第二章
5月18日。土曜日。午前10時10分。天気は晴れ。つい一週間前はまだ肌寒かったが、今現在は寒さはほぼなくなり、日差しが少し暑いと感じる。
「坂神さーん!ごめーん!」
待ち合わせの時間を10分程度遅れて高坂はやってきた。チャリで爆走してきた高坂はとても疲れたように息を荒くしていた。実際に疲れているのだろう。
「遅い。罰金」
「えぇ……」
「うそ。別に怒ってないよ。じゃあ行こっか。上映時間も迫ってきてるし」
そう。今日は高坂と映画を見に来たのだ。昨日の戦場を切り抜けて……!
「昨日は映画見に行くって言った瞬間に勉強し始めたけど、今日見る映画そんなに見たかったの?」
今日見る予定の映画は……なんだっけ?タイトル忘れたわ。そもそも私の目的は高坂と休日に出かけるという事であって映画はそのための手段というかなんというか。先に誘ってきたのは高坂の方だが。しかし、ここは映画が楽しみだったという事にしようか。
「そ、そうなんだ。広告とか見て面白そうだなーって思ってたんだー」
「それじゃあよかったね。あ、そうだ。ポップコーン買ってくるからちょっと待ってて」
「あ、なら私のジュースも買ってきて。コーラMサイズでいいよ」
値段表を見てその分のお金を高坂に差し出す。
「い、いいよ。今日は僕から誘ったんだから、僕が払―――」
「う け と れ」
「は、はい」
私は自分の分は自分で払う主義なのだ。奢ってもらうのはなんだか悪い気がする。パシリとしては使わせていただくが。
「じ、じゃあ買ってくるね」
高坂は小走りで売店に向かった。
私は今日見る予定の映画のパンフレットを手に取る。興味を持っていると嘘を言ったのだから少しは映画について知っておいた方がいいと思ったからだ。
パンフレットには映画のタイトル『劇場版 魔法少女、俺がやっていいんですか?!』と書かれている。高坂によると深夜アニメの劇場版トいう事らしい。最初は高坂の趣味かと思ったのだが、どうやら荒谷の趣味らしい。高坂は荒谷から映画のペアチケットをもらったと言っていたしな。
さて、映画のあらすじは……なるほど。大体わかったぞ。男子高校生が魔法少女になって悪と戦うというのが主題らしい。なんかどこかで見たような気もするが……気のせいだろう。私は深夜アニメはあまり見たことがないからな。
「買ってきたよ~」
一通りパンフレットを読み終わったところで高坂が戻ってきた。手に持っているトレイにはポップコーンの塩とキャラメルのハーフと、飲み物が2個入っていた。
「どっちがコーラ?」
「あ、僕もコーラだから好きな方選んで。一応ストローの色が違うから見分けは付くと思うけど、ダメだった?」
「いや、かまわないよ。じゃあ私は青色の方で」
「おっけー。じゃあ僕はピンクの方だね」
時計を見ると午後10時半。シアターに入れるのは10時45分からだから少し時間があるな。館内にあるソファも空いてるし休憩するか。
「高坂。開場まで時間あるし少し休まない?ソファちょうど空いてるし」
「あ、いいよ。じゃあ先に座ってて、僕ちょっとトイレ行ってくるから」
高坂からトレイを託された。そのまま高坂はトイレへ……なんかややこしいな。
さて。高坂と一緒にしゃべろうと思ったのに高坂はトイレに行ってしまったし、どうするか。さっきからこのポップコーンいい匂いしてるな。食べるか。
むしゃむしゃと一人で二つの味のポップコーンを交互に食べていると、後ろから私を呼ぶ声がした。映画館にはそこまで人が居る訳でもないのだが、広告などが大音量で流れているという事もあって誰の声かは特定できなかったのだが、恐らく高坂が呼んでいるのだろう。というか高坂以外が私の事を呼んでいたら怖い。
「―――さん。坂神さん?」
ん?この声、高坂じゃない?!
急いで声のする方向を見る。すると高坂ではなく別の、というか正体不明の男が立っていた。
「誰?」
私の中では既に正体不明のレッテルを貼ったわけだが「誰か」と確認は一応しておく。
「え?同じクラスなのにわからないの?悲しいなぁ」
同じクラスだって?こんな奴いたっけ?顔を見ても改めて声を聞いても全く見当がつかない。マジで誰だ?警察に通報するか?
