二話目 【ゴールデンタイムラバー】
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第三章 第二話
放課後になってトロンボーンが間の抜けた音を吹かす。綾瀬と唯一は図書室にいた。古びた紙のにおいと少しだけひんやりする空気。
「で、どうするんだよ?もう2日も経ってるんだぞ」頬杖を立てて綾瀬は俺に尋ねる。図書室には俺と綾瀬以外にも何人かいて、その人達の迷惑にならないよう音量を絞る。
綾瀬の質問の内容を瞬時に理解出来たがどう答えて良いのか思い浮かばなかった。
俺は苦い顔を繕い、膝の上に足を重ねる。
「どうしようか、分からないや・・・・・・」
これからのことは思い浮かばない。自分が悩んでいるのか悩んでいないのかもわからないまま、ちょっとしたモヤモヤが頭から抜けずにいる。
互いの距離が縮んでいったのは実感していた。なのにそれは彼女が俺を利用するのに必要だった時間にすぎない。うすうす気がついてはいた。
しかし唯一にとってあんなに感情が湧いた経験なんてしたことがなく、対処の仕様がなかった。
隣の机で真面目に勉強をしている人。その隣では真面目に勉強をしている人の事を気にせず、男女が参考書を開いて問答し合いながら、手を繋いで甲を小指をモゾモゾとさせて愛を楽しんでいる。それを横目で見遣り愛想なく言う。
「あれ、いいよな」
綾瀬も俺と同じ方へ目線を向け
「あんな甘ったるいのの何がいいんだよ
「あんな人間関係なら構築が簡単なんだろうな」
綾瀬の真正面に座っている俺は、お尻を後ろに引く。ギシリとパイプ椅子から錆びた音がした。俺は項垂れて机に突っ伏した。
「はぁ」
綾瀬は溜息を吐くとで立ち上がり、本棚まで歩いていった。鉄でできた本棚にはぎっしりと本が詰まっている。綾瀬はふらふらと歩いて本をかき集め始めた。
2人は図書室に入ってから窓辺の席を選んだ。季節の変わり目がはっきりとわかるからか俺は木々が好きだった。
綾瀬が本を選んでいる間、白い額縁に肘を突っかけて外を眺めた。今日も昨日も晴れていて、スポーツ部日和な青空だった。大して強くもない野球部が練習に励んでいて、必死にグラウンドを走る姿があった。
「菜乃花か・・・。どうしないといけないのか」俺は奥歯を痛いほど噛みしめた。
あの夜の後から積極的に菜乃花と距離を置いている。こんなの大した理由じゃないとは分かっている。でも勝手に俺が気まずい空気を作って、あっちは俺に何もアクションを起こしてこない。
菜乃花は和山のことを想っている。だからこそそれを認めたくない。もう菜乃花の顔を見るのさえ怖かった。
戻ってきた綾瀬は木のテーブルに本を三冊置く。パイプいすに座って1ページ目を開く。俺は机に顔を埋める。綾瀬は本をめくると目で字を追う。
「家に帰ってもいいんだぞ」
「家に帰ってもやることないから付き合ってんだよ」
「・・・・・・・わるい」
「一昨日お前が深刻そうな面して話、聞いてくれって言ってこのザマか」
「何も浮かばないんだ」
「和山はこの学年なら誰でも知っているくらい文武両道で有名。同じ立場になりたいなんて言ってんだろ藤川さんは」
「そう・・・・・・」
「で、唯一は何がしたいんだよ」
「・・・・・・・・・分かんない・・・・・・・」
綾瀬は何も言ってこなかった。呆れるではない。ただ俺の次の言葉を待っていてくれた。
「全部ひっくり返せるような解決案をなんか頂戴」
「俺たち2人が藤川さんのキューピッドにでもなれって?あんな喧しいだけの奴らの間を取り繋ぐなんて無理な話だ」
それもそうか。相容れないから住み分けた。人間性が違うんじゃ気軽に話すのも徒労で終わる。
「仮に話しかけられてもキョドって言葉が出ねえや」
お互いにお互いの顔を見合わせず、言葉の投げ合いに興じる。
「唯一って、何かを決めるときも何かを整理するときも遅いから悩むんでしょ。理解できる範囲を想像できないならやめた方がいいよ」
「それは嫌」
