【恋人にプレゼントを贈りたい】その2
すべての花が完売したのは17時になる頃だった。サンタクロース効果のおかげで(と言って店主は平伏した。もうそれでいいや)、花は飛ぶように売れた。今にも小躍りしそうなくらい上機嫌な店主を見たところ、例年の倍以上売れるという予想を遥かに上回ったようだ。最後の客を見送った店主とホワイトは、まるで戦友のように固く握手した。
「長いこと商売をしていますが、こんなに売れたのは初めてです!これも全てベファーナ様のおかげですな!」
「役に立てたのなら良かったよ」
「バーナ君もありがとう。働き者だし、客受けもいいし、今日は本当に大助かりだ!これ、お給料ね」
「ありがとうございます」
店主から手の平サイズの麻袋を受け取ったホワイトが早速紐を緩める。中には金貨と銅貨が数枚入っていて、ホワイトは目を見張った。
「えっ!こんなに!?いいんですか?」
「勿論だ、受け取っておくれ。キミはその報酬に見合うだけの働きをしてくれたってことだよ」
「あ、ありがとうございます………!」
ホワイトが全身を戦慄かせる。今にも嬉し泣きしそうだ。
「これでプレゼントが買える………!」
「やったじゃーん。キラキラがいっぱいじゃんよ」
勝手に麻袋のなかを覗き見したシャープが言った。ホワイトに負けず劣らず目を輝かせるシャープは光り物が大好きだ。
「はい、これも全てベファーナ様の仰った通りです。労働は素晴らしい!とても達成感があります!」
「でしょ?」
「あーらら、洗脳されてら………」
「聞こえてんぞシャープ」
生意気な口をきく従者を睨み付けると、シャープは下手くそな口笛を吹いて誤魔化した。
「おや?」
その時、クランプスが何かに気付いた。培養土が詰まった袋に隠れるように置いてあった鉢を持ち上げた。美しいクリスマスの花が咲いた鉢には住所タグが付いている。
「配達用の花鉢がひとつ残っていますね」
「マジかよ。場所は?」
背伸びして住所タグを見ようとすると、クランプスが僕の視線の高さまで花鉢を下げた。
「すみません!見落としてました!此処は、………町外れですね」
慌てて駆け寄ってきたホワイトが答えた。
「遠いん?」
「少しだけ。今から急いで届けてきます」
「時間は大丈夫なのか?配達の商品はすべて代引きだ、また此処に戻って来なくちゃならんぞ。あとで俺が持ってくよ」
「大丈夫です店主さん!配達は僕の仕事なので、ちゃんと最後までやらせてください。それにこう見えて足は速い方なんです」
そう言うとホワイトが力こぶを作って見せた。腕っぷしの強さをアピールしたいのだろうが、ホワイトの細腕では軟弱さが強調されただけで、一層貧相に見えた。そもそも配達に必要なのはスピードだから腕力は関係なくね?と思ったが、ホワイトのやる気を削いではいけないので口には出さなかった。
しかし、今ホワイトが重要視すべきは配達を終わらせることではない。恋人へのプレゼントを買うことだ。そうこうしているうちに店の置き時計の針は17時を過ぎているし、例えホワイトが俊足だとしても、ゆっくりとプレゼントを選ぶ余裕があるとは思えない。想像の範囲内でしかないが、恋人へのプレゼントってのは相手のことを考えながら買うものだと思う。時間がないぞと焦りながら適当に見繕うものではない。とくにこの青年には時間を掛けて吟味してほしい。一日中汗水垂らして働いたホワイトにはその権利があるのだ。
「なぁホワイト」
「?はい、ベファーナ様」
花鉢が割れないように梱包していたホワイトが顔をあげた。作業を中断して僕をじっと見つめるホワイトは、まるで神の啓示を待つ信者のようだ。ならば僕とっておきの決め台詞を授けて進ぜよう。
「ダッシュで届けようとするのもいいけどさ、僕はキミよりも速く移動出来るヤツを知ってるぜ」
そう言ってホワイトの横に立つクランプスへと視線を滑らせる。リボン掛けを手伝っていたクランプスはきょとんとした。この従者は賢いから僕が言わんとすることが分かるのだろう。だからこそ驚いたのだ。
僕が良い子に手を貸そうとしていることに。
