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藤川菜乃花は喋れない 。  作者: 白咲 名誉
第三章 やりきれない程の切ない秋祭りと二人の温度。
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第十四話 【多分それが決意】




  菜乃花の手は小さくて冷たい。暑い人混みの中、ヒンヤリとする彼女の感触は俺の汗で滲む手の平に慣れない違和感が走る。



 唯一は振り返るのを躊躇う。解っているとも後ろに和山がいるのは。認めたくない現実が振り返った先にいる。



 本当に和山匠が現れた。綿あめを1本買おうとしていた。俺がこいつの存在を認識し、同時に和山匠も俺たちに気が付いた。手を振って駆け寄られる。




「珍しい組み合わせじゃん。二人とも何してんの?」





和山は何かを察してニヤついた顔を全く隠そうとしなかった。



「あ、デート?」



  分からないふりをして訊いてくる。ていうか眩しいな・・・・・・こいつの存在感。淡い臙脂色えんじいろの甚平を着ているが様になっている。



 前髪が右向きの緩めなカーブを描いている。その周りをワックスで散らせている。学校ではしない不真面目な髪型はとても似合っている。



左手に持つうちわで顔を煽いで歯を出して笑う。歯磨き粉のCMにでも出れそうなくらい白い。




俺の手を強引に菜乃花が引き剥がす。彼女はおぼつかない足取りで2歩後退する。



「違うよ、ちょっと・・・・・・っな」俺は慌てる。



「なんだよそれ、あやしいなぁ」



鼻で軽く笑い、俺の肩を小突く。



和山はお祭り特有の変な気分に酔いしれて浮かれていた。



 出たよ。その雰囲気。毎日が楽しくて、何にも不自由なことが無い人間が漫画のような青春ストーリーを過ごし、特別なイベントや久しぶりに会うけど、特に話すことは無いのに執拗に話しかけてくるこの‶雰囲気”。



 【なんとなくの生存確認か自分がコミュ障・ボッチと話してやって彼、彼女に一つ特別な思い出を作ってやった自己満足】という反吐が出る薄っぺらい仲間意識。




 それに俺達を巻き込む。格下と思っているのが見え透いているんだよなぁ。相対的に自分は特別だとでも主張しているようで悪寒がする。




 祭りに来た俺の目的を果たさないといけない。金を稼ぐことより和山と菜乃花が少しでも距離を縮ませることが重要だ。今、目の前にチャンスが降ってきたのだ。



 アハハハと唇を数ミリ開いて俺は笑ってみせる。固い顔をしてはいけない。こちらに興味を惹いてもらわないとあっちから避ける。




幸に和山は一人だ。喧しい取り巻きがいない。




 俺の後ろでは菜乃花の顔が緊張で照れくさそうにもじもじとしている。下唇を口の中に入れ、頬を緩ませ、現在進行形で恋している女の子の顔になっている。



 それを目にして、芯の部分で熱い想いは一気に冷えていく。



瞼が垂れる。顔の感覚はない。




 唯一は菜乃花の腕を掴み前に押し出した。おぼつかない足取りでよろける菜乃花を和山は、彼女の両肩から受け止める。雑に扱う俺を睨む和山。




「さっき奥で藤川さんに会ったんだ。顔色が悪そうでさ、よかったら休憩所のテントまで連れていってやってくれないかな?」



演技じみた話口調で和山に伝える。



え、そうなの?と和山は菜乃花のスニーカーから頭までを視線で這う。




「確かに体調が悪そうだ。藤川さん大丈夫?」



小さく頷いた。目が合わせられないのか俯く。耳を髪に乗せる仕草をする。薄紅色に染まっていた。




 別種の反吐感を感じて耳鳴りが起きる。周りの足音や話し声が頭にジンジンと響くようで目頭が痛い。



「歩ける?」



和山は手を離す。彼女は大きく頷いた。



そうして和山と2人で先のテントに行った。2人の姿が人波に消えていくまでそんなに時間は要さなかった。




最後まで2人を捉えていたい。しかしピントがずれてしまう。




 無意識に熱が逃げた方の手はグーパーと何度も力無く、繰り返す。菜乃花の手の形はさっきまで残っていた。名残惜しくもあの温度と形を求めてしまう。




失ったのだ。幻肢痛に耐えられず心は裂けしまいそうだ。




もう。これでいいんだ。これで。




 俺は無数に溢れる名前の知らない感情に、納得、という栓で蓋をした。俺の仕事は完遂した。暇になったんだし涙うさぎを店の手伝いしよっかな。歩く足は途方もなく重く感じた。




