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坂神さんの恋愛事情  作者: 夜行乙
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第1章


 五月中旬。

 一学期中間テストが無事終了した。

 どうやら私は高校の授業をバカにしていたらしい。少し言い訳をさせてくれ。私は元々文系で数学などは中学生の頃から得意ではなかった。しかし欠点はおろか70点以下を取ったことがなかったのだ。それが今はどうだ。数学1は39点。数学A38点。化学27点。こんな点数は40点満点のテストでしか見たことがない!いや、40点満点のテストなんてなかったが。

 ではなぜ欠点を取ってしまったか?それはもちろん「勉強」をしていなかったからだ。

「高坂。中間テストの結果どうだった?平均点とか」

 ちなみに私の平均点は56点だった。これも信じられない数字なのだが、今はそれに突っ込む余裕もない。まぁ英語で94点を出せた事だけが救いだな。

「中学の頃よりかは悪くなってる気がするけど。平均は72点だったよ」

 は?私と答案用紙交換しませんか?

「マジか……」

「坂神さん。もしかしてあまり点数よくなかったの?」

「絶対いけると思ったのに」

 私の答案用紙を全て見せる。実は薄々気づいていた。高坂って頭いいんじゃないか?って。だって答案用紙回収してるときとか、全然書けてなかった私に比べて高坂のは全て埋まってたから。

「おぉぅ……これはひどい」

「あぁ?」

「あ、ごめん。でも確か高坂さん。模試で地域トップクラスの高校のA判定取ったって言ってなかったっけ?」

「うぅ……」

 痛い所を突かれた。そう、私は中学までは頭が良かった。これは確実で確かな情報だ。でもそれは家に帰ってからもちゃんと勉強をしていたからだ。

「もしかしたらっておもってたよ。だっていつも振り返ったら寝てるんだもん」

「だって……勉強しなくても大丈夫かなって思ったから」

 でも、いまさら始めたってみんなに追いつけるかわからない。もう嫌!

「はぁ……。坂神さん。テストの点がこれであんなに授業態度が悪かったらホントに留年するかもよ?」

 りゅうねん?なにそれおいしいの?

「もしよかったらだけど、僕が勉強教えようか?」

「よろしくお願いします」

 本当は同級生に勉強を教えてもらうなんていうのは私のプライドが許さないのだが、今回はまたケースが違う。私の進退に関わる重大な事案だからな。

「じゃあ勉強は……来週からでいいか。今日はテストが終わったばかりだし、休憩しないと」

「そうだね」

 まぁ私にはそんな余裕は無いんだけれども。

「やっぱり今日から勉強しょう」

「……」

 えぇー。嫌だー。

「どうする?ここでやってもいいけど、僕の家今誰もいないから僕の家でもいいよ」

 誰もいない……!もしや、それって私に対してのアピールか何かですかぁ?!

「ぜひ行きます。お邪魔させていただきます」

「お、おっけー。じゃあ僕は家に帰って部屋を片付けてくるけど、牧北駅ってわかる?」

「わかるよ。家の最寄りだしね」

 しかも、家から5分も経たない場所にある。

「そうなんだ。じゃあそこに午後2時集合ってことでどうかな?」

「わかった」


 午後2時10分 牧北駅

「坂神さーん。ごめん遅れた」

 10分程、高坂は遅れてやってきた。息遣いが荒いので走ってきたのだろう。ご苦労なことだ。

「気にすんな。で高坂の家ってどこら辺にあんの?やっぱりここから近いのかな」

「ああ、近いよ。大体ここから3分くらいのところにあるんだ」

 ほう。私の家よりも近いな。最寄り駅まで徒歩3分って利便性高いよな。私の家も似たようなものだけど。

「そういえば、僕の家狭いからあまり悠々と勉強はできないかもだけど許してね」

「気にしないよ。私は高坂の家に行けるだけでも……」

 あ、失言してしまった。ヤバい恥ずかしい。

「そ、そう?まあそれならいいけど」 

 お?バレなかったか?よかったよかった。

 高坂の後をついて歩いて約3分。本当に時間通りに到着した。

 高坂の家は外壁はレンガ調で3階建てのアパートだった。見た感じは築10年前後といった感じで新しい訳では無いが古くもない感じだ。

「おじゃまします」

 アパートの2階にある高坂家におじゃまする。中は、というか現状廊下しかわからないが埃一つもないくらい綺麗だ。これじゃあ姑も文句は言えんな。

「本当はリビングでやりたいんだけど、親が帰ってくると面倒だから僕の部屋でいい?」

「いいよ」

「おけ。じゃあ僕の部屋で待ってて。そこの部屋だから」

 高坂が指を指したところにあった部屋に手を洗ってから入る。

 高坂の部屋に入ると、これまた綺麗に整理整頓されていた。片づけするとか言ってたけど本当はその必要もなかったのでは?と思うほどに綺麗だ。

「さて、エ□本でも探すか……」

「ないよ!」

 素早いツッコみ!そしていつの間に居たの?!

