愉快な女剣豪ルシ・クリスタル
「うみゃぁあーい!なんですかぁ、これぇ~!おいし過ぎて、昇天しちゃいそうぅ~!いわば唯一無二にして至高の逸品!」
あまりにも間抜けな雄叫びで、探索してきたライフとアベリアの二人は顔を見合わせることになった。
この大声を発している人物の姿はまだ見えないが、あと少し進めば間もなくして見かけるはずだ。
だが、なんだか他人のプライベートを覗き見しようとしまっているのではと考え出す始末で、少し気が引けていた。
「えぇっと、どうする?一応急ぐか?」
「……転ばない程度に急ぎましょうか。こちらがケガしたら、相手に迷惑をかけそうですし」
「そうだな。ここまで来るのも、けっこう足場が悪い状態が続いているからな。あと急ぐだけ無駄……、とまでは言わない方が良いか。もしもの場合があるからな」
それから二人が安全を優先して行くと、やがて広々とした空間へ辿り着くことになる。
そこは天井部分に多くの隙間があるらしく、ほのかに日差しが入り込んでいるおかげで周囲の目視が可能だ。
だから歓喜の雄叫びをあげていた女性を発見するのは容易で、その当人であろう人物は焚火跡の前で居座っていた。
「さっきから洞窟環境を満喫しているのは、あの女性か。なんでこんな場所で食事していたのか、さすがの俺でも理解に苦しみそうだ」
「しかも…、こちらに気づいていませんね。確かに大きな動物は来なさそうな場所ですが、ちょっと不用心です」
「案外、俺の認定試験に関係ある人物だったりしてな!」
「うふふふっ、そんなまさか。いくら待つのが暇だったとしても、洞窟内で焚火をする試験官なんて居ませんよ」
二人とも冗談を言い合う形で会話していると、ようやく奇声をあげていた女性はライフ達の存在に気が付いたようだった。
その女性は、容姿の年齢はアベリアより少し上に思えるものだ。
やわらかい顔つきだが体格は良く、また端麗な姿勢から武の道を進んでいる者だと察せる。
何より彼女の手には、鞘に納められた長剣がある。
「あれあれ、僕が思っていたより早く来たね~」
食事に感激していた女性は口周りについていた汚れを手でこすり、軽く咳払いをする。
それから気持ちを切り替えたらしく、歩み寄るライフ達に向けて簡単な挨拶を始めた。
「ふふん!ようこそ、ライ君!僕はライ君のお師匠さんに任された、いわば試験官様だよ!どうぞお見知り置きを!」
試験官と自称する彼女は、薄めの胸を張りながら楽し気な態度で喋ってきた。
はっきり言って緊張感の欠片が無い。
しかも彼女は軽々しい対応を変えないため、本当に認定試験だという実感が湧かないままだ。
そのせいでライフは訊き返す始末だった。
「えっ、俺の師匠が?何をするのか知らないが、どうしてわざわざ洞窟内で?」
「今から行う試験は僕との手合わせだけど、ここまで到着するのも試験の一環だからね。剣豪に必要なのは注意力と観察力を含めた、いわば冒険力で総合力!」
「色々言われ過ぎて分かりづらいな……。なんというべきか、俺には難しいことだ」
「おっと~?どうやらお師匠さんが言っていた通り、ほんの少し知恵が鈍めなようだね~?でも、可愛いから良し!……ところで、隣の女性は誰かな?」
さすがに試験官の彼女でもアベリアの同行は予想外で、自然な質問を口にする。
そのため、すぐにアベリア本人が返答した。
「その、いわゆる案内役です。色々ありまして、旅は道連れって経緯がありました。…あ、そういえば申し遅れました。私はアベリアと言います」
「僕はルシ・クリスタル。親しみを込めて、気軽にルシちゃんって呼んでね!ちなみに君の事はアベリアちゃんって呼ぶから!」
「はい、ルシちゃんさんですね。あの、それで私が居ても大丈夫でしょうか?」
「うんうん、大丈夫だよ。何も問題無し!むしろ、こんな場所にまで来てくれたんだから、せっかく見届けないと損でしょ!いわば無駄足だね!」
「む、無駄足というほどでは無いと思いますが……。とりあえず手合わせするという話らしいので、離れて応援することにします。ライフさん、頑張って下さい!」
そうライフに言い残し、アベリアはルシと名乗る女性から離れて行った。
それから彼女は見守れる位置へ移動して、賑やかな応援を一人続けた。
「頑張れ頑張れライフさん!頑張れ頑張れライフさん!ライフさんならできます!絶対に勝てますよー!」
「はははっ、アベリアは凄いな。俺以上に体力を使いそうな、超全力の応援だ」
何事にも全力で取り掛かる性格なのかもしれないが、会って間もない人物のために全身全霊で応援できるのは素晴らしいことだ。
そんな凄まじい声援を受ける彼に、試験官であるルシは話しかけた。
「というわけで、応援付きの手合わせになるね!良いね、中々に羨ましい状況だよ!男たるもの、彼女にカッコいい所を見せないと!」
「あぁ、俺も普段以上に張り切らないとな!それより手合わせって、もしかして真剣でやるのか?」
「当然!そしてライ君の勝利条件は、私に二種以上の剣術を使わせること!」
「二種の剣術?それは二つ以上の技を出させれば合格って事か?」
「ううん、それは違うね。実は僕、色々な流派の剣術が使えるんだよ。天龍剣や風雷剣とか、あと君のお師匠さんの無双剣も……、とにかく沢山ね」
このさりげない発言は、剣術を極めているライフにとって衝撃的なものだった。
なぜなら一つの剣術を極めるのにも、人並み以上に優れた才能が必要不可欠と言われているからだ。
それは彼自身が身を持って体感していることで、まだ無双剣だけでも完璧に習得しているとは言い難い。
それなのにルシが数多の剣術を扱えるとなれば、彼女の才能は剣聖に近いものがあるはずだ。
「それが本当なら……、ルシちゃんは俺の格上ってことか。師匠以外の格上相手は初めてだし、けっこう高ぶるな」
「いきなりちゃん付け呼びするなんて、ずいぶんと僕に慣れ親しんでくれたみたいだね。同門の姉弟子として、嬉しい限りだよ~!」
「よし、早速始めようぜ。俺が本気でやっても問題無いんだろ」
「うん!ただ本気は本気でも、本当の意味での全力は無しだからね!」
「……殺さないように気を付けろってことか?」
「それもあるけど、ライ君の秘密をお師匠さんから聞かされているよ。だから、その力を発揮するのは無しってこと」
ルシが何を伝えたいのか、かなり遠回しな言い方だったがライフは気づく。
それは同時に、意外性を含む驚きの感情を抱かせるものだったが、理解者であるなら下手に隠す必要は無かった。
「分かった。まぁ、元より師匠からは気を付けろって言いつけられて、膨大な時間をかけて精神鍛錬させられまくったからな」
「あぁ、だから僕みたく前向きな雰囲気なんだ。いや、僕は生まれつき前向きなだけで、ライ君みたいな特殊体質持ちじゃないけどさ」
「とにかく確認は済んだし、始めるか。……さぁ、頑張るぜ!これで、俺もようやく次の一歩が進めるんだ!」
「ふふっ、それは気が早いんじゃないかなぁ。僕とて剣豪の端くれ。これは決して安っぽい称号じゃないから、そう気軽に剣豪を名乗らせてあげるわけにはいかないよ」
こうしてライフは剣豪として認められるために、数多の剣術を扱う女剣豪ルシと手合わせをする事となる。
そして、お互いに剣を手に身構えるのだった。




