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クリスマス、爆発しろ!  作者: 2138善
1/14

聖なる夜にイチャつくカップルは悉く滅亡しろ

【 人物紹介 】


▼ベファーナ・ノエル

サンタクロース属サンタクロース科の聖女

見習いサンタクロース

クリスマスの日に勇気を出して好きな人に告白するものの、無惨にフラれたショックで死んだ“僕”が転生した姿

死因のせいでクリスマスが死ぬほど嫌い



▼クランプス

クネヒト属ゴート科の眷属悪魔

ベファーナの世話役兼監視役

ノエル家に仕える眷属悪魔のなかでも最古参にあたる

巨大な角と爪を生やした山羊頭の姿をしている


▼シャープ

クネヒト属クロウ科の眷属悪魔

ベファーナの従者見習い

ノエル家眷属のなかでも新参者の悪魔で、巨大な鴉の姿をしている


▼ニコラウス・ノエル

サンタクロース属サンタクロース科の聖人

ベファーナの父親で、ノエル一族の当主の証である聖サンタクロースの称号を持つ

親バカで我が子にはベロベロに甘い


▼マローズ・ノエル

サンタクロース属サンタクロース科の聖人

13人いるノエル兄弟妹の長兄

上から目線の唯我独尊野郎で、兄弟一の問題児

別名:暴君サンタクロース


▼ループレヒト

クネヒト属トナカイ科の眷属悪魔

マロースの専属従者

ノエル家に仕える最古参の眷属悪魔の一匹

クランプスとは犬猿の仲で、顔を合わせると殺しあう

真っ黒い毛並みで鋭い角を持つトナカイ



【 用語 】

▼サンタクロース

聖なる魔法を使い、人々に最高でハッピーなクリスマスを届けることを使命とする聖人聖女のこと。不老長寿体質、人間離れした端麗な容姿、魔法が使えること等から絶対的な存在として人々から崇められている。


▼眷属悪魔

ノエル一族に仕える悪魔のこと。普段は獣や獣人、人間の姿に化けている。サンタクロースに付き従い、彼等の仕事を手伝う。サンタクロースが乗るソリを引いて移動するのは彼等の役目であり、誉れである。


聖日クリスマス

聖日と呼ばれるノエル一族の誕生日。

この世界では何千もの国ごとに微細な時差があるため、毎日どこかでクリスマスが祝われている。その為サンタクロースはあちこちに飛び回って仕事をしている。

街中をきらびやかに彩るイルミネーション。あちこちの店舗から聞こえてくるジングルベルのBGMと、人々の楽しげな笑い声。それに負けじと、僕は声を張り上げた。


「す、好きです!良かったら、つ………付き合ってください………!」


可愛くラッピングされた真っ赤な薔薇の一輪花を差し出すと、意中の相手である会社の後輩は目を丸くした。都内でも有名な巨大クリスマスツリーの下を告白する場所に選ぶとは、我ながらベタなことをしたと思う。でも仕方ないよな。生まれてこのかた恋人なんて出来たことのない僕には、女の子が胸キュンするシチュエーションとやらが分かるわけもなく。雑誌やインターネットで調べに調べ、この告白のやり方を実行することにしたのだ。



「…………あれ?」


ちっとも反応がない。恐る恐る顔を上げると、前髪の隙間から後輩の驚愕する表情が見えた。片思いして3年。社内でもアイドルのようにちやほやされている後輩の可愛い顔が、見たこともないくらい歪んでいた。


「え、良くないですけど。大事な話があるって言うから来てみれば、告白?マジですか?先輩って私のことそんな風に見てたんですか?ないない、付き合うとか、マジであり得ないですから。全然大事な話じゃないし、どうでもいい話だったし。てゆーか花って………私を口説くんならエルメスのバッグぐらい持って来いよ。マジ無理だわ」


1HIT!2HIT!3HIT!4HIT!5HIT!


怒涛の攻撃に全身をぶちのめされて、脳まで揺れた。今、僕に何が起こっている?一世一代の勇気を振り絞って告白した僕に、何が起こっているんだろう?