「ないんだ」

「ないよ」

「なんで?」

「なんでって……もうインターネットがあるんだから。書籍は見つかる可能性もあるし……と、とにかくエ□本の時代は終わったんだ!」

 キャラ崩壊マシマシだなおい。でも、これってある意味「書籍では見てないけどネットで見てる」という意味ではないか。隙あらば覗こう。研究のためにな。

「はい、お茶とお菓子。まずは糖分を摂取しないとね」

 高坂は持っていたトレイを机に置いた。トレイには緑茶とカステラがのっていた。

 このチョイスはおしゃれだな。カステラとか食うの何年ぶりだよ。

「いただきます」

 カステラを一切れ、楊枝で刺して口に運ぶ。

 ふわぁ~。なんだこのかしゅてらはぁ……。くちのなかでとろけてりゅ……。

「おいしい?」

「めちゃめちゃ美味い……」

 このカステラは今まで食べたもので一番おいしい。いや、カステラに限らずスイーツの中で一番だ。断定できる。

 これ、近くにある店のものなら買って帰りたいのだが、どこのお店に売っているのだろう。

「よかったー。これおじいちゃんが営んでる和菓子屋の新商品なんだけど、気に入ってくれたようで僕も嬉しいよ」

 え?高坂のおじい様が作ったのか?!その店を教えてくれ。私が毎日通い詰めて高坂の外堀を……じゃなくておじい様の店を潤してやる。

「おじいちゃんの和菓子屋ってどこにあるの?」

 さりげなく、近くにあるコンビニを聞くように尋ねてみる……例えが悪いな。

「秋田県」

 遠いな。購買意欲が1割下がったぞ。でもまだあきらめられん!

「これ買いたいんだけど、高坂経由で送金してもらってカステラを取り寄せる、的なシステムって導入してる?」

「そんなシステムないよ!」

 これまた的確なツッコみに感謝。

「欲しいんだったらまだひと箱あるからあげるよ?」

「いや、それは悪いよ。私はそのカステラとおじい様への敬意をお金を通して表そうとしているんだよ」

「う、うん。わかった。じゃあ帰り際に渡す……じゃないか。販売するよ」

 そう。それでいいのだ。金には強欲であれよ高坂。そんなんじゃ将来金持ちにはなれんぞ。

「はい、じゃあ糖分も摂取したことだし、勉強しようか」

 あ、カステラ革命で完全に勉強の事忘れてた。

 急いで欠点を取ってしまった教科のテストを出す。私の赤点解答用紙を高坂に差し出す。科目は数学1、数学A、化学だ。理系が苦手って一発でわかるな。

「改めて見るとひどいね……」

 高坂が解答用紙の間違えた問題を見て、何かつぶやいている。あー聞こえない聞こえない。

「坂神さん。まずは数学1からやるけど、数1の問題集持ってる?」

「たぶん持ってきた」

「たぶんって……」

 カバンの中から持ってきている問題集を全て出す。全てと言っても3冊だけだがな。

 取り出した全ての問題集の中から数1の問題集を探す。全てと言っても(ry

「はい。目的の問題集はこれですかい?」

「そうそう。なんでこれを持ってるのか僕には理解できないんだけどね~」

 ん?どういう事だ?

 と、体現するかの如くあからさまに首を傾げると。

「だってこれ提出物じゃん。なんで出してないのかなぁ」

「怖い怖い!目が全然笑ってないぞ……」

 と言うと、あははと笑って表情を元に戻してくれた。

「まぁヤンデレモードはここまでにしといて。今日は少なくともこの問題集の出題範囲を終わらせるまではやって欲しいな」

 ヤンデレモードとは?ヤんでただけでデレてない気がするのだが。ま、まあそんな事は気にせずに。

 この問題集を終わらせるまでは帰らせてくれない訳か。個人的には終わらない、と装って高坂家に泊まるというの選択肢を脳内で考案してみたのだったが、高坂はそれを許してくれないだろうし、もっとも親御さんに悪い。という事で却下。この問題集を終わらせると決意するのだった……

「わかった。じゃあ最初から教えてくれ」

「おっけー。じゃあまずこの大問一だけど……」


 家庭教師からのレクチャーを受けて2時間。予定よりも早く数1の問題集が終了した。

「お。終わったねぇ。それじゃあ休憩でもしようか」

 高坂が「んー」と言いながら体を伸ばした。私も頑張ったが、今回は高坂が一番疲労しただろうし、感謝をしておかないとな。

「高坂。あの……教えてくれてありがとう」

「っ!……ぜ、全然いいよ!坂神さんの役に立てたなら僕は本望だよ……」

 少し気まずい空気が高坂家全体を覆う。初めての心からの感謝で私も恥ずかしいし、高坂もなんか恥ずかしそうだ。

 このままではヤバい。早く話題を考えないと……。

「そ、それにしても、高坂って教えるの上手だね。誰かに勉強とか教えてあげたりしたの?」

「あ、ああ。多井とかの面倒は見た事あるよ。あいつも相当成績は悪いからね。今回中間でも”あーお母さんに怒られる”とか言ってたし」

 多井も成績悪いのか。あいつも同類……いや、同類ではないな。私の方がたぶん成績はいい……はずだ。

 と、そんな事を考えていると高坂のスマホに電話がかかってきた。

「すまん。ちょっと出てきていい?」

「いいよ」

 高坂がスマホを持って部屋を出た。内容はまったくわからない。

 お茶を飲んだり寝転んだりしていると、高坂が部屋のドアを開けて困ったような表情で

「今から多井も来たいって言ってるんだけど、坂神さんはいい?」

 と問いかけてきた。私には拒否権はないのだが。

「いいんじゃない?ちなみに多井はどんな用なの?」

「多井もテストがヤバかったから勉強を教えて欲しいって事なんだけど」

 それなら一斉に教えた方が高坂の負担も少ないかもな。私が高坂家から去ってから多井が入れ替わりで入ってきた方が負担が大きそうだし。

「わかった。私は全然問題ないよ」

「おけ。もしもし?多井?坂神さんはオッケーって事だから。ああ、カギは開けておくから勝手に入ってきていいよ」

 カギ開けっぱなしにするのか。山奥くらい田舎ならカギをかける習慣がない集落もあるようだが、ここは商業施設も近くにあるしあまり治安がいいとは言えん気がするのだが。もしかして高坂って危機管理能力がないのか?

