第三話 【群青日和】
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夕陽が沈むまで、俊雄さんは過去の女性とのエピソードを交え、タイプ別の気配りのコツを話してくれた。
本当は相談しに来たわけじゃない。ただ、女の子と接点を持てたことを報告したかっただけだったんだ。
夏が終わり、秋の気配が漂う。木の葉は濃い緑から橙に染まり始める。
家に帰り、ベッドに潜り込む。
チャップリンの言葉を思い出した。藤川さんが俺を選んでくれたのだから、彼女の頼みを引き受ける勇気が湧いてきた。
カバンから藤川さんの手紙を取り出し、皺の入った紙を読み返す。
女の子から初めて手紙をもらった興奮が蘇る。
だが、改めて読むと、「なんで俺なんかに?」とネガティブな考えが浮かぶ。
それでも、仲良くなりたいと言ってくれたことが嬉しい。
またメッセージを送りたい。会話をしたいという気持ちが強くなった。
それなのに朝とは違い、何を送りたいか思い付かないし送ったとしても迷惑がられないか不安になる。
恐る恐る「こんばんは」とメッセージを打ち込んだ。
その続きに悩む。
カバンに入っている藤川さんからの手紙を取り出した。少し皺が入ってしまった手紙をもう一度読み直す。女の子から初めて手紙をもらった興奮が蘇ってくる。
改めて手紙を読み返すとなんで俺なんかに頼むんだ・・・?とネガティブな発想が湧いてくる。
でもこんな俺と仲良くなりたいと思ってくれたのが嬉しくて恐る恐る“こんばんわ”とメッセージを打ち込む。
・・・・・・その続きに悩むな。
自室でうだうだと頭を捻ってみても気の利いた言葉が思いつかない。今まで、女の子にメッセージを送るのに勇気がいるなんて、アホらしいと少女漫画を読んでいて思っていた。
実際、行動に移そうとしたが指先が簡単に動いてくれなかった。自室の窓ガラスを覗く。もうそろそろ夕陽が沈みきりそうだ。太陽を囲っている縁の外側は空が薄く黒みを帯びてきた。
近頃は17時半を超えてからゆっくりと夜となる。季節の変わり目になんだか寂しさが心なしか襲ってくる。
きっと藤川さんの家は夕飯を食べているのだろうか。
俺はとりあえず、本題に入るのは緊張するので何もおかしい所は無い簡素なメッセージを作成し送ることにた。
唯一: こんばんは 高杉唯一です。rainありがとうございます。これからもよろしく。
送信された合図で可愛くてポップなメロディーが鳴った。相手はこれを読むのかと思うと恥ずかしくなった。もうなかったことは出来ない。返ってくる反応を待つしかないのがもどかしかった。
本当はフランクな付き合い方をしたいのに嫌われたらどうしようなんていう緊張からか何度も添削した。三分かけて作った文章は無愛想で面白くもなんともないただの社交辞令になってしまった。
藤川さんからの返信はすぐに来なかった。よく知らない相手を知れるワクワク感で胸がいっぱいだった。
俺はベッドで右往左往になって楽しみに待っている。
返信が来ない事への焦りから何通も送りたくなる。もう不貞寝しようか悩んだけれどお腹が空いてそんな気になれない。
下に降りて冷蔵庫を漁る。母親が帰ってきた。
「あら、おかえり。ご飯にしようか」
母さんは、何度も使っている愛用の藍色のジーパンと灰色のパーカーで仕事場に通っている。
昼から夜までスーパーの品出しの仕事をしている。いつも帰ってくるときは疲労を顔に出さない努力をしている。でも分かっちゃうんだ。
「今日は早いね、でも要らないかな。ある物で食べるから」
物腰柔らかく言った。
そして伝わらなかった。
「いやダメだよ。ちゃんと作るから食べなさい」
「じゃあなにつくるの母さん?」
高杉家の団欒が始まった。まだ藤川さんから既読が着かない。隣近所だから押しかけてやろうかと思える。それは犯罪だからやめようと抑えた。
母さんはキッチンの下の棚から銀色の鍋を取り出してお湯を沸かし始めた。
「いまからね前にテレビで見たトマトとマカロニのポトフを作ろうと思うの」
声を高らかに母さんは言う。
俺は手伝わず居間でソファに座り、テレビをつけた。18時だとまだ面白い番組は放送していない。観ていてつまらなかった。
母さんが手早くトマトを切り出し、沸騰したお湯に投入する。テレビで観たというレシピを紙に書いてあって、それを頻繁に確認して作る。初めて作るのに手際が良い。長年やっている主婦業が織りなす技術があって初めてできる技なんだろう。
母さんの背中を眺めているとポロンと着信が鳴る。
ポケットに入っているスマートフォンの電源を付けた。藤川さんからだと思った。
確認してみると友達の名前。
綾瀬: 明日、雨らしいけどお前チャリ?明日良かったら送ってくかって母さんが言ってるけどどうする?