「昨日体育で高坂のタイム計ってただろ?高坂と一緒に走った陸上部の河東だよ」
ああ、そんな人もいたっけ。高坂しか見てなかったから忘れてた。
「で、何の用かな?」
「いや、特に用は無いんだけど」
じゃあ話しかけるなよ。
「たまたま見かけたから挨拶しようと思っただけだよ。今日は誰かと来てるの?」
なぜそんな事を貴様に言わんといけんのだ。私が持ってるトレイにはカップが二つ入ってるのが見えないのか。それとも私が映画を見るときジュースを二個買うとでも思っているのか。
なんと返答しようかと迷っていたところに、高坂がトイレから帰ってきた。
「あれ?河東君?」
救世主!あとの対応は頼んだぞ!
「おー。高坂。映画館で会うなんて奇遇だな」
「そうだね」
「もしかして、今日は坂神さんと映画見にきの?」
「うん。見に行く約束してたからね」
昨日の勉強はつらかったな。いや本当に。だってあの後終業時間まで数学も化学もさせられたからな。私の苦手な教科ばっかり攻めやがって。高坂はSなのか?
「君ら付き合ってたりするの?」
?!
「そ、そんな事はない……!」
私が加勢して急いで弁明。いや、確かに高坂と付き合いたいと思う。が、今の関係はそこまで進展していないしもう少し仲を深めたい。何が言いたいかと言うと私たちは事実、付き合ってはいないのだ。
「あ、そうなんだ」
「そ、そうなんだ。僕たちは友達みたいな感じだから」
少しの沈黙。そして
「おっと、上映時間だ。じゃあ俺はもう行くよ」
と言い残して河東は去っていった。
「いやー。びっくりしたね。まさかこんなタイミングで河東君に会うなんて」
「いまだに誰かよくわからんけど私もびっくりしたよ。いきなり後ろから話しかけられたから」
びっくりしたというのは事実で、あのまま河東という男がもう少し近寄っていたら警察を呼ぶ覚悟さえしていたほどだ。
「あ、僕たちももうそろそろシアター行っておかないと。坂神さん、トイレとか大丈夫?」
「平気だよ」
「じゃあもう行こっか」
とてつもなく長い広告が終わって、映画がはじまってから20分程度が経過した。映画は着々と進んでいる中、坂神は映画を見ることなく考え事をしていた。
さっき河東に付き合っているかと聞かれたとき、私は強めに否定してしまったが高坂は嫌な思いをしなかっただろうか。高坂が私の事を想っているという事は無いと思うのだがそれでも、いや、だからこそ嫌だと思ったかもしれない。
私は高坂に初めて話しかけられた時は、なんだこいつと思った。でも、だれともコミュニケーションを取っていなかった私に初めて話しかけてくれた時は内心嬉しかった。
それだけで好きになったというのは理由にしては小さいと感じた人もいると思うが、でも、中学の頃から特に男子と話したことがなかった私にとってはこの件は重大な人生での転機と言っても過言ではなさそうだ。あと、高坂はかわいい。女子の私が見ても嫉妬するくらいかわいい。だから一目ぼれっていう節もあるだろうな。
私の存在は高坂にとって女子友達の内の一人と認識されているであろうか。もしそうであったならどれだけ嬉しい事か。その先の事は想像もできないくらい嬉しいだろうな。
そうだ。映画が終わったら高坂をカフェかなんかに誘って話でもしようか。せっかくデート的なことをしているんだし今日は高坂を独占してもいいよな。今日の映画誘ってくれたお返しって事で。
結局、映画を集中して見ることもなく、高坂の事を考えながら映画が終演してしまった。
「いやー、面白かったね!『魔法少女、俺がやっていいんですか』」
「う、うん。面白かった」
すまん高坂。映画全然見てなかったんだ!正直に言うと高坂の事で頭がいっぱいだったんだ!
