海と空の間で、君を想う。
黄昏の浜辺を、男が一人歩いていた。
誰もいない砂の上をさくり、さくりと歩いて行く。
なにも目的などないかのように、それなのに何かを求めているかのように。
さくり、さくりと歩いていた男は、しばらくしてふと足を止めた。
そしてそのまま、なにかがみえるはずもないのに海の向こうをじっと見つめる。
風が吹いて、男の少し長めの髪がふわりとなびいた。
「……なぜ」
海の彼方を見つめたまま微動だにしなかった男は、突然ぽつりとつぶやいた。
「なぜ、人は争うことをやめぬ。禁に触れることでも平気で破る。それがどのような定めを引き起こすかを知りながら、何故」
無表情の男の声に答える者は、いない。
それをしらないはずはないのに、男は淡々と問い続けた。
「幾千もの年を重ね、何度も同じような目に遭い何故人は学ぼうとしない。禁忌の果てに待つ罰におびえ、罵り、そうしていつしか我らを恨む。いかに愚かでなににもならぬ事と知りながら、何故人は同じことを繰り返す…」
ざ、ざあぁん…
彼の足下に寄せては返す波をじっと見つめ、男はほんの少し、息をついた。
そして、男は、人の姿をした人ではない何かの男は、言う。
「此度の咎は、これまでのものより重い。私とて許さぬことはあるのだと、知らしめてやらねばいかんな。…まあ、私の一存できまるものではないとはいえ、やはり少々かんに障る」
誰にともなくつぶやいて、男は突然ふっと笑みをこぼした。
誰もがそれを見ただけで凍り付くような、冷たく凄絶なまでの笑みを浮かべたままに、男はさらに口を開く。
「だが面白いのは、いつの時代であっても必ず自らを投げうって大切なものを守ろうとするものがいることだ。………」
しばらくそのまま黙り込んだ男は、そうして不意に髪をかき上げた。
「私が手を下さずともいずれ、そう遠くない未来に禁忌を犯した者は罰受けよう。それまでの僅かなときに、なにができるというのか。あがく様を眺めるのもまた一興…」
男がそうつぶやいた途端、ザアッと突風が吹いた。漆黒の髪が舞い上がり、男の顔を隠す。
そして、その風がやんだときには、もう男の姿はそこになかった。
消える間際の一瞬に男が声にした言葉を耳にしたものはいないが、たとえ聞いていたものがいたとしても、その言葉の意味を知ることは出来なかっただろう。
なぜなら、その言葉は遠くない未来に向けて放たれた、予言のようなものであったからである。
『けしてまじわることのできぬ青が、なにをできよう。この星があり、我らがある限りそのような日は来ない…。すべてを救う鍵となるのは、幼いが故の残酷さかもしれぬな』
すべてを聞いていた海は、ただ黙って波を寄せては返し続けた。