一方
子どもサイドです
魔獣の子どもは命がけで走っていました。
一緒に走っていた母親やたくさんいた兄弟姉妹たちはいつの間にかいなくなり、たったひとりで走っていました。
なぜなら自分のすぐ後ろを、恐ろしい爪を持った大きな魔獣が追いかけてくるのです。子どもは必死に逃げ回りますが、大きな魔獣は子どもを面白半分に追いかけているのです。
大きな魔獣にとっては子どもの魔獣は小さくておやつくらいにしかなりません。お腹も空いていないのでもてあそんでいるのです。
子どもが少しでも足を緩めると、鋭い爪で引っ掻いたり叩いたりしてはまた子どもが足を速めると、追いかけ回し続けるのです。
綺麗だった薄緑色の毛並みもすべすべの尻尾もぼろぼろで、よく動く くりくりの耳も片方はちょっと裂けています。もう子どもの体力も限界です。
目の前の藪を避けようとしましたが、もう足に力が入りません。そのまま藪に体ごと突っ込んでしまいました。
後ろから大きな魔獣も藪に飛び込んでくるのが分かりましたが、もう体に力は残っていません。
もう諦めよう。
そう思った時、なぜか大きな魔獣が一声叫けぶと回れ右をして、すごい勢いで走り去って行きました。
何が起こったのか霞んだ目で辺りを見回すと、なにやら大きな、そう、さっきの魔獣よりももっともっと大きな何かがいるのが分かりました。
今度はこの大きな何かに襲われてしまうのだ。本当にもう諦めるしかない。
体の力をすっかり抜いてそのまま最期の時を待ちました。
でも何もおきませんでした。気配を探っても恐ろしい感じはしないのです。子どもはほっとしてもう意識を保つことができずにそのまま眠り込んでしまいました。
次に気が付くと目の前に魔虫がいて、ギチギチ鳴きながら追いかけて来ます。また追いかけ回されるのかと、もう半泣きになっていると、急に強風が吹いて魔虫がいなくなりました。ふと上を見上げると、それはそれは大きな鼻先がありました。
それの鼻先の持ち主は、見上げても顔も全部を見ることは出来ないくらい大きな大きな竜でした。
でも、その深緑の瞳はとても落ち着いていたのでじきに恐ろしくはなくなりました。
竜は鼻先で何やら指し示します。見ると美味しそうな魔草や魔樹の実が山積みです。どうやら食べて良いらしいので見てみると大好きな実があったのでかじり付きました。
カリカリ、カリカリ、カリカリ、カリカリ。
体中に魔力が満ちてくるのが分かります。魔樹の実は魔力が高いほど美味しく、またとても硬いのです。
子どもはとても幸せな気持ちでいっぱいになりました。
子どもは思いました。
もしも竜が許してくれるなら。
ここにずっと居たいな、と。