1ー4 洞窟に潜入
エレナは夜空から男の亡骸へと視線を向けた。
「墓石はないけれど…」
エレナは魔法で穴を作り、その中へ男の亡骸を丁寧に埋葬した。そして、浄化魔法を掛ける。
実は、死体にはたまに地上を彷徨う魂が乗り移ったり、倒された魔物の怨念が取り憑いたりしてしまうことがある。そうなるとアンデットと呼ばれる魔物へと変化してしまうのだ。例を上げるならゾンビなどだろうか?
そのため墓地などは定期的に浄化魔法をかけていたりする。
「さてと…」
男の亡骸を埋葬し、手を合わせた後、エレナはこの後どうするか思案した。
エレナが先程の男の記憶から、この盗賊団について分かったことは2つある。
1つ目は、半数は本物の盗賊団で、もう半数は兵士だということ。
2つ目は、今まで行方不明になっていた冒険者は捕まっているだけだということだ。
ただ、男の記憶からはそれ以上のことは分からなかった。兵士とはいえ、何処に所属する兵士なのか。何が目的なのかは分からずじまいだ。
「実地調査はこれで完了だけど…」
エレナの今回の仕事は実地調査。盗賊団の殲滅ではない。しかし、エレナは気になることがあった。
「捕まっている冒険者はどうなるのかな…」
彼女がこの事を報告した場合、間違いなく討伐隊が結成される。討伐隊は領地の兵士、冒険者、傭兵で編成される。
そしてそんなことになったら、間違いなく討伐隊と盗賊団は戦闘に突入する。そうなった場合、捕まっている冒険者の命は恐らく…いや、間違いなく助からないだろう。
「はぁ…なんか手のひらの上で転がされてる気がする」
誰の手のひらか、それは言わなくても分かるだろう。
「…仕方ない。冒険者だけ救出しよう」
そもそも救出できる時点で、盗賊団を殲滅することが可能なのだが、彼女はそれ以上するつもりはない。あくまで実地調査なのだから。
「さてと、じゃあ眠らせようかな」
洞窟の入口には10人ほどの見張りの盗賊がいる。まずこれをなんとかしないといけない。
「…第3階級風魔法、スリープクラウド」
スリープクラウドは睡眠作用のある雲を生成する魔法だ。
そして第3階級とは、魔法のランクのことである。魔法にもランクが存在しており、冒険者のランクはこれを元に作られていたりする。
魔法のランクは第1階級から第10階級までがあると言われている。階級の数字が大きいほど、魔法の威力は強くなる。
…そして、なぜ[言われている]なのかというと、史実でしか確認されていないが、第11階級が存在するからだ。いつ、誰が成功させたのかは不明。どうやるのかも不明。だから、存在は確認されているが、実現不可能。よって無いものとして扱われ、階級に含まれていないのだ。
「…第2階級風魔法、ブロウ」
ブロウは風を吹かせる魔法。これでスリープクラウドを運び、盗賊を眠らせる。
エレナは盗賊が眠ったのを確認し、さらに洞窟の中にもスリープクラウドを充満させ…ようとした。
「なっ?!」
洞窟の入口に差し掛かった雲が消滅したのだ。まだ魔法が消えるまで時間があった。つまり、洞窟の入口に魔法を無効化するなにかが仕掛けられているということだ。
「これは…一筋縄ではいかないかも」
エレナは、元とはいえ賢者だったのだ。魔法には自信があった。というか、エレナの右に出るものはいなかった。そんな彼女の魔法を無効化したのだ。かなりの魔法使いがいる、もしくは魔道具があるということになる。
「はぁ…乗り込むか」
もしかしたら中は魔法が使えなくなっている可能性がある。だが、エレナには龍神の護りが発動しているので、問題ない。
特殊スキル【龍神の護り】Lv10
ありとあらゆる魔法、精神、物理、状態異常攻撃を1日5回まで無効化する。
特殊スキルとは、通常のスキルとは異なるスキル。鑑定スキルでは表示されないもの。
この【龍神の護り】は、エレナが、傷付き天界に帰れなくなった龍神を助けたお礼として、龍神の加護と一緒に貰ったスキル。加護と一体化しているため、常に発動している。
ちなみに龍神とは、名前に神とついているが、正真正銘の神ではない。言うなれば神の眷属のようなものだ。
「おじゃましますよ~」
エレナは洞窟の中に足を踏み入れた。するとエレナの気配察知が反応した。
「どうやら外からの索敵とか、魔法とかを無効化するだけみたいだね」
気配察知によると、洞窟の1番奥に捕まっている冒険者がいるようだ。さらにこの洞窟はかなり広く、まるでアリの巣のように広がっていた。
「これはマッピングしたほうがいいかな?」
スキル【マッピング】Lv10
自身が歩いた場所を全て記憶する。ただし、永遠に覚えていられる訳ではない。
記憶するだけなので、後で地図に起こす必要がある。なので、なんとも使い勝手が悪いスキルだったりするのだが、このように迷う可能性がある洞窟では、臨時として重宝するスキルだ。
もっとも、エレナは絶対記憶という特殊スキルを持っているため、地図にする必要はないのだが。
特殊スキル【絶対記憶】Lv99
1度でも見たり、聞いたり、書いたり、(略)したことを全て記憶する。ただ、本当に忘れたいことだけは、忘れることができる。
…このスキル、Lv99になってしまっているのだが、本来Lv10が限界のはずなので、有り得ないスキルレベルだったりする。何故こんなことになっているのかは、エレナ本人も未だに分かっていない。
…問題なく使えているので、大して気にもしていないようだが。
「さてと。冒険者の救出を開始しますかね」
エレナは誰に言う訳でもなくそう吹くと、洞窟の奥へと足を進めた。