このまま逃げ出してしまいたい。




 天を仰いで背伸びをする。溜息が吹きこぼれる。人ごみのせいで息苦しいと思っていた。違った。本当はこうなる事に何処か想像していたから苦しかったんだ。




口の中が苦い汁で溢れる。





俺はどこにも行かず、真っ直ぐ本堂の近くまで向かった。




石造りの階段に両膝を腕で抱え、体育座りをする。砂利がお尻に食い込む。




 提灯は柱に括り付けられ糸で連なる。紅緋色べにひいろ藤黄ふじき色に灯る火の光は妖しい輝き方で辺り一体を彩る。




 下には沢山の人がいた。なのに本堂の周辺には誰も来ていない。それが今の俺には好都合だった。1人でいるのは楽でいい。



 風がうねる。木々の葉と竹の葉が揺れる。ざわざわと笑い声に似ている。俊夫さんには怒られるの覚悟で祭りが終わるまでここにいたかった。



下唇を噛んで、強く思った。


 


夜風は少しだけ肌寒い。夏服でも耐えられるが俺は身を縮こませて両脚を力いっぱい腕で包んだ。



心が落ち着くまでここにいたい。しかし階段から足音がした。



「おい、なにしてんだよ」



俊雄さんの声だった。近づいてきて、隣に立つ。かなり息を切らしているようだ。呼吸が荒い。




「顔上げろよ」



俺は何も言わない。会話をする気分じゃないのに俺の髪の毛を勢いよく触られた。



「何すんだよ!」



頭上で手を振り、俊雄さんの手を凪いだ。




「やっとこっち向いた」



俺の方を見て、また頭を触った。次は優しく撫でる。



「おつかれさん、よくやったよお前さん」




 俺が俊雄さんの顔を見ると、タイミングを合わせるように空を見上げる。



 ズボンのポケットから煙草を出すと二本指で箱を叩いた。口に咥え地面に腰を据える。


 ライターの火打ち石を擦って葉を焼いた。沈黙の中でたっぷりと紫煙を空気に漂わせる。




「・・・幸太から聞いたし、お前を探しているときにあの女の子も見かけたよ。それでカッコいい男と歩いていた。あれが良いんだろ」



「・・・・・・」



「あの娘の事、好きなのか?」



「違う」



ドスの効いた声を出す。



「青春してんだな」



 「どういう意味さ」今一番耳にしたくない単語だった。


 一言でしめくくられるほど軽薄な時間の使い方をしていない。



「別に。唯一が必死で人と関わるのなんて珍しくてさ。ましてや誠心誠意尽くしてまで自分の身を擦り減らして、あの子の事を思えるようになって驚いてるんだ。

 いつも面倒臭そうな顔でうちの店に顔を出すからさ。

 本当に変わったな。なんて思ったんだよ。他の人の事を考えてやれる若いうちまでだもん。頑張ったじゃん。

 お前、不器用なのにそれでも頑張ってたじゃん。じゃあ、それでいいじゃん」


「・・・・・・・・いいんだよ」後押しした。その後、無理やり俺の頭を掴んで自分の肩に寄せる。



「顔隠してやるから、じっとしとけ」


  大人の肩は大きかった。それに温かい。体温を感じると俺は膝から崩れた。本当は俊雄さんの話を2割も聞いてない。

 


 ただ気がつかない内に泣いてしまった。止め処なく頬を伝う水滴。歯止めは効かない。 



「あ゛ぁ」



 唯一は知らず知らずのうちに累積する自分自身への鬱積を解き放った。



 涙が大量に流れ、しゃくりあげる。この声は誰にも気が付かれないだろう。



 打ち上がる花火の音と湧き上がる歓声にかき消されてしまうから。



 加えて本堂に人がいない。菜乃花と教室で心を通わせられた状況と似ている。



その時のことを思い出すと涙は絶え間なく、溢れる。



「お前も苦労してんだな」



 俊雄さんは俺の頭を撫でた。感慨深そうに、煙を吸いながら言う。パァンと一つ花火が綺麗に弾けた。



俊雄さんは白い煙を出す。



「くせえ」



俺は、煙が目に入って涙がさらに出た。もう遅いけど、余裕があるふりをする。




「・・・俺さ多分頑張っていた気がするんだ。頑張ろうって思ったのにさ、心揺らいじゃった・・・。 菜乃花の約束を守ろうってなったのに。なにが大事なのか分かったつもりなのにさ、俺、俺・・・」


俺の体温が上がる。


「菜乃花は和山が好きなんだって。あの顔を見てムカついたよ。なんか、気に食わない。和山はさ、俺と違ってカッコよくて・・・あいつには未来もあるんだ。俺には、何もないっ」


「唯一は自分のこと、自分で頑張ったって思ったんだろ。それならあとやれるのは人の話を聞くことだと思うなぁ。人に聞いて自分のモンにして動くんだ。

 もし聞けないなら昔のこと思い出しな。一見、関係がなくても見出すんだ。必要性を」


俺にとって学校にいる奴らはどいつもこいつも教養が育っていない人、という認識だ。でも、菜乃花は妙におかしい人たちの雰囲気の中で必死に闘っていた。




 だから俺は菜乃花の横にいたいんだ。似たような扱われ方、思われ方をされている俺しか味方に相応しくない。



 それが賢い立ち回りだと思っていたのが落とし穴だった。俺から去る和山と菜乃花の2人の背中からは〝寂しさ”を感じられない。この背中から俺の行動が愚かしい結果だと知った。