まじかーと、項垂れてスマホを隣に置いてあったクッションに投げる。
「できたわよ。って何してるの?」
丁度、ポトフが完成したらい。器に注いでテーブルに持ってきてくれた。出来たのが嬉しいのか、喜んでいた。
「なんでも無いよ。すぐ行くよ」
綾瀬にOK、お願いします。と送った。
「美味しくできたでしょう」母さんがニコニコ笑って感想を求めてくる。
俺は「うん美味しいよ」と答えた。何気ない会話だ。もう少し会話を広げられたらなと思ったりする。いつもなら父さんが「そこはな~」と紳士的な対応の仕方を教えてくれる。朝にで会話が無い分、夕飯で三人でいられる時間がない。そのタイミングが我が家で我が家族なりな団欒が生まれる。
ただ、父さんは週に2、3回は残業をする。広くも狭くもない家にはどこか物たりなさを埋めらなかった。
きっと空いたスペースを埋めるにはもう片方の家族の温度がないといけない。父親の役割なんてものなのかもしれない。
もしも俺に兄弟がいたとしてもこの空虚さだけは埋められない。この状態が何年も続いている。子供の頃から薄々勘づいていた。
ゆっくりと母さんの作った料理を食べていて頭の中では藤川さんのことばかり考えていた。もうメッセージを見てくれただろうか?スマホを覗けていないから確認漏れをしているだけではないのか?
俺はよく噛まずにポトフを口に運んで食べ終わらせる。食事中はスマホを触らないのがウチのルールだ。だから既読が着いたか調べられない。深皿に残るスープの一滴まで飲み干す。
「ごちそうさま」
「お粗末様です」
食器をシンクへ運ぶ。ソワソワと浮足立ってソファへ直行。
スマホを拾うと居間を出る。rainを開くと1件メッセージが届いていた。
菜乃花:シャワーに入っていたので気が付きませんでした。メッセージありがとうございます(笑)
返信が来たことが言葉にならない程嬉しくて小さくガッツポーズをしてしまった。
急いでメッセージを考える。
唯一:大丈夫だよ それでさ手紙で書いてあったことなんだけどさ俺みたいなヤツでいいの?
送ってから、1分もせずに既読が着いて返信も来た。
菜乃花: 友達の件ですよね?高杉くんがいいんです
結構速く返信を送る方なんだ、と思った。
俺がいい。それは背中がくすぐったいや。ふふっと気持ちの悪い笑みが溢れた。
スマホのキーボードを叩く。だが打っては消して、また打っては消しての繰り返し。嫌われたくない。
焦りからくる配慮で不愉快にならない言葉を考えるのは空を掴むような難しさがある。何を伝えたいのか分からなくなりそうだ。
rainで登録をするときは、いつも綾瀬と話すように気軽な友達感覚で話せればいいなと考えていた。それは甘かった。
何か送らなければという変な使命に燃えていると、ピロンと鳴ってメッセージが送られてきた。
菜乃花: 私、人と話すのがすごく苦手で目を合わせるとすごい緊張するんです。何も話せないんですよね。それがきっかけで私、昔から嫌われてしまうんです(笑)
でも高杉君なら私を嫌わないでくれるんだろうなと思ったんです。
続けて猫が綺麗な眼差しで見てくるスタンプが送られてきた。
そのスタンプを見て俺は、フッと笑った。茶目っ気があってかわいいな。
頼られたことが嬉しかった。俺を見てくれいて嬉しかった。その気持ちが鎮火してしまわぬ内に、
高杉:いいよ、出来る限り俺も頑張ります。よろしく。
語尾にピースマークを付けて送った。
でも俺は少しだけ藤川さんのメッセージの構成に意図?みたいなのを感じた。冷たい悪意みたいな違和感。でもまだ小さすぎたし浮かれていてどうでも良くもある。
それでなんの気もなく俺から質問をした。
高杉:どうしてそんなに話せるようになりたいの?
この晩は藤川さんからrainが送られてこなかった。既読マークも無い。
唯一くん相手のプライバシーに土足で入り込みすぎじゃね?なんて思ったりしました(笑)