「まあ………あれだ。子供の夢を壊さない為にも、少しはサンタクロースらしいこともしなきゃな」
「素晴らしい心掛けです、ベファーナお嬢様」
クランプスが優しく微笑む。まるで親が子供を慈しむような眼差しを向けるものだから、気恥ずかしくなって視線を逸らす。腹の底がムズムズする。褒められる事に慣れていないと、こういう時に心底反応に困ってしまう。
「ンッンン゛!!」
さあ、仕切り直しだ。
咳払いするとクランプスが頷いた。
僕が見つめる。
クランプスが見つめ返す。
視線がかち合うと、ふたり同時に振り返った。レジスターの台に売上金をタワーのように積んで遊んでいたシャープが僕らに気付いて手を止めた。この従者は怠け者だが、察しが良い。僕の考えを読み取り、思い切り顔を顰めた。クランプスが有無を言わせぬような威圧的な笑みを浮かべた。
「ていうわけだ、シャープ!」
「………己はヤだ!」
「お前の意見は聞いてません」
「こんばんは、お届け物です!」
住所タグに記載されていた町外れにある家には、ものの数十秒で到着した。
僕のソリに乗れたことにホワイトは感涙に咽んだ。クランプスに半ば脅されるかたちで僕らを運んだシャープは、巨大なカラスの姿で屋外に待機している。どうせ戻る時も自分が運ぶのだからいちいち人間に化けたりカラスに化けたりするのが面倒だからという。
「ひっ!?」
ホワイトが呼び鈴を鳴らすと、こぢんまりとした赤い屋根の家から出てきたのは幼い子供だった。5歳くらいの女の子は、ポーチの横で羽繕いするシャープを見て小さく悲鳴をあげた。そしてホワイトの後ろに立つ僕に気付き、歓喜の声をあげた。
「サンタクロースさまだ!」
「どーも」
「えっえっ?なんでサンタクロースさまがいるの?」
「彼の手伝いだよ。キミん家にお届け物をする、ね」
僕が指差すと、ホワイトが一歩前に出た。女の子の目線に合わせてしゃがみ込んだ。
「配達が遅くなってごめんね」
「クリスマスのおはな!」
透明な包装フィルムから見えた真っ赤な花弁に女の子は声を弾ませた。全身で喜びを表現するようにその場でぴょんぴょんと跳ねる姿に、ホワイトが小さく笑みを浮かべる。もっとよく見ようと女の子が近付き、ホワイトは花鉢を差し出した。
「ありがとう、おはなやさん」
「ちょっと重いから、落とさないように気をつけてね」
けれど、女の子が花鉢を受け取ることはなかった。
「何してるの?」
戸惑いと警戒が滲んだような声がした。家屋から出てきたのはホワイトと同い年くらいの少女で、病気なのか時折強く咳き込んでいた。
「………おねえちゃん」
女の子が呟いた。さっきまでのはしゃぎようが嘘みたいに大人しくなってしまった。妹を一瞥した姉は、玄関先で膝を折るホワイトに訝しむような視線を向けた。妹を自分の後ろに隠すことを忘れずに。幼女に花鉢を押し売りするセールスマンとでも思ったのか、完全に不審者扱いだ。
「どちら様?」
「花屋の配達員です。ホワイト・バーナといいます」
「それは?」
「ええと、注文されていた花鉢です」
「花………?そんなもの注文した覚えは、」
と言い掛けて少女ははっとした。口を噤むと、足元で縮こまる妹を睨み付けた。
「また勝手なことをしたの?」
「ご、ごめんなさい」
「あなたって子は………ッ」
「お、おねえちゃん………!」
眉を吊り上げた姉は叱咤しようとしたのだろう。しかしそれは叶わず。ヒュッと喉を鳴らしたかと思うと、途端に激しく咳き込んだ。体をくの字に曲げた顔色の悪い姉を幼い妹は不安げに見上げた。
「レディ、大丈夫ですか?」
僕の後ろに控えていたクランプスはすかさず胸ポケットからハンカチを出して、彼女に渡した。まるで恋人のように寄り添い、今にも倒れそうな痩せた肩を抱いて支えた。
「よろしければお使い下さい」
ええ………何そのさりげない気遣い。有事の際に女子へ差し出せるようハンカチは常に持ち歩いてる系男子かよ。言っとくけどな、僕だってハンカチくらい持ち歩いてたぞ。ただ差し出す相手がいなかっただけだからな!