「じゃあな。また後で」

 高坂は通話を切ってスマホを机の上に置いた。

「高坂。カギ開けっぱなしにしてもいいの?やっぱり危ないんじゃ?」

 と高坂を心配して言ったつもりだが、その心配が高坂には伝わっていないらしい。

「ん?大丈夫大丈夫。多井ならこの家の常連だからカギ開けっぱなしでもインターホン鳴らしてくれるから」

 何の話だ?別にこの話に多井は関係ないのだが。

 まぁいい、そんな事よりも。多井もテストの点が悪かったらしいな。テスト返しの時には毎回何か叫んでいた気がする。

「多井は何欠したの?なんかテスト返し毎に狂乱してた気がするけど」

「ああ、あいつは6欠したってよ」

 6欠?!そりゃあ狂乱もするわな。確か今回の中間テストは全部で9教科だ。その内6つの教科を落としているのだから約60%の確率で欠点を取ったという事になる。

「しかも、欠点回避した教科も40点台とか。まぁ唯一英語だけは96点でクラス一位だったらしいけどね」

「ま、まじか。英語で私が負ける……だと?」

 確かにテスト返しの時、英語の教師は「最高得点は96点です」とか言ってたから上には上がいるなーとか思ってたけど、それが多井だと?信じられん……

「そういえば坂神さんも英語の点数よかったよね。いいなぁ。僕は英語で90点台は出せないからね」

 90点台が出せないという事は無いと思うが。ちゃんとぬかりなく勉強すればいい話だしな。私はしてないけど。

「そうなのか?英語のテスト何点だったんだ?」

「62点」

 うーん……普段の私なら「低っ!」とか言えただろうけれども、今はそれを言える立場にないな。もちろん英語では勝っているのだが、平均点で約20点分離れている私からそんな事を言われたらムカつくだろうしな。私ならガチギレする。

「へぇ。英語苦手なんだ」

 ん?待てよ……。それなら「高坂が教えてくれた代わりに英語を教えてあげる」という名目で一緒にいれる時間をより長くするすることも可能ではないか?

「そうなんだよね。毎回授業も真面目に聞いてるし、テスト前の勉強も欠かさずしてるんだけど中学の頃から一向に点数が上がる気配がないんだよね」

「そ、それなら私が……その……英語教えてやろっか?」

「え?!いいの?!是非お願いしたい!」

 迫真の表情で詰め寄ってくる。

 そ、そんなにガチになる事でもないと思うのだが。そんなに私から英語を教えてもらうのが楽しみなのか?ま、まぁ私も高坂に勉強を教えるっていうのは少し楽しみではあるんだけど……

 と、いい雰囲気になったと思ったら高坂のスマホにまた電話が掛かってきた。

「あ、ごめん。また多井からだ。ちょっと出てくるね」

 高坂が再び部屋を出て廊下で話し始めた。


 少しして高坂は部屋に戻ってきた。

「多井、なんて?」

「なんか少し遅れるとか言ってた。わざわざそんな事で電話掛けなくてもいいって思うんだけどなぁ」

「ああそう」

 高坂はスマホを机に置いて気だるげに寝転んだ。

 おい、高坂。スマホの電源消し忘れてるぞ。と、言おうと思ったがこれはスマホの検索履歴、ブックマークをチェックするチャンスではないか。そんなチャンスを逃す私ではない。今すぐ高坂のスマホを強奪して……!

「オラぁああ!!しゃや!取った!」

 机に無防備に置かれていた高坂のスマホを手に取って天にかざす。

「あ!お、おい!ちょっと待って!」

 高坂は必死の抵抗もむなしく、私からスマホを奪えずにいる。それもそのはず。高坂の身長は私と大して変わらない……というよりも私の方がもしかしたら高いかもしれん。

「さぁて。検索履歴は……」

 ブラウザーを開いて検索履歴へ。なになに?えーっと……ショートカット女子のエ□画像?

「わぁああああ!!!や、やめろぉぉおおお!!」

「っ?!」

 高坂は加減を知らないのだろうか。下がベッドだったからよかったものの、ただの床だったら私が痛い思いをしただろう。まったく、私をベッドに押し倒しやがって……?!

 突撃された私は驚いて目をつむっていたが、目を開いてみると高坂が私の上から覆いかぶさっていたのだ!

