金髪の女帝
その日、
公爵令嬢のクリスティーナ・ジークヴァルトは王宮で開かれる式典に出席する為に
教室まで迎えに来た公爵家の筆頭執事であるボリスと共に校門前に待たせてある馬車へと向かっていた。
そんな道沿い彼女は校舎裏で女生徒3人に絡まれる幼児の姿を見かける事になる。
幼児は最近若い寮生が購入した奴隷である、
だが寮生の年齢と地位は奴隷を持つには不釣合であり、身に合わぬ目立つ行為は周りから妬みを買うものなのであった。
「まったく呆れた生徒達ですね…」
見かねたクリスティーナが仲裁に入ろうとした時、
隣に控えていた筆頭執事が彼女を腕に制する事となる、
「あの幼児なら大丈夫でしょう。お嬢様、きっと良い勉強になると思いますよ」
と彼は告げたのである。
そうこうするうちに三人の女生徒による幼児への暴行が始まる。
だが始まってみると彼等は良い勝負なのである。
幼児はノラリくらりと相手の攻撃を避けている。幾ら相手が女性とは言え年齢が10歳近く離れているのにである。よほど格闘の才能に秀でいるのかと彼女が不思議そうに見ていると。
筆頭執事は頬を緩ませその疑問に答える。
「いえ、双方共に何の才能もない只の子供同士の喧嘩でございます。あれは経験の差が出ているのですよ」
頭執事の言う事を彼女は理解できなかった。
経験の差で言えば年若い幼児の方は更に不利になるはずであったからだ。
だがそれに頭執事は笑いながらも、あの幼児は達人だと説明し、同じ才能無き者なら経験値が高い者が勝つと断言する。
「えぇ、あの幼児の経験値は既にお嬢様の倍に達します。長年修練を積んだ大人達と変わりない水準に達してるのです。どうすれば、あの年で得られるのか想像もつきませんが・・もちろん、それですら才溢れるお嬢様から見れば遥かに拙い戦闘能力なのですが。」
そして頭執事は、一つ気を付けねばならないのは達人者がスキルを身につけている事だと注意を付け加える。
そうこうしてるうちに幼児は少女達を縄で捕縛してしまい。そしてあろうことか少女達のお尻を叩きだしたのである。明かにやりすぎであり奴隷のして良い行為ではなかった。彼女達は一応貴族の令嬢であるのだから。
公爵令嬢は慌て幼児のもとへ駆け寄ると主人への迷惑がわからないのかと厳しく叱りつけた。
そして、この危なっかしい幼児はしばらく自分が預かり躾ける事にすると伝える。何だかんだと言って頭執事の話から幼児に興味をもっていたのである。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
イルディア領主レオン・ジークヴァルト公爵は機嫌が悪かった。もう2ヶ月にもなるのに狂気の幼児の行方が知れないのである。部下達は一体何をやっているのかと。
「お父様、どうされましたの?酷くご機嫌が斜めのようですけど」
金髪の縦ロールをなびかせた娘のクリスティーナが歩いてくる。学園の女子寮から王宮に戻ってきていたのだ。
「あぁ、隣国国王が、とんでも無い危険人物を送ってきやがったんだ」
領主は娘に伝える。元々が下級貴族から一代で成り上がった実力者である為、気を抜くと言葉が荒れるのであった。A級犯罪者の兄弟が互いに殺しあわされ爆散された話、娘にするべきか一瞬躊躇ったが、女王が襲われ顎を外され逸物を入れられた話、しかもその場に居た兵士によれば、それですら女王を爆散させないだけ恩情だったと言う。そして北の森の魔女の件。
その時に領主は一瞬だが娘の後ろの廊下を荷物を持ち走り去る幼児の影を見たような気がする。だが、直ぐに見たものを否定する、ここは厳重な王宮であり狂気の幼児が入り込む事など有りえないのである。
クリスティーナは席に座るとカップのお茶を飲みつつ父に伝える。
「それは、隣国国王に責任を取ってもらうしかないのでは、国外退去を解き国に戻ってもらうのが一番でしょう」
領主は隣国国王が死んだ事を告げる。それには流石に娘も驚きの表情を見せる。裁判で狂気の幼児は不適にも国王の死を告げ、そして自分に罪は無いと伝えたと言う。小国とは言え平然と女王を襲い国王を殺す狂気の幼児である。敵対するのも危険、だが味方にするにも危険すぎる存在である。魔女を討伐した、狂気の幼児が素直に国外へ出たのは半分は本人の意思と思われる、とにかく狂気の幼児の現在の目的が分からないのが不気味であった。
そこまで話した時に領主は気づく。娘の後ろに佇む幼児の存在に。一瞬で背筋が冷え、見えないものに常に監視されているような圧迫感と恐怖を感じた。いったい何時からいたのだ。領主の心臓が激しく動悸する。
5歳程の幼児がこちらをジッと見てるのだ。作られた様な笑顔でずっと見ている。幼児の首には奴隷の証が付いている。確か最後に目撃された時に狂気の幼児は奴隷として来てたのではなかったか。領主は息が詰まったように立ちすくむ。
娘は何か言いかけたが父の様子に呆れ母に会いに行くと告げ部屋を出る。幼児は霞の様に消えていた。
領主は恐怖で音を鳴らす歯を無理やり抑え部下を呼ぶ。