「今からどうしようか。今日の予定は終わったけど、この後は帰る?それともどこかで遊ぶ?」
「昼ご飯食べに行きたいな。もう結構いい時間だし」
私の腕時計に狂いがなければ今は12時半だ。映画館でポップコーンを食べたとはいえお腹は空いている。
「何が食べたいとか、要望はある?」
「高坂はあるの?私は高坂に合わせるけど」
「いや、僕はなんでもいいんだけど……じゃあそこにある店でいい?」
高坂が指を指した先には某有名ファストフード店があった。
「いいよ。意外と空いてるし」
その有名店Mは休日平日問わず常に混んでいるイメージがあるが、今日は当たりなのか空いている。
「じゃあ入ろっか」
店に入って二人席を見つけて座る。一階は人がそこそこ入っていたのでがら空きの二階に陣取った。
「先に買ってきていいよ。私は荷物見てるから」
「あ、それなら坂神さんの分も買ってくるよ。何が欲しい?」
お、買ってきてくれるのか。まだ何を食べようか全然決めてなかったから急いで決めないと。
スマートフォンの電源を入れて某有名店Mのアプリを開く。今日は十分金を持ってきているので何を頼んでもいいんだが、どうしようか。
高坂と一緒にスマホでメニューを見る。どうやら今日は何かのキャンペーンをやっているらしく、ポテトがどのサイズでも150円で、ハンバーガー全品20%オフと書かれていた。ラッキーだな。しかも今日限りって書いてあるし。どんなご都合主義だよまったく。
「じゃあこのチキンフィレオとポテトM、コーラLで」
「おっけ。じゃあ買ってくるね」
さてこれからのプランをどうしようか。ひとまず昼ご飯を一緒に食べるという目標は達成したわけだが、この後もどこかに誘うべきか。
僕の意見はもちろんこの後も遊びたい。僕は坂神さんが好きだからな。一緒に居たいと思うのは当然の事だろうと思うが、坂神さんに何か用事があったら誘えない。それで断られても僕が恥ずかしい思いをするだけだしな。くっそ、こういう時に両想いだったらどんなに物語が進んだことか!
「こ、高坂」
何か話題は無いかと脳をフル回転させていた僕に、坂神さんが急に話しかけてきた。先に話しかけてくれるとありがたいな。話題を作る必要がなくなるからな。
「ん?どうしたの?」
「今日この後は暇?」
おっと、まじか。これは坂神さんの方から誘ってくれるパターンの奴か。
「今日は暇かな。特に何も用事は入ってないよ」
今日どころか明日も暇だ、せっかくだったら明日も一緒に遊びたいが、今坂神さんを誘う勇気はない。昨日は勉強を教えるモードに入っていたから誘えたが。理由はよくわからん。
「じ、じゃあさ。この後どこかでお茶でもしない?嫌なら解散でもいいんだけど」
「ぜ、全然嫌じゃないよ!」
あ、これダメなやつだ。恥ずかしいやつだ。
「あ、そ、そう。よかった。じゃあこの後私の家に……」
「あ、そ、そう。よかった。じゃあこの後私の家に……」
や、やばい!口を滑らせてつい家に誘おうとしてしまった!
「え……いいの?」
高坂は意外と乗り気な感じなのか?まぁ高坂が喜んでくれるなら別にいいんだが。いや、でも確か今日は両親とも出かけていてしかも帰ってくるのは明後日の月曜日。つまり今家に誘うと二人きりになってしまうという事ではないか!なんて都合のいい親なんだ?私もしかして親ガチャ成功してる?
「い、いいよ。今親いないし」
こうなったら強行突破しかない。何が何でも高坂を家まで連れていくぞ。もうすでに高坂は行く気だが。
「坂神さんの家……」
なんか夢見心地な顔してるし。私の家に行っても何も無いんだが……まぁいい。もう誘ってしまったのだから。
「……もう私の家行く?一応昼ご飯は食べ終わったし」
「あ、そうだね。坂神さんが良いんだったら」
「じゃあ行くか!」
まったく。高坂のやつ、私の家に行くのに何の警戒もしていないな。私の家に来たらどうなるかも知らないで……ふ、ふふ、ふーっはっはっは!
さて、何をするべきか。高坂を連れてきたのはいいが、何をするかなんにも考えていなかった。くそ、いますぐ好きな男子が家に遊びに来たときの対処法をグーグル先生で聞こうか?やほーでもいいんだが、
WIKIでもいい。とにかくどうすればいいか早く教えてくれ!
