第七話【悲しみの果て】
綾瀬が2日間も学校を休んでいた。
俺のスマホには「一人で学校に行ってくれ」と綾瀬からメールが送られる。でも返信はしなかった。
「あいつにしては珍しい」風邪をひいたと誰かが噂しているのを廊下で耳にする。
綾瀬のクラスメイトもそれなりに性格が際どい奴が多いらしい。(以前綾瀬が話してくれた)だが心配してくれる人もいるんだな。
「綾瀬ひとり休むだけで出展する掲示物の作成が遅れて迷惑。来ないんなら退学してくれればいいのに」
その言葉を耳にして心が少し痛んだ。噂にされている本人が友達だったからじゃない。自分に言われているような気がして苦しいんだ。
翌日。
「行ってきまーす」
俺は家を出た。居間で浴びる日光よりも外の方が眩しくて奥歯が痛くなった。
物置から自転車を取り出す。留め具が錆びてキイイイイと不快な高音を響かせるようになり、耳の奥が詰まったような気持ち悪さを感じた。
いつか錆び止めを塗らないと。
なんておじさん臭い事を考えて登校した。
家を出ると大きな下り坂を滑る。下から上がってくる風が夏だと気持ち良いのだが、秋が終わりかけているこの頃は、保っていた体温を奪われる。
綾瀬は今、菜乃花の過去を調べるのに躍起になっている。この二日間、綾瀬は休んでいるがその理由が菜乃花の過去を調べるためであればどれだけ必死になっているのかが分かる。しかし、その行動は学校を休む迄の事なのだろうか。
綾瀬が最も大事だと考えて決めた行動にはどんな感情が存在して、そこから優先順位として一番に当てはまり、幾ら熱を注いでいるのか。
ネガティブな動機がどう活力に結び付くのか、俺には理解が出来なかった。
「おーい、唯一ぃぃぃ」
綾瀬の声が後ろから聞こえた。自転車に乗ってこちらにかけ寄ってきた。
電車のエンジン音が住宅街にけたたましく響く。
「・・・今日はなんでこんな速く行くんだよ。はぁはぁ。ふざけんなこのやろー」
ふざけるなとは、こっちのセリフだ。
「二日も休んでたら今日も休むと思うだろ。俺も気ままにやっていたんだよ」
俺は綾瀬の返答を待たないで、自分の考えをぶつける。
「で、なんか収穫あったのか?どうせ風邪なんか引いてないんだろ」
棘のある言葉を吐いてしまった気がした。本当は休んではいなくて、菜乃花のことを調べているのでは?という考察をなんとなくという動機で綾瀬にそんなことを聞いた。
「鋭い。そうだよ。微妙だけど確かにあった」
綾瀬は鼻で笑って、自分の成果をありのまま話した。
俺がペダルを漕いでいると、自転車の骨組みから俄かに軋む音がする。車が通る。高校に着くまでまだ時間はあった。道のりはさほど遠い訳でもないので自転車のスピードを少しずつ落として、ゆっくりと道を進んだ。
そろそろ下り坂を滑るのも終わる。
「まず初めに、あっ、休む前の話のことな。俺は高校の人たちに藤川さんの過去の事を聞いてみたんだ。でもほとんどの人が知らぬ存ぜぬだった。んで、都会の高校に足を運ぶことにした」
「その前に綾瀬、クラスの人たちと必要以上に会話できたの?」
2年B組の人たちも心が腐ってる人たちが多いというのが強く印象にある。綾瀬本人も俺と同様にあまりクラスの人たちとの交流がほぼ無いものだと思っていた。
「最初の質問がそれ?」
「すまん、綾瀬がクラスの人たちと話せることに少し驚いた」
「俺だって普段はクラスの奴らなんかと話したくはないよ。でも話しかけられることもあるからさ、それくらいはきちんと返すくらい、コミュニケーションはしてるし。アクションは起こしやすい関係はあると思うかな」
「そう、だったんだ」
綾瀬はそこそこ人と話すんだ。俺は自分のクラスの人が全員嫌いで会話をしてこなかった。綾瀬も俺と地続きにいて軽いコミュニケーションすら取れる環境にいないと思っていた。