菜乃花と関わる時間は短かった。なのに花が咲いたようにここ最近の日常が楽しかった。心を掻き乱すのはいつも他人で1人で狭い部屋の中にいると今は気分が悪くなる。何してもあの子の顔がチラついて俺の心が曇る。そんな今の状態は詰んでいた。
無音に押しつぶされるならばまだ、キメ細かいノイズがある学校の方が気持ちの整理ができる。会話もしたい。だから綾瀬を付き合わせて赴いていた。
「唯一」綾瀬は本を持ったまま顔を俺に向けた。
「ん?」俺は顔を向けず返事だけで、グラウンドを眺めている。
「俊雄さんならお前の愚痴聞いてくれんじゃないのか?」
きっと、俊雄さんは「それも青春だねぇ」とかなんとか言うんだ。
「んー内々で済む件だからいいや。藤川さんと歳が近い人と今は一緒にいられればなんとか心が落ち着きそう」
「慰問会かよ」
「ころすな」
図書室のドアが開く。女子特有の動物が吠えるような笑い方をしながら一斉に何人もの人達が入室する。
1人は拒んでも聞き馴染んでしまい判別ができる。一林だ。
「納得」俺は口ずさむ。
女子三人のお喋りは止む気配がない。清清とした水流に泥が混ざってしまうように綺麗に整っていた沈黙が汚された。
ゲラゲラと品のない声が響き渡る。周りは睨むことしかできないでいた。3人はお構いなしで相変わず声量を落とさない。
ここはファーストフード店じゃないんだぞ。そいつらのいる方を目視する。
図書室に監視用の教員がいない。この場を利用するのは大人しい人ばかりだからこいつらが来るのはイレギュラーだった。つまり今あいつを諌められる存在はここにはいない。
俺も周りが醸し出す室内の雰囲気は最悪だった。ここであいつらを注意すると次の日から汚名を被され、鶴の一言で友達から距離を置かれるは目に遭う。こんなのはまだ軽いほうだ。噂じゃこいつに睨まれたやつが退学を選ばざる追えなくなったらしい。
べらべらと会話している三人の中の一人が言った。
「ねえ来週の収秋祭り(しゅうようさい)行く?」
黒のセミロングで垂れ目が特徴の制服を着崩した綾瀬と同じクラスの女がそう言った。
「いやー行きたいんだけどさ~、お母さんお小遣いくれるか怪しいんだよね」
股を開いてその間にスカートと手を置く。俺のクラスの女が嘆いた。頭頂部にある巨大なひっつめ団子の髪型がインパクトが強く、目がそっちに誘導される。
そこに切り裂くようにピシッと一林が、格言を言う様にハッキリと言った。
「だったらまた、金集めればいいのよ」
三人は一瞬だけ静まり、そしてうおーーーと二人の女が感銘を受けたように盛り上がった。
この三人はバレー部の奴らだった。俺はいつかの廊下ですれ違ったことがある。
「ほんっとに里見はやばいね」
制服を着崩した女がゆるゆるのネクタイを中指、人差し指、親指を使ってもっと緩くさせた。顎まで届く長い髪と、右耳の辺りで三つ編みにさせて頬に小さなホクロがある。
俺と綾瀬が座ってる席は、この三人からしたら左から三席ほどの距離に位置している。
「だって私たちってさ、ここでは無敵なんだよ」一林がふふんと鼻を鳴らす。
綾瀬が、自分の横に置いてあったスクールバックからノートとシャーペンを取り出した。何かを書いて俺の方に見せてきた。
――――あいつら、自分の゛お友達”から金巻き上げるつもりだぜ 最低だな
この文章から察しられることを綾瀬のシャーペンを借りておれも書きだした。
空いたマス目にペン先を乗せる。
――――それって、恐喝?
筆談をするとまた、菜乃花のことを思いだして心が痛む。
綾瀬は頷いて、一式、物をカバンにしまった。
あの女の権力の使い方はこうやって恐喝まがいなことにも使えた。
「さてと、ここじゃ、好きに時間を潰すこともできないだろ?」
綾瀬は立ち上がり帰り支度を始める。2人は図書室を後にした。
あの夜からは大体三日(水曜の夜)経って、2人が図書室に通い始めたのがここ二日間です。
金曜日ですね。
あと余談ですが、綾瀬が持ってきた本は図書室を出た先にある、返却用のボックスみたいなのがあってそこに持ってきた本を投入してました。