【恋人にプレゼントを贈りたい】その3
「それでは、代金を支払ってきます」
花屋に戻ってきたホワイトがまず向かったのは店主の元だった。金のない姉妹の肩代わりをするのだという。花鉢は決して安くはない。ホワイトの手元には金貨は疎か銅貨もほとんど残らないだろう。
「本当にいいの?そのお金を使ったら、恋人にアクセサリー買えなくなるよ?」
「いいんです」
即答だった。僕を真っ直ぐ見つめるホワイトの意志は固い。この青年は僕が何を言っても聞かないだろう。
「僕はこの使い方が、一番正しい気がするので」
「せ、聖人………!」
「お嬢何してるん?ぷぷっ変なポーズ!」
「うるせえシャープ罰当たれ!」
両手を合わせてホワイトを拝む。だって見てるだけで御利益ありそうだもん。こんな純粋な若者そうそういない。ウチの兄様達にホワイトの爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらいだ。ソリを道の脇に停めてきたシャープが、僕を見て鼻で笑った。そして主人に対する不敬の罰としてクランプスにぶん殴られた。
結局、花鉢代を支払った後の残金は銅貨4枚だった。しかし店を出てきたホワイトの給料袋の中身は空っぽで、代わりに一本の赤い薔薇を大切に持っていた。
「それで、残金で一輪花を購入されたと?」
美しいものに目がないクランプスが目を細めた。
「美しい薔薇ですね」
「はい。恋人の好きな花なんです」
「いーんでなーい?己はアクセサリーより花買うのんがアンタに似合ってると思うよ」
「ありがとうございますシャープさん」
ホワイトが照れ臭そうに笑った。
「身の丈に合ってるってかんじすん、ぐへーッ!?」
「バカラス!言い方!」
この従者はデリカシーってものが欠けている。悪魔だから意地悪い言動が多いというのではなく、ただシャープの性格がぐちゃんぐちゃんにひん曲がっているだけだ。鳩尾にお仕置きのグーパンチをお見舞いすると、後ろ向きにぶっ飛んだシャープは頭から積雪の山に突っ込んだ。お前人間の姿に化けてると軟弱すぎるだろ。
「ええ………?どしたん?お嬢何でそんな機嫌悪いん?」
「うるせえ!世の中が憎い!」
「八つ当たりじゃんよ。荒んでんねえ」
全身雪まみれになったシャープが心底迷惑そうに顔を歪めた。けれど、僕の表情も同じくらい酷いだろう。だってホワイトの持つ一輪挿しが視界に入るたびに、心臓がナイフで刺されるように痛むのだ。しかも薔薇。よりによって、薔薇の一輪花。その艶やかな深紅には苦すぎる思い出がある。トラウマが甦るのだ。機嫌が悪くなるのは仕方ないだろ!大目に見ろ!
