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クリスマス、爆発しろ!  作者: 2138善
3/14

【恋人にプレゼントを贈りたい】その1

ノエル一族の聖人聖女は、みな不老長寿だ。なので赤子から老人まで、短命な人間は子供同然という認識を持っている。だからノエル一族にとっての良い子とは全人類を指した。しかも悪い子はニコラウス・ノエルによって世界から淘汰されているので、利己的な考えの人間はいないのだ。よって、サンタクロースにどうしても叶えてほしいと願い、僕らの元に届けられる手紙は、実のところ数としては少ない。だから自分の力ではどうにもならない、人智の及ばぬ願望がある時にだけ、人々はサンタクロースに託すのだ。サンタさん、どうか僕らのお願いを叶えてって具合に。

それが【良い子のお願い事】だった。






【良い子のお願い事リスト】

日 付:聖暦1224年 聖日

国 名:ヴィクセン国

氏 名:ホワイト・バーナ

性 別:男

年 齢:17歳

願 い 事:恋人にプレゼントを贈りたい





その青年は、見るからにしみったれていた。

服は継ぎ接ぎだらけで、まるでパッチワーク。靴はボロボロで底が磨り減っている。前歯が一本欠けていて、笑うと愛嬌のある間抜け面になった。

僕の初仕事はホワイト・バーナという青年の願いを叶えるものだった。野菜畑の隣に降り立った僕らに気付いたホワイトは、掘立て小屋から慌てて出てくると、穴の空いた帽子を脱いで深々とお辞儀した。


「本当にサンタクロース様が来てくれた………!」


「………サンタクロース様は止めて」


神を崇拝するような眼差しに早くもげんなりする。僕が眉間を寄せると、ホワイトは弾かれたように顔をあげた。


「あっ、すっすみません!………気を悪くされましたか?」


「いえ、そういうわけじゃなくてサンタクロースって呼ばれるのが………苦手なんです」


本当は大嫌いだが、敢えて濁した言い方をした。サンタクロースがサンタクロースを嫌悪していると聞かされても困るだけだろう。


「僕のことはベファーナって呼んでください」


「はいベファーナ様!見習いサンタクロース御就任、おめでとうございます!」


「どうも………」


「礼儀正しい人間ですね。好感が持てます」

とクランプスが言った。


「確かにぃ。人間にしちゃ良いヤツっぽいのな」

シャープが相槌を打った。


「………そうだね。まさしく良い子ってかんじ」


僕の後ろからひょっこり顔を出した従者2匹の意見には同感だ。ホワイト・バーナという青年はしみったれている。失礼だとは思うが貧困を絵に描いたような格好だ。けれど好青年という言葉が相応しい人間だと思った。礼儀正しく、感じも良い。印象というのは出会って数秒で決まるというが、すでに僕はホワイトに好印象を抱いている。本当に17歳なのか?17歳っていえば高校生の年齢だ。遊んで騒いで大人をナメて色恋沙汰に浮かれて(僕は無縁だったけど)、誰かに敬意を示すことなんて考えていない年頃だ。こんなに落ち着いた17歳を初めてみた。


「狭い家ですが、よければお茶でもどうぞ」

と促すホワイトは本当に良く出来た人間だと思う。


ホワイトが淹れてくれた紅茶は、古すぎて味がしなかった。けれど僕は何も言わずにすべて飲み干した。


「ところでお前達、その格好はなに?」


ボロい椅子に座る僕は、両隣に立つ2人の男を交互に見る。

長身の美男と、痩躯な少年。知らない顔なのに、2人は僕の知っている声で喋る。

クランプスとシャープの声だ。


「獣の姿だと人々を驚かせてしまうので。人間のなかに溶け込むには、人間の姿に化けるのが一番なんです」


と言ってクランプスは優しく微笑んだ。どんな冷たい心を持った女性でも落とせそうな女殺しの笑みだ。

今のクランプスはいつもの山羊頭ではなく、ブロンドの髪を横で分けた美男に化けている。いかにも執事ですといった燕尾服を着ているけれど、これが高級ブランドのスーツ姿をしていたら何処ぞのホストかと見間違えそうだ。執事感を追及して、わざとらしく片眼鏡や懐中電灯を身に付けていなくて良かった。さすがに胡散臭くてコスプレ感が滲み出るだろうから。


