駅でのこと。
私は毎日、電車が来る1時間も前に駅に行く。
駅のホームで本を読むのが私は好きだ。
今日も一人で、本を読む。
ただじっと、一人で読む。
学校が終わり、家路につく。
帰りは読まない。朝が好きなのだ。
次の日、私はいつもの時間に起きる。
いつも通りの席で、いつも通り本を読むため。
しかし、今日は先客がいた。
短めの黒い髪の男の子が、気持ちよさそうに寝息を立てていた。
制服を見る限り、同じ学校だろう。
私は少しムッとしながら、別の席に着き、本を読む。
電車がついた時には、その子は居なかった。
帰り際、クラスの子に誘われる。
喫茶店で他愛のない話で盛り上がった後、家路につく。
本は読まずに、今日も寝る。
次の日は学校が休みだった。
しかし日課のようになっていたので、今日も駅に行く。
いつも通りの席には、寝ている黒髪の子。
休みだっていうのに、なにしてるんだか。
言ってる私も、私だけど。
その日は1時間ほど本を読み、家に帰った。
翌日駅に行くと、黒髪の子は寝ていなかった。
すこしぼーっとして、時刻表を眺めている。
私は別の席に座り、本を読む。
もう半分以上読み進めた。次は何を読もう。
ワクワクしながら読んでいると、声をかけられた。
『おはよう』
とっさのことだったので、びっくりして本を落としてしまった。
拾ったのは、黒髪の子。
『ごめん、びっくりしたよね』
ほんとだよ、と思いながらも、懇切丁寧に返答した。
『その本、面白い?』
本のことを聞かれて、少しうれしくなった。
面白いよ、と答えると
『そっか』
といって彼はにっこり笑った。
翌日も、その翌日も、私は彼と本の話をした。
いつしか本を読むことも忘れ、私は彼に会いに駅にいた。
そんなある日、いつも通りの時間に彼は来なかった。
少し寂しさを感じながら、私は本を開いた。
学校に行くと、彼を見つけた。
中庭で寝ていたので、声をかけずにその日は帰った。
明日は居るよね、と期待して、私は寝た。
しかし、次の日から彼はぱたりと来なくなった。
不思議に思ったが、名前も連絡先も知らない。
1週間が経ち、2週間が経ち、私はすでに彼を忘れかけていた。
3週間が経つか経たないかの、いつもの朝。
1週間前に本を読み終えた私は、別の本を開く。
前回はミステリー。今回は、恋愛。
そよそよ流れる風に心地よさを感じながら、本を読む。
今日は珍しく、駅員の放送が耳に届いた。
ホームのほうをちらっと見ると、見覚えのある黒髪。
私はとっさに鞄を投げ捨て、彼のもとまで走った。
『あ、おはよう』
今日は学校なのに、彼は私服でそこにいた。
いつも通りの笑顔で、いつも通りの声で。
彼は私におはよう、と言った。
彼を見てなぜか涙がこみ上げた。
ボロボロ泣き出す私を、彼は慌てて慰める。
落ち着いてから、彼は話し始めた。
『俺、この街から出るんだよ』
唐突に聞かされた、突拍子もない話。
嘘だよね?冗談でしょ?
私は彼の手を握り、泣きついた。
『嘘じゃないんだ。君とは会えなくなる。』
あぁ、そっか。そういうことか。
『引っ越すんだ。遠くに。』
最初からわかってたんだね。いつか離れる事も。
『本を読む君が気になって、気づいたら声をかけてた。』
私も気になってた。あの席で寝ている君が。
『引っ越しが決まってからは、会わないようにしてたんだ。』
そんなこと、聞きたくない。そんな言葉、いらない。
『俺を忘れて欲しかった。君が泣かないように。』
不器用なんだね。私はずっと寂しかったんだよ。
【○番線に、列車が…】
彼と私を引きはがすかのように、チャイムが鳴る。
『時間がきちゃった。もう行かないと。』
嫌だといっても、行くのだろう。私にだってそのくらいわかった。
『じゃあ、ばいばい。ありがとう』
背を向け歩き出す彼の腕を引っ張り、私は精一杯叫んだ。
「またね!」
少しびっくりしたような顔をしてから、彼は笑って手を振った。
こみ上げる涙に負けそうになりながら
それでも彼の乗る電車を見失うまで送ってから
私は学校に行った。
そして、1年と少し経ち、もうすぐ春。
卒業するころには、私は彼を完全に忘れていた。
泣き崩れる先生をクラスのみんなで慰めて
クラスの子たちと涙ながらにお別れして
私は家に帰った。
あの季節から5年の月日が流れた。
数年前と変わらず、いつも通り駅で本を読む
変わらない時刻表、変わらない線路。
今読んでいるのは、あの時の続編。
少し集中しかけたころ、駅員さんが声をかけてきた。
どこか懐かしい、暖かな声で。
『おはよう』
そんな、駅でのこと。




