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藤川菜乃花は喋れない 。  作者: 白咲 名誉
第三章 やりきれない程の切ない秋祭りと二人の温度。
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第15話 【インソムニア】



 橙色の提灯の明かりは不安を駆り立てる夜の闇を弱々しく照らしてくれる。祭り会場のスピーカーからは終わりの時刻を知らせる音楽が流れた。



学生は学校で門限を定時される。普段は21時だが今日は特例として22時半となっていた。



「やっと終わった〜」深いため息を吐く愛維さんはエプロンを脱ぐ。



道を歩く学生達も悲しそうな顔をしている。所狭しに「またねー」なんて声が響いた。



  俊雄さんと愛維さんは2人で町内会の方々に売り上げの報告の報告をしに離れた。俺たちも祭りで使った道具を全て俊夫さんの車に運んでいる。綾瀬とはここまでで1言も会話をしなかった。険悪なムードを断ち切れずにいる。



でもなんて言って切り出すか・・・・・・。



当たり周辺を見回すとお祭りの締め作業は廃墟を彷彿とさせる。




 今日のことを振り返ると会場から聞こえてきた賑やかさや華やかさ、泥臭い周囲の匂い。どれもが遠からずにある夢のような場所に感じた。



祭りは寂しさを隔離する。孤独から込み上がる無力感は縁日という舞台ではかき消されてしまうようだ。



 麻薬を吸って得た多幸感に似ている。あんなに色鮮やかに視界が輝いている景色を彼らは眺めていたんだろう。




 後片付けの作業は面倒くさい。浸っていた余韻がすぐに散る。もうここで終わったことになるのなら、疲労感、綾瀬の真実、菜乃花への想い、それらも全て過去に置いていければいいのにな。




「なあ、唯一」



染み染みと物思いに耽っていると綾瀬が俺を呼ぶ。だが俺は返事をしなかった。




街灯の光の方に蛾が集まる。パチパチと羽音がしている。




「・・・・・・藤川さんについて教えたい事があるから後で市民公園で待ってる。来てほしい」




「都合がいいもんだな」




 呆れて溜息が漏れる。綾瀬は俺の売り言葉を意に返さず、空の箱を車の中に置く。“そういうことだから“と言って会話が終わった。




祭りで使った荷物を全てに荷台に積み終える。




 俺は、行った方がいいのか・・・?胸ぐらを掴まれてまで綾瀬に情が残るのか?悩む自分と正義感に反発する思想の塊みたいなのが俺に問いかけてきた。



————知るか。


 

 俊夫さんの車の中ででも宙ぶらりんに考えがまとまらず、気持ちを整理できずにいた。すぐに自分の中で答えを見い出せて、それが俺の心のあるべき隙間に埋まってくれるのならどんなに話が早いことだろう。俺はそんなに知能が高いわけではないので、自分のくだらないプライドを折ってまで明らかな怒りと敵意を示した人を許せそうにはなかった。



 俊夫さんの車の後部座席で悩みに悩んでて、全然一区切りができない。延々と中身のない言葉だけがループされる。



 隣に綾瀬が座っていた。それも気に食わない。もっと言えば菜乃花が俊夫さんの車の中に座っていないのが癪だ。



 菜乃花は和山と電車で帰った。事後報告のメッセージで知った。なんでも、俺たちと来たとは言えないままあれよあれよと電車で帰る話に進んだらしい。内訳を教えてもらっただけでも感謝なのかもしれない。



 おれに菜乃花を止める権利はないし、和山を信用したい。何より菜乃花からすれば和山匠と仲が良くなる絶好のチャンスだ。



十二分に楽しんできてほしい。



今日は朝から太陽が陰る事なく満天の星空が空を照らす。




「あーあー。折角菜乃花ちゃん可愛くしたのにー」




 愛維さんが助手席でつまらなさそうに独り言をつぶやいていた。そしてその独り言が俺のほうに飛び火してきた。



「ねえ、なんで唯一はさ、あんな簡単にあの子を手放しちゃったの?」



「簡単に割り切れるくらい薄い繋がりだったってことだよ。俺は別にこのままの関係が楽だし」




「ふーん。まあそれはそれで別にいいけどさ。ねえでも菜乃花ちゃんの浴衣姿は可愛かったよね」




ぴろりんといつもの着信音。俺のスマホからだった。



藤川: 唯一助けて





少ない文字数。切迫している状況はそれで明らかになる。




 瞬時に考えついたのは危ない目に遭遇した、ということ。血の気の引くような事後報告にはならないでくれと願う。




周りの人たちに相談をしようかと思ったが、下手に周りを戸惑わさせたくない。



高杉: どうしたの? 菜乃花大丈夫?



すぐに既読が付く。




藤川: 電車の乗車賃足りないかもしれないんだよね    どうしよう




 下世話で安易だが俺に建て替えてくれというメッセージか。しかし菜乃花がそんな下心でメッセージを送ってくるか?




