第一話 【平行線】
一週間が経った。
収秋祭が終わってから急速に冬へ転換されていく。一枚多く服を着ないとすぐに体温が下がってしまう。
この期間で俺は何もしていなかった。何か手を出せずに勝手に物事が変わっていく。
特に菜乃花、綾瀬には大きな変化があった。
まず菜乃花は和山と祭りを散策してから継続して親しい関係が続いている。俺が時間をかけて菜乃花を理解し、彼女が心を開いてくれたのに、秒速で俺よりも近い仲になっている。
その反対に綾瀬と俺は付き合いが悪くなってしまった。
たった一週間でも心を抉り取った溝がある。普段通りに話すことも登下校もしなくなった。
綾瀬は放課後一人で菜乃花の過去を探っているらしい。だがまだ連絡はこない。目立った収穫はまだないのだろう。
情報を一つでも教えてくれるのかすら定かじゃない。
数少ない友人達が離れていくので俺は暇だった。菜乃花の同行が気になり、つい目で追ってしまう。だから観察めいた行動をしていた。
和山を軸にした友達グループに菜乃花は加わった。日に日に菜乃花の笑顔は増え、それを教室で遠くから眺めるしかない。
歯を深く噛み締める癖がついてしまった。
和山と菜乃花はrainを交換したらしく、この前rainで話すのが楽しいと送ってくれた。
今までありがとう これからもよろしくね
この日の末端の文章には感謝の言葉が送られた。そんな気のない未来を見据えた文を添えられ、この関係が終わったと実感した。
結果的に菜乃花に関しては良い方向へ向かったらしい。
こうなると覚悟はしていた。でもすごく寂しかった。一人で過ごす世界に菜乃花という存在が入り込んだ。
この二か月近くを共に過ごしたのに酷いしっぺ返しを受けた気分だ。
二人でいることの楽しさが身に染みたんだ。“寂しい”という感情がこんな人間臭いものであり、用済みになった機械の冷たさに似ている。
毎晩、眠れなくなり時間が余った。何かしたくても動き出す気力を振り絞らずにいる。
もう一人で暇を潰す方法で楽しめなくない。
俺の身の回りにいてくれた人たちの変化とは別に学校祭の準備が三日前から始まった。生徒のムードは学校祭一色になってゆく。
皆華やかな祭事にワクワクしていた。
「それでは自分の役割と責任を持って最高の学校祭にしましょう」
収秋祭の前からクラスごとで発足された学校祭実行委員会でクラスの人達にどのような仕事を任せるかが決まった。
クラスの出し物は演劇、シンデレラだ。
「舞台に関しての配役は私が割り振りました」
西里見が台本を全員に手渡す。そういえばこいつも学校祭実行委員だった。予算や時間の捻出を話すだけだし他人に放り投げるとばかりで意外だった。威勢が良いのが取り柄だと思っていた。
ではなぜ、内輪の王女様の西が周りを取り仕切ろうとしたのか。それは実行委員から渡される台本を読んで分かった。
西がヒロインのシンデレラで、物語通りに話が進むと最後には王子様役の和山とキスをするシナリオであるからだった。
、
公衆の面前で学校の人気者の和山と・・・・・・。自分の格を上げようという魂胆なのかもしれない。
配役と人数調整は西里見が請け負ったらしい。
西が説明している。
「文句はなし。だって賛成したのは皆んななんだから」
出演する人はすべて西里見が直談判で了承をとっていたらしい。まぁいつものメンバーしかいないが。
これも最高の学校祭にするための決断と西は言っていた。
一日の半分が学校祭に費やされた。学校祭準備では役割が二つある。演劇班と制作班。俺は裏方に回された。
初日は絵作成に勤しんだ。
まず、必要なものを制作班のリーダーが紙にまとめてそれを物品庫から持ち出すところから始まる。
物品庫はこの高校の三階にある。すごく埃臭い。湿度も高くて鼻が痒くなる。閉塞的で窓ガラスが一つもない。陽の光を遮断するせいで仄かな恐怖のせいで見たくないものを見てしまいそうだった。
ここにカーペットを敷けばきっと不良の巣になるだろう。
沢山の資料や教材、パイプ椅子や机見たことも名前も知らない道具が奥まで並んでいた。
ガムテープや模造紙、大き目な定規、絵の具、それぞれを協力して二階の教室に運んだ。
みんな、ダリイなーなんて言っていたが楽しそうに笑って、足早に教室に持って行っていた。
俺の手に乗る物の重みが現実的に思い出を作っている。そう思うとこの重みも悪くはなかった。
メイド喫茶や飲食の模擬店をクラスの教室を借りてやってみたかった。しかしこの高校にはお金がないし、生徒も少ない。体育館のステージで何かを披露するので手一杯だ。
まあそれはそれで楽しいものだったりする。俺はいつも見ている側で楽しんでいたから。
裏方の仕事に徹して、模造紙を運ぶ。話せる友達がクラスにいないと細々とした隙間の時間を埋められない。
廊下で話し声が聞こえる。そんな中で綾瀬がこちらへやってきた。
目を合わなかった。いや合わせられなかった。綾瀬は集中してジッと遠くを見つめて歩いている。後ろから二組の制作班がやってきた。一組同様、似たように各々楽しそうに物品庫に手ぶらで向かう。
日常の些細な現象にしか過ぎないのだろうが人間、視界に特定の人間が入り込めば意識していなくても目は少しでも動くはずだ。綾瀬はそれをしなかった。
透明人間として俺を扱うつもりだった。話しかける勇気なんて微塵もなかったのに腹が立つ。
「よう」
と言った。綾瀬を引き留めた。
「おう」
綾瀬はそれだけ返して、物品庫に向かった。俺も教室に帰った。
二階から見える空と三階から眺める空に違いがあった。高低差の違いなんだろうけれど。三階の窓を誰かが開け放っていたのだろう。キンと冷たい風が頬を撫でられた。
「・・・・・はぁ・・・・・」
深い溜息。一度走った人間関係の亀裂はそう戻らないものだ。
綾瀬は何かに囚われているように夢中になっている。いつも通り俺たちは登下校をする。なのに親しさある声で話をしなくなってしまった。何かが崩れた。
まだ確実な問題は起きていなかったが、不確かな不安が渦巻いている。
眼を逸らす行為に友情とは何だったのか、その境界線が曖昧になる。
俺と綾瀬は前までは同じ場所を歩いていたはずだった。だが綾瀬は自分の決めた目標のために進もうと歩み出す。
一本の道から二本に分岐した。遠い遠い道のりなのかもしれない。もうこのまま縁が切れてしまう。それは杞憂であってほしい。
だから胸を締めつられたんだ。————今、俺を横切った綾瀬は二度と戻ってこないような感じがしたからだ。
どうか感想とこの小説が皆さまに広まりますように。