二人の目標は気高く、そしてドジばかり
「さぁ到着です!ここがライフさんが武の洞窟と言っていた場所です!ちなみに一般的な名称は洞窟含め武鏡庵山で、昔は錬金素材が豊富だったんですよー!」
そこは山々に囲まれた場所で、目的地としていた洞窟は山の口みたくなっていた。
洞窟の見た目こそは採掘された跡が見受けられ、かつての鉱山跡地に思える。
加えて、岩が乱雑に降り積もったような箇所があり、いつ崩落が起きても不思議では無い有り様だ。
そして当然ながら洞窟内は暗闇に包まれている。
そのため出入り口から覗き込んだ時点で、まったく視覚が機能しない空間が広がっているのは予想できた。
「暗いな。常に目を凝らしていても、自分の足場すら見落としそうだ」
「もしかしてですが、灯りとなるものを持ってきて無いのですか?」
「正直に言うと、そういうことは微塵とも考えて無かった。持っているのは剣一本だ」
「剣だけ……。えーっと、さすがに携帯食力や医療品は持っていますよね?」
「いいや、そういうのも持ち合わせて無い」
まるで日常茶飯事の受け答えみたく、彼は呆気からんと答えてしまう。
しかし、準備の重要性を知っているアベリアからしたら、もはや戦慄を覚えそうな返答だ。
そんな彼女の反応は露骨に表れているはずなのに、未だライフは自分が軽率だと感じていない。
「急に黙ってどうかしたのか?」
「えぇっと、そのですねー…。もしもの場合を考えたら、そのままだと危険なわけでして…」
「必要になったら、現地採取すれば事足りる話じゃないのか?言われてみれば、飢えかけた事は何回かあるけどな!いやぁ、あの時は苦しかったなぁ!」
本人は楽しい思い出の一つみたく、とても明るい笑顔で語る。
だが、今から危険地帯に足を踏み入れると考えたら、いくら何でも準備不足が過ぎる。
もし世界一優れた剣術を会得しているとしても、これから遭遇する危険を完全に取り除けるとは限らない。
よってアベリアは親切心から、とある申し出を心に決めた。
「うーん……。とてつもなく不安に感じてきました」
「たぶん大丈夫だろ。俺には剣があるからな!」
「剣は武器であって、身を守るのに必要とされるのは武器だけじゃないんですよ。それに万全な状態で洞窟攻略に臨めなければ、いくらライフさんでも危険です」
「むむっ、中々に鋭い意見だ。剣は武器に過ぎない……か。なるほどな、その考え方は参考になる」
「せっかくですし、最後まで同行しても良いですか?試験とは言え、これで致命的な負傷をしたら元も子もありませんから」
「そういえば他者との協力に関して、師匠は制限を設けていなかったな。むしろ協力するのが最善だと、強く教えられた。そもそも、もう既に道案内という助けを受けている」
ライフは利口かつ柔軟な思考を持っているようで、あまり否定的な姿勢は最初から見せなかった。
それどころか非常に好意的であって、彼女が躊躇う理由は無くなる。
「では勝手ながらも、ライフさんのお手伝いをさせて頂きますね」
「どちらかと言えば、俺の方が勝手で迷惑をかけている!出会ったばかりなのに気を遣わせて申し訳ない思いだ。そして、凄く助かる!」
「良いんですよ。これも悪魔憑きを討伐してくれたお礼の一つだと思って下さい。それでは、まずは灯りを確保しましょうか」
そう言いながら、アベリアは懐から複数個の小石を取り出した。
どうして小石なんか持っているのかとライフが口に出そうとする直前、彼女は小石同士を軽くぶつけ合う。
すると小石はほんのりと輝きを帯びていき、ぶつけ合う度に光りが増していった。
これはライフからしたら始めて見る現象であって、強い興味を持って質問する。
「おぉお!凄いな!それはなんだ?初めて見たぜ!」
「これは騎士団の間で使われている携帯用の光源石です。自然鉱石では無く人工的に作り出した錬金道具でして、このように衝撃を与えれば輝く仕組みになっています」
「そうなのか。騎士団ってのは、便利な道具を使っているんだな!羨ましいぜ!」
「第二階級以上の騎士からの許可、それと使用条件を守れば、申請に応じて剣士にも渡してくれますよ。そして緊急時であれば新米騎士にも配布は許されていますので、お一つどうぞ」
