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藤川菜乃花は喋れない 。  作者: 白咲 名誉
第四章 学校祭と憤怒
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十五話 【ヒロイン】



 結局顔の腫れが完全に引くのに三日が経った。


 その間に綾瀬からは音沙汰は無く、俺も連絡を入れようとも思わなかった。どちらが悪い訳ではないが俺が謝ることに正当性が結びつかなくて謝罪しようと決心しなかった。



 家では両親が俺の青痣を幽霊だと笑う。その後には必ず早く治るといいなと添えられた。



 ただし薬を塗るのは母さんがしてくれた。その時に過保護なくらい、回復の進捗を訊いてくる。




 俺の近況はここまでで、学校では学校祭の準備は着々と進んでいた。俺が学校を三日ぶりに登校すると、校内は廊下や壁、目に映る範囲すべてに折り紙のレールや花束で華やかに彩られていた。



 質素で地震でも起きたら崩れそうな学校に色を強引に付け足されている。



 青春を送れる権利がある者たちがはしゃぐ様を現実に投影したようだった。



 教室に入ると生徒数人が俺の膨らんだ顔に驚く。その反応がねずみ講のように瞬く間に広がっていった。最後はクラスの過半数以上に感染してみんなの目が点になった。





 仲間内で些細な空気の揺れを機敏に察知した何名かが視線の先にある俺を小話の肴にしている。



 