僻み根性を丸出しにしながら燕尾服姿の従者を睨み付けていると、
「ありがとうございま………えっ?」
ハンカチを口に押し当てた彼女が目を白黒させた。
妹とホワイトにばかり意識を向けていた姉は、第三者からハンカチを受け取って、漸く僕らに気付いたらしい。手持ち無沙汰でナイトキャップの先端にくっついたぼんぼりを弄っていた僕を見て、声にならない悲鳴をあげた。
「サ、サンタクロース様!何で此処に!?」
「そのやり取りは妹チャンとしたからもういいよ。それより、どういうこと?」
ホワイトが持つ花鉢を指差すと、姉はばつが悪そうにした。
「妹が、私に黙って花を頼んだんです」
「マジか。やるなぁ」
「………ベファーナお嬢様」
つい素直に感心してしまい、クランプスが咎めるように僕を見た。確かに家の人に内緒で商品を注文したのは褒められたことじゃない。けれど幼稚園児くらいの年齢の子が花屋までの遠い道のりを歩いたガッツは讃えてもいいんじゃないか。僕がはじめてのおつかいをしたのは小学生になってからだった。そういやチビッ子がカメラに追っかけられながら、ひとりでおつかいをするテレビ番組があったな。最近の子供はしっかり者が多いんだなあ。
「すみませんが、それは持ち帰ってください」
申し訳なさそうに少女が言った。
「なんで?」
「代金を払えないんです」
今度ははっきりとした口調だった。
「昨年に私達は両親を事故で亡くしました。働き手を失って以来、毎日生きるのがやっとです。私も肺を患っていて満足に働けませんから。食べるのもやっとなのに、花を買う余裕なんてないんです」
「なるほどね」
「わざわざ届けてくれたのに、本当にすみませんでした」
深々とお辞儀をしてから少女は踵を返す。その背中に、「いいじゃん。せっかくのクリスマスなんだし、そんなケチくさいこと言わないでさぁ」なんて無責任な言葉を掛けることはしない。人それぞれ。うちはうち、よそはよそ。人様の家庭事情に悪戯に首を突っ込むほど悪趣味じゃない。金がないなら仕方ない。家のなかに消えてゆく後ろ姿を見つめながら、妹はポツリと呟いた。
「おねえちゃんね、さいきんげんきないの。おくすりのんでないからかなぁ」
「そうなんだ」
とホワイトが応じた。
「だからね、クリスマスのおはなをみたら、げんきがでるかなっておもったの」
「めっちゃいい子じゃん………」
と僕は泣いた。
しょんぼりする妹の姿に思わずほろりとしてしまう。幼いながらも病気の姉を元気付けようと一生懸命考えたなんて、泣かせる話じゃないか(「花見たくらいで元気んなるわけないじゃんよー」と憎まれ口を叩くシャープには特大の雪玉をぶつけて黙らせた。血も涙もないやつめ!)。ドラマによくあるベタな展開だけど、いざ目の当たりにすると胸を打たれるものがある。
「ベファーナお嬢様、よろしければお使い下さい」
溢れる涙をそのままにしていると、クランプスがハンカチを差し出した。
「お前何枚ハンカチ持ってんだよ。用意周到すぎて逆に引くわ」
「これはお嬢様用です。間抜け面でうたた寝した時に垂らした涎を拭ったり、食事中にみっともなく汚した口元を拭く用です」
「あっそう」
いちいち棘のある言い方をしやがる。腹が立つのでハンカチをむんずと掴み、思い切り鼻をかんでやった。ふわふわで肌触りが良くて余計癪に障る。
「サンタクロースさま、おにいちゃん………せっかくきてくれたのにごめんなさい。おわびにわたしのたからものをあげます」