「ご、ごめん!今すぐどくから……!」

 高坂が慌てて、急いで私の上から退けようとする。

「ちょっと待って!」

 どうしてここで引き留めてしまったのか、後から考えてもわからない。多分頭がオーバーヒートしていたのだろう。この後にあんな事が起きてしまうとも知らずに……

「え……どうしたの、坂神さん……?」

 高坂の呼びかけなど気にしない。これは押し倒した高坂が悪いのだ。

 高坂の首をがっちりとホールドして絶対に逃がさない姿勢をとる。

「高坂……お前が悪いんだからな……」

 戸惑っている高坂は全く気にせずに顔を近づける。あと数センチで高坂と初キ―――

「ちょっと。あんたら何してんのよ……」

「「?!」」

 私と高坂が同時に振り返った。

 振り返った先には多井が立っていた。堂々と佇んでいた。

「あ、お、お、多井!これはその......違うんだ」

 その場を見てしまっている多井に今更取り繕っても無駄なのだが、言い訳せずにはいられなかった。 

「はぁ?何が違うのよ。完全に今のは意図的だったでしょ。別に私相手に言い訳しなくてもいいよ」

 呆れた感じで多井は呟く。

「で?高坂君は弁解無しなわけ?」

 多井は、多井が来てから無言で死んだような表情をしている高坂に話を振った。

「え?ああ。えっと......僕が悪かったよ。押し倒してごめんね。坂神さん」

 高坂は謝罪を敢行する。多井はその謝罪を認めたようで「仕方ない」というような表情を浮かべた。

「坂神もだよ。あんた、そんな事をする為に高坂君の家に来たの?」

「ち、違います......ごめんなさい」

 私も高坂を見習って謝罪をする。確かに、押し倒してきたのは高坂だが、無理矢理接近したのは私だし、原因は私が高坂のスマホを強引に取ったからなんだよね。

「まぁいいや。そんな事より高坂君。勉強教えてよ。まずは化学から」

 切り替え早いな!ま、まあいいか。化学やるんだったら私もついでにご一緒させてもらおうかな。

「わかった。化学やるんだったら坂神さんも一緒にどう?」

「ぜひ教えてくれ」

 私たちは再び勉強を再開した。


 午後6時

 勉強を開始してから1時間半程度の時間が経過したところで、高坂が休憩を申し出た。

「すまん……ちょっと疲れた」

 高坂が疲れた表情で床に寝転んだ。

 それもそうだろう。高坂は3時間半近く勉強に付き合っているし、なんと言っても途中参加の多井は癖が強すぎる。多井は理系科目に関しては中学の頃からめっぽう弱いらしく、今回の中間考査でも理系科目である数1、数A、化学は10点もなかったらしい。

 高坂も多井に化学を教えるときは、まず数学の解き方から教えていたからな。

「私ももう疲れたわ~……」

 と、言っている多井だが、問題集は3ページ程度しか進んでいない。高坂の方が絶対に疲れているはずだが、多井は今にも死にそうだ。全然問題集進んでないのに。ちなみに私はこの時間の間に化学の問題集は終わらせた。あとは数学Aだけだが、これは家に帰ってからやっても頑張れば解けそうだったので、高坂の負担軽減のためにも、教えを乞う事は控えた。

「お前なぁ……ほとんど何もしてないだろー……?」

「そんな事ないよぉ。結構進んだし」

「3ページだけな」

 無気力に会話をする高坂と多井。多井はまだ体力が残っているようだが、高坂は完全にノックダウンしていた。

 私も疲れたな……。私も横になるか。

「ふぅ……よし!」

 私が横になったと同時に高坂は立ち上がった。

「坂神さん。多井。もうそろそろ僕の母さん帰ってくるんだけど、どうする?気にせずに勉強するか、今日はここらへんで解散か」

 そうだな。確かにもう6時回ってるし、そろそろ家に帰ったほうがいいかもな。まぁいつも晩御飯の時間は遅いから、どっちでもいいんだけど。高坂に迷惑かけられないし。

「私はまだ残るわ。久しぶりに高坂君の家に来たんだから、お母さんにも挨拶したいし」

 前言撤回。せっかく高坂の家に来たのだから、私も高坂の母上殿に挨拶をしておこう。いつも晩御飯の時間は遅いから、問題はない。

「私も高坂のお母さんに挨拶してから帰ろうかな。勝手に上がり込んで礼も言わずに帰るってのは無礼だろうし」

 やっぱり礼儀は弁えておいた方が今後の事も考えて有益であろう。

「そ、そんなの全然気にしないでいいのに」

 高坂はそう言っているが、来客者の立場で言うと気にしないなんて訳にはいかないんだよなぁ。そりゃどうしてもと言われたら帰るが。

「まぁいいか。じゃあ母さんが帰ってくるまで何かしようか?暇だし」

 何か、か。暇つぶしっていったらゲームしかないだろうな。勉強は嫌だぞ?

「じゃあ大富豪がいいなぁ。私強いし」

 大富豪って3人でやるゲームだったっけ?できない事は無いが。

「大富豪か。いいよ。じゃあそこにトランプ置いてあるから準備しておいてよ。僕はコーヒー淹れてくるからさ」

 と言って高坂は部屋を出ていった。コーヒーを淹れてくれるのか、楽しみだな。

「おお、高坂君がコーヒー淹れてくれるんだ。高坂君の淹れるコーヒーはおいしいからなぁ」

「そうなのか?」

 コーヒーとか誰が淹れたって同じじゃないのか?違いがわからんのだが。

「そうだよ。高坂君の淹れたコーヒーは美味しいんだよ」

「どんな風に?」

「……」

 そこで沈黙するのかよ。美味しいというからには何か理由とか美味しいと思った点とかを挙げてほしかったのだが。

「そ、そんな事より、カード切っておこうか」

 あ、こいつ話そらしやがったな。いつも何かボロが出てしまったときはすごい勢いで詰め寄ってくるのに、自分は責められなれてないのか。

 多井は立ち上がって棚に適当に置いてあったトランプの箱を手に取って、中身を出しシャッフルし始めた。

「いやー。まぁとにかく高坂君の淹れたコーヒーは美味しいんだよ」

 私は多井ではないので追求はしないでやろう。そもそもコーヒーのおいしさなんて初心者が語れる話でもないしな。

 多井がシャッフルしたカードを3等分し終わった頃、高坂はコーヒーが入っているマグカップを3つ乗せたトレーを持ってきた。

「お待たせ。コーヒー持ってきたよ」

 高坂はマグカップをテーブルに置いて、私の対面に座った。

「じゃあ……大富豪やろう。高坂くんからね」

「おけ」

 そうして、大富豪という名のデスゲームが今始まった……


「あああぁぁぁあ!なんで私が大貧民なんだ!」

 クソ!誰だこんなクソゲーを考えた奴は!

 私は3戦中全敗だった。それだけでムカつくには十分だが、原因はもう一つある。多井がずっと大富豪なのだ。

 多井は特別引き運があるわけでは無いのだ。なぜなら3戦中ともジョーカーや2のカードは私と高坂が独占していたからだ。でも負ける。なんで?!