きっと卒業するまで俺の人間関係はこのままの状態を保つのだろう。他人を妬んで、憎む事に思考を割かなければ俺はそれなりな幸せなはずだ。
俺はずっとタラレバででしか考えていないな。
「—————で。ってお前話聞いてるか?」
「え、ごめん、なんだっけ?」
俺の視界がさっきまで綾瀬を捉えていた。そのはずが自然と前へと先に向かっていた。自転車を漕ぐのならよそ見はしてはいけない。
「まーたぼーっとしてる。自己嫌悪でもしてるんなら切り替えて。で、えっと・・・・・・そうそう、なんで俺が都会のほうまで足を延ばしたのかっていうことだ。
高校で聞き取りをしていて分かったんだけどさ、藤川さんの前の中学の人たちって皆都会の方に行っちゃたわけなのさ。だからわざわざ小、中で同級生だった人の連絡網から電話をして聴き取りしに行ったんだ」
「すごいめんどくさいことしたんだな」
「本気でやるならここまでしないと」
綾瀬は誇らしげに言う。
「でもまあ分かったことなんてほとんど無かった」
「なかったんだ」
「あぁ、でもな別件で違う事も聞いたんだ」
「別件?」
二人の会話に一拍の空白が生まれる。そして綾瀬の言葉から怒りを滲ませる言葉が出た。
「・・・・・・どうやら中学では西と和山が結構グレーな事していたらしいんだ」
「西だったらまあ、噂なんかよりも事実として色々と話が浮いてきそうだけど。でも和山がそんな事するのか?」
「うーんまあそんな噂もあったって話らしいぜ。俺も調べているときに耳にしたってだけだしな」
「ふーん」
噂なんてのはいろいろと飛び交うもんだし、尾ひれなんて時間が経つ事に誇張される。憶測だけの薄い話を信用するのは難しい。
「あのさ綾瀬。俺も色々と考えたんだよ。菜乃花の事を」
「そうなんだ。どんなこと?」
綾瀬は俺の話にくいついた。
「中学の時にさ俺たち同じクラスだったじゃん。それでさその当時に菜乃花と仲良かった人いたの覚えてる?」
「え?いたっけ?」
「やっぱり覚えてないか。声ががらがらの女の子」
「あー、思い出した!癸 亜優か!たしか嗄声の」
「そうそう、その癸。菜乃花がこっちに越して来てすぐ仲良くなった奴。昨日、思い出したんだ」
菜乃花と癸が関わりを持っていたのは知っていた。たまたま目に入っただけの情報はそれくらい。
「でもさ癸って確か西のいじめで高1の時に退学したじゃん」
「そうなんだよ。そこからどこで何をしてるのか分からないんだ。探し出せそう?」
「やるだけやってみる」
「でもめずらしいな、唯一が人の事見てるなんて。いつもは人に興味ない癖に」
「それはお互い様だ」
「んだよ、うるせーな」
そろそろ高校が近くなってきた。歩道にも学生が多くなっていた。俺たちは車道側へ移る。車も自転車も増えてきた。
「学祭の進行はそっちどうなの?」
「俺の方はまあまあかな。綾瀬のところは、なんか綾瀬いなくてみんな怒っていたよ」
「俺がそこまで重宝されているとはね、心にないけど嬉しいよ。そんなに2年B組とは関わっていないけれどなんて言われているかは想像できるね」
綾瀬が無表情、無関心ながら感想を残す。高校に着いた。ここまでの道のりでもう疲れた。
「でもまあ綾瀬、おまえどこまでが本気か分からないけれど教室とかには監視カメラとか設置すんなよ」
言って良い冗談なのか分からなかったが実際にしてしまいそうなくらい躍起になってるようだ。
「はははは。そんなストーカーみたいなこと、するわけないだろ。俺は自分のできる事しかしないさ」
今言った俺の言葉で綾瀬の胸に刺さることはなかった。良かった。
俺たちは高校の駐輪場に自転車を停める。綾瀬は高校生にしては少し顔の皺が深い。笑うともっとその顔の皺の深さが刻まれた。
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