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藤川菜乃花は喋れない 。  作者: 白咲 名誉
第三章 やりきれない程の切ない秋祭りと二人の温度。
34/55

エピローグ



 菜乃花と過ごした時間には差し迫る脅威は感じられない。良好な関係の友人がいて、話したことのないクラスの女の子から頼み事をされる。


 まるでライトノベルのような華やかな青春が眼前にある。と思っていた。



「よっ」


綾瀬が俺の家の前に立っている。




 馴れ馴れしい接し方にカチンと来る。もう友達と思えないのは俺だけなのか?



 数歩分の距離を置く。彼を目にし、俺の思考は悪意で染まる。何をされても攻撃と認識してしまい、勝手に身体は備えていた。



「唯一、少し話しをしないか?」



夜風に当たり過ぎて体温が下がる。足の関節の動作が鈍い。



「何しに来たんだよ綾瀬。もうくたくたで眠いんだから帰ってくれよ」



  俺は近隣の人達に迷惑にならないよう声のボリュームを絞った。




「あの時、胸倉を掴んだのは謝る。・・・・・・・ごめん。でもな、お前や誰だってアンナモンを突きつけられたら情緒不安定にもなる」




「んだよそれ・・・・・・・。どんなモンでも他人の過去を言い訳の理由にすげ替えるな」



  菜乃花の事を持ち出して正当化する姿勢には無性に腹が立つ。



「ここで立って説明するのもなんだろ?公園で話しがしたい」





 綾瀬のキザなしゃべり口調と速度の遅い話方がべったりと耳に残る。




 菜乃花の過去についてはとても気になる。しかし、それは菜乃花が自分から話すべきことなんじゃないのか?



「────分かった」



 しかし俺は綾瀬の誘いを断れなかった。彼の穏やかな口調の裏に鬼気迫る感情が俺の背筋をなぞる。きっと断れば俺を半殺しにしてでも連れて行くだろう。受け入れろ。



この問答に唯一の意思は介在しない。



流されているようで、ただ台本を読んで実行しているだけ。




 公園に着くまで俺たちは一言も会話をしなかった。2人とも普段の面影はここにはない。



 静かに吹く風が肌寒い。 明日は月曜日。風邪をひけば学校には行けないな。



 祭りの後の静けさ、そして終わったのに心はまだ祭りを楽しみたいと名残惜しさで高揚していた。祭りは日常の例外。終わってしまえばいつもの毎日に戻ってしまう。



生霊のようにその高鳴りは密かに息を引き取る。




綾瀬は公園のベンチに腰をかけた。俺は座らずに向かい合うように立つ。




夜の公園は木々の囁きに恐怖心をそそらされた。赤く光る灯りが公園全体を照らす。




 町がこの住宅街の子供達を対象として想定し作ったので遊具がとても充実している。ブランコが風で揺れる。滑り台からは子供たちがはしゃぐ声が脳内に響く気がする。



「いやー、これから寒くなるんだな」綾瀬が髪をかき上げて、おどけた表情を作った。そして、真剣な顔をする。






「・・・藤川さんのお腹にはさ、大きな傷がある」




「大きな傷?」




「そう・・・。お祭りの時に俺は自分のけじめとして藤川さんに謝った。すると藤川さんは服を捲り上げたんだ。で、私の傷痕はなかったことになりませんか?ってさ」



「なんだよ、それ・・・」



現実味の無い話で頭が追いつかない。




「唯一を見ているとあの時そんなまさか、って顔を俺もしてたんだな。俺もお前も想像力不足だったんだ」




 和山と菜乃花が祭り会場にいる2人の姿はまだ瑞々しくて新鮮な記憶。



綾瀬の話を疑ってしまう。




「俺も藤川さんの事を何も知らなかった。漫画とかで見るようなテンプレートなことをされているとたかを括っていたんだ」



綾瀬は重たい口調で話していた。



綾瀬はどんな心境で話しをしているのだろうか?




「唯一。俺、藤川さんの過去を調べようと思う」




重たい事実に対して、綾瀬は立ち上がった。



「藤川さんは俺に八つ当たりをしたんだ。張り裂けるほど怒る思いをしたのか、その経緯を知らないといけない。俺は藤川さんの過去へ進む。お前はあの娘の未来を繋げてほしい」




ざわめく木の葉の音よりも、綾瀬の声の方がはっきりと聞こえた。




 綾瀬は生きる目標を宣言しているように思えた。何一つ遜色がなく、自分は間違っていないと主張したんだ。



 

 唯一はそうか、と言い残した。会話が終わると深い溝が掘られたように2人は距離を離す。




  今回の話題の約八割くらい綾瀬の今後の方針を聞かされるというだけだった。別に興味がないわけでもなく、体感としては演説を観客席から傍聴している気分だった。





  俺のやることは決まっているし今更、誰に扇動されたって動じない。

 


ドロリとべたつく濃な夜。俺の背中に向かって綾瀬は



「まずは前にいた小学校のクラスの奴らに聞こうと思う。あぁ、あとあいつが今どこにいるかも突き止めるよ」




気に留めず俺は公園を出た。




自室のベットの中で振り返るのは祭りの出来事。




 綾瀬はお祭りで働いている時、俺が俊夫さんに慰めてもらっていた時、あいつはずっとそんなことを考えていたのか。




 そう言えば、俊夫さんは綾瀬に追っかけてくれと頼んでいたらしい。



 言いそびれてしまったが、rainでありがとうの一言でも送ろうか。




俺はスマホのrainのアプリを起動した。・・・・・・いや、やめておこう。





 俺が感謝の気持ちを伝えたとしても綾瀬の心は自分の目標だけで頭がいっぱいに立っているだろう。送ったとしても何も意味がないさ。




そっと、rainのページをスマホから消した。





 俺もいま、心の中はぐちゃぐちゃで疲れた。力なく目を閉じた。




第三章 終了



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