対してシャープは庶民的だ。パーカーと細身のスラックスという学生のような格好で、中学生ですと言われたら信じてしまいそうな童顔だった。長い前髪とバカでかい丸眼鏡で顔を隠そうとしているが、黒髪の隙間から見える吊り目が生意気そうな印象を与える。


「それで、ホワイト・バーナ。キミの願い事なんだけど」


と切り出したのは僕だ。羊皮紙リストを広げ、本人確認をすると、ホワイトははにかんで俯いた。


「ご覧の通り、僕は裕福から程遠い存在でして。恋人にも何ひとつ贅沢させてあげられません。でも今日はクリスマスでしょ?だから、せめて恋人に何かプレゼントしたいんです」


「ちなみに仕事はしてるの?」


「町外れの農場で働いています。でもどうしてか、なかなかお金が貯まらなくて」


それを聞いて、おや?と思った。

真面目そうに見えるが、浪費癖でもあるのだろうか。驚くことではないが。人間は表と裏の二面性を持っているというのが僕の持論だ。前世で僕が恋していた後輩だって、可愛い顔して内面はひどく歪んでいたし。


「お願いしますベファーナ様!僕の願い事を叶えてください!」


「………つまり、恋人に贈るプレゼントを僕に用意してほしいと」


「はい。貴族が身に付けているような、宝石が埋め込まれたネックレスや指輪をあげたら、彼女も喜んでくれるかなって」


そこまで聞いた僕の、ホワイト・バーナへの印象は変わらない。素朴で、礼儀正しい、好青年。


「なめんなよ」


けれどやはり17歳というか、考えが甘いというか。

通常、何かを購入するには金銭がいる。

そして金銭は、願ったところで空から降ってきたりしないのだ。

もちろん、サンタクロースに願ったところでも、だ。そんな簡単に金が手に入るのなら、みんな大金持ちになれるだろう。


「………僕が死んだときの、東京の最低賃金は時間額1013円だった」


「え?今なにか言いました?」


「女性用のアクセサリーの値段は知らないけど、きっとこの世界でも高価なものなんだろうね」


「あ、はい、そうなんです。だから………」


「だから、あっさりと手に入ると思ってるのがダメだ」


「え?」


高校を卒業してからブラック企業に採用されて12年間。休日出勤にもサービス残業にも泣き言ひとつ言わず励み、馬車馬の如く働いてきた元社畜の心に、この青年は火を付けたのだ。


「貧乏だからって諦めんな!」


「お嬢も大概オブラートに包まんよなー」


「報酬が欲しかったら、それに見合うだけの労働をしなきゃダメって言ってんの!」


つい熱くなって立ち上がる。僕の脚に当たって倒れた椅子は、床に衝突した拍子に壊れた。まさか僕が感情的になるとは思っていなかったホワイトがぎょっとして僕を見た。言っている意味がわからないという顔だ。


「なるほど、稼ぐに追い付く貧乏なしというやつですね」


クランプスが頷いた。僕の言葉を自分なりに解釈したらしい。だがクランプスの言葉が理解出来ず、反応に困ってしまう。意味がわかるほど僕は博識じゃない。


「クランプスさんの言うことはいっつも難しいんよな」


シャープが僕の気持ちを代弁した。


「兎や角言わずに働けってことですよ」


言い聞かせるようにクランプスが優しく言った。ざっくりした要約だけど、間違っていないので良しとしよう。


「サンタクロースなんかにお願いするよりも、自分で稼いでプレゼント買った方がいいって!」


「え?ですがベファーナ様、もう時間がないですし………」


ホワイトの肩を掴んで激しく揺さぶる。思った以上に細くて、椅子みたいに壊れるんじゃないかと心配になった。ちゃんと食べてるのだろうか?