後輩の鋭利で辛辣で嫌悪感丸出しの言葉のナイフが心臓を突き刺す。外傷なんかこれっぽっちもないのに、出血過多で足元が覚束無い。死にそうだ。全身が凍ったように冷たくて、悴んだ指先は感覚がない。ちからが入らず、手から一輪花が滑り落ちた。


「つーか先輩、キモいんですけど」


トドメの一撃だった。

膝から崩れ落ちた僕の体重を受け止め、薔薇の花弁がぐしゃりと潰れた。まるで僕の心臓のようだ。そしてそれは比喩じゃない。目の前が真っ暗になる。ショックで息が出来ない。周りの人が何か叫んでいるけれど、何も聞こえない。


そうして僕は。

本当に死んだ。










「…………………お嬢様」


遠くの方で声がする。誰かが誰かを呼んでいる。お嬢様って何だ。知り合いにそんな風に呼ばれる金持ちはいないし、僕には関係ないことだ。早く静かにしてくれないかな。夢と現実の狭間でゆらゆらと意識を漂わせる僕は、煩わしい声を追い出そうと固く目を瞑った。


「ベファーナお嬢様!」


「はぇっ?」


肩を強く揺すられ、一気に意識が浮上する。寝ぼけ眼を擦ってぼんやりした視界を取っ払うと、巨大な角を生やした真っ黒い山羊頭の悪魔・クランプスが顔を覗き込んでいた。肩に乗った長い爪にぎょっとする。世話役の異形の姿にはすっかり慣れたと思っていたけれど、不意打ちで見るとやはり驚いてしまう。


「またうたた寝して…………ちゃんと話を聞きなさい。今日はお嬢様にとって大事な日ですよ。しゃんとしなさい」


クランプスが呆れ顔をした。だらしない僕のお守りにうんざりしているのだろう。寝起き早々のお小言には僕だってうんざりだ。


「そのお嬢様って呼び方は止めろよクランプス」


「人前では言葉使いも正すように」


「はーい………」


適当に相槌を打てばクランプスが深くため息を吐き、長い爪で僕の髪を撫でた。寝癖が付いていたらしい。


「本日はベファーナお嬢様の戴帽式です。そんなだらしない格好で民衆の前に出ては、笑い者にされますよ。くれぐれもお父上の顔に泥を塗らないように」


「わかってるから」


うんと大きく伸びをして、クランプスの言葉から逃げるように窓の外へと視線を流した。


一面に広がる白銀の世界。粉雪が舞うなか、城下町のあちこちにクリスマスツリーが見えた。美しく飾られたもみの木を見ていると、無意識のうちに眉間に皺が寄っていた。最悪だ。ああ最悪だ。きっと、うたた寝ついでにあの日のことを夢に見ていたせいだろう。勇気を振り絞って告げた想いを嘲笑されたクリスマスのことを。嫌な思い出だ。


いや、正確には嫌な前世の記憶だが。


クリスマスの日に好きな人にフラれたショックで死んだ僕が転生したのは、サンタクロースが絶対的存在として君臨する異世界だった。


サンタクロースといっても、誰もが想像するような赤い服とナイトキャップ姿の白いひげもじゃ爺さんってわけじゃない。サンタクロースというのは、この世界での生物階級の頂点に座する、サンタクロース属サンタクロース科にあたるノエル一族の聖人聖女のことを指した。


現存するサンタクロースは13人。なかでもノエル一族の長、ニコラウス・ノエルは伝説と謳われる聖サンタクロースで、まるで神のように人々から崇められていた。


聖なる魔法を使い、人々に最高でハッピーなクリスマスを届けるのをサンタクロースは使命としている。

世界中の子供達から届くサンタクロースへの手紙 ーーーー 通称【良い子のお願い事】を叶えるのも仕事の1つだ。


ノエル家の子供は13歳になると大人と認識される。大人の仲間入りをすると一人前のサンタクロースになるために特定のサンタクロースに師事し、サンタクロース業の1つ【良い子のお願い事】を叶える仕事を手伝わなければならないのだ。


そしてここからが、ほんとうに最悪な話。


まず1つめ。

今日で僕は13歳になった。


次に2つめ。

前世の記憶を持った僕が生まれ変わったのは、伝説と謳われる聖サンタクロースの末娘、ベファーナ・ノエルだった。


そして3つめ。

この世界では毎日どこかでクリスマスが行われているのだ。


つまり僕は、死ぬほど嫌いなクリスマスを最高でハッピーなものにするために、これから毎日苦行(てつだい)を強いられるのだ。よりによって何でサンタクロース。ああ神様、最悪でアンハッピーなクリスマスのせいで人生を終えた僕に、これほど酷い仕打ちをしなくても。


