新米の女騎士アベリア
死闘を経た直後に、人気が無い山中で白髪の少女と出会う。
しかも少女は汚れた身なりで短剣を持っているわけだから、それは彼女が奇妙な存在だと示す状況証拠になり得る。
しかし、獰猛な怪物を始末した青年ライフから見れば、どんなに不自然でも敵意を持つほどの脅威にはならなかった。
「そうですか!ライフさんというお名前なのですね!えっと、その、とても覚えやすい名前で素敵です!あと男らしくて強そう!」
「そんなに名前を褒めてくれるなんて、お世辞でも嬉しいなぁ」
出会った数十秒後には、もう二人は呑気な雰囲気で会話をしていた。
また、すっかり打ち解けており、お互いに揃って明るい表情を浮かべている。
それは気を許した友人関係のような振る舞いであって、声色からしても警戒心を抱いていないのは明らかだった。
「それで君の名前は何て言うんだ?」
「あっ、失礼致しました!私はアベリアと申します!一応これでも、騎士を務めておりまして……」
「アベリアは騎士なのか!それは凄くカッコいい職だな!でも騎士って割には、かなり軽装な感じがするなぁ」
「えーっと。その、今日は非番というか、個人的に偵察していたというか。とりあえず、不穏となる動物の死骸を見つけたために、こうして一人で調査していたんです」
元気溢れているが、しどろもどろに感じられる受け答えだった。
そもそも非番の騎士だとして、少女アベリアの体格からは幼い印象が強い。
とは言え、明らかに子どもだと言い切れるほど未熟な体つきでは無いから、きっと見習いなのだろうとライフは推察する。
または騎士は騎士でも、事務仕事を主にした者の可能性だってある。
「そっか。でも、悪魔憑き相手だと分かっていたなら、単独調査は危険だったと思うぜ」
「まだ患ったばかりの動物だと思っていたので……。まさか既に多くの生物を喰らっていたとは、思いにもよりませんでした」
「確かに悪魔憑きという病気は特殊だ。多くの動物を喰らうことで変異が始まるけど、それでも急激な変化は遂げない。だけどな…」
「一度発症すれば変異速度は加速を続ける。そして元々は普通の野生動物だったはずなのに、やがては見るに堪えない怪物となってしまう恐ろしい病気、ですよね?」
今この世界は、二人が話したように『悪魔憑き』と呼ばれる病気が蔓延していた。
世間一般的には野生動物にしか罹らないとされており、それを患った動物は手早く殺処分しなければならない。
問題は、いつどういう経緯で悪魔憑きが発生したのか不明で、そして根本的な原因が今現在でも不明であること。
そうなってしまえば、あれこれとオカルトな噂が絶えなくなるのは自然な話だ。
何より、遥か昔から確認されているのに全てが不明な病気だから、いつの日から悪魔憑きが正式名称となっていた。
ただ全てが不明でも、とにかく脅威的で恐ろしい病気であるのは確実だろう。
更に危険度が高いのは周知の事実であって、少女アベリアも充分理解していることから、彼は少し困った反応を示した。
「さすが騎士様だ。しっかりと正しい知識を持ち合わせている。でも、そこまで理解しているなら、次は騎士らしい適切な判断をオススメするぜ」
「こればかしは本当に軽率でした。…それにしても、よく一人であれだけ変異した怪物を倒しましたね!もしかして名高い剣豪様ですか!?」
急にアベリアは目を輝かせ、嬉しそうに訊いてきた。
比べてライフは謙虚な口調で答えようとする。
「いや、自分はまだ修行中の剣士で………って、そうだ!こうして話している場合じゃない!今、その剣豪になるために試験を受けている最中だったんだ!」
ようやくと言いたくなるほど、ライフは本来の目的を思い出して慌てる。
それだけ不意の緊急事態に集中してしまったわけだが、アベリアはきょとんとした表情を浮かべていた。
「試験、ですか?でも正式な剣豪試験は、まだ先のはずでは……?」