「あ、お茶ありがとう」
元々はカフェに誘おうと思っていたので、紅茶を淹れた。本当はコーヒーを淹れようと思っていたのだが、コーヒーなら高坂の方が淹れるのが上手い。まずいコーヒーを出されても嫌だと思うので中学の頃からハマっていた紅茶でもてなす事にした。
私が淹れた紅茶を高坂が一口飲んで
「お、おいしい……」
と、一言感想をよこしてきた。
「ほんと?それならよかった」
中学の頃から頑張っていた甲斐があったというものだ。隠し味も入れたしな。え?何を入れたって?それは
「今から何しようか」
「う~ん。僕の家だったら勉強……と言いたいところだけど、せっかく坂神さんの家に来たんだしなぁ」
何か坂神さんの家でしかできない事をしたい。坂神さんの家でしかできない事なんてあるのかどうかはわからないが、せっかく好きな女子の家に遊びに来ているのに勉強をするなんてバカバカしく思える。
「うーん。二人でできる遊びってなるとなぁ……人生ゲームでもする?」
人生ゲーム……絶対に二人でやるようなゲームではないと思うが、他にすることが見当たらないので同意しておこう。
「おー、いいね。ちょうど人生ゲームやりたいと思ってたんだ」
「おっけー。ちょっと待っててね」
こんなドンピシャなタイミングで人生ゲームをやりたいと思う確率はどの程度だろうか、などとクソしょうもない事を考えていると、坂神さんがクローゼットから大きな箱を取り出した。
取り出した箱には大きな字で『ドキラブ!人生ゲーム!』と幸先不安な文字が書いてあった。なんだドキラブって。人生ゲームでドキラブってなんだよ。どっかのゲーマ〇ズでやってたような人生ゲームならぬ半生ゲーム的なやつなのか?
「ちょっと説明書読ませてもらってもいい?」
ゲーム性に多少の懸念があるので、説明書を読んで解決したい。
「いいよ。多分なんにも役に立たないと思うけど」
最後の一言がよくわからないが、ひとまず読んでみようか。
なかなか重厚な説明書を受け取って1ページ目を開いて見てみる。そこには大きな字で『ひとまずゲームをやってみよう!』としか書かれていなかった。
……ん?どういう事だろう。よくわからないな。あ、次のページから本格的なゲームルールが書いてあるのか、きっとそうだ。
と、次のページを開いて見ると『メモ欄』と書かれていた。
……うん。このゲームについてはよーくわかった。つまりそういう事なんだろう?おっけーおっけー。
そっと説明書を箱に戻す?
「何か役に立った?」
「いや、全然」
クソほど役に立たなかったぞ!説明書って何か知ってる?ゲームの説明をするためにあるっていう事を制作会社は知らないのか?!しかもメモ欄ってなんだよ。何に使うんだ?あの説明書はメモ帳として使えという事か?人生ゲームメモ帳付きみたいなやつなのか?そんなのあるのか?
「じゃあ始めよっか」
こうして、内容もなにもわからない人生ゲームがスタートしたのであった……
ゲームを始めて5分。順調にお金を貯めて幼少時代を過ごした僕は、特に負債を抱えることなく青年時代に突入した。一方坂神さんは……
「あぁあ!!なんでこんなに借金まみれになるんだぁあ?!」
幼少時代から借金制度がある鬼畜な『人生カオスルート』を引いてしまっていた。
初っ端から正規の人生ゲームと違うので少し解説をすると、スタート時にルーレットを回して奇数が出たら人生裕福ルート、偶数が出たら人生カオスルートという2つのルートで分岐する。
裕福ルートは幼少時のイベント、例えば入園とか入学毎にお小遣いを大金でもらうという人生成功ルートで、僕はこっちを引いた。カオスルートは身内などで様々な問題が生じ、借金まみれになるという昼ドラのようなルートで坂神さんが引いてしまった。この際、二分の一の確率なので僕の方が運が良かったという事で間違いはないだろうな。
このように、波乱の幼少時代を過ごし、借金を抱えたまま坂神さんは青年時代を迎えた。
「こ、高坂。私は実は未来が見えるんだが、私の駒の運気が上がってこれから金持ちになるらしい。だから今なら高坂の駒と交換してやってもいいぞ」
