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藤川菜乃花は喋れない 。  作者: 白咲 名誉
第四章 学校祭と憤怒
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第九話 【変わらないもの】




  朝四時の陽光は一番明るい。カーテンの生地から染み込む。外からは雀の声が聞こえてくる。顎と首に生えたひげがかゆい。


 不登校から三日目の朝は白い日光がウンザリするほど眩しかった。カーテンから光が漏れてこないように洗濯バサミで封をする。




三日間の記憶が殆ど存在しない。それだけ何もしてこなかった。電源が抜けたように身体が重たい。




学校祭までもう少しか・・・・・・。




「眠たい」瞼が腫れて重たい。





液晶テレビに繋げているハードディスクからDVDを取り出す。




テレビのリモコンを使い、電源を落として暗い部屋で唯一の灯りのテレビが消えたので真っ暗になった。




俺はディスクをカバーにしまうとテーブルに山積みになったビデオのパッケージに重ねる。



 ダイハード1、2,3、バットボーズ、バットボーイズtoバット、ミザリー、スニーカーズ、有名なハリウッド映画作品がこの部屋にある。




見応えのある派手なアクションには現実感が湧かなくて、逃避には最適だ。




 四日前にレンタルビデオ店で借りてきた。家から近いという理由と個人経営の店なのがよかった。品揃えが俺の好みばかりで宝探し感覚でワクワクする。




「返却はまた明日でもいいか」



期限が近い。




布団に潜っていると浅い眠気が深くなるまで眼を閉じて待つ。




 




 四日前に自分の自転車を公園の川に投げ棄てた。そしてその足でビデオショップへ行くと店長がレジで俺をじっくり見た後に



「顔色が悪いぞ、大丈夫か?」



心配された。



「大丈夫です」



関わらないでくれと願いながら返答をする。



 高校でいじめという集団暴力の標的にされてしまった。なんともないって鼻息を荒くしていたのに恐ろしかった。不登校を決め込む事にした。




 高校の駐輪場で誰かが刃物で俺の自転車のタイヤを切りつけた。裂かれた痕から次は俺なんだと確信する。溺れてしまう量の汗が噴き出た。



 元々クラスから無視されてはいたが手は出されていない。身勝手な話だがそれはきっと菜乃花や癸が肩代わりしてくれただけだ。




だから今まで出番が回ってこなかった。もう結果に基づく真相なんかより起きてしまった結果が重要だった。






 頑張ることができる人種はきっと根本的に毎日の積み重ねから違うのだろう。病欠以外で休むことがない。俺はこの部屋にいるのが心地よかった。




家にいるのが楽で仕方がない。抜け出せない。




 ずっと前から俺は色々な事に腹を煮え立てていた。皮肉めいた事を心の中で嫌いな人間に吐いてスッキリさせる。だから「頑張って耐えてきた」ではなく「折れる芯がまずなかった」だけだった。



 そして菜乃花と知り合って、「自分は強い」と思っていた虚勢が過信へと化けた。何気ない日常が楽しくなり、なにも変わらない日常なのに、少しだけだけど精神が成長する自分に気が付いた。




—————どうせ、無視されるだけなんだしとあの日は花瓶を外へ投げた。それでまだ済まされると思っていた。




面談をした。大来の発言や表情に理不尽さを感じて、感情が湧きだすのを心が覚えている。




—————俺という内側の世界が変わり始めても自分の延長線上の他人は黙認する。




 我慢をするという事ができなくなった。いつのまにか俺は脆くなってしまった。張りぼての自信が故に強く振舞っていただけなんだ。だから俺は元々弱い人間だったのだろう。



 面談の後、偶然にも和山と話しをする機会があった。俺は和山と会話をして単純に楽しかった。コイツには菜乃花を託してもよいのだろう。お互いの雰囲気的にそう思えた。




きっと両想いなのかもしれないしな。



和山が人を虐げる奴だとは思えない。その立場になったら躊躇ためらうはずだ。



 そんな道徳観念がねじ曲がっている考え方なんて持って無くて当然なのにここでは持っていることが最低限必要なステータスである。備わっていないと、俺や綾瀬のように居場所が無くなる。しかし、こいつは特例だ。




才能なのか、家の育ちの良さなのか、絶対二つとも理由のうちに当てはまるのだろう。




コイツの家は裕福な家庭なのだと、クラスの噂話程度で聞いたことがあった。




 和山はその二つで磨かれた気品の高さで人に信頼されて、爪弾きにされていない。俺とは何もかも違う。羨ましい。




 だが俺がもっとも信用できる点は二度も菜乃花を助けてくれたことだった。だから、菜乃花の事を和山に託そうと思えた。


 



 もしも俺が信じることを諦めていなければ、この町の惨状に気が付かなければ、俺はもっと楽しくクラスの人たちと打ち解けられていたのかもしれない。俺は青春らしい青春を謳歌していたのではないか?





 タイヤを切りつけられたことで俺の脆い心は決壊した。いわゆる虚無という精神の臨界点に到達したらしい。もう全てがめんどくさくなった。




 公園はもう夕方だったから、人はそんなに多くはなかった。公園の面積はとても広く、テニスとサッカー、三キロジョギングがいっぺんにできるほどだ。




その公園から流れている、どぶが混じる川に自転車を捨てた。茶色く濁る水が上に跳ねる。




 もう学校に行かないしいいやと思っていたので、中学校から乗っている想いれのある自転車が静かに流水の流れに押されていくのを見ても何とも思わなかった。




 しかし、このままの生活を続けるのはいけない。だからいつか学校をやめて、通信制の学校に通おう。そして仕事に就こう。




 いつか、いつかと自分に言い聞かして、明日もこれからもずっと腐っていく性根を止められない。外への耐性は衰弱していく。嫌だな。




 自己嫌悪に陥っては好きなものを家の中で増やしていく。少しでも考える時間を減らして自分を慰める。母さんも父さんも俺が学校を無断で休でいることに何も言わないでいてくれた。どこまでが限度なのかは分からない。




でも退学することだって俺が理由を告げなくとも二つ返事で許してくれるだろう。そんな気がする。




布団が冷たくて硬い。だけど落ち着く。明日も借りてきた沢山の映画を観よう。




俺はすぐに意識が落ちる。




 未来の事なんてもう考えたくない。楽しかったことなんて総じて俺には無かったんだ。惨めな未来なんかよりも仮初でもいいから不安と寂しさを紛らわせられれば、今は何でもいい。





三時間後に、綾瀬はロックをかけたはずの俺の部屋のドアを蹴破った。凄い音で俺は起きる




皆目一番に



「おはよう、唯一。出かけるぞ」



俺の頭が働いてくれず、この空間に綾瀬がいることに困惑していた。



ドアの奥から注がれる窓から朝八時の太陽が俺の方に顔をだす。とても温かかった。




「きちんと朝食べて身支度して来いよ。待ってるから」





「は?あっ・・・。なんで来たんだよ」




「外に藤川さんも来ている」





困惑する要素がまた一つ増えた。




洗濯バサミを外してカーテンを開けた。目が痛い。暗い部屋に籠っていたせいで目が慣れてしまい、日射を浴びたとたん視界がぼやける。




だが確かに、菜乃花が外で待っていた。定まらないピントの中で彼女を見つけた。




「んな矢継ぎ早に言われたってできるかよ!?」

ここではある謎を張らせていただきました。


この物語で、そのなぞは明かしません。不思議だと思ってもらえたら感想でもなんでいいので行ってくれたらふんわりその答えを教えます。


今日は相変わらずの欝会です。ですが、楽しんでいただけたら嬉しいです。

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