「俺の師匠が剣豪で、認定を与えられる人なんだよ!それで今試験中なわけで…、あぁ話している暇が無い!早く行かないと!」
「あっ、はい。頑張ってくださいね、ライフさん!」
「じゃあな、アベリア!また会う機会があったら、その時にゆっくりと話そうぜ!」
ライフは姿が見えなくなるまでアベリアに向かって手を振りつつ、まるで向こう見ずな状態で走り去った。
それで一人残されたアベリアは手に持っていた短剣を鞘に納め、何か思う事があったのか立ち尽くしていた。
「なんだか元気な人だったなぁ。とても明るい雰囲気だし、あの前向きな姿勢は尊敬しちゃうなぁ」
「うぉーーい!!アベリアー!」
「えぇ!?ライフさん!?」
ついさっき別れたばかりのライフが、なぜか元の場所へ戻って来る。
そのせいでアベリアが素っ頓狂な様子を見せていると、近くにまで来た彼は笑顔で頼み込んできた。
「すまない!道案内を頼む!騎士なら地理に詳しいだろ?実は俺、自分でも信じられないくらい道に迷っているんだよなぁ!」
「えーっと。…はい、お任せ下さい!騎士として立派に務めを果たしてみせます。その、先ほどのお礼もありますから」
「お礼?よく分からないが、頼みを聞いてくれて助かるぜ!それと、なんか一方的でごめんな!」
こうして白髪少女のアベリアが一時同行することになり、道案内であるため彼女が剣士ライフを連れて行く光景になった。
その移動する途中も話題が絶えず、最初は個人活動を基本としている剣士について語っていた。
「そういえばライフさんは、これから剣豪になるにしても、とんでもない才能を持ち合わせていますよね。たった一人で…、しかも無傷で悪魔憑きを倒したわけですから」
「一つの基準として、複数人で悪魔憑きを倒せるのが剣士クラス。単独で倒せるのが剣豪だと言われているからな。そして大群が相手でも瞬時に蹴散らせるのが剣聖ってな」
「剣聖は類稀なる実力のみならず、優れた判断力やら知識量も必要とされていますね」
「あと歴史的な功績も前提条件とされているせいで、現存する剣聖は世界に三人しか居ないと聞いているぜ」
「そうです。閃光剣のルビア様、流麗剣のアリスト様、王神剣のロイ様です」
淀みなく言い述べられるあたり、アベリアは騎士として幅広い知識を備えているのが分かる。
それに悪魔憑きの追跡調査と洞窟までの道案内もこなせることを思えば、もしかしたら戦闘より工作活動を得意としているのかもしれない。
「一度でも良いから、やっぱり剣術の心得を持つ者として手合わせしてみたいぜ。どんな剣術で、どんな人なのかも知らないけどな!」
「ルビア様とアリスト様のお二方は女性で、ロイ様は男性ですよ。そして一番強いのはロイ様と言われていますね」
「同等とかじゃなく、一番強いって決まっているのか。そう優劣をつけられると、他の二人が可哀そうに聞こえてくるなぁ。剣術を極めた者なら、余計に悔しく思っていそうだ」
「あくまで噂で、これは剣術に限った話ですよ。正々堂々の対人であればアリスト様が一番強く、戦術眼はルビア様が特に優れているなど、剣聖クラスだと他にも細かな差があります」
「なるほどな。俺の師匠みたいなものか。俺の師匠は、剣術指導が誰よりも優れていると自称していたからな。それだけは引けに取らないとか何とか」
そこで師匠の話が出てきて、その話題をアベリアは促した。
「ライフさんのお師匠さんは、どのような方なんですか?他者に剣豪の資格を与えられる方は、そう数多くないと私は学びました」
「師匠は実戦から退いた身だが、けっこうな年寄りだからな。それで様々な交友関係やら実績があると言っていた」
「そう聞くと、剣術業界では有名な方っぽいですね。お師匠さんのお名前は、何と言うのですか?」
「いや、それは知らない。自分のことは師匠とだけ呼べって、厳しく言いつけられているからな」
「それは………か、変わっていますね。自分の弟子に、一度たりとも名前を明かさないなんて」