ポケットを探り、女の子がおずおずと差し出したのはフェルト生地で作られた花の髪飾りだった。少し形が歪で、裁縫が苦手なりに精一杯作ったのだろうことが分かる。
「可愛い髪飾りだね」
とホワイト。
「えへへ、おねえちゃんがつくってくれたの!」
女の子は満面の笑みを浮かべた。
「………なんだかなぁ」
2人の切ないやり取りを、僕はやるせない思いで眺める。
そう、眺めるだけだ。
僕が魔法を使えば、クリスマスの花を作ってやれる。雪で出来ているから、金の心配をする必要もない。けれど僕はそれをしない。
なぜなら、サンタクロースが良い子のお願い事以外に魔法を使うことは禁止されているからだ。手当たり次第に魔法を使うことは、人々に怠惰な感情を芽生えさせ、利己的な人間を生み出す要因となる。父様が百年かけて淘汰した《《悪い子》》を再びこの世に蔓延らせてはいけないと、長兄が取り決めた掟のようなもの。
つまり僕は目の前にある、世界中にありふれた小さな不幸のひとつを見守ることしかしない。さて、どうなることやら。ホワイトと幼い女の子を見つめた。
「……………それじゃあ」
不意に、ホワイトが動いた。
小さな両手で差し出された髪飾りを掴むと、それで妹の髪をひとつに結んでやった。ホワイトは微笑むと、両手の空いた女の子に花鉢を持たせる。そしてポケットから麻布を取り出し、なかに入っていた金貨数枚も握らせた。
「これでお姉さんの薬を買いな。残りのお金で夕食を買って、お姉さんと一緒にお腹いっぱい食べるといい。そして花を飾って、クリスマスを祝うんだよ」
目をぱちくりさせる女の子の頭をホワイトは優しく撫でた。
「………いいの?」
「もちろん。僕からのクリスマスプレゼント」
クリスマスプレゼント。
それは魔法の言葉だ。聞いた者に幸福と喜びを与える。たちまちに目の輝きを取り戻した女の子は顔を染めた。
「ありがとう、おにいちゃん!」
「どういたしまして」
「おねえちゃんにみせてくる!」
小さな手で花鉢を大事そうに抱きかかえ、くるりんと回れ右をする。動きに合わせてポニーテールと髪飾りが元気よく揺れた。
「おねえちゃーんっ」
家のなかに駆けてゆく小さな背中を見送り、ホワイトは満足そうな顔をして立ち上がった。振り返って僕と目が合うと、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。愕然とする僕がアホ面を晒していたからだ。
「お嬢様、みっともない顔はお止めなさい」
クランプスに窘められて、慌てて開いた口を塞いだ。
「ど、どうかしましたか?」
「それはこっちのセリフだよ!いつも慈善事業してるの!?」
つい興奮して大きな声を出してしまった。けれどホワイトは穏やかに笑うだけだった。
「まさか、そんな。少しばかり余裕が出来た時だけです」
「自分だって余裕ないのに!?」
「だからこそですよ。貧しい者の気持ちはよく分かりますから。苦しい時こそ、助け合わないと」
「そ、そうか………」
きっぱりと言い切るホワイトにたじろいでしまう。彼のうしろに後光がさして見えたのだ。コイツ僕等よりよっぽど聖人じゃねぇか。
そして理解してしまった。勤労なこの青年がどうして貯蓄もなく、貧困層代表みたいな格好をしているのかを。
浪費家なんてとんでもない!困っている者がいれば手を差し伸べずにはいられない、ホワイト・バーナは愚かなくらいのお人好しなのだ!
「それに今日はクリスマスですし。子供にはお腹いっぱい食べさせてあげたいじゃないですか」
「あなたが聖人か………!」