「多井。なんかずるしてないか?」

「それ。私も思った」

 あの手札でこの強さは異常だ。どういうロジックで勝っているのか是非教えていただきたい。私も次からその戦法使うから。

「まぁ元々多井はゲーム全般強いけどさ。なんであの手札で勝てるんだよ」

「そりゃあ私の戦略が勝ったっていう事じゃないの?」

 それだけの理由で私は納得せんぞ。

「そうかい。じゃあ士官目指して防衛大入ったら?」

「こうして多井は防衛大受験のために奔走するのであった……って!なんでや!」

 多井の頭じゃ防衛大は無理だ、という事に「なんでや」というツッコみは的確だな。多井は士官ではなく一般隊員向けだろう。陸上部だから体力いっぱいあるだろうし。

「あんたらが強いカード引いたって安心しきってただけでしょ?負けたのを人のせいにしないでよ」

 まったくその通りだ。私たちはただ負けたことを認めたくないのだ!

「まぁいいや。じゃあ全勝した多井には、この問題集をプレゼント!」

「いらん!」

 景品を拒否するとはなんと無礼なのだ。そんな事じゃ高坂に嫌われるぞ。

「えー。じゃあ坂神さんにあげるよ」

「いらん」

「……」

 問題集なぞ私には必要ない。多井とは違って私は頭がいいからな!ちゃんと勉強したら。

「そうか……じゃあこの問題集は荒谷にあげるとして―――」

 高坂が話をしているとき、話を遮るように


「おかえりー。魁~もう帰ってる?」


 玄関の方から扉が開く音がして、高坂のお母さまと思われる人間が高坂家に入ってきた。

「う、うん。もう帰ってるよ」

「あ~!高坂ママ!おかえりなさい!」

 そう言って多井は高坂の部屋を飛び出して高坂の母上の方へ向かった。

「おー。多井ちゃん来てたの。何?勉強会?」

「そうなんですよ~。今回のテストで欠点取っちゃって!」

「え?そうなの?さっき和恵ちゃんが『今回はあざみも欠点は回避したらしい』って言ってたけど」

「げっ……」

 和恵ちゃん?誰だそれ。唐突に新キャラ登場したぞ。

「高坂。和恵ちゃんって誰だ?」

 少し思案したが誰か検討が付かなかったので、高坂に小声で尋ねてみる事にした。

「ああ、和恵ちゃんってのは多井のお母さんの事だよ。多井のお母さんと僕の母さんは高校時代からの同級生で仲がいいからちゃん付けで呼び合ってるんだ」

 へぇ。高校時代からのタメで、まだ付き合いがあって子どもの年齢も同じ……いや、これ絶対なんかの計画やろ。陰謀論マシマシだが、それでも辻褄合いすぎて怖いんだが。

「ん?他にも誰か来てるの?」

 廊下でそんな事が聞こえた。

 急いで寝そべっている体勢から起き上がって正座になる。

 正座になって少し待っていると高坂のお母さんと思われる人物が顔だけを出して、こちらを視姦……じゃなくて観察しだした。

「あ。新人さん?魁。紹介しなさい」

「あ、あの。自己紹介なら私が……」

 と、自己紹介を始めようとすると「ちょっと待った」といって止められた。

「これはね。魁がどれだけあなたを理解しているかのチェックなのよ。私は男子でも女子でも自由に家に招き入れていいって事にしてるの。でもそれは魁がその人の事を理解、信用してるから。っていう前提が必要なのね。その人の事を完璧に紹介できれば、魁はその人の事をちゃんと理解して信用出来てるって事でしょ?それなら私も『魁が信用できる人なら』って安心できるわけよ」

「な、なるほど……」

 要するに子を想ってやってるって訳だな。理解理解。

「えっと、じゃあ紹介するね。この方は坂神弥生さん。僕と同じクラスで僕の前の席で僕と同じ文芸部に所属してて……えっと、頭が良くって普段は無口だけど部室に入れば結構しゃべる人です」

 いや、それどんな紹介だよ。私の情報まともに伝わってないぞ、それ。それなら私が自己紹介した方が良かったんじゃないか?

「なるほどねぇ」

 え?!なんか納得したっぽい。しかも含みのある笑みでこちらに熱い視線を送ってきている。

「その子のことはよぉーくわかったわ。これからよろしくね。弥生ちゃん」

「あ、こちらこそよろしくお願いします」

 その場で頭を下げる。高坂のお母さんとはこれからも互いに仲良くやっていきたいという意思は私も持っているからな。外堀を埋めるにはちょうどいい人材だし。

「じゃ、ゆっくりしていってね~」

 高坂の母上は笑顔で部屋の前から立ち去り、リビングの方へ向かっていった。

「ま、まぁ僕の母さんはあんな感じの人です」

「うん。なるほどわからん」

 あんな感じと言われても、高坂の母上はよくわからない人で今のところキープさせていただきたい。まず、第一印象から謎なんだよな。

「理解しようとしても無駄だと思うからわからん状態でいいと思うよ。僕も生まれてからずっと生活を共にしてきてるけど、母さんについてはなんにも実態をつかめてないんだ」

「おけおけ……ってマジかよ」

 実態が何もわかってないって大丈夫なのか?まぁ確かに私も、母の職業とかは知らんが、実態がわからないという程でもないぞ。

「マジだよ。職も生活スタイルも一緒に生活してるのにわからない。でも僕は親っていう事実があれば十分だと思うんだよね」

「ほぅ……」

 なるほど。その捉え方は今までした事がなかったな。確かにこの考え方は納得できる。親の実態がわからなくても親という事実さえあればいい。端的な考え方で、今私が納得できても自分の立場ならわからんが、高坂がそれで納得しているのだからそれでいいのだ。

