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藤川菜乃花は喋れない 。  作者: 白咲 名誉
第三章 やりきれない程の切ない秋祭りと二人の温度。
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第11話 【チルドレン】



綾瀬は俺に何かを言いかけ、途中で言葉を濁す。



「何でもない・・・。唯一」



 「そうか」思いつかない頭で浮かんだ精いっぱいの返答はこれだった。俺は綾瀬の隣に座り直した。椅子が固かった。



お客さんはまだ来ない。



 テントから、仄かに藍色が混じる夕焼けと明かりのついた橙色の火を包む提灯が見えた。鶏肉が焼けるにおいと強めな香辛料のにおいが強く漂う。



「なあ綾瀬」



「っなに?」



綾瀬の声からはイラつきが含まれている。穏やかじゃない彼に驚いて、琴線に触れない言葉を咄嗟に選ぶ。



 二人が祭りの開始時に何かあったのは察する。どんなことが起きて、綾瀬はここまで憔悴しきっているのかが分からない。




「あのさ、菜乃花に気持ち伝えられた?」



綾瀬は、無言で首を振る。手で顔を覆っていた。綾瀬の前髪が顔を隠していた。



 綾瀬に何かを言ってやりたいが、一朝一夕の言葉で励まさせられるとは思わなかった。だから俺は、売れ残っている涙ウサギを数個見繕って、綾瀬のもとに持って行った。



「綾瀬が何か悩んでいるんだろ。でもその前に腹ごしらえでもどう?」



 最後の摂ったのは俊雄さんが買ってきてくれた焼き鳥だけ。そこから数時間は立ちっぱなしだ。食べ盛りの高校生だと既に空腹感に見舞われてしまう。



「お、おう」



綾瀬は一つ摘まんで食べる。噛む回数が極端に少なめですぐに喉に通す。



「ほら、もっと食えよ」



 毎日こんな業務だったらブラック企業だよ。綾瀬の目がやつれている。働いたら俺もこうなるのが想像しやすい。



 もしも食べた後に俊夫さんに怒られても言い訳はどうにでもできる。どうせ売れ残りだ。損失は後で焼き直して補填する。



 俺は綾瀬の隣に座って、一つ口に入れた。焼いてから少し時間が経っているので固くなっている。冷えた粉物は大事な風味が死んでいた。味はまあ、まだ美味しいとはかろうじて言えるのだが、温かい食べ物は美味しいんだなと思った。



「おいしい・・・」



「そりゃあ、俊夫さんが焼いたからな」



努めて、俊夫さんの話口調を真似て言ってみた。



「この町でお菓子を焼かせたら俊夫さんが一番うまく作れるさ」



「知ってる」



「俺とじゃ段違いだよ。羨ましいな。で、綾瀬は菜乃花とどうだった?うまく伝えられたか」



「まぁなんとか・・・」



結果を渋る綾瀬が気になって仕方がない。



「お前はさ、藤川さんの事どう思う?」



話題の矛先を俺に向かった。



「どう思うって、努力ができる人なんだなって思っているよ」



 本当にそうなのか?綾瀬の聞きたかった事と俺が本当に言いたかったことが嚙み合っていない。しかし、何を言って欲しいのかまで深く追求できていない。




「俺は藤川さんが怖いと思った。掴めないんだよ、あんな目に遭ったのにま学校に行こうとする本当の狙いがさ」



「そりゃ俺だって知りたい」彼女の魂胆に俺を使った理由は聞き出せていない。



「お前はどうなんだよ唯一。無償に動いてまで藤川さんのために何をしたい?」



綾瀬の沈んだ声は別の人の声に重なった。




「どうなんだよ唯一、彼女は俺たちに隠しているのは真相だけじゃないはずだ」




「———かもしれねえよ。利用されてたっていいんだよ。言いたくないならこっちが聞き出す真似はしたくないし」



 何が分かっているのかさえ分からない。ただの否定しかできなかった。もう一言付け加えてやりたいのに何も思いつかないまま綾瀬の言葉を遮る。



 綾瀬は二拍きっちりと間を置いて、俺の目を見て、話を再開させた。背中から変な汗が流れてしまう。心に土足で踏み入ってこられそうな予感がしてしまう。



綾瀬の目は暗く淀んでいた。その目が、俺を押し潰そうとする。



「さあ、どうなんだろうな・・・。お前のほうが俺より藤川さんとかかわる時間が長かったから色々分かるもんな」



 俺を試すような言い方。目を見開いてどうだ?と言わんばかりに俺の目の奥を覗いてきた。彼の澱んだ思想が頭の中を刺激する。



 はっきりと彼から感じるものが敵意だと分かった頃には俺は手のひらを握りしめていた。綾瀬に反発する行き場のない怒りを振り解けない。



「何が言いたいんだよ」



 俺も沸点が決して高いほうではない。理性よりも感情が先に出るタイプ。考えないで口から言葉がどんどん溢れる。



「お前は一体何がしたかったんだよ。今日のために図書館で話してくれたんだろ。そうじゃないと・・・・・・」




友達じゃないみたいだ。これだけは言葉にはならなかった。



 綾瀬が悩んで苦しんで誰にも言えなかった負の一面。その部分を誰かに吐露するのはどれだけ辛いだろうか。他愛のない時間を掛けてほどいた負の一面。それを受け入れてくれると見込まれたのが俺はすごく嬉しかった。