「いっそのこともう一度死にたい………」


「馬鹿な事を言ってないで早く着替えなさい。じきに式典ですよ」


僕のぼやきをクランプスが一蹴する。この世話役はいつも手厳しい。差し出された青いワンピースを渋々受け取る。女の子の服を着るのは好きじゃない。足がスースーする感覚はちっとも慣れない。


白のトリミングのある青い服は見習いサンタクロースの証だ。そして戴帽式で聖サンタクロースから青いナイトキャップを授与されると、晴れて今日から僕もサンタクロースの仲間入りとなる。これっぽっちもめでたくないが。


「式典出たくないサンタクロース滅びろ」


「駄々を捏ねたところで、ベファーナお嬢様に拒否権はありません」


「この悪魔!」


「はい悪魔です」








年中雪で覆われた、世界一美しいと評されるホーリアキャロル城。ノエル一族の拠点である城の至るところに飾られている絵画。そのなかでも一際大きく、豪華な額縁に収められてるのは、ニコラウス・ノエルの肖像画だ。かつて世界中に溢れていた悪い子を淘汰し、良い子に改心させるという偉業を為し遂げた伝説の聖サンタクロースとして人々から愛されるニコラウス・ノエル。愛されすぎて城内どころか街中にも彼の絵画や銅像があちこちに飾られている。偉大なる我等が聖サンタクロース。そんな男を父親に持つというのは、プレッシャー以外のなにものでもない。


「正直父様の顔は見飽きた。どこ行ってもあの人の肖像画あるし。本人とか尚更見たくない」


「突然なに!?ベファーナちゃん酷くない?反抗期??」


ナイフとフォークが奏でる金属音のハーモニー。飛び交う談笑と、喧騒と、ワインボトル。大家族の食卓はさながら戦場だと昔見たテレビで言っていた。今目の前で繰り広げられているのがまさにそれだ。


20代半ばで時が止まり、その姿で数百年を生きるノエル一族の面々はいつ会っても若々しい。きっとその影響で精神年齢も止まっているのだろう彼等の内面は、いつまで経っても子供のままだ。いい歳して肉を取り合う兄達越しに、食堂に飾られたニコラウス・ノエルの肖像画が視界に入りつい舌打ちする。そんな僕の悪態を拾ったのは、隣に座る父様ニコラウス本人だった。


「なんでそんなに機嫌悪いの?お腹空いてるの?ほらベファーナちゃんもっと食べなよ!余があーんしてあげよっか?」


「要らない。そういう過保護な絡みも要らない。いい加減子離れしろよ父様クソジジイ


「ベファーナちゃんが冷たい!お口も悪いよ!?パパ悲しい!」


どこからともなく取り出した白いハンカチを目元にあてて、ワッと泣き喚くニコラウスに冷めた視線を送る。父様このひとは言動がいちいち大袈裟なのだ。腰まで伸びた銀髪を三つ編みにした美しいその人は、伝説の聖サンタクロースだなんで呼ばれているけれど、僕ら家族からすればそんな大層なものじゃない。親バカで、過保護で、甘ったれなクソ親父だ。式典で見せた、民衆からの歓声に応える神々しい姿のサンタクロースと同一人物だとは思えない。


「式典でお行儀よくしてた余の可愛いベファーナちゃんはどこ行ったの!?」


「そんなベファーナは最初はなっからいない」



結論からいえば、戴帽式は滞りなく終わった。


参列した民衆の前で恭しくお辞儀をし、用意された通りの台詞を言い、父様ニコラウスから見習いの証である青いナイトキャップを頭に乗っけられて(落としてやろうと頭をブンブン横に振っていたら、後ろに控えていたクランプスに怒られたけど)、それでおしまい。


式典なんて窮屈で、退屈で、憂鬱だ。


父様や12人の兄達を初め、ノエル家に仕える眷属悪魔達の目もあるし、何より民衆が新たなサンタクロースの門出を心の底から祝うのだ。サンタクロースが絶対的存在だと盲信し、両手がちぎれんばかりに拍手するさまは、少し狂気じみていた。