「じゃ、私そろそろ帰るわ」

 高坂の話に納得したところで、リビングから戻ってきた多井が自分の荷物をまとめだした。

 時計を見ると午後7時。そろそろ高坂家に迷惑をかけてしまうので、私も帰ることにしよう。

「私ももう帰るよ。高坂。今日は誘ってくれてありがとう」

 あ、そうだ。その前にしておかなければならない事があったんだ。

「高坂。LI〇Eとかやってる?」

 L〇NEとは……まぁ説明しなくてもわかる人が大多数だと思うが、SNSの一つだ。登録した友達と無料でメッセージのやり取りや通話が可能な便利アイテムである。

「やってるよ。あ、友達追加する?」

「うん。是非したい」

 スマホを出し、LIN〇のアプリを開いてQRコードを高坂に差し出す。

 高坂はそのQRコードを自分のスマホで読み取って、わたしのアカウントを友達登録した。

「これで連絡とりあえるね」

「せやな。またあとで言いたいことあるから〇INEで送るね」

「わかった」

 と、L〇NEを交換し終わったところで多井が玄関に行ってしまった。

「あ、多井!ちょっと待って!高坂、今日はありがとね」

「いいよ。また来てね~」

 私も速やかに荷物をまとめて多井とともに玄関へ。

「おじゃましましたー」

 靴を履いて玄関から出ていこうとした時、高坂の母上がリビングから紙製の袋を持って出てきた。

「あ、もう帰っちゃうの?」

「はい。今日はお邪魔しました」

「高坂ママ!また今度ね!」

「帰る前に!はい、手土産」

 高坂の母上は私と多井に両手に持っていた紙袋を手渡してきた。

 これは……今日食べためちゃめちゃ美味しいカステラだ!てっきり忘れてた!

「あ、ありがとうございます!」

 本当は購入したかったのだが、母上から手渡されては仕方がない。ここはありがたく頂戴しよう。

「高坂君。じゃあまたねー」

「うん!また明日!」


 坂神さんと多井が帰ってから少し時間が経過して午後8時。高坂家では晩御飯の時間だ。

「魁~。ご飯できたよ~」

「はーい」

 彼女たちが帰った後、僕は坂神さんに渡すための問題作りに取り組んでいた。何のために問題を作っているのかと言うと、次の期末テストで欠点を取らせないためだ。ここだけの話、僕は将来学校の教師になりたいと思っている。なのでこういった対策問題を作るっていうのは将来のためにもいい経験だと思っている。

「今日のご飯は秋刀魚の塩焼きだけど、文句ないよね?」

 作った後に文句なんて言うわけないだろ。ってか作った後にそんな事聞くなよ。

「文句なんてないよ」

 台所に行って自分の分の料理をダイニングテーブルまで運ぶ。

「いただきまーす」

 秋刀魚の背骨を取り除いて、大根おろしと共に口に運んで―――

「弥生ちゃんの事好きでしょ?」

「ゴホッ......ッ!?」

 口に運んだ秋刀魚の身を吹き出してしまった。

 急に何を言い出すんだこの親は!?

「は、はぁ?何言い出すんだよ……!」

 ま、まぁ確かに好きと言えば好きだが……なんでわかったんだよ。ヒントなんて一つもなかっただろ。

「なんか見てて思っただけなんだけどね。でも、弥生ちゃんも魁の事好きそうじゃない?」

「な、なんの根拠があってそんな事……」

「だから、なんか見てたらわかるんだって。経験……て奴かな。私はあんたよりも長く青春時代過ごして来てるからね」

 長く、って言ったって大学に行っていたとしても僕と6年くらいしか差はないだろう。いや、でも6年の差は大きいか。

「まぁ確かに、経験の話をすれば母さんの方が長いかもだけど」

「そうよ~。私は大学院まで行ってるからね」

 大学院?!この人ってそんなに頭よかったのか……。っていうか今までその情報知らなかったんだが。また一つ謎が解明されたというわけだ。

「母さんって頭よかったんだ」

「まぁね。今の職業だって……」

 ん?今の職業?もっと詳しく!

「やっぱ何でもない」

 おい!言わないのかよ!やっぱり職業は黙秘するのか。親の職業知ったところで特になんにもないだろうし、カミングアウトしてもいいと思うんだがな。

「で、話戻すけど。魁は弥生ちゃんの事好きなの?」

「そ、それは……」


 次の日

「ごめん!ちょっと遅れた!」

 昨日、LI〇Eを交換して、家に帰った後私から『明日一緒に登校しないか?』と誘った。少し恥ずかしかったが、高坂は快く私の提案を受け入れてくれたので結果オーライだ。

 そして高坂は集合時間に2分遅れてきた。

「気にしないでいいよ。たった2分くらい」

「いや、それでも申し訳ないよ」

 本当に2分くらいの遅れは誤差だと思うのだが、高坂は腑に落ちない様子だ。私なら2分くらい遅れるし、2分くらい遅れて来ても怒らんけども。

「わかった。その気持ちは受け取っておく。じゃあ学校行こうか」

「う、うん!ホントにごめんね」

 チャリに乗って学校へ。

 私は受験合格したときに記念として電動自転車を親に買ってもらったので、学校前の坂はキツイと言えばキツイのだが、受験の時よりかは楽に登校できている。高坂の自転車は俗にいうクロスバイクという奴だった。

「高坂。その自転車で坂上るのって楽?」

「この自転車?まぁ疲れるけどママチャリより楽だと思うよ。本当は僕も電動が良かったんだけどね」

「へぇ。電動でも結構重いから大変だと思うけどね」

 やっぱり電動は楽して乗れるが、重いし速度制限があるから便利だと言っても完全ではない。その点、クロスバイクなどのスポーツ系のチャリはスラスラ進めるイメージがあるからどっちもどっちという感が否めない気がする。