「ううっ………古傷が痛む………!」
「古傷?ベファーナお嬢様は今まで怪我されたことなど無いでしょうに。世話役の私が言うのですから間違いありません」
「心に負ったダメージ的なやつだよ!」
「へー?何かん呪い?」
「まぁそんなとこ」
興味津々なシャープを適当にはぐらかす。あまり聞かれたくない内容だし、前世云々と言ったところで頭が可笑しくなったと思われるのがオチだ。
「でもさー、雌って花なんぞ貰って喜ぶん?」
「雌言うなバカ。お前それセクハラ案件だから」
「しかしベファーナお嬢様、シャープの言うことも一理あります。女性というのは気持ちが込もっていれば贈り物は雑草でも嬉しい!なんて言いながら、内心では高価な薬草を期待する生き物ですからね」
「お前昔なんかあったの?」
意味深な物言いに下世話な好奇心が疼く。仕事一筋のクランプスの色恋沙汰なんて聞いたこともないけれど、長生きしてる分だけ色々あるのだろう。問い質してやろうと身を乗り出すと、弱々しい声が聞こえた。
「や、やっぱり花では喜んでもらえないですかね………?」
今にも消えそうな声に、ピタリと口を閉じる。3人同時に振り向くと、涙目のホワイトが居心地悪そうに立っていた。僕達の会話が聞こえていたようだ。花鉢の支払いをしてくると言い切った勇ましい姿の青年と同一人物とは思えないほど、今は頼りなさそうにしている。今の会話ですっかり自信がなくなったようだ。ホワイトの不安が手に取るようにわかる。
だって僕も同じだったから。
相手が喜んでくれることだけを考え、模索し、悩み、これだ!とようやく選んでも、自分に自信がないから胸を張れない。そんなホワイトの姿が、前世の自分と重なって見えた。
気付いたら、ホワイトの眼前へと一本踏み込んでいた。
「弱気になるな、バカ野郎!」
「痛っ!?」
渾身の一撃だった。僕の平手打ちを食らったホワイトはその場にへたり込んだ。彼は目を白黒されながら僕を見上げた。僕の突然の奇行に従者2匹も驚愕していた。
「ホワイト・バーナ!!!」
「は、はい!」
「お前にとって一番大事なことは何だ!?たっかいアクセサリー買うことか?こんな高価な物が買える俺すごいだろって伝えることか?………………違うだろっ!その子が一番、一番好きだって気持ちだ!!その想いがあるなら、どんな物でも嬉しいはずだよ!僕は花良いと思う!一輪花推しだ!自信持てバカ!やれば出来る!きっと出来る!」
「どしたんお嬢。突然キレるお年頃なん?」
「女性ならではの助言でしょうか」
いいえ、気持ちの押し付けです。
アドバイスってほどのことじゃない。僕はダメだったけれど、ホワイトには成功して欲しい。それだけだ。勝手に親近感を抱き、なんなら自分の事のように思っている。
相手を想う気持ち、相手に喜んで欲しいという願い、模索して選び抜いた贈り物。何から何まであの日の僕に類似している。だからこそ、ホワイトには幸せになってもらわなければならない!だってもし、「はぁ?花とかマジ要らないんですけどちょーウケる」なんて一蹴されるホワイトを見たら、ショックでまた心臓が止まってしまう自信がある!
「お前は幸せになるべき男だ!当たっても砕けるな!」
「ッはい、ベファーナ様!」
「がんばれよ!行ってこい、ホワイト・バーナ!!」
「はい!行ってきます!!皆さん、ありがとうございましたっ」
細い背中を叩いて鼓舞すると、ホワイトは大きく頷いた。遠ざかって行く見窄らしい背中に手を振ると、クランプスとシャープが僕に倣って片手を挙げた。
「心停止に気をつけろよ………!」
「………心停止?成る程、人間は花を贈るだけで命の危険に晒されるのですね。勉強になります」
クランプスが見当違いな解釈をする。面倒なので訂正はしないでおこう。
「それんしてもお嬢がやる気んなるとか珍しー」
「何にせよ良い傾向です。きっとサンタクロースとしての自覚が芽生えたのでしょう。ぐうたらで何をするにも死んだ魚のような目をしていたベファーナお嬢様がこの短期間でこれほど成長されるとは。私奴は感激しました………!」
