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藤川菜乃花は喋れない 。  作者: 白咲 名誉
第四章 学校祭と憤怒
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第二話 【錆びつけど青春】


放課後まででバック絵に下書きの線画を入れる。全体図が見えてグッと完成に近づいた。



授業が終わっても誰一人、帰る人は現れなかった。何人かが教室で作業をしている。



 あとは音楽室でも学校祭のクラス発表と同じくらい大事な合唱コンクールの発表練習をしている。音楽室に俺もいることにした。大勢と同じことをして自分自身の存在を紛らわせたかった。今更でも居場所がないのを否定したい。



 これから一日の授業で3、4時間は学校祭の準備で費やす。大急ぎで合唱も仕上げるため早足で“息を合わす“ことに慣れないといけない。だから音楽の先生は躍起になっていた。伴奏で汗を流す先生。



 生徒は演台に整列する。女子パートの高い声が先頭で走って男子の重い声が後に続く。音の質が上がり、曲に深みが増した。大勢で歌うと一人では出せない熱量で音楽室の室温が上がる。想いが歌声に付加し、音楽室の空気が振動する。想いに震えているようだった。



 きっとこの想いの殆どが女子なんだろうか。情熱を抱いったって後に残るものはないと男子は冷めている。だが一面だけでも本心と言い切って偽れるのが女子だ。



 だから男子の半分以上に頑張るという気概を抱けない。喉が汚れていない地声を頼りにしてその場をやり済まそうとしている。俺もそうだ。



幸いにもこのクラスには合唱を頑張っている人を冷やかすようなやつはいなかった。恒例の「真剣にやってよ、男子!」と怒って泣いて出ていく人は現れない。




平和ではある。つまらないが。




 学校全体の行事には乗り気ではない側。合唱中に余計な事ばかりを考えては指揮者が手を振って合図を出すのをあえて無視して、窓ガラスの奥の方を見ていた。



 澄んだ白い光が窓を貫通して音楽室を包み込む。白い空が飛行機と同じスピードで漂う。遠近法で遠くからだととゆっくりと進んでいる。実際にはすっごい速さで移動をしているらしい。



 俺はそんな事を知らなくて小学生の時、頭上の雲をいつも走って追っかけていた。あの時に何を考えていたのか全然思い出せないけれど、きっと夢馳せていただろう。雲が向かう先に俺も着いていければ違う世界に行けるって信じていた。



黒板の上に飾ってあるベートベンと目が合う。




「じゃあ五分休憩で。教室から出ないなら友達同士仲良くやっても構わないから喉を休ませて」



先生が言うと生徒たちは瞬く間に隊形を崩す。



 隅で話す人達や先生に話しかけに行く生徒、ピアノを弾く生徒。一人どこに行けばいいのか迷う俺。自分の定位置がどこかを探していた。




菜乃花は和山たちと話している。彼女は短期間で笑う回数が増えた。やっぱり楽しい人たちといると精神衛生的によい環境なんだろう。


 

 うれしかった。成長を見守る近所のおじさんみたいに感傷に浸っていた。こうやってずっと眺めていたい。そう思って菜乃花を視界に入る距離に俺はいた。



「せんせー、熱いんで窓開けていいですか?」



 一人の生徒が熱そうにワイシャツをパタパタと熱を逃す。先生の返答が待てず、木の枠にはまった窓ガラスを開けた。



清涼感のある冷たい風は音楽室に入り込む。



「あっ、冬のにおいがする」




 窓ガラスの近くで立ち話をする女子生徒がおもむろに言った。音楽室に入り込んできた風は室内の高くなった温度をゆっくりと下げていった。





「はい集合ー」



先生が手を叩いて休憩が終わった。緩んだ気持ちの糸が巻かれる。




「まだタイミングがバラバラだから今から男女別で歌って、その癖を意識してみて。まずは女子パートから歌って」



女子が壇上に上がる。男子は目の前で体育座りをするよう指示される。




高い音程だけを抽出した楽曲。綺麗ではあるが何かが決定的に不足していると感じた。




正面から菜乃花を眺める。二列目から左端に立つ彼女は合唱中、こぶしを握り締めて俯いていた。



 時々、顔を上げて口を開いてもすぐに下にする。全部は難しくて置いていかれてもリズムに乗れるタイミングを伺ってチャレンジする。




 個人間のやり取りに不自由しても全体に紛れれば彼女は僅かに自然体でいられるらしい。良かった。そう思えても握りしめる掌には苦渋があるんだ。見えないフリをしちゃだめだよな。




まだ俺には彼女との約束が活きているように感じて、嬉しかった。



菜乃花の立ち位置は実際にモデルにした方が立っていた位置です

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