「いやぁ、そんなに良い駒なら受け取れないよ」
こんな嘘を信じる人間はとんだお人好しかバカかのどちらかに分類されると思うが、そのどちらかに入ろうとも思わなかったので丁重に断っておく。
「チッ」
「ん?!今舌打ちしなかった?!」
「まぁそんな事は置いといて、ゲーム再開しよ」
「お、おう……」
なんか適当に流されたが、まぁいいか。
「えーと、次は私の番だよね」
青年期は成功ルートとカオスルートが合流する中学校入学イベントからスタートする。過酷な道を引いてしまっても僕と同じくらいの進行速度だった。すごいぞ坂神さん。
「でぇぇい!」
坂神さんは謎の掛け声と共にルーレットを勢いよく回した。その熱が伝わったのかどうかはわからないが、一番数字の大きい10を引いた。
「よっしゃ!一気に進めるぜ!」
キャラが変わっている坂神さんはひとまず置いといて、一気に進んだ坂神さんだったが、8マス目で強制ストップマスがあったので悔しそうにしていた。
「ハハハ、なんでこんなところに強制ストップがあるんだろうねぇ。絶対に意図的だよねぇ?」
ちょっと顔が怖い。多分口に出したら怒られるな。
「そ、そうだね」
同意をしておくことによって自分の生存率を上げる高坂式サバイバル術を活用する。
「えっとなになに?右隣の人に告白……?!」
……なんだと?
坂神さんの言っていることがよくわからなかったので、自分自身で確認してみる。
確かに強制ストップマスには『青春!告白マス!告白をしよう!まずはルーレットを回して奇数なら右隣、偶数なら左隣に告白だ!もう一回ルーレットを回して奇数なら成功、偶数で失敗だよ!』と書かれていた。二人でやっている限り、右も左もないので紛れもなく僕なのだろう。告白する相手ってのは。
「ま、まぁ?このマスは強制って事だし?仕方ないから?ルーレット回すよ?」
なんで全部疑問語なんだ?でもルーレットを回すことには満更でもない感じしてるけど。
「えいっ!」
坂神さんは勢いよくルーレットを回した。
奇数!奇数!絶対に奇数!これで奇数出なかったらルーレットを破壊するぞ!
二人で人生ゲームをやっているので告白相手は高坂で決定しており、今は告白が成功するかしないかのルーレットを回している。
これはゲームである。しかしながら、いくらゲーム内であっても告白を成功させたい。ルーレットで決まる告白などクソ食らえだが、再度言うがこれはゲームなのだ。まぁ要するに何が言いたいかと言うと、高坂への告白を成功させたいという事だ。ホントそれだけ。
一通り胸の内を語ったところでルーレットに目をやると、回る速度が遅くなっていた。もうじき止まるのだろうが、さっきも言ったように奇数でなければ破壊する所存である。
「お……3か!4?!5!!!」
止まる、止まるぞ!奇数で止まるぞ!
結果6
Mother fu*ker!
ぶち壊してやろうか!このクソルーレットめ!
「ちょ、ちょっと!坂神さん!」
ルーレットを叩き割ろうとした私の手を、高坂が間一髪のところで止めた。
「何が気に入らなかったかは知らないけど、台パンはよくないって」
た、確かに。いったん冷静になってみよう。私の都合のよくない数字が出ただけで台パンするってのは最悪の行為だよな。
「悪い。少し冷静さを失ってた」
告白は失敗したけどゲームの話だし、告白に失敗したけど……やっぱり壊す!
「ああ!待って待って!次僕の番だからさ!よーし、じゃあ回すよ!」
高坂は私の手を右手で抑えながら左手でルーレットを回した。さすがに高坂の順を妨害するわけにもいかないので、ここは手を引いておく。
「お、8だ……て事は坂神さんと同じマスだよね」
な、なんだって?!高坂が私に告白をするのか?!もちろん答えはイエスだ!
完全に忘れてたが、強制ストップって事は僕も止まらなくちゃダメなんだよな!いや、もちろん僕は坂神さんの事好きだけど、ルーレットで告白の結果を左右されるのは嫌なんですが?!
