プロローグ 【高杉唯一について】
今回は大人になれば目瞑った一瞬に済むような話です。
綾瀬が小学校五年生の時にこの町へ引っ越してくる。その前まで俺には別の友達がいた。
だがその友達とは簡単に縁が切れた。クラスメイト全員をまとめて友達とは呼べなくなった小学四年。いじめは突然発生した。
勃発した出来事は自然災害のように突発的に起こった。今なら分かる。目に見えないくらい奥底に理由があった。
ある日の体育の授業。サッカーをしていた。
気だるい思いでボールを追いかけている。
自チームがボールを蹴り、相手と取り合いをしていた。そいつは足の運び方がぎこちなくて、見ているこっちが歯痒くなる走り方をしていた。
とうとう、つまずいてしまう。
が、周りはそいつを気にも留めず無造作に転がる球を払った。皆試合を継続させる事を、優先させた。
ごく自然な動作で無視をした。
もしもこれがあいつじゃなくてほかの周りと楽しそうにしている人だったなら、手の一つでも貸してくれていたのだろう。
‟大丈夫か?”の一言もかけられていたのだろう。
一部始終を眺めていた俺は眼を丸くし周りを見渡す。しみんな、意図的に無視をする素ぶり。
ボールを追いかけてもあいつに目を向ける人はいない。ただ前にあるボールを追いかけに行く。
もしもほかの人ではなく俺が手を貸していれば、何かが変わっていたのかもしれない。
それでも俺も見て見ぬ振りをした。
俺もああはなりたくないと心の底で祈ってしまった。
あいつは酷く落胆した顔をしている。すっと立ち上がり、俺の方へ視線を寄せた。
球を追いかけにいく。
何も言葉を交わさなかったが、関係が切れた音がした。
この件を境に俺はあいつと疎遠となった。
家に帰ってきて初めて今日起きた事態を飲み込むことが出来た。
不意に囁いた心の声に俺が順応してしまった。それが悔しくて、憎らしい。うわばいで声を張り上げる。身体を引き裂く衝動で首の皮膚を掻く。
我に帰ってから人が嫌いになった。関わるのを辞めたいと願うようにした。気持ちがそっちに向くので人と関わる範囲がごく少数となり、近寄ってくる人に無関心に接するようになった。
発端は決してあいつじゃない。犯人がどんな風に思ったのかなんてどうでもいい。どこかでどうにもならないことに罵倒され、怯えなきゃいけない。そんな標的にされてたまるか。
だからといって半数以上の人で誰かを蹴落とすことを総意と誤認して加担もしたくない。
もうすべてがめんどくさい。
もっともっと時間が経った後に知ったことだ。あいつは障がいを持っていたらしい。犯人が誰かはどうでもいいがその真意は他と浮く言動が多く、厄介だったそうで知らしめたつもり。だそうだ。
もはやそれは部落だ。人道的にやさしくない。だが、ヒューマニズムは綺麗事でしかない。
今日迄、1度でも向き合う事をせず人との衝突を避けるようになった。
人が死ぬ訳でもなく大きな事件で人格が再構築されるようなことでもなく、人は、ほんの些細な小さなことで変わってしまう気がする。それが若い時であればなおさら。