ブロック
ぴょんぴょん、ぴょんぴょんと幼さに任せて色とりどりの道に敷かれたブロックの上を跳ねていく。
赤、青、黄色、緑。
自分で決めた順番に沿って、勢いをつけて飛び跳ねる。
大月波の背中で、小さな体に不釣り合いなランドセルがカタカタと揺れた。
赤、青、黄色、緑、黒、白、茶色…。
道いっぱいのブロックの色は様々で、順番を一周飛び終えるまでには結構時間がかかる。
もちろん近くに求めている色のブロックがないことだって多くて、そのたびにブロックではない細い線に飛び乗ってみたり、三秒だけならほかのブロックを踏んでもいいと即席ルールを作ったりしてちまちまと進んでいくのだ。
危ないときにはきちんと立ち止まるし、周りにたくさんの人がいるときにはこのゲームを波がすることはないから、大人たちは誰も波をとがめたりはせず、ほほえましげにその様子を見守っているのだった。
(あ…!)
ぴたっと立ち止まって、波はキョロキョロと辺りを見回した。
「水色がない…」
次に飛ぶべき色は水色だったのだか、その色は波の目の届く範囲には敷かれていなかった。
「困ったなあ~…」
特別ルールを作ろうか、と考えて止まっていると、突然ドンッという衝撃が背中に走った。
「うわっ!!」
つんのめって転ぶ一歩手前でなんとか踏みとどまる。一瞬、「なにするんだ!」と怒鳴ってやろうかとも思ったが、やめる。
そんなこといって逆ギレされたりしても困るし、何より波の予想では犯人はそんなことで反省するような性格をしていないはずだからだ。
あー、振り返りたくない…。
そう思いつつゆっくりと後ろに体を向けていく。
「ヤッホー、ひっさしぶり!」
「うみ姉ちゃん…」
案の定、後ろにいたのは波の予想通りの人物だった。
大月海乃ことうみ姉ちゃん。波の三つ年上の従姉妹で、波の天敵でもある。
「うみ姉ちゃん、危ないからやめてって何回言えば…ていうか、べつに久しぶりでも何でもなくて、一週間くらいしかたってないでしょ?」
「やだなー、波ってばお堅いんだから相変わらず~1日でもあわないとさみしいっていう私の気持ちをわかってくれないわけ?」
くすん、くすんとわざとらしく泣きまねまでしてみせる。
だめだ、やっぱり変わってない。
もしかしたら少しは大人っぽくなって波の言うことも聞いてくれるんじゃないかという期待ははかなく散った。
がっくりとうなだれて、波は「うみ姉ちゃん…」とかすれた声で呼んだ。
「んー?なになに、なんか用?」
「特にようはないから、早めに帰ってくれると助かる…。それがだめでもいいからとりあえず、寄っかかるのヤメテー!」
途中からだんだん悲鳴じみて最終的には絶叫になった波の嘆願を聞いて、海乃はやれやれと首を振った。
「仕方ないな、このなにもしなくても筋トレになる素敵な協力を自ら断るなんて」
「筋トレなんて望んでないから、お願いだからはやく離れ…わっ!?」
一気に背中から遠のいた重みに対応しきれず、波はまたしてもつんのめった。二度目なので、先ほどよりは持ち直すのが早い。なにを言っても無駄だということも、もう「再」確認済みなので波は何も言わずにがっくりとうなだれた。
「あれ、あれれ?何にも反応しない?」
心底不思議そうな海乃にくわっと噛みつく。
無駄なことは百も承知、笑わば笑え!
「う、み、ね、え、ちゃ、ん、の、せ、い、で!!!こんなことになってんのになにのんきに経過観察みたいなことしてるんだよ!反応しても無駄だってことも、うみ姉ちゃんから学んだんです!」
海乃の目がぱっちりと見開かれた。まっすぐ流れる黒髪が、揺れる。
ああもう、と波は頭をぶんぶん振った。なんでなんだ、と心の中で叫びながら海乃を見つめる。
「???」
不思議そうに傾げられた細い首、盛んにまばたく大きな漆黒の目。
波が死んでも認めたくない言葉に、天が二物も三物も与えるというものがある。
まだ幼いが、幼いなりに頭のいい波は、自分が人並みであることをよくわかっていた。
つまり、天が与えてくれるものなどあって一つなのだ。そう悟ったとき―波のその悟りを見事なまでに粉砕してのけたのが、誰あろう海乃だった。
海乃の容姿は十人中十人が認める美人の部類に入る。そして、その頭の明晰さもまた、いわゆる天才と呼ばれるに十分なものだった。
……絶対に認めないが。
「どうしたの、波ってば黙り込んじゃって??大丈夫?」
ひょいと顔をのぞき込んできた海乃の目は、心配そうな色に染まっていた。
「うん、大丈夫…。や、やっぱりだいじょばないよ、色々と…」
海乃の一番たちが悪いところは、本人にあらゆることへの自覚がないことだと波は思っている。海乃の頭の良さに半泣きになっていた昔、心底不思議そうに『頭なんてよくないよ?』といわれたときに波はそれを痛感した。
「やっぱり!?何があったの!話して、なんとかするから!」
「なんともならないからだいじょーぶ…」
「するって!教えてー!」
波より年上のくせに子供のように(子供だが)お願いする海乃を見て、波はふっと息をついた。
なんとかしてはぐらかす方法を考えなければいけない。とりあえずは…
そこまで考えて、波はあーあとうなだれた。
結局もう今日は、水色ブロックを跳ぶことはできなさそうだ。
誰が見ても、なにを見ても平和だったその日からちょうど一月後。
未だかつて想像すらしなかった異変が起こるということを、このときの波は知らない。