深いつながりを感じられたからこそ、否定する文言を使っちゃダメなんだ。



綾瀬は鼻息を荒げさせて俺の服の襟首を掴んだ。



「だから、なんだってんだ。お前が俺以上に受け止める必要なんてないんだよ。誰にだってあんなの言えるくらい俺には軽い。これからも言い続ける。そうして俺は心に残る重たいモンを消化させるんだよ」



 でも綾瀬は無造作に言葉を選ぶ。発する抑揚のない言葉にブレーキなどない。



「片付けないといけないんだ。藤川さんの問題を全部・・・・・・」



 俺は綾瀬に雨の日の事を詳しく説明をしていなかった。まず、菜乃花と綾瀬が小学校の頃に接点があったなんて知らなかった。関係ないと思い込んでいたからなんだ。だからあえて詳しいことは言わなかった。



何かをするには遅すぎたんだ。



————あぁ理解したよ。綾瀬が澱んだ目をしてどんな感情で俺の目の奥を覗いていたのかが。あいつは、貪欲に怒っていた。自分にも、誰かにも。長年の後悔は薪となり焚火のように怒りの感情で燃え盛っている。



強く襟元を握られていたのが解放された。



綾瀬は小さく舌打ちをした。



「わるい・・・」



 俺は睨むしかできずにいた。握られていた襟を手でさする。首元には手の感触が生々しく残っていて気持ちが悪い。



俊夫さんは一服終わって店に帰ってきた。



「お客さん来たか?」



俺が喋らないでいると綾瀬が応えた。



「いやだれも来てないよ」



「そっか」



 俊夫さんの服からタバコの臭いがした。普段は臭いと思っていながら慣れていたはずだったのにやけに鼻が過敏に働く。綾瀬へのイライラを募らせていると「戻りましたよ」と愛維さんが戻ってきた。





後ろ手に連れられる菜乃花は恥ずかしそうに俯いて、前髪を忙しなく触っている。



「ほら!せっかくかわいいのにもじもじしていたらだめだよ」



「おぉっ」



三人共同じような声を漏す。




 浴衣は紺青色こんじょういろの生地に薄桃色の桜吹雪が散りばめられている。全体的に暗めの色合いでも提灯の柔い光と整合性が取れて華やかな印象を持てる。



 そして菜乃花は薄く化粧をしていた。赤い口紅に簡単なファンデーションが塗られているだけで菜乃花は垢抜けた。



 心臓の高鳴りを隠すのに精一杯になるくらい綺麗で、今まで可愛いと思っていた映画のヒロイン達が余裕負けした。



俊夫さんがおれに目で、何か言えと促す。



俺は菜乃花を見た。頭や耳が熱くなる。菜乃花は小さくはにかんでソッポを向く。




 ‶かわいい、似合ってるよ″どれもありきたり過ぎる。どんなに言葉を取り繕っても口から出る前に分解されてしまう。菜乃花には和山がいる。この事実が唯一を曇らせてしまう。彼女との関係性に見合う意味合いの感情をまだ持っていない。



そうやって1歩引いて考えてみてもやっぱり言われて嬉しい人に言われるほうが心に染みるはず。



俺は「浴衣姿で練り歩く方が楽しめるよね」と今の空気に噛み合わない意見をしてしまった。



夕日も完全に沈み、橙色の提灯が全体を灯す。



「ふん、馬子にも衣裳だな」



俊夫さんが愛維の隣に立って、三人を眺めながら言っていた。



「それはどっちにしろ誉め言葉じゃないですからね」



愛維さんが不満そうな声で返した。



「まあ、菜乃花ちゃんも私も光る原石なので」



自慢げに言い放つ。俊夫さんは鼻で笑っていた。



 黒の枠線がどこまでも続く空に時が止まない喧騒。そんなムードが俺は好きだった。綾瀬の事は一時的に忘れよう。今日ここに赴いた目的を果たす。




「お前ら、もう充分働いたから、これで楽しんできなさい。あとは俺と愛維ちゃんでなんとかなるし」



俊夫さんが尻ポケットから財布を取り出し1万円を俺たち3人に渡した。



「頑張ったな、お疲れさん」



「ありがとうございます」慣れ親しんだ人に言うお礼は気恥ずかしい。




「祭りで遊ぶ前に男2人は近くのトイレで顔洗ってきな」



俺と綾瀬は日が暮れるまで働いててみすぼらしい顔をしていた。

もっと面白くて内容のある書き方をできるようになりたい・・・。

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