「えっ、良いのか?緊急時ってより、明らかに俺の私用によるものなんだが」
「これから危険な場所を探索するので、緊急時には変わりありませんよ。それと、これもお礼ということであれば、誰も問題視はしな…」
アベリアが光源石をライフに手渡しながら話している時だった。
突如、洞窟の奥から叫び声のような音が微かに響いてきた。
「…ぅ……ぃ……!!」
耳を澄ませていたら正確に聞き取れたかもしれないが、とりあえず誰かが突発的な出来事に対して大声を上げたのは間違いない。
それほど遠い声ではあるものの、場所が場所だけに緊急性があると騎士アベリアは判断した。
「ライフさん、今の聞きましたか!?」
「分かりづらかったが、おそらく女性の声だったな」
「助けに行きましょう!あの声は、きっと危険な状態に見舞われたものです!」
「そうだったか?なぜか俺には、喜びの雄叫びに聞こえた気がするような」
二人の間には、奥から響いてきた声に対する認識に食い違いが生じているようだ。
ただライフは確信を持って言ったわけでは無く、それよりもアベリアは真っ当な意見を発言した。
「洞窟内で喜びの声をあげる女性なんて、世界中を探しても居るわけがありませんよ!まずは危険を疑うべきです!」
「それもそうだな。まだ時間の猶予はあるし、心配に越したことは無い。よし、先に声が聞こえた方へ行くか!」
「ありがとうございます、ライフさん!それでは急いで行きましょう!どうか足元にお気を付けて!」
そう言って彼女は率先して洞窟内へ進もうとするものの、まだ出入り口の場所で早くもアベリアだけが足を滑らせてしまう。
「わっ!?」
「おっと」
すかさずライフがアベリアの腕を掴む事で、彼女の転倒を未然に防いでみせた。
それは要するに、彼女の転倒する勢いに引っ張られても、ライフが平然と踏ん張れるほど安定した足場だった事になる。
そのため、彼はちょっとした事実に気づくのだった。
「……なぁ、もしかして服装が汚れているのって、何度も転んだからとかじゃないよな?」
「うぇ!?そ、そそそそんなわけ無いじゃないですか!これは、つい調査に熱中して泥水へ落ちたとか、そういうドジでは無いですから!むしろ転んだ事なんて、生まれて一度も無いです!」
「あー……じゃあ念のため、俺の近く以外で走ることは控えるように。そうじゃないと、洞窟から出た頃には凄い姿になってそうだしな」
「むぅ~!だから違うと言っているじゃないですか!私は、あの…、ちょっと汚しやすいだけです!」
よくよく見れば、彼女の服は泥による汚れが目立つ。
その泥も広く飛散した模様となっていて、転倒の際に付着したのは明らかだった。
それでもアベリアは、きっと騎士らしい見栄を少なからず張りたいのだろう。
だから彼女は服に向けられる視線を感じながらも、強引かつ早口で喋り続けた。
「それよりも早く行きますよ!これで手遅れになったら悲し過ぎます!…あと私は運動音痴じゃなくて、ちょっと周りに気を配り過ぎる性格なだけですからね!」
「え、あぁ。アベリアが気配りできる人なのは、紛れも無い事実だ。おかげで助かっているからな。…うん、この話はそれで充分だ」
まだ問い詰める行為すらしていないのに、アベリアは勢い余って自分から弱みを暴露してしまう。
しかも彼女の強気な言い方から考えるに、ただ単純に語るに落ちる癖があるのだろうと彼は気づく。
つまり隠し事が下手な性格で、小さなドジを数多く起こしてしまうわけだ。
そういう抜けている部分はアベリアだからというより、未熟な新米騎士だからなのかもしれない。
何がともあれ、二人は細々とした灯りを頼りに洞窟内を進んで行った。
ほんの少しずつ地下へ降りていく構造となっていて、やはり壁や天井部分に綻びが見られる。
既に朽ち果てている支え木も多く、生き埋めの恐怖が纏わりつく事態になっていた。
けれど、今は予見できない危険より、足場に警戒を払わなければならない状況下だ。
「これで崩落が起きたら、確かに剣一本じゃあ助からないだろうな。それに足場が悪い上、暗いせいで満足に逃げることもできない」
「どんな準備をしても、道が埋まったら終わりな気はしますが……」
「その時は邪魔になっている土砂を掘れば良いんじゃないか?」