それに式典が終わっても、まだまだ油断は出来ない。


むしろ式典後の晩餐会こそが重要だったりする。


現役サンタクロースの兄達は、普段は世界中を飛び回っている。多忙な身の上、重度の仕事中毒者達だ。しかしきょうだいの誰かが13歳を迎えると、戴帽式に出席するために仕事を一時中断してホーリアキャロル城に戻ってくる。そして式典後に開かれる一族のみの晩餐会のなかで、12人の兄達サンタクロースのなかから、みならいサンタが師事する者を選出するのだ。


誰に弟子入りするか、それが問題だ。


死活問題といっても過言ではない。


ノエル一族が一手を担うサンタクロース業なんて、言ってしまえば家族経営だ。そして「先輩サンタクロースである兄の言うことには逆らうな!」という体育会系によくある上意下達を徹底としている集まりだ。


だから上の者が下の者を無茶苦茶こき使ったって誰も指摘しないし、文句も言わない。僕に言わせれば、見習いサンタクロースなんて体のいいパシリも同然だ。

ひとつ上の兄が見習いサンタクロースになった時、長男に師事して過労でぶっ倒れたことを僕は鮮明に覚えている。ブラック企業ここに極まれりだ。




「は~い、みんな聞いて~」


運ばれた追加料理が食卓に並んだ頃。思い出したように立ち上がったニコラウスが暢気な声を出した。スプーンでグラスを鳴らして注目を集めようとするが、


「兄さん、塩取って」

「いいよー」

「あっ、その鴨肉狙ってたのに!」

「早い者勝ちだしー」

「ズルい!」

「俺も食べたい!」

「酒が足りん!寄越せ!」

「それオレの、ぐへぇっ!?蹴るのはナシだろ!」

「なぁ甘いもの食べたーい」

「まだデザートには早いでしょ」

「あーんっソース飛んだーっ」

「だからってテーブルクロスで顔拭くなバカ」


自分本位な兄達が聞く耳を持つわけもなく。完全に無視されたニコラウスは両手で顔を覆った。


「クランプス!みんなパパの話を聞いてくれないよっ」


後ろに控えていた従者は、かの偉大なサンタクロースに泣きつかれると、

「コホン」

と小さく咳払いした。


「坊ちゃま方、ニコラウス様が御話しされていますよ。お静かに」


決して大きな声ではなかった。しかし確実に兄様達の背筋は凍ったに違いない。

先ほどまでの騒ぎが嘘のように、一瞬で静まり返ったのがその証拠だ。


ノエル一族は悪魔を眷属として使役している。トナカイだったり、山羊だったり、大抵は獣の姿をしているが、人間に化けるのを好むやつもいる。彼らは世界中を飛び回るサンタクロースに付き従うのが主な仕事だ。しかし最古参であるクランプスは父様ニコラウスからの信頼も厚く、僕ら13人の兄弟妹の幼少期の世話役も担っていた。我が子をベタベタに甘やかす父様に代わって、僕らはクランプスに厳しく躾られたもんだから、みんな頭が上がらないのだ。


まさに鶴の一声ならぬ、クランプスの一声ってやつだ。


静寂に包まれる食堂。一ヶ所に注がれる視線。自分が注目されていることにニコラウスは満足げに頷いた。


「さて、余の可愛い子供達!末妹のベファーナちゃんがついに13歳になったよ!よって、一人前のサンタクロースになるべく見習い期間に入ります!」


ニコラウスが笑う。花が綻ぶような笑みだ。美しい人に視線で立つよう促され、渋々腰を上げた。会釈すると御座なりな拍手がちらほらと聞こえた。みんな皿の料理に夢中らしい。別に門出を盛大に祝ってほしいとは思わないが、こうも関心を持ってもらえないと若干の寂しさを感じる。花より団子、ぼくより肉ってか。食べ盛りの男子高校生じゃあるまいに。この食いしん坊共め。


「しかし、あのチビのベファーナがもう見習いに就く歳とは、月日が経つのは早いものだな」


と言ったのはマローズだった。僕とは200も歳が離れている長兄である。


正直、マローズは苦手だ。


僕が生まれた時にはすでに一人前のサンタクロースとして世界中を飛び回っていた長男とは、数える程度しか顔を合わせたことがない。だのに、何故か僕に目を掛けていて、会うたびに滅茶苦茶に構いたがる。飼い主の過干渉が原因でストレスが溜まるペットの気持ちがわかる気がした。


