プロローグ2
現実に戻った、大川 匠は頭を抱えた。
せっかく時間を捻出して初期のまとまった強化をして、
平日はのんびりプレイしようと思っていたというのに。
時間だけを無為に過ごしてしまったのだ、と。
運営にメールを送るべき案件だというのに、彼からは
何故かその思考が抜け落ちているかのようにそれに至らない。
このゲームの売りのシステム的な物であると誤認している部分もある為だ。
このゲーム、ブレイクゲートオンラインの売り。
自由なスキルシステムと、プレイヤー次第で強さは万別、そして、
初回プレイ導入時のキャラクター作成前の自己設定。
転生型か転移型の異世界小説物の様に自分がどんな状態でこの世界に送られたのか決める事ができる、と言う物の所為だ。
なお、本来は担当のNPCが居るべき空間に、誰もいなかったというバグまたはミスが発生した上、導入部分とキャラメイク、チュートリアルが終わるまでは加速倍率が違っているのだが、匠はそれにも気が付いていない。
導入の記憶、それが終わってすぐに配置された部屋に担当NPCがいるべきなのだが、
ゲーム稼働初日の混雑に対応する為に、通常の管理AIの他に、中の人入りの、臨時管理者が彼を担当するはずだった。
その管理者に回された中で、匠だけが何故か順番待ちをスルーされて、導入を終わった段階で、通常時間倍率のキャラメイク部屋に放置されていたのだ。
通常倍率、現実時間における一時間が一日と言う時間で、連続ログイン可能時間15時間の間。
つまり二週間と少しの間、精神的に監禁されていたと言う現実。
現実時間とゲーム内時間の差がありきたりになっている現在、キャラクターの思考や行動の簡易コピー、もしくはオート行動できるようになっていることが多いのだが、一時間を一日にしている分まだ被害が軽く済んでいたというべきか。
再ログインに必要な時間は最低でも一時間につき一分空けなければいけない仕様であるが、基本的にはトイレ、食事休憩やら睡眠時間として数時間開くのが普通なので、ログイン時のバイタルチェックを越えられる健康状態であれば、ほぼ24時間ぶっ続けに近い形に出来なくもない。実際はそこまでする者もいないのだが。
匠はある程度外れを引く事が多い為か、こういった不幸に慣れ過ぎている節がある。
多分気付かずに次の日のプレイを開始して、運営会社の社員が気付くまで拷問まがいのこの状況を続けてしまうのかも知れなかったのだが……。
そのタイミングで電話が鳴る。
「はい、もしもし?」
通話が繋がるといきなり、
『あ、匠、チュートリアル終わったら連絡よこせって言ったよな?何で連絡よこさなかったんだ?』
と、言い出す、匠の友人の、柊飛鳥。
「ん?まだチュートリアルにすらなってないぞ俺。そう言う飛鳥はキャラメイクまで行ったのか?導入の設定長くし過ぎてたんかねぇ、俺?」
と、見当違いの発言をする匠。
『はぁ?お前なんか認識間違ってねぇか?導入、キャラメイク、チュートリアルまでは最大加速倍率で進み切るはずだぞ?』
若干焦りながら匠にそう告げる飛鳥。
「え?なんだろう、俺、導入の記憶の後誰もいない部屋に放り出されてたんだが」
『何が起きてんのお前のBGO?!』
「しかもゲームって前提抜けてて、転生と転生の狭間に放置された位の認識になってたよ」
あっけらかんと悲惨な内容を告げる匠。
『え、それでよくログアウトできたなお前?……て、まさかっ』
「あー、多分そのまさかだわ」
『ちょっと運営にメールして見ろよお前……流石にそれは酷いだろ』
「んー、ゲーム的にはもう15日以上経ってんだろ?もうスタートで頑張るとかそういうのでもないし、まったり進むための初期強化のつもりだったし、もぅいいかなって」
と、ずれた発言のまま告げる匠に、
『あー、お前だとそうなるよな。取りあえず運営に友人がなんかこんな事なってたんだけど本当かどうかチェック入れて見てくれって感じでメールしとくわ。間違いだったらいいけど間違って無かったらゲームの形を装った拷問に友人が巻き込まれたって事になるんで、裁判用意しないといけなくなるので、って脅し気味の内容でな』
と、飛鳥は脅しめいた内容を告げる。
「そこまでする程の事か?」
『麻痺しすぎてんじゃねぇぞおい。他の奴がそんな状態になってたら発狂沙汰だからな?比ゆ的なもんでなくガチで』
「ガチか」
不幸に慣れ過ぎて感覚がずれているようだ。
『自分でもメールしとけよ?他の奴が同じ状態に陥らない為にな?』
「お、おう。やっといてみるわ」
『時間の補填かお詫びのアイテムでももらえるレベルの事件だからな?連絡忘れんなよ?』
「わかった。とりあえずメール送ってから一眠りしたらまたログインしてみようかと思う」
『起きたらまずメールのチェックしてからにしろよ?いいな?』
「ああ。それじゃまたな」
こうして、匠はゲーム開始初日にログインしていたのに、何もできないままログアウトさせられていた。
メールを送り、寝支度を整えた時、ゲームに使うヘッドセットが妖しく光った気がした。
匠は、気のせいだと思うことにし、そのまま、寝た。
それは、始まりの光だったのだと、後に思い返した。