化させた」


打ち合った際、剣から腕へ伝わる衝撃のみで、肉体の大部分が破壊させられたようだった。

そのせいで全身が痺れる。

視線すら思うように動かせない。

あとは相手が発する言葉を、黙って聞き入れる他ない状態だ。


「悪魔憑きは例外なく始末する取り決めだ。だから、ここでお前の首を切り落とす」


「ぐっ…、お……れは……!ぅあ……!」


「そう(たけ)るな。俺に数回剣を振るわせただけでも、お前は死ぬまで誇っていい。そして、その誇りを噛み締めながら逝け」


それから相手は容赦なく剣を振るい、刃をライフの首にくい込ませた。

同時にライフは走馬灯をみかけるものの、ここで諦めきれるわけが無い。

もし師匠に何と言われようと、相手を仕留める必要がある。


「おれは……!俺は!うああぁああぉあああぁアぁぁ!師匠ぉおおお!」


ライフは自分の首が数ミリほど斬られたとき、咄嗟に突き出した腕で刃の更なる侵入を防いでいた。

その代わり、無理やり差し出した腕には刃が深く達していて、骨特有の鈍い切断感覚を両者は感じていた。

よくよく見れば、ライフの片腕は半分近くまで切られている。

だが彼は痛みを(こら)え、もう片方の腕で殴りかかっていた。


「こっのぉおお!」


「ちっ……!」


黒衣の男性は、本気で無かったにしろ彼の腕と首を両断できなかったことに驚きを覚えていた。

しかも腕で防がれたこと自体が予想外であって、気が付くのに遅れていた。

きっと、そんな慢心が男性の判断を鈍らせたのだろう。

(かす)った程度ではあったが、確かにライフの殴打は相手の顔面へ触れていた。


「俺も、まだ甘いか……!ふふっ、あははは…!情けない、あぁ自分が情けないな…」


すかさず距離をとった時、黒衣の男性は自分の鼻から垂れる血を指で拭き取るハメになっていた。

ライフの並外れた剛力による殴打だ。

たとえ鼻先に指が掠った程度でも、それは骨を削り取りかねない威力が込められていた。


圧倒的な実力差からでも、捨て身の覚悟によって与えることができた一撃。

ただ状況を(かえ)り見れば、ライフは深刻な深手を負っていて相手は軽傷だ。

何一つ打開できていないし、このままでは殺されるのが目に見えている。

よって勝ち目が無い窮地が続く中、不意に家の方からアベリアの声が飛んできた。


「ライフさん!」


「あっ、ちょっと!アベリアちゃん駄目でしょ!」


アベリアが飛び出したのはアクシデントであるらしく、どこかで身を隠していたルシが慌てて引き留めようとしていた。

そんな二人の姿に気づいた黒衣の男性は、剣先をルシの方へ向けた。


「お前はルシ・クリスタルか。最強の一角と(うた)われている、変幻自在にして完全無欠の剣術らしいな。せっかくだ、俺はお前の実力も見たい」


「う、うわぁ~……なんでこうなるかなぁ~。なんか苛立っているみたいだし。最強と呼ばれるのは嬉しいけど、絶対無理に決まっているでしょ…」


どうやらルシは相手が何者なのか知っているらしく、万に一つも勝ち目が無いと言わんばかりの振る舞いだった。

実際、腰に差している鞘から剣を引き抜く様子は無いままで、悩ましい表情を浮かべる。


「もちろんライ君と師匠のためにやり返したい気持ちは強いけど、今がその時じゃないもんね。それに貴方に勝つのは、ライ君じゃないと意味無いから」


「ライ君?……もしかしてだが、お前はこの悪魔憑きを(かくま)っているのか?だとしたら話は別だ。お前も始末しなければならない」


「え~?今回だけは見逃してくれない?私の師匠を殺したことに免じてさ」


「そっちは私情で、お前たちの始末は剣士としての役目だ。あいにくだが、分別をつけさせて貰う」


「真面目なんだか不真面目なんだか、よく分からないなぁ」


ルシは呆れかえりながらも、黒衣の男性と剣を交える覚悟を決めることにした。

勝てる気がしないのは本音だが、避けようがない障害であるなら彼女は挑むだけだ。


「あーあ、しょうがない。私が時間を稼ぐから、アベリアちゃんはライ君を連れて行って。あのままだとライ君も理性を失うだろうし」


実はアベリアはあまり状況を呑み込めていない上、ライフが明らかに悪魔憑きである状態に戸惑いを抱いていた。

だが、ライフの性根を知っている彼女は見捨てるわけが無い。

まずは自身の善意を信じ、ルシの指示通りに行動した。


「分かりました!……さぁ、ライフさん!動けますか?」


「師匠……お、れは……くそっ…」


既にライフは悪魔憑きという病気により、精神状態が錯乱しかけていた。

これは過度なストレスと負傷のせいだ。

また精神統一した状態が解けていて、今の彼では長時間の覚醒が困難だった。

そうして二人が離れていく一方で、ルシは剣を引き抜きながら相手に言葉をかけた。


「あれ?もしかしてだけど、あの二人は見逃してくれるの?」


「……いや、悪魔憑きの追跡は容易だからな。あとで始末すれば良いだけの話だ」


「ふぅん、そうなんだ。だけど、いくら剣聖の一人であるロイ君でも、この後に追跡する余力が残るかなぁ?」


「なんだ。あんな弱々しいことを言っておいて、実は対等に渡り合う自信は持っていたのか」


「少しだけね。だって私、真似する才能が誰よりもあるんだよ。それはつまり、既存の技は全て習得できるということ。心技体の極意だけじゃなく、剣聖達の剣術もね」


「悪いが、単に再現するだけでは無理だ。人は誰しも自分だけの成長を遂げている。そして剣術の極意は、本人にしか体現できない」


ロイと呼ばれた黒衣の男性は、持論を持ち出して言い切った。

対してルシは鼻にもかけず、余裕綽々(しゃくしゃく)な態度で応える。


「いいよ。それなら私だけの極意を()せてあげるよ。………あぁ、ところでさ」


「なんだ?」


「師匠とライ君からの戦闘続きで、あと何割の実力を出せそうなの?」


ルシは、相手の腕が震えていることを見逃さなかった。

技の極意とやらで相手の肉体を破壊したのはロイが先だったが、実はライフも似た技を使いかけていた。

だから腕の感覚が曖昧な状態へ陥っており、先ほど首を斬り落とせなかったのは異常が出始めていたからだ。

そのことに一早く気づいていた彼女に、思わず黒衣の男性ロイは小さな溜め息を漏らす。


「………君はめざといな…。王神剣・崩壊の(ことわり)


「無幻剣・(あや)め夢」


神の如く圧倒的にして究極の最強剣術と、変幻自在にして完全無欠なる剣術。

それら二人の剣士は剣術の極意を振りかざし、お互いに全力で刃を交えた。


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