 あの夜以降から菜乃花との関係は始まり、これで終わり。心の穴が見つかると途端に物足りなくなる。もういつもの日常に戻れないのだ。




誰とも関わらずつまらない一日を過ごす。つまらないと深々と思えるようになる。




「そっ、かぁ」重々しい相槌。




「何が正しいのか分からないよ」




「でも決めたんだろ?」




「・・・うん。もう今みたいに泣くのは嫌だ────」俺は顔を上げる。




「くっだらなくても結構だから1度くらいは、どうだ、すごいだろって言える自信を持ちたい。自分の時間を動かせるようにしたい」



「なってみな。もう鼻水かんでほしくなんかないからな」



腕を広げる俊雄さんの服の裾が俺の涙を吸って色が濃くなっていた。



「汚してごめん」



「今日は許す」



落ち着いてから、ありがとうと言った。




「店はどうしたの?大丈夫なの?」




今は、泣いていたことを触れてほしくなくて自分から、話を逸す。



「ん?ああ、確かに今は忙しい時間帯だな。まあだからあらかじめ備えてあるからなんとかなんだろ」



「それ去年もやっていたっけ?」



「前は焼いた分で賄えたな」



「なんで今年からやるの?」


「いやいやいつもやってるよ。だってもしかしたら、インフルエンサー様々の口コミで賑わうかもしんないだろ。で、今日だけは長蛇の列になるかもしれないだろ。そんな時のために毎年な準備してるんだよ」



「あとは、人手不足を補うためようにな。いま、俺の代わりに幸太が手伝ってくれているよ」



「綾瀬、体調大丈夫なの?」



「うん復活したらしい。顔が活き活きしてたわ」



「ふーん」



「幸太がさ・・・必死に唯一の所に行って欲しいってさ」



人の胸倉を掴んでおいてかよ。訳がわからない。



「そうなんだ」



「落ち着いたら戻って来な。ふらっと勝手に帰って欲しくないし。後片付けもしないといけないから帰って来いよ」



「分かった」



俺は肩の荷は軽くなる。心にある芯の部分がまた熱くなる感覚が全身へ漲る。



「よし、行くか」俊雄さんは膝に手を置いて立ち上がった。



「うん」おれも立ち上がる。



俊雄さんは振り向いて「なあ、唯一。喋れないからって不要な人間はいないんだから」



俊雄さんは静かに凄んだ。



「それくらい分かってるから」



俺は目を見て応えた。分かってるんだ。



「唯一。お人好しはな手を付けたら最後までやりきらないと後悔するんだぞ」



  俊雄さんは煙草を石に擦り付けて火を消した。吸い殻になった後にだめ押しで足で灰を踏み付ける。俺を背にして俊夫さんは大きな声をだした。



花火の花が開く。花弁が降る。



「出来るかできないかなんて口にしたくない。けれど、菜乃花が頼ってくれたから嬉しかったんだ。俺の気持ちに報いたい。・・・・・・・ありがとう俊雄さん」





  階段を下る最中、花火が綺麗に咲く。花火の火薬が残る空。大きく息を吸って脳みそに酸素を取り込む。自分の気持ちを再度、整理した。



「おしっ」



1歩、大地を踏み締める。足が軽くなった。 人波をかき分けて進んでいるとおれの足が止まった。




 和山と菜乃花が2人で並んで歩いていた。異常な程、俺は彼女を認識する際だけ視力が上がる。二人がどんな感情を顔に表してるのか、はっきり視認できた。



 ここは簪やヘアピンを売る店だ。菜乃花に黄色い花模様のヘアピンを買い与えていた。花のヘアピンを着けてあげるのを目撃してしまう。




2人は、短い時間の中で急速に仲良くなっていった。両者の心が開くんなら時間は必要ないんだな。




 遜色ない長い時間と信頼を積み重ねた恋人のように、楽しむ。菜乃花は、笑っていた。いつも以上に照れ、そして、心から喜んでいた。そんな顔をする。



 唯一は俺に向けてくれればいいのに、とは思わないようにする。目的の完遂をした自分を誇らしく感じられるように暗示をかける。




今日、2度目の光景。彼の在り方は随分と変わった。




1つ2つ、花火が散る。



おれはストップモーション動画を眺めるているように、二人を眺めていた。菜乃花、菜乃花が喋られるようになるには人生の充足感が必要となる。



必要な材料に俺はいない。だから、和山とくっついてもらないといけないんだ。




 隠然とある悔しさを押し殺して、不器用に足を上げた俺は俊雄さんがいる露店へ行進する。



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