1ー5 救出
エレナは洞窟を進んでいく。洞窟の内部は魔道具によって照らされているため、比較的明るい。
「分かれ道…」
エレナは2本の分かれ道にぶつかった。
「うーん…多分こっちかな」
勘で右に進む。すると気配察知に反応があった。
「敵…盗賊ではないね」
奥から向かってきているのは、どうやら本物の盗賊ではない、兵士のようだ。気配探知はそんなことまで分かったりする。来るのが兵士ならば、やることは決まっている。
「誰だ!」
「ひっ!」
エレナは身を縮ませる。そしてうるうると瞳を揺らし、その瞳を兵士に向ける。
「なんだ、子供か。どうしてこんなとこまで…見張りの兵は何してるんだ」
内心エレナはとても悶え苦しんでいる。油断させるためとはいえ、子供のフリをするなど…それが出来てしまうエレナの容姿も根性も十分凄いが。
「にしても綺麗な嬢ちゃんだな。どうしてこんなとこまで?」
「も、森で魔物に追いかけられて…それでここに逃げて」
震えた声でそう言うと、兵士はどうやらその話を信じたようだ。
…チョロすぎる。ちなみに今、エレナはいかにも子供のような服を着ている。先程早着替えしたのだ。
スキル【早着替え】Lv.10
あっという間に着替えることができる。
なんとも無駄なスキルではあるが、あまりにも速く着替えることができるため、ほんとに一瞬で終わる。なので下着とかを見られることがないのだ。外で着替えるときには重宝する…らしい。
「よし、嬢ちゃん。こっち来な」
「は、はい」
兵士が案内する先にあるのは、冒険者がいると思われる方向だ。エレナはもとから、兵士が外に出してくれるとは考えていなかった。ならば連れていかれるのは、自然と捕まっている冒険者の元ということになる。
「ここだ」
エレナが着いたのは洞窟の最奥。そこには巨大な檻が鎮座し、中には冒険者と思しき人達が入っていた。
「こ、これって…」
「今更気づくのが遅いぜ、嬢ちゃん」
遅いのはどっちか。
「じゃああなたに用はありませんね」
「何を言って…」
先程まで怯えていた瞳とはまるで違う、冷たい瞳がそこにはあった。
「ああ、殺しはしませんよ」
そう言ってエレナは、一瞬にして兵士の後ろに回り込む。
「なっ!?」
「しばらく気絶しててくださいね」
エレナはいとも簡単に兵士の意識を手刀で刈り取った。そして収納からロープを取り出し、両手を縛る。
「ふぅ…さて、皆さん無事ですか?」
「お、おう…嬢ちゃんなにもんだ?」
檻に入った一人の男がエレナに尋ねる。
その質問に、エレナは迷うことなく笑顔で答える。
「ただの受付嬢ですよ」
ここにいるエレナ以外の誰もが、そんな訳あるか!と心の中で叫んだ。
「うーん…そんなに信じられませんか?」
そんな心の叫びを知ってか知らずか、エレナは逆に冒険者たちに尋ねる。
「そりゃあ、な…こんなとこにこれるとは思えねぇし…それにその男を気絶させた腕もあれだしな…」
「じゃあこれを見れば納得しますか?」
エレナは首に掛けていたプレートを見せる。それはギルド職員であることを示す証明書だ。冒険者が使う証明書とは大きさが一回りほど小さい。それには確かに、
名前:エレナ
職業:受付嬢
所属:キュリソーネ領ギルド支部
と刻まれていた。
「た、確かにギルド職員の証だ…本当なんだな」
「はい。今回は実地調査で来たのですが…盗賊から聞き出した情報で、あなたがたが捕まっていると判明したので、救出にきました」
と、エレナはなんでもないように言った。盗賊の口から聞き出したとは一言も言ってないので、嘘は言っていない。
「そいつはありがてぇな」
「じゃあ開けますので、女性の方から出てきてください」
実は、檻の中には4人ほどの女性がいたのだ。体力の消耗が激しそうなので、女性から出すことにしたようだ。
エレナは開けると言いながら、鍵を探す素振りも見せず、そのまま檻の扉の前に立ち、鉄格子に手をかけた。そして力を込める。
「えいっ」
なんとも間の抜けた声とは裏腹に、バキッと音を立て、扉が開いた。いや、正確には…
「あらぁ…ちょっと強すぎたか」
檻から扉ごと外してしまったエレナは、大して驚いていなかった。というのも、これでも制御できた方なのだ。前は、開ける前に鉄格子を握りつぶしてしまったりしたこともあったからである。それだけエレナは、魔力だけではない力を持ち合わせていると言える。
「と、扉を壊した…魔法妨害の檻なのに…」
檻の中で怯えている男が、そんなことを吹いた。その声はエレナにも届いていた。
「ふぅん…魔法妨害ね…」
だが、そんなものもエレナには通用しない。なぜなら魔法を使っていないのだから。純粋な力で扉を破壊したのだ。
「じゃあ出てきてください」
エレナがそう言うと、おずおずと女性が出てきた。4人出たのを確認すると、次は男だ。
1人、2人と檻から男たちが出てくる。そして最後の一人が出てこようとした所で…
ガシャン!
扉を閉めた。いや、押し付けたと言った方がいいかもしれない。なにせもう既に、扉は檻から取れているのだから。
「なっ!どういうことだ!」
檻の中で男が叫ぶ。
「それはあなたが盗賊だからですよ」
「っ!お前、鑑定持ちか!?」
「まぁ持っていますよ」
エレナが持っているのは鑑定スキルではないが。
固有スキル【純血の瞳】Lv.─
スキル【鑑定】より詳しく情報を知ることができる。また、隠蔽しているステータスすらも看破できる。ただし、ステータスで劣っている場合はその限りではない。
固有スキルとは、その種族が生まれながらして持ち合わせるスキルのことだ。特殊スキルと同じく、鑑定で覗くことはできない。また、固有スキルにはレベルが存在しない。だが、それは見えないだけであって、熟練度によって効果は上がる。
この固有スキルは、先祖返りの吸血鬼が持つものだ。なので、実質このスキルはもうエレナしか持っていない。
「さてと、盗賊さんは置いて行きましょうか」
「おい!このまま逃げられると思っているのか?この洞窟にはまだまだ仲間が居るぞ?」
そう言って不敵な笑みを浮かべる盗賊の男。
「あっそ」
だが、エレナにはそんなこと知ったこっちゃない。
「邪魔するならば……――――」
斬るまで。
その言葉はエレナの口から出ることは無かったが、流石は冒険者と言うべきか。その言外の意味を即座に理解したらしく、顔を真っ青にしていた。それだけ今のエレナからは威圧感があったのだ。
「じゃあ帰りましょうか」
「「「は、はい…」」」
ビクビクと怯えながら、冒険者たちはエレナの後をついていく。
「あ、そうだ」
唐突になにかを思い出したかと思えば、いつの間にか気絶から目覚めていた兵士と檻にいた盗賊に魔法をかけた。すると、2人はコテンと眠りに落ちてしまった。
第6階級闇魔法、睡眠削除
それがエレナが盗賊にかけた魔法である。深い眠りにつかせ、記憶を削除する。それがこの魔法。削除するのはエレナと捕まっていた冒険者の記憶。これで目が覚めた時、檻に誰もいないことを不思議には思わないだろう。仕上げに兵士を縛っていたロープを解けば、問題ないはずだ。
……檻の扉は壊れたままだったが、エレナがそのことに気づくことは無かった…