 誰とも気軽に話せれる人じゃないから俺に相談をしているんだ。和山に相談してみたら?と送ろうとしたがそれができないから困ってるはずなんだ。




「俊夫さん、菜乃花がお金がなくって電車賃支払えないみたいなんだ、どうしよう」



起こった問題の内容を把握できた。あとは確実に現実で可能な手段を練るだけだ。




「え使い過ぎて手持ちが無いってこと?」



「過程まではちょっとわかんないかな・・・・」




俺の意見を続けて言おうとした時に愛維さんが、横槍を入れる。




「いやー実はさ・・・、菜乃花ちゃんの私服を私が預かってるんだ。それで一緒にバイト代も・・・」




 愛維さんが申し訳なさそうに自分のリュックサックから菜乃花の長財布を出した。申し訳なさそうに苦笑いをする。



「似合うかなーって思って首掛けのガマ口を私が貸したんだよね。しかもお札が入りにくいようなやつで。ごめん」



「仕方がないよなこればかりは。今回は不足な事態だったってだけだね。駅まで送るから唯一が支払って来いよ。そっちの方が手っ取り早いでしょ」



「分かった」



菜乃花に、何とかすると俺は送る。



「駅着くのに大体、三十分くらいだよ。間に合うの俊夫さん?」




「うーんぼちぼちだね」



俊夫さんはハンドルを握りしめ、強めにアクセルを踏んだ。



 流れる星のように豪快に砂利道を駆ける。曲がり角で丁寧なドリフトをし、直進するときはブレーキはほとんど踏まない。



ひたすら信号のない道を時速八十キロで進んだ。



  内臓が強い圧力で押される。頭がつぶれそうになる。高らかにドリフトで地面とタイヤが擦れる音がする。



「運悪かったら警察に捕まるなこれ」



まじめな声で言う。なら、もっと安全運転してくれ。



雲と同じスピードだった。吐きそうだ。




 ラジオからはおじさんが渋めな声で音楽の話をしていた。そのあとに流れる静かな旋律に悲壮感が満載な歌詞。




「着いたよ」



 俊夫さん以外、車の中で横たわっている。ガチャリと車のドアをあけふらふらと歩きながら俺は、ポケットからスマホを取り出した。




「送ってくれてありがとう俊夫さん、んじゃ、行ってくるわ!」



「気をつけて行ってこい」


 

火のついた煙草を口でくわえ、俊夫さんは手を振っていた。



綾瀬と愛維さんは気の抜けた顔をしている。目に入る街灯。





かんかんかんと警笛が鳴る。線路は封鎖され菜乃花らが降りるホームへ行けない。信号がじれったい。




見えないものを見ようといた結果がこれなのか。必死に頑張っても尻拭いがいいとこ。




 息を整うまで天体観測をする。冬の正三角形の星座を見つけた。駅には多くの車が停まっていた。駐輪場も満杯。




やっと電車が駅に着く。白線を渡れるまでもう間も無く。




 緑色の外装の電車が錆びたブレーキの機械音を響かせる。電車の窓から並ぶ若者たちがいる。菜乃花らしき人はいなかった。同じ高校の人もいた。人生勝ち組みたいな人達には見せられない二つ折りの財布を片手に固唾を呑む。





 ドアが開くと大勢の人が雪崩れ込んだ。俺は降りる人を押し退けて前へ進む。ぶつかる人に睨まれ、駅員の人にも怒鳴られた。左右、首を振り菜乃花を探す。




 車内にはまだ座っている人たちがいた。眠っているか大声で談笑をしていた。




「見つけた」四人座れるボックス席で和山と対面する形で菜乃花は座っていた。俺はそこに向かう。胸が熱い。



「菜乃花」



目に映るはずなのに名前を呼ぶまで俺に気が付かなかったらしい。



  俺には、このうるさくて人が沢山いるむさ苦しいだけの混沌とした空間から出たかった。変なスイッチが入った。



「おまえ、高杉・・・・・・・」




菜乃花は俺のほうを見るとみるみる顔が青ざめた。彼女にとって俺は予想外の登場の仕方なようだった。和山は無視する。



「迎えに来た。行こう」



 俺は菜乃花の腕を掴み、力ずくで立たせる。菜乃花の手は冷たい。対称に俺の温度は上昇する。浴衣の袖がヒラリと宙を浮くと、彼女の血管が顕する。




菜乃花が手に持っている整理券を駅員に俺が渡した。精算された分の料金を俺が支払う。



「帰ろう」



 一息で言う。菜乃花は頷いた。どんな顔をしているのは知りたくなかった。俺のパワープレイに失望しているはずだから。




「遅くなってごめんな」




俺たちは俊雄さんの車に乗る。



 車内では愛維さんが謝りながら菜乃花の服と荷物を渡した。綾瀬は人数オーバーになることを危惧して車を降りた。




  住宅街に着くと俺と彼女は車を降りた。藻抜けの殻なんじゃないかって錯覚するくらい、人の気配がしな家々。





 狭い道を2人で歩く。彼女の表情が祭りの最中よりはっきりと眺められた。白い顔と紫の浴衣。2人だけの時間。欲が叶うならもう少しだけ時間が欲しい。




「愛維さんがさ、その浴衣返すのいつでもいいよってさ言っていたよ。だからいつでも来てねってさ」




頷く菜乃花。




「じゃあね」




 彼女が玄関のなかに入るまで俺は手を振り続ける。振り返ることはなく、立ち去った。サヨナラの温度に熱が帯びればいいのにな。



「だるいな〜綾瀬」



俺の家の前を塞ぐように綾瀬が立っている。




「先回りとしといて正解だった。少し、話をしよう」




図書室の時と同じように何かに重きを置いた瞳をしている。俺ではなく遠い何かが彼の視野には広がっているんだろう。

わりとロックンロールです

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