 遂にはクラスの人間は俺の顔の痣について口々にあらぬ噂を立てるようになった。これが統合意識というモノらしい。



 人は慄きか正義感で人を悪者に仕立て上げ、微量でもいつ爆発するか測れず、制御できないストレスのはけ口を俺で消化させる。



 俺の顔をみて、どうしたんだと驚きながら聞いてくれる仲の良い友人でも作っておけば良かったのだろうか。




 学校祭当日まであと二日。クラス発表でやる演劇の準備も滞りなく進んでいる。



 俺も初めの方はしっかりと貢献したバック絵は既に完成されていた。



午前の一時限目から三時限目は普段通りの授業だった。あとの六時限目までは物販の搬入と壇上で歌の練習をした。



 周りが机に齧りつくように真面目にノートの上で黒板の文字を書いていて、俺も同じことをする。でも本腰を入れて先生の話を聞いていても視線には菜乃花を眺めていた。



役目は果たしたはずだったのにな。



 菜乃花は俺の損失していた心のパズルのピースだった。俺には何もない生き方をするやり方が常事だ。



 平穏だと思っていた。だがそんな貧相な価値観に菜乃花はお釣りが出るほど実りのある毎日を送らせてくれた。



 俺とは同じ空間にいても幾分も遠く高い場所まで離れてしまった。



 埋まり用のない差が開く。どちらともに上手く歯車が噛み合わなくなり修正不可となる。




 渦巻く気分を紛らわそうと勉強をしてみても、思考の端で仮定を考えてしまう。



菜乃花と関わりたい。募る思いは抑えこもうとした。




 無理やり蓋を閉ざすと別の感情が溢れて止まらない。原因は手の届かない現実と羨望の矛盾。



 俺の目に映るのはいつも和山と戯れて微笑むように小さく笑う菜乃花だ。



 授業の終わりと始まりの関節的な合間の休息が来たら、二人で談笑する。



 まだ空気に馴染めていないのか、恥ずかしそうな顔をしている。



頬杖をついて眺めては頬が緩む自分がいた。




翌日、学校祭本番の前日。



 この日は全学年が体育館で学年の出し物を確認し合うゲネプロの日。



 観覧席用に整頓されているパイプ椅子に座って一年の出し物を眺めた。クッションが潰れていてお尻に圧を感じて窮屈な思いをする。



作成係はステージで演出をしないので当日も座るだけ。



 今日は生徒が楽しむのがメインの日だ。ある程度の無礼を働いても先生達は寛容に扱ってくれる。



 なので私語さえ慎んでいれば注意をされない。制服を着崩す生徒達は自由に席を移動し、楽な姿勢でステージを眺めていた。



 和山は親交が深い友達と陣形を組む。和山の傍に菜乃花がいた。場違いな雰囲気がそこにはあったが和山の醸す空気から無理やりにかき消されていた。





 一年の出し物が終わると、十五分の休憩と演劇の片付け、準備の時間が設けられる。



 発表が終わった学年が自分の席に帰ってきた。共に演じた仲間が観客席で疲れたと口々に囁かれていた。緊張が緩んで、安堵の声がした。



次の演者が上手かみてに並ぶ。




「おーい、匠早く来いよー」



薄闇に包まれた空間の中から誰かの声がした。



「分かった」



語尾が伸びる返答。



俺は咄嗟に和山がどこにいるのかを目を凝らして探す。



「行ってくるね」



 あいつは大勢の人の前で菜乃花に手を振っていた。黒いカーテンで太陽光を遮っているのでスポットライトだけが頼みの灯りだった。



暗闇に近い環境だったのに二人の姿をくっきりと捉えれた。



 和山は誰よりも輝きを発して、少年の屈託のない笑顔をする。



 穴があったら入っていたい。暗室のまま俺も空気に溶け込めばいいのにと願っている。



 物語が始まるブザーが天井のスピーカーからけたたましく響く。



 照明がステージに直線で伸びると壇上に人が現れた。20分という短い時間の中で和山と西、三科、その他がシンデレラを演じ切る。皆が役に熱中している。真剣そのものが伝わってた。



 素人の作品なんて当然、演技とは言えない。だがただならない集中力が伝わり、あっという間に話が終わった。



硬い椅子に座ているのが苦に感じられない。

 


 最初、中盤はクラスでネタ担当という職業に就かされた生徒二人が素人とは思えないトークスキルを活かし何段仕込みのボケとツッコみをする。



 女装や男装するモブたちを起用し、学生だから許される特権をフル活用して笑わせてくれる。全員が知っている童話で退屈かと思っていたが楽しかった。

 


 最後に王子とシンデレラはキスをするという大胆な回収で観客席に座る全員を沸かした。



 本当に唇が接触すれば問題になる。実際は和山の後頭部を観客側に寄せて、二人が頭を傾けているだけだ。



だが本当にキスしているようなざわめきが起きた。




 幕が下りるまで壇上に役者全員が手を繋いで笑顔で手を振っていた。



そしてブザーが鳴り、会場が大団円で拍手が一杯になる。



どうだった? うんとてもよかった!



 仲のいい後輩や先輩や裏方に実際に肌で感じた臨場感の意見感想を聞いて喜びを分かち合った。




 ゲネプロは前夜祭のようなもので本番とは違う。生徒達に緊張は感じられない。ただやっていた事を披露するだけで失敗を恐れなくていい。



 

「みてられないね」これは独り言だ。



 暗闇の中で手を結ぶ二人。どちらが先に指を絡ませたのだろうか。足を組んで座る和山とは対比にこじんまりとする菜乃花。肩と肩が当たる距離に近づき、暗い世界で菜乃花たちはどうでもいいお遊戯会を暇つぶしに傍観する。



 お友達がいて濃ゆい関係を築くには恥ずかしいのか言葉は交わさない。蒸し暑い空気にブランコのように扇風機が右往左往へ吹く風がたまに背中を撫でる。



 後ろに座るおれ。関係構築で遮られる邪魔な壁はもう互いに無いらしい。



俺には送れない適した青春というのがそこにはあった。




 放課後になる。みんなの心は満足感で埋められていた。正しい青春とはこんなもんなんだな。自分が送れず、他人の人生を羨ましく感じた。



俺は一人で学校を後にする。



夕焼けが落ち切ってからスマホが揺れる。



菜乃花:あのさ



 一通のrainが送られる。俺が既読を付けるとさらにメッセージが送りこまれる。どうやら俺の反応の有無は要らないらしい。



 菜乃花: いままでありがとう唯一。おかげで私、前より喋れるようになったんだ。


明日ね、私の気持ちを伝えてみようと思う。



 この二行にすべてが詰まっている。俺との短い日々のおかげに礼をしただけだ。



 だが俺には十二分な日常。俺の折れない芯として誰とも共有はされることのない記憶。これまでの人生で一番意味のある時間。




彼女には価値は薄くとも俺とって財産たる記憶なのだ。



 そして俺との関係は完全に明日、切れる。ただの意思表明なのは判っている。


 


 でも送られてきたメッセージを直視できなかった。目を離すと目から涙が滲み出てきた。肘で塞き止めようとしたが琴切れて歯を食いしばって枕を濡らした。


時は一分一秒と刻まれるが無力感しか募らない。




わかってはいた。でも侘しさで腹の底が沸たぎる。


  

懇願しても帰ってこない時間が俺を大人にするのだろうか。


二年の演劇はシンデレラです。




 この物語にシンデレラのように都合のいいハッピーライフを送る人間はあまり存在しないという皮肉です。


 現実だってそうじゃないですか。私の目に映る現実にはサクセスストーリーは起きてませんからね。ですが幸せは祈れば叶わないと頑張った分のつじつまは合いませんからね。

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