「そういえば坂神さん。今日は部活行く?」

「行く。帰ってもやることないし。やってなかった提出物やりたい」

「お、おっけ。じゃあ僕も手伝うよ。今日の放課後に終わらせて提出すれば先生も少しは点数は出してくれるだろうし」

 やっぱり一週間も遅れたらだいぶ点数は引かれるよな。ないよりはまし精神でやるか。あんまり気が進まないが進級にかかっている。

「坂神さん」

「ん?」

 高坂が何かを思い出したような顔をして私に問いかけてきた。

「テストは親に見せた?」

「あ……」

 そういえば見せてないわ。高坂から「点数悪くても絶対見せろ」って念を押されたけど見せてないわ。なんか高坂の顔は笑ってるのに目が笑ってないわ。怖いわ。

「き、今日見せる予定なんだ~」

 ハハハと笑って誤魔化す……が、高坂には効かなかったようだ。

「ごめんなさい」

 こういう場合は素直に謝罪をしておいた方がいい。高坂は普段はのほほんとしていて、小動物のようで可愛らしい男子だが、怒ったら普通よりも怖い。

「まぁ僕も朝から怒るほどの気力はないしそこまで鬼畜じゃないからね。でも、絶対に見せなきゃだめだよ」

「わかった。今日帰ったら絶対に見せる」

「それでよし」

 どうやら高坂は矛をしまってくれたようだ。


 それから少しして学校に到着した。

「お、高坂。おはよー」

 校門をくぐったところで、荒谷と合流した。

「おお、荒谷。おはよう。今日は早いね」

「早起きしちまったからなぁ。坂神もおはよう」

「ん」

「相変わらず俺に対しては適当だな……まぁ別に気にしてないからいいけどよ」

 なんでわざわざこんな熱そうなやつに真面目に返事しなきゃならんのだ。ただ横にいるだけで暑苦しい。松岡〇造みたいだ。

「高坂。今日の一時間目ってなんだっけ?」

「一時間目は体育かな。確か今日は陸上種目だったような」

 そういえば、今日の体育は珍しく男女合同だったな。いつもは別々だし、これからも基本はその方針なのだが、今回は特別らしい。

「そういえば今日は50メートルのタイム計測だったな。高坂は文化部のくせにやたらと早いから羨ましいよ」

「そうそう。高坂君も陸上部はいればいいのに」

「お、多井?!いつから居たんだ?!」

 急いで振り返ってみると、多井がついてきていた。

 後ろから急に会話に参加してきたからビックリしたではないか。来るのであれば対面から来てほしい。

「さっきからよ。三人仲良く登校してるから私も混ざりたくなったのよ」

「あっそう……」

 そんな理由で私の寿命を縮めるな!

「まぁそんな事はともかく。高坂君はなんで運動部に入らないの?兼部できるのに」

「なんでって。面倒くさいからに決まってるじゃん。運動部の練習とかきつそうだし、僕先輩とかあまり得意じゃないし」

「高坂って運動得意なの?」

 さっきから私が知らない範囲で話が進んでいてまったく付いていけてないのだが。でも、ここまでの会話の流れから察するに、高坂は運動が得意なのだろうな。一応事実確認を取っておくが。

「高坂は陸上種目に関しては結構な実力者だと思うぜ。中学の頃から先輩とかに勧誘されてたし」

「全部断ってたけどね。私も断られたし」

 ほう。わざわざ先輩が誘ってくるとは。筋が相当よかったのだろうな。羨ましいとは思わんが、すごいと思う。

「先輩来てたっけ?でもまぁ運動は好きだよ。得意なのは走りだけだけども」

「そうだな。お前、中学の頃は野球の授業で盗塁しまくって禁止令出されたくらいだもんな。それ以外では点取れてなかったけど」

 なるほど。高坂のせいでその中学校の後輩たちは盗塁ができなくなったんだな。そのくらい高坂の足の速さは魔的って事か。

「今は……8時17分か。今から教室行くよりこのまま更衣室に行った方がいいかな」

「あ、うん。そうだね」

 今から教室に行っても、すぐに下に降りないと間に合わないからな。

「じゃ、また後でな」

「じゃーね。高坂君の番になったら見ててあげるから」

「あ、あんまり見ないで欲しい……」

 高坂が照れてるぞ。なんか可愛い。なんか負けた気分だ。


 高坂達と別れた後、更衣室で速やかに着替えてグラウンドに出る。

 いくら合同授業だと言っても男子と女子で集合する場所は違うらしく、それぞれグラウンドの両脇に集合している。

「あ、あれ高坂君と荒谷君じゃない?」

 多井が指を指した先を見てみると、米粒サイズの人がいるのはわかった。

「多井って目いいんだな。私には人がいるのはわかっても誰かはわからん……」

「まぁ視力は左右共に1.8くらいはあるからね」

「1.8?!すごいな」

 そこまでの視力は必要ないと思うが、1.8はすごいな。私は1ピッタリくらいだから平均くらいだと思ってるが、1.8もあったら何ができる?例えば……何も思いつかんがすごい。


 そこからチャイムが鳴って授業が開始。

 整理体操が終わったら先生が測定の説明をしだした。先生の話を要約すると、まずは男子から走って計測は女子がやると。女子が走る番になったら役割を交代すると。そういった感じだ。

「じゃあ、まずは男子からだ。出席番号が早い奴からスタートだ」

 荒谷は出席番号が1番なので、スタートラインに向かっていった。

 そういや、高坂が早いという話は聞いたが、荒谷は早いのか?一応運動部だったはずだが。何の部活に入っているかは覚えてないけど。

「はい。じゃあ体育委員の多井がフラッグを振ったらスタートだ!準備はいいか?!」

 先生が走者と計測係の私を含む女子に問いかけてきた。

「準備は整っているらしいから、多井。お前の判断でスタートさせていいぞ」

「わかりました」

 返答した直後、多井はフラッグを勢いよく振り下げた。

 荒谷は……結構早い、というか一番前を走っている。

 荒谷がゴールするのと同時にストップウォッチを止めると6秒54だった。

「俺のタイムどうだった?」

「6秒74だった」

 ストップウォッチを見せる。

「そうか……あとは高坂がどの程度出してくるか……」

 荒谷が走った後、数人の男子が走って高坂の出番がきた。

「おー。高坂君の番が来たね~」

 多井は私に寄って、高坂の走りを見物しにきた。

「一緒に走る人は……陸上部の河東君だね。確か短距離で先輩よりも早くて先輩が嫉妬してたな。次の大会にも出る人だよ」

 さすがは陸上部の多井だ。相手の情報をちゃんと教えてくれる。それにしても、相手の生徒は陸上部の期待の新人という事だよな。いくら足が速いと言われていても、陸上部に勝てるのか?

