八
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十一年前、昔住んでた所の近所で一家五人惨殺事件が起きた。
警察は捜査により犯人を割り出した。
犯人の名は小林匠。当時四十八歳。
会社でリストラに遭い、主夫になったばかりの私、小林幸恵の父である。
そして今の私の名は小林輪廻。
「信じてくれ、頼む!父さんは本当にやってないんだ。誓ってもいい。本当なんだ。俺をそんな目で見ないでくれ!」
警察に連行されていく父、匠。
「お願いだ、信じてくれェー!」
輪廻は夢から覚めた。母と妹と抱き合う自分。それが夢の最後だった。
当時警察が物証として挙げたのが、当時我が家で使われていた果物ナイフ。
そして現場で足跡と一致した外靴。
その後、二十日間におよぶ取り調べによる自白。そしてその時間に買い物をしていたというアリバイも、当時父が買い物をしていたという時間、商店街で父を目撃したという証言は一切無かったのだ。
裁判でもあったはずの無罪を示す証言や証拠も全面否定され、敗訴。
上告も棄却され、父の死刑が確定した。
その当時高校生だった輪廻は本名「幸恵」で、殺人鬼の娘としてイジメられもした。まぁ、当然か。
母の提案で、みんなでここを引っ越してやり直しましょうと言われ、住所も名前も変えた。残された輪廻たちは名を変え、住所も変え、そしてその九年後、早い段階で父は死刑執行された。
遺体は母の都合で火葬にされ、納骨された。
あの時母も妹も輪廻でさえ父が殺人犯であることを疑わなかった。
だから別段涙は無かった。
しかしその二年後、あの時銅版画を持って来た林雄二が警察に捕まり、その後の証言で、十一年前の一家五人惨殺犯が自分であると自供。
裏付けを取り、警察は林雄二をその犯人と断定。
父、小林匠を無罪とした。
「輪廻の匠」は三日間休業した。
その間、唯は輪廻とは会えなかった。
そして三日過ぎると店は開いた。
唯は輪廻の顔を拝むことが出来た。
「一体どこに行ってたの、輪廻さん?」
「ちょっと前に住んでいた所に行って調べてたの。実は……」
「え、無実だった?輪廻さんのお父さんが?」
「今日確信したの。私が独自にした鑑定で調べ上げて導き出した。それがその答えよ。私の父はやってない」
「一体どういう事?だって輪廻さんはあの時……バーで」
「どうも警察はかなりずさんな方法で父を有罪に持ち込んだみたいね」
「それで、ご家族には?」
「妹と再婚した母にはもう連絡した。でももうあの頃のことはもう思い出したくないみたい。墓参りにも誰も全然行ってないし。誰も花を添える者はいなかった」
「そんな!それじゃ、輪廻さんのお父さんは浮かばれないじゃない」
「私も死刑制度は必要悪だと思ってた。例え父であってもそれは同じ。そう自分に言い聞かせて。でも、今回のことで私の信念は狂ってしまった。もし自分が父のように冤罪で死刑になったらって……」
それが別件で捕まったあの犯人が、取り調べであの時のことを自白し、警察も再捜査した。そして犯人の供述をクロと断定。
父は無実の罪で死刑に処されてしまったのだ。
「輪廻さんのお父さんは、国に殺されてしまったの?」
「司法、行政、立法にね。それに真犯人にも……」
「それじゃ輪廻さんはどうすれば……?」
お父さん……。
数日後、警察の関係者が二人、「輪廻の匠」に訪ねてきた。二人とも黒い背広を着て、黒いネクタイをしていた。若い男と老けた男だった。
二人はカウンターの椅子に座っていた輪廻を前にした。
「本当に、我々警察一同、大変申し訳なく思っているとしか」
「本当に申し訳ありませんでした、小林さん」
輪廻は毅然とした態度を取った。
「心にも無いことを。それで私の父は甦るんですか?」
「そ、それは……」
「お金では生命は買えません。謝罪というなら私の父を私たちの元に返してください!」
黒服の二人はたじろいだ。
「う、それは……」
唯が間に入った。
「輪廻さん、裁判起こしたら?警察や裁判官を相手に弁護士雇ってさぁ。それしか無いでしょ?」
輪廻は首を振った。
「いいえ。それは出来ない事になっているの。警察も裁判官も本当はこんな事が起きても誰も責任は取らなくてもいいの」
「そんな!」
「でも刑事さん。あなた方が本当に悪かったとお思いならば、あの時父を取り調べた刑事、検察官、その関係者みんなも死んで頂いて初めて謝罪と言えるのではないでしょうか?」
「それは……」
うつむく警察の者たち。
輪廻は涙ぐむ。