「お嬢やったじゃーん、クランプスさんに褒められるとかレアじゃんね」
頭の後ろで手を組んだシャープがどうでもよさそうに言った。
いや素直に喜べないんですけど。
クランプスは褒めてるつもりだろうが、貶されてるとしか思えないのはどうしてだろう。もやもやするのを通り越していっそ腹立つわ。
「泣くなよクランプス。良かったらこれ使う?」
「いえ、結構です。汚泥同然のお嬢様の鼻汁付きハンカチなんて、恐れ多くて私にはとても使えません」
「ホントに失礼すぎんだろ!?お前が一番不敬だからな!!」
仕返しにと、目を潤ませるクランプスに僕が鼻をかんだハンカチを差し出す。高速で払い除けられた。
雪が深々と降るなか、ポツリと、白銀のなかに一輪の薔薇が咲いていた。透明のフィルムで包まれ、金色のリボンでラッピングされた美しい真紅は、先ほどまで青年の手のなかにあったものだ。雪のなかに落ちた赤は一層鮮やかに見える。震える手で地面に落ちた一輪花に手を伸ばすホワイト・バーナだったが、それより先に細い指が拾い上げた。素朴で愛らしいその女は顔を近づけて薔薇の香りを楽しむと、ふわりと柔らかく微笑んだ。そして寒さで悴んだホワイトの手を取り、温めるようにぎゅっと握り締めた。
「ウフフ。うっかり落っことすなんて、本当におっちょこちょいなんだから」
「ごめん、早く渡したくて慌てちゃった。それより………気に入ってくれた?」
「ええ、とっても素敵なプレゼントをありがとう」
甘ったるい雰囲気が二人を包み込む。気温は0度を下回っているが、ホワイト達は寒さなんて気にならないのか、いつまでも楽しそうに笑いあっていた。
その仲睦まじい恋人達のやり取りを屋根の上から見つめる影が3つ。艶やかな翼を持つ巨大なカラスと、闇より黒い毛並みの山羊頭の長身と、青いナイトキャップとワンピースを身に纏った少女。見習いサンタクロース御一行改め、人の恋路を盗み見みし隊である。
「どうなったか見に行こう!」
と僕が誘うと、意外にも2匹の従者は快諾した。やはりホワイト・バーナがどのような結末を迎えたのか気になるらしい。
「もし心停止したら直ぐ病院に連れて行かないと………!」と心配したのも束の間。恋人と落ち合ったホワイトはプレゼントを贈ることに成功し、楽しそうに笑い、互いの体温を共有するように抱き合った。絵に描いたような幸せなカップルにクランプスとシャープは息をついた。
「おーし、上手くいったんじゃんね。ラブラブじゃんかー」
「そのようです。良かったですねベファーナお嬢様、あの青年が気掛かりだったのでしょう?」
クランプスが窺うように笑った。けれど、僕は笑う気分にはなれなかった。勿論ホワイト・バーナの幸福を願ったさ。なのに腹の中を蠢くこのどす黒い感情はなんだろう。
「………思ったんだけどさ」
地を這うような声がした。それが自分の口から発せられたものだと気付く余裕は今の僕にはなかった。
「片想いならともかく、恋人同士なら相手はホワイトが貧乏なのを知ってるだろ。だったら何を贈っても喜ぶんじゃね?」
「お嬢それ言っちゃダメなやつじゃーん」
「最初から青年の勝戦でしたからね」
肯定する従者達の言葉に眉を顰める。そして気付いてしまった。胸を占めたのは祝福する気持ちではなく、嫉妬心であることに。僕の性根が自覚していた以上に捻くれていることに。人の不幸は蜜の味、ならば人の至福は猛毒だ。嬉しい反面、羨ましくて仕方がない。
「クソがッ!!」
「応援したり妬んだり忙しーのな」
「ベファーナお嬢様、お口が悪いですよ」
悪態吐く僕にクランプスとシャープが呆れ顔をした。知ったことか。素直に羨ましいと叫んで何が悪い!眼下で頬を寄せ合う恋人達に唇を噛む。不幸になれ!とまでは言わない。それはさすがにあんまりだろう。僕だって多少なりともこの結果を望んでいたのだ。ただ、飛んできた雪玉が顔面に直撃して恋人の前でカッコ悪いところ見せろ!ぐらいは思うけど。
「リア充め!せいぜい幸せになれやボゲェ!!」
「リア充って何語なん?お嬢語?」
「うっさい!次行くぞ、次ィ!!」