「さっき坂神さんがやったからこのマスはパスで……」
なんてことを言わなかった方が良かった、と僕はこの事を言った後に気づく。
「……」
坂神さんはとても笑顔だ!目は一切笑っていないが!僕の意見を無言でねじ伏せる、という意気込みをまじまじと感じるよ……
「……っていうのは嘘で、もちろんルーレットは回すよー……」
「そう」
はぁ……怖かった……。何とか機嫌を取り直してくれたみたいで助かったな。
さて、じゃあ回すか。
ルーレットを緩めに回す。坂神さんみたいにダイナミックに回してもいいとは思ったが、結果に変わりはないのだろうと思うので緩めに回すことにした。
なぜかわからないが、坂神さんから緊張が伝わってくる。ああ!もう僕は知らん!奇数でも偶数でもいいから坂神さんの機嫌を損ねない結果になってくれたらもうなんでもいい!
ゆっくり回したので止まるまでの時間は長くないはずだが、とても長い時間待たされる感覚だ。
「……!」
ゆっくり回っているルーレットは段々と回る力が衰えていき、最終的に
「3!!」
坂神さんが急に立ち上がってそう叫んだ。確かにルーレットは3を示し止まっている。
3という事はつまり奇数。さらに、奇数という事は告白成功という事でもある。
「ふ……ふふ」
「?」
「ふーっはっはは!!!」
や、やばい!坂神さんが壊れた!こりゃ重症だ!
「ど、どうしたの?!落ち着いて!」
ひとまず坂神さんを制止させる。このままだとなんだかわからないが、身の危険も感じるし坂神さんも危ない気がした。
「ご、ごめん。つい」
それじゃあ説明足りない気がするのだが。気にしないでおこうか。それよりもゲームを続行しよう。
「えーと……告白が成功した場合は……」
告白マスの下に長ったらしい説明が虫メガネが無いと見えないほど小さい文字で書かれていた。こんなに詰め込むんなら最初から説明書に記載しろよ!制作会社イかれてんのか?
結局、文句を心の中で吐き出しつつも説明文を全て読んだ。説明文の内容を簡単に説明すると、同じ車に乗せて共に行動するという事らしい。
少し反論いいかな?これってゲーム性失われるよね?いや、そもそも二人でやるゲームではない事は承知しているのだが。根本を言ってしまうと人生ゲームを二人でやる時点でゲーム性がない気がする。
と、このように心の中で思っていても坂神さんは気にしない訳で。
「じゃ、じゃあ私の駒、そっちの車に入れるね」
「ちょいまち坂神さん」
「どうしたの?」
「いや、車を一つにまとめちゃったら意味ないのでは?」
「あっ……」
「と、そんな事があったわけさ」
「ほぇー。つまり坂神さんの家で二人きりで遊んでたわけだなぁ?高坂ぁ?うっらやましぃ!」
実は、今までのストーリーは回想だったのだ!もちろん高坂視点のシーンだけだよ。
「しっかし、それは絶対に脈ありだな。彼女がいる俺にはわかる」
そして今は週明け、月曜日の放課後。場所は部室である。
現在、絶賛部活動中であるが坂神さんは来ていない。何か用事があると言って部活を休んだのだ。で、荒谷はその代りに文芸部に来た。正しくは「来た」というよりも「ついてきた」だろうな。
「そーだといいんだけどね」
「いやいや絶対そうだって。その……なんだっけ?ドキドキ?まあとにかく人生ゲームで告白成功した瞬間に喜んでたんだろ?」
「うーん。喜んでいたというよりは発狂していた……というか」
なんかすごい狂気に満ちた笑いをしていた、という事は覚えている。アレを喜んでいるかと言われると少し同意しがたい。
「でも坂神さんの番で告白が失敗したときはルーレットを破壊する勢いでくやしがってたんだろ?」
「ま、まあそれはそうかな」
あの時はとっさに坂神さんの腕を止めたけど、相当強い力だった。そのくらい悔しかったんだろうな。
「もう告白しちゃえば?」
「なんでそうなる!」
そんな急に関係を進展させることはできないよ!