ホワイトが年季の入った壁時計を見上げる。時計の針は午前7時を差してした。


「恋人とは何時に会うの?」


「18時に会う予定です」


「じゃあ大丈夫、まだ11時間ある!僕も手伝うから頑張ろう!労働は国民の義務だ的なことが法律にもあった気がする!」


「………法律、?」


「法律!だから、分かった!?」


「………ええと」


「返事!」


「…………わ、わかり………ました」


「よし!」


捲し立てる僕に気圧されて、ホワイトが小さく頷いた。言質も取れた。従者2匹の証人もいる。もはや逃げ場はない。となれば行動あるのみだ。ホワイトの荒れた手を握ると、意を決したように今度は強く頷いた。


「法………?なんなんかんルール?」


「さあ?ベファーナお嬢様ルールでしょう」


勇み立つ僕を見て、クランプスとシャープは揃って首を傾げた。








「回りくどいやり方ですね。何故魔法で贈り物を作ってやらないのです?」


と言ったのはクランプスだ。身支度をするホワイトを外で待っていると、いつの間にか背後に立っていた従者に少し驚く。お前は忍者か。クランプスは首を傾げていて、僕のやり方を非難しているわけではないらしい。父様ニコラウスをはじめとする多くのサンタクロースに随伴してきたクランプスは、僕よりもサンタクロースの仕事を熟知している。良い子のお願い事はサンタクロースが魔法を駆使して叶えるのがセオリーだ。


「そっちの方が効率いいのは知ってる。魔法だと一瞬だもんな」


「ええ」


「でも、それじゃダメなんだよ」


ノエル一族の魔法は雪を操るものだ。念じるだけで雪から色んなものを作り出せる。雪だるまから金銀財宝、有機物も無機物も、それこそ人間だって。

しかしその魔法は期限付きだった。まるで12時を告げる鐘が鳴ったら魔法が解けてしまうシンデレラのように。ノエル一族の魔法はクリスマスの日だけのもの。聖日そのひが過ぎれば作り出したものは溶けて、一瞬で雪へと戻る。

人々はノエルの魔法をクリスマスの奇跡だというけれど、僕はその呼び方が好きじゃない。だって詐欺みたいじゃないか。僕が子供の頃に好きだったアニメ映画にも似たようなシーンがあったと思い出す。湯屋に訪れたカオナシが土塊を砂金に変えてちやほやされていた。けれどそれは一時のまやかしで、砂金が土塊に戻った時の湯屋の女主人の慌てようは酷いものだった。

それと同じだ。魔法で作ったプレゼントを贈っても、次の日には溶けて消えてしまえばきっと落胆する。ホワイトも、その恋人も。ならばホワイトが汗水流して稼いだ金で買った物を贈るほうが、よっぽど価値がある気がした。それだけだ。


「それに、働かないやつは豚にされちゃうんだよ………!」


「何の話です?」


アニメ映画の話です。穀潰しの両親が豚にされた時の衝撃は凄まじかった。子供ながらに働かざるもの食うべからずということを学ばされた気がした。思い出して恐怖におののく僕を見て、クランプスは奇妙なものに向けるような目をした。








聖なる日、クリスマス。慶ばしいこの日を人々は様々なかたちで祝う。ご馳走を食べたり、プレゼントを贈ったり、歌を歌ったり、踊ったり。なかでも多いのは、美しい花を飾ることだった。


「復唱しろ!仕事が大好き!」


僕は声高らかに叫んだ。店内にいた客が一斉に此方を見た。そのうちの殆どが、訳も分からないまま僕に続いた。彼等にとってサンタクロースが言うことは絶対らしい。(「?仕事が大好き!ベファーナ様万歳!」「違う、キミ達じゃない!しかも勝手に付け加えるな!」)