「安易に掘ったら、それこそ連鎖的な崩落が起こりかねませんよ。こういう山中は流れる雨水や地震で地盤が緩み、安定することは無いと聞きました」
「些細な事で更なる崩落が起きても、不思議じゃないってことか。……それにしてもアベリアは博識だなぁ。俺なんかより、ずっと何でも知っている」
「安全確保も騎士の責務ですから。……っと!今、私は転んでいませんよ!むしろ転びかけてすらいませんから」
わざわざ報告してくる辺り、自分のドジ癖を相当気にしていることが分かる。
恐らく彼女がドジを踏むことは、日常的に同僚から指摘されているのだろう。
その光景は想像しやすく、せっかく優秀で勤勉なのに勿体ないと感じられた。
そう思いつつ、ライフは歩きながら別のことを話題にする。
「ちなみにアベリアは武術にも詳しかったりするのか?」
「それは一応、と言った所ですね。武術名と特長は一通り知っていますが、動きを見ただけで相手の流派に気づけるほど把握はしていません」
「技名とかを聞けば分かる感じか。歩く辞典ってやつだ」
「そう呼ばれるほど知識豊富なわけではありませんよ。ただ私は、皆さんが知っていることを知っているだけです」
アベリアは謙虚に言うが、様々な場面で活かせる知識を持ち合わせているだけで、ライフからしたら尊敬に値する。
なにせ彼にとって、正直そういう部類は不得手だ。
だから素直な気持ちで相手を褒め続けた。
「それでも自慢して良いと思うぜ。だって俺なんか、師匠に言われた通りにやっても覚えられない事が多いままだ!勉学に関しては、まず興味が持てない!」
「代わりに武術が得意なのですね。それだけでも、騎士である私からしたら羨ましい話です」
「確かに武術、特に剣の扱いは絶対的な自信がある。いずれ剣聖になるのが一つの目標だしな!」
「剣聖ですか。ふふっ、頑張って下さい。ライフさんが剣聖に至ること、私は応援しますよ」
アベリアは無邪気に微笑み、まるで親しき友のように言葉をかけた。
その彼女の様子にライフは同調し、とても快活に応えてみせる。
「おう、よろしく頼むぜ!……ところでアベリアは、どんな目標や夢を掲げているんだ?」
「私ですか?私は……、『悪魔憑き』という病そのものを根絶することですね。この未知の病は無情で、平穏に暮らしているだけの動物を悲しい怪物にさせるものですから」
「病の根絶か。それは怪物を退治するより大変な話だな!」
『悪魔憑き』に関する解決を夢として語るのは、それほど珍しい事では無い。
安寧を尊ぶ者なら一度は考えることで、大きな平和に繋がるのは事実だからだ。
ただ彼女の着眼点は少し変わっていて、そのことについてアベリアは言葉を付け加えた。
「もちろん、退治することも必要です。けれど、悪魔憑きとなってしまった動物も苦しんでいるはずなんです。何の意味を持たず、ただ生き物を殺し続けるなんて拷問でしかありません」
「アベリアが言いたいこと、なんとなくだけど共感できるぜ。現状、悪魔憑きの怪物は退治する他ないけどな」
「えぇ、そうです。ですから、いつの日か根絶するのみならず、元の姿へ戻れる薬を作れればと思います。騎士団には医学専門の方が多く居ますから」
ふと隣を歩く彼女の顔を見ると、その表情は未来に期待を寄せている雰囲気で輝いていた。
その表情のみで、どれほど彼女が本気で願っているのか誰でも分かる。
それはきっと自分が剣聖になりたい志と、遜色ない想いが込められているのだろうとライフは解釈した。
「そうか。何にしろ、分かりやすい目標で良い理想だ。それじゃあ、遠征調査とかで俺の力が必要になったら呼んでくれ!修行を兼ねて手助けするぜ!」
「はい!その時は是非ともお願い致しますね。まだ私は新米なので、独断の遠征は先の話になってしまいますが」
「別に良いさ。それまでに俺も、あの『終焉の地』とやらで、自由に活動できるくらいの力を付ける必要があるしな」
「『終焉の地』、ですか?もしかして、悪魔憑きの巣窟になっている…」
そうして、お互いについて長々と話している時だ。
再び洞窟の奥から、あの女性の声が響いて来た。
二度目の大声は反響していても明瞭に聞き取れるもので、実はほんの僅かほども窮地では無かったと二人は知る事になる。