「お前なぁ。もう少しがっつり行ってもいいんだぞ。というか、もっとがっつり行けよ。お前ならそこら辺の女子でも誘ったら釣れるだろ」
「そんな訳ないだろ!女子を何だと思ってるんだよ……」
「ま、そんな事は置いといて」
こいつはたまに怖い発言をするな。いや本当に。
「早く告白しないと他の男子に取られるかもだぞ?」
「そ、それは……」
た、確かにそれは……絶対に嫌だな。坂神さんに彼氏ができたら、もちろんお祝いコメントを言うとは思うけれど、心の底から応援できないかもしれない。だって自分が好きだった相手が他の男と歩いているのを見たらどう思う?僕ならその場から逃げ出したくなる。
「両想いだったら尚更、他の男に取られるのは辛いだろうよ。まぁ両想いなら他の男には振り向かないだろうが」
「う~ん。明日までに考えてみるよ」
一人になった時に、このことは深く考えたい。今はまだ答えが出せない気がするから。
「そんな事があったのねぇ。羨ましいなぁ」
一方その頃、坂神と多井は学校の屋上……ではなく屋上の入り口の前に座っていた。この学校は特別な許可がなければ屋上に立ち入ることは許されていないからである。
「どうしよう……絶対私が好意を寄せてるってバレたよね……」
「バレていいんじゃない?なんかそっちの方が関係も早く進みそうだし。いっその事、この後帰りに告白しちゃえば?」
「こ、告白ってそ、そんなに軽くすることじゃないだろ?!」
そもそも成功するかもわからない事をするのは私の性に合わない。ってか告白したとしても人生ゲームみたいに失敗したらたぶん不登校になる。
「いやぁ。でも、もし今日高坂が告白されてその子と付き合い始めたらどうするの?」
「どうするって……そんな確率あるわけ……」
いや、待てよ。そういえば私が初めて文芸部に行った日、高坂は先輩の女子から告白されてたよな……?
「言っておくけど、高坂君をなめたらダメだよ。私が制作した『告白された生徒ランキング!』では高坂君がいつもぶっちぎりで一位だったからね。実際、高坂君が告白されてる所見た事あるんでしょ?」
「そ、それはそうだけど」
「坂神さんは他の女子との繋がりがないからわからないかもだけど」
おい。今なんかさらっとひどい事言ったよな。聞き逃さなかったからな。
「クラスメイトの女子でも高坂君が好き、とか気になってる、とか言ってる子はいっぱいいるよ?」
ライバル多し……あまり早い者勝ちというのはフェアじゃないし好きじゃないんだが……高坂が他の女に取られるのは一番いやだ。
「ま、決めるのは坂神さんだからね。私は傍観者の立場で見守るよ」
はぁ……多井にはああ言われたけど、どうしようかな。私から告白……した方がいいのかな。
「あ、あの!」
しっかしどうするか。やっぱり告白するか?
「ねぇってば!」
他の女子に先を越されたらいやだしなぁ。
「ちょっと、無視してるの?」
後ろから急に肩を掴まれた。
「うわッ!」
誰だ?……いや、マジで誰だ?
「誰?」
「え?……同じクラスなんだけど、覚えてないの?」
こんなやつ居たっけ?
「映画館で居合わせたんだけど……河東だよ」
「あ、ああ。河東君ね。で、なんの用?」
河東君か。誰だよ。映画館で会ったとか言われても高坂以外の男に興味なんてねぇから覚えてねぇよ。
「あ、あのさ。俺と……その、付き合ってくんね?」
「は?」
あ、あのう……あんたの事覚えてなかった女子に告白できるって、どんだけ鋼メンタルなんだよ。逆にほめてあげれるぞ。
「俺、本気で好きなんだ。坂神の事」
お前に呼び捨てで呼ばれる筋合いなんて無いんだが。
「私は―――」
「あ」
まさかまさかの、噂をすればなんとやら。
あんな話をした数十分後にこんな場面に出くわすなんて。俺は何か持ってる……いや違うな。呪われているのか?
「わ、悪い!」
二人に背を向けて走り出す。ここの空気に耐えられない。もし遠くまで走り続けてこの現実を忘れる事ができるのなら、今すぐフルマラソンでもやってやんよ!
「ちょ、ちょっと待って!」
クソ!今すぐ追いかけて誤解を解かないと!
「お、おい。まだ返事もらってないぞ」
「ごめん無理!」
クソクソクソ!よくわからん男子生徒のせいでこれからの私の人生が狂うかもしれないとか冗談じゃねぇ!てか高坂足速っ!
「高坂ぁ!待てぇい!」