「うんうん、すっかり立派なレディだよ!ますますママに似てきたんじゃない?可愛い!余の天使!そういえばベファーナちゃんが生まれた時もママってば、」


「ニコラウス様、惚気話は後ほどで宜しいかと」

「ああ、そうだったね」


脱線しかけた話の軌道をクランプスが優しく修正した。腹心の助言をニコラウスは素直に聞き入れた。


「ベファーナちゃんを誰に弟子入りさせるかって話だった。でもさ、実は迷っててまだ決めてないんだよ。誰か立候補するかい?妹のお世話をしてくれる優しいお兄ちゃんはいるかな?」


ニコラウスが僕を見て、それから兄達全員を眺めた。


「ならば、我が面倒を見てやろう」


と真っ先に言ったのはマローズだった。それを聞いて、挙手しかけた何人かは慌てて手を引っ込めた。座っているだけでも威圧感を放つ長兄の進言を遮るような命知らずはこの中にいない。


「げえっ………さいあく………」


「聞こえているぞ、ベファーナ」


うっかり本音が漏れてしまい、しまったと顔を顰める。暴君サンタクロースと名高いマローズに悪態吐くなんて、自分で寿命を縮めているようなものだ。ワインボトルでも飛んでくるかと身構えるが、マローズは機嫌を損ねるどころか笑い飛ばした。怒った様子もなく胸を撫で下ろす。しかし、長兄にこき使われて1ヶ月もしないうちに胃に穴が開く自分の未来を想像して、今度は胃が痛くなってきた。


「………遠慮するよ、マローズ兄様」


「ふはは!聞こえん!」


こりゃ駄目だ、クソ兄貴マローズときたら聞く耳すら持ってねぇぞ。

救いを求めて他の兄達に視線を向ける。悉く目が合わなかった。どいつもこいつも薄情者な奴らめ!


「安心しろ。野郎おとうとは兎も角、さすがに可愛い妹に無理強いはせん」


僕の不安を見透かしたようにマローズが言うと、長兄に師事したことのある何人かがサッと顔を青褪めた。虐待紛いな見習期間トラウマを思い出したのだろう。


「我がお前にむごい仕打ちをしたことがあったか?ベファーナよ」


「………うんと小さい頃に城の天辺から落っことされたことがある」


「あれは暴れたお前が悪い。我はより高い場所から星を見せてやろうとしただけだ」


「高いとこ苦手だって言ったのに!」


「知らん!上空を移動するサンタクロースになるなら高所に慣れろ!」


「無理強いじゃん!あの一件で高い場所克服したのは事実だけど!」


「我に感謝せよ!」


「しないわ!荒療治だ!」


「フハハ、愉快な思い出だな!」


どこが愉快なもんか、思い返しても甦るのは恐怖心だけだ。高い高いするマローズの腕からすり抜けた僕が不時着したのは分厚い積雪の上で、無傷だったのはまさに奇跡としか言い様がない。寒いのは嫌いだけど、あの時ほど雪に感謝したことはないだろう。


「うんうん、久方振りに顔を合わせたのに息ぴったりだね。仲良しいいなあ羨ましいなあ」

とニコラウスが言った。満面の笑みで、暢気に拍手までしている。ぶん殴ってやろうか。


「はあ!?どこがだよ!」


テーブルを力強く叩くとグラスや食器が跳ねる。クランプスが無言の圧をかけて僕の無作法を咎めた。自然と背筋が伸びた。


「優秀なマローズなら適任だよね。ベファーナちゃんをよろしく頼むよ」


「任されたぞ、父上」


「無慈悲な!」


まさに絶望的だった。僕の抗議なんてお構い無しに話がトントン拍子に進んでゆく。

「可哀想に………」

「諦めろベファーナ………」

「過労で享年13歳にならなきゃいーけど………」

と何人かの同情する声が聞こえて、もう逃げられないことを悟った。

ふんぞり返ったマローズが僕を見てにやりと笑う。意地悪そうな笑みだった。


「ベファーナよ、我の背中を見て、サンタクロースのなんたるかを学ぶがいい!」


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