「素晴らしい人格者だとは思っているが、変わっているのは事実だな。なにせ十数年間も一緒に居るのに、自分の事を曖昧にしか話してくれないんだぜ?」
それは他人事であっても、驚きを覚えるほどの衝撃があった。
だからアベリアは真っ先に驚きの声をあげる。
「えぇぇ!?それでは、十数年も師弟関係なのに名前すら教えてくれないんですか!?それって剣術どうこう以前に、人として教えるべき事ですよ!」
「やっぱり、そう思うよな!良かったー。俺と同じ事を思ってくれる人が居てくれて」
「それにしても、十数年も一緒ですか……。つまりライフさんは、とても幼い頃から剣術を教えてもらったわけなんですね」
「そうだな。というか、俺は赤ん坊の頃に師匠に拾われた身なんだよ。それで育ててくれた」
「え?………では、育て親でもあるのに、未だに名前は教えてくれてないのですね。ますます変わったお師匠さんです」
ライフの師匠は、アベリアからしたら謎が深まるばかりの存在だった。
彼と仲良くしている事と育て親までしている事実から、ひとまず極悪人では無いと考えていいのだろう。
しかし、やたらと自身の正体に繋がる要素を隠すのは、善人より悪人に見られる傾向だ。
他に考えられるとすれば、彼の師匠は複雑な因縁を持っていて、こうして弟子のライフから情報が漏洩しないよう警戒している可能性だ。
そうアベリアが推測する一方、次にライフは彼女自身について訊こうとした。
「それでアベリアは近くの都の騎士なんだろ。普段は何をしているんだ?」
「騎士という役職ですが、私は幅広い活動を任されていますね。医薬品の管理に事務処理。あと武器の手入れと皆さんの健康管理。更には都と野外の視察も行います」
「おぉ、俺が想像していたより遥かに多忙そうだ。しかも今日は休日なのに、こうして調査とかしていたわけなんだろ?」
「うふふっ、さすがに今回は職業病みたいなものですよ。本来なら見逃しはせずとも、早急に通報するべきでしたし」
アベリアは、ついさっきまでの自分の行動に対して小さく笑う。
改めて客観視すると、やはり無謀だったと思い直す部分が多かったせいだろう。
それでも彼女は誤った判断を恥だと捉えず、胸を張って応えた。
「でも、皆さんの平穏を守り、幸福を築くのが仕事であり信念ですから。それに、好きなことを好き勝手にやっているだけです。なので、どれだけ危険で疲れていても、如何なる時でも私は騎士として尽力するつもりです」
「凄いな、気高く立派だ。まだ幼さそうなのに……」
ついにアベリアの容姿についてライフが言及すると、彼女は少しだけムッとした目つきをみせた。
日頃よほど子供っぽいと言われているのか、勢いよく主張する姿勢で言葉を発した。
「あいにくながら、これでも私は十六歳ですよ!確かに騎士になったのは昨年で、まだまだ新米同然です。ですけど、決して子どもなわけではありませんから!」
「えぇっ、十六歳だって!?」
「な、なんですか。そんな驚くほど幼く見え…」
「そうじゃなくて、十六歳でそれだけの多種多様な仕事をやり遂げているのが凄いって事だよ!しかも志が高い上、さっき言ったこと以外の仕事もやっているんだろ?これは素直に尊敬するぜ!」
「もう、うふふ……なんですかぁ。いきなり褒め殺しするなんて、ズルく無いですかぁ?ふふ、えへへへ~」
どちらも単純な一面を色濃く持っているため、青年ライフは本気で尊敬した様子で驚愕し、アベリアはにやけきった表情で照れていた。
これは両者の波長が合っているからでもあるが、それ以上にお互いが根っからのお人好しなのもあるだろう。
だから会話は自然と弾むし、ちょっとした言い合いが起きそうになっても、すぐに笑顔を浮かべている。
そのおかげで不思議な信頼感を二人は持つようになっていて、いつの間にか話は趣味の方にまで広がっていた。
こうして気を許した緩い雰囲気が続く中、ついに二人は武の洞窟と呼ばれている試験場に辿り着く。