 多井から交代した女子がフラッグを振り下ろしてレースがスタートする。

「は、速い……」

 スタート直後。高坂と陸上部のなんとか君はどちらとも上手くダッシュを決めていた。今まで数人の計測をしたが、その中でも一番レベルの高いレースだとゴールからの目線でもわかる。恐らく横から見ている人は私が見ている以上に速いと感じているはずだ。

「二人とも早いね……でも高坂君の方が少し前に出てるよ!」

 よく目を凝らしてみると、確かに高坂の方が一歩前に出ていた。

 その後もちょっとづつ差を開けていき、高坂が先行してゴールした。

 それと同時にストップウォッチを止めると、6秒23だった。荒谷と比べても0.51秒も差が出ていた。

「高坂。本当に走るの速かったんだな」

 高坂は普段より少し粗く呼吸をしていた。やっぱり疲れているのだろうな。50メートルダッシュしたって事はもちろん、相手は陸上部だ。高坂も負けたくなかったのだろう。

「今日は絶好調だよ……!」

 息を整えながら俯いていた高坂が、顔を上げる。

 高坂は満足げに笑っていた。満面の笑みだった。惚れそうなくらい笑顔だった。

「いや~高坂!めっちゃ速いな!マジで今のうちに陸上部に入っておけば次の部活出れるぞ?高坂は陸上部に入る気はないのか?」

 相手の人は河……なんだっけ。まぁいい。河君が高坂の方にやってきて早速陸上部に勧誘し始めた。河君は0.16秒差で負けていたらしい。

「ははは……河東君。お誘いは嬉しいけど陸上部には入れないよ」

 そう。高坂には文芸部という大事な部活がある。放課後、私に勉強を教える義務も背負っている。高坂には陸上部に入る余裕なんてないのだ。

「そうかぁ。ここの陸上部は微妙だから高坂が入れば一瞬でレギュラーになれると思うんだけどな」

「まぁ気持ちだけ受け取っておくよ。誘ってくれてありがとね」

「また気が変わったら俺に話しかけてくれ」

 ロールプレイングゲームの村人のようなコメントを残して河東は去っていった。

「高坂。お前また速くなったな。本当に運動部でもないくせにそんな脚を持ってるなんて羨ましいぞ」

「荒谷だって大して変わらんだろー。文句言うなよ」

 ミリ怒りの高坂も可愛いな。ガチで起こってるときは怖いけど。

「坂神。もうすぐで女子の番だから高坂にでもストップウォッチ預けてスタートラインに行っておいた方がいいよ」

「わかった。高坂、ストップウォッチ預けていい?」

「いいよ。多井のところに行っておいで」

 多井についていき、私もスタートラインを目指す。


 一時間目の授業が終わって放課後。

 一気に5時間も授業を飛ばせたらどんなに楽か、と筆者も考える中、高坂と坂神は文芸部部室にいた。

「さて、今日の復習をしよう!」

 部室に来てからずっと静かだった高坂が、何かを決心したかのように宣言し始めた。いや、決心したのではなく勉強を始める意を固めたのだ。意味はあんまり変わらんか。まぁいい。

「えぇ。今日は勉強しないでもいいんじゃない?」

 私はもう疲れた。まだ10分くらいしかこの部室に滞在していないが疲れた。今日は勉強する気分じゃないし、今日は真面目に授業を聞いていたので授業内容は理解している。数学以外。

「今日の数1の授業寝てたでしょ?」

「ネ、ネテナイヨ」

「わかってるぞ?数1の時間に『後ろからプリントを回収しろ』って先生が言ったの知らないでしょ?坂神さん、身体揺すっても起きなかったから僕が代わりにプリント集めたんだよ」

 高坂が先生の真似をした事はいったん置いといて、どうやら高坂に苦労を掛けてしまったらしい。ここは謝っておこうか。

「ごめん。でも言い訳をさせてくれ」

 もちろん私も理由なく授業で寝ている訳ではない。授業で寝るのはそれ相応の納得のできる誰も反論できない理由があるからだ。

「言ってみ?」

「眠かった」

「……」

 少しの間沈黙。高坂はじっと私を見つめている。そんな高坂を私もじっと見つめ返す。

「よし、勉強しよう」

「私の話聞いてたかなァ?!」

「ん?ああ、なんだっけ」

 すっとぼけてやがる。これは、私が言うことを聞かないときの強硬姿勢を執っている状況で間違いないだろう。でも、本当に今日は勉強する気が一切出ないんだよな。

「そういえば、坂神さんは今週の土曜日暇?」

「え?暇だけど」

「やった。じゃあ僕と一緒に映画見に行かない?」

 え?!高坂と一緒に映画?!なんという事だ。まさか高坂から誘われるなんて。これって傍から見ればデートじゃない?絶対に行く。どんな急用ができても行く。

「行きたい!」

「じゃあ勉強しようか」

「……」

 なんか……うまい具合に利用された気分なんだが……! 

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