「し、しごとが………」


隣で鉢の数をかぞえていたホワイトは狼狽えた。


「もっかい!仕事が大好き!仕事が大好き!!仕事が大好き!!!」


「仕事が、だいすき!です!」


「良し!!」



「クランプスさーん、お嬢が壊れたぽい」


シャープが店の奥から顔を覗かせて、僕に憐憫の眼差しを向ける。その直ぐ近くに設置されたレジスターの横で積み荷を解いていたシャープが微笑んだ。


「初仕事ですから。気合いが入っているのでしょう」


「シゴトガ、ダイスキ!」


「目がイっちゃんてんよー」


町で一番時給がいいと聞いた花屋の店主は、僕を見た途端に目を輝かせた。見習いとはいえ、サンタクロースに会えるのは嬉しいようだ。ホワイトを日雇いして欲しいと頼めば、二つ返事で引き受けてくれた。


「ベファーナ様がウチの店に来て下さっただけで私も花達も大喜びです!そのお礼として、私に出来ることは何でも御協力させて下さい!」


「そんな大袈裟な………でも、ありがとう。助かります」


人々はサンタクロースに対して過大評価しすぎだと思う。


「あ、僕と僕の従者2匹も手伝わせてほしいんだ。もちろん無償で。むしろお世話になるお礼として………これを」


ポケットからハンカチを取り出す。僕のものだけど、下ろし立てだからセーフだろう。お礼の品としては不作法だけど、今はこれしか持ってないからな。


「どうぞ受け取ってください。あ、僕のだけどまだ使ってないんで」


「………」


店主にハンカチを渡す。ハンカチと僕を交互に見た店主は数秒後に気絶した。見習いとはいえ、サンタクロースの私物を貰えるのは感激の至りらしい。





「ホワイト君。今持ってるのを配達し終わったら、次は外に積んである花鉢を頼むよ」


「はい、店主さん!」


ホワイト・バーナはとても勤労な青年だった。言われた事はきちんとやるし、愛想も良いのではじめての接客係も難なく熟す。当然、土地勘もあるから僕より配達もスムーズだ。正直手伝いなんて要らないじゃんってくらいホワイトはよく働く。こんなに真面目な働き者なのに、どうして金が貯まらないのだろう。心底不思議だ。

ホワイトを横目に、僕は黙々と花鉢をラッピングする。リボン結びは苦手だけど、僕が包装すれば普段の倍以上の数が売れると見越した店主の案だ。それは大当たりだったようで、その美しい花は、先ほどから飛ぶように売れている。サンタクロース様々だと店主は咽び泣いた。

クリスマスの花と呼ばれる、鮮やかな赤い花。詳しくないから名前は知らないが、見た目も華やかでクリスマスにぴったりだと思う。皆が挙って購入するのも納得だ。


「つーか、こんなんでいいん?聞いてたサンタクロースの仕事とだいぶ違うんだけど。良い子んお願い事って、魔法で叶えてやんのが普通なんしょ?」


リボン結びに悪戦苦闘する僕の前でシャープが言った。テーブルに頬杖をつき、リボンを指に巻き付けて遊んでいる。お前仕事はどうした。


「そうですね。ですが、やり方はそのサンタクロースが決めることですから」


倉庫から大量のリボンを持ってきたクランプスが僕の代わりに答えた。抱えられたリボンの山にげんなりする。リボン掛け地獄はいつ終わるのだろう。


「私達は眷属悪魔、ベファーナお嬢様に従うのみです」


「へーい」


「それに、怠け者は豚になるそうですから」


「?おいらが化けるんはカラスだし、クランプスさんが化けるんは山羊じゃん」


「あーもーウルセ!無駄口叩いてないで働け!」


「お口が悪いですよ、ベファーナお嬢様」


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