「私は死刑制度には賛成だったんです。だから例外なく死刑にするべきだと思うんです。だけど、あなたたちがもし冤罪で死刑判決を受けたとしたら?あなたたちに言っても仕方がないのだけれど言わせてください」
「は、はぁ」
「あなたたちがこれからもずっと何の責任も負わなくてもいいということは知っています。でもそれはあくまで原則論であるということをしっかり心に留めておいてくれるのを祈っています」
そばにいた唯は愕然となった。
「警察たちは何の責任も取らなくてもいいの、本当に?輪廻さんの家族をメチャクチャにしたのに、どうして?」
警察の老けた男は苦笑いをした。
「まぁ、そう言われましても。あの頃は捜査上仕方なかったことですし……」
「捜査?仕方なかった?フザけるのも大概にしてください!」
輪廻の表情は険しくなった。今までに無いような表情だった。
「警察の当時のずさんな捜査や証拠の改ざん。取り調べと謳った自白の強要。ありもしない証拠をでっち上げたこと。そして手近な私の父を利用し、犯人に仕立て上げたこと。すべて私の情報網と鑑定によって調べさせてもらいました」
「調べたってあなたは、一体……?」
若い警察の男は尋ねる。
「私の父をあの事件の真犯人だと私たち家族に伝えたのは、あなた方警察です。十一年前のあの時は私は無知でした。でも今は違います。私は鑑定家になりましたから。私の知識やネットワークを甘く見ないでくださいね。警察のことも今はすべてお見通しなんですよ」
その言葉にグゥの音も出ない警察関係者たち。
「真犯人の林雄二は銅版画家で、以前父と知り合いで居酒屋『すずめ』での呑み友達でした。私は二度、本人と会っています。子供の頃とつい最近の二度。彼はサイコパスでした。それも最近分かった事なんですが」
「サイコパス?」
警察の老けた方の男が反応した。
「私の父は会社でリストラに遭ったばかりで、止む無く家庭に身を落ち着かせました。生計は母が看護師だったので母が切り盛りしていたんです」
輪廻は続ける。
「主夫だった私の父の指紋が果物ナイフに付いていたのも当然でした。林容疑者は呑み屋でそのことを聞き、それを知ってたからそれを凶器に使った。だから警察は父の犯行だと思った。それで間違いないですね?」
「は、はい。その通りです」
老けた警察官は言った。
「それに足跡の靴の跡。それも父が履いていた物を林は持って行き、犯行におよんだ。林はワザと土足で一家を惨殺したんです。それらを戻すのも簡単だったでしょうね。ただ私のウチに置いておけばよかったんですから。それに父と林は靴のサイズがピッタリ同じでしたし」
「うう」
警察たちはうなる。
「警察は全部知っていた。でもここで厄介な問題が生じた。林のバックには実は当時、大物政治家がいた。それだけに警察は手を出せずにいた。その大物政治家にはライバルとなる者がいた。それが殺害された一家五人の主。ニセの銅版画作りのため金に困っていた林は政治家から金をもらい、指示通りに一家全員を殺した。事件のあまりの大きさに、警察はどうしても誰かを犯人にするしか無かった。それでスケープゴートを作るしかなかったんです。それが私の父だった。これが真相でしょう?間違いがありますか?」
警察たちは黙った。
「反論が無いのならもうお引き取りください。もう口だけの謝罪は結構です。私の父を私たちから奪った罪を持って、あなた方警察は生きてください。これからもずっと!」
そう言うと、輪廻は椅子から腰を上げた。
「こ、小林さん!」
警察の二人は大きく頭を下げた。
「本当に、申し訳ありませんでした!」
警察は帰って行った。その背中は小さく見えた。
輪廻は賠償金を放棄する気でいた。
「私のお父さん、死ぬ時どんな気持ちだったんだろうね。誰にも信じてもらえないまま」
そうつぶやく輪廻。
「輪廻さん、来週から私、大学が夏休みなの」
唯が言った。
「え?」
「一緒にお墓参りに行こうよ。輪廻さんのお父さんのお墓に。胸を張って行っていいと思うよ?」
輪廻はフッと少し笑った。そして一滴の涙を流す。
「ええ。そうね……。行きましょう、私の父の所へ」
「うん、一緒に行こう!」
「じゃあ、明日はお店閉めないとね」
翌日、「輪廻の匠」は休業した。
輪廻の父、匠の墓参りのために……。
お父さん、本当にごめんなさい。そして安らかに眠ってください。
輪廻は匠の墓に花を供えた。
この世はすべて舞台だ。
そして男も女も
その役者に過ぎない。
ウィリアム・シェイクスピア(一五六四~一六一六)
完
どうもこんにちは!!今回オカルトに手を出してしまいましたが、どうでしたでしょうか?つたなくてすみません。楽しんでいただければ幸いです。ご感想ももしよければ頂けたら嬉しいです!!




