それぞれの戦争3 その〇いはとても切なく悲しく耐え難い
高野志仁志の戦争
俺は高野志仁志。高校3年で漫研部に入っている。そんな俺は体育祭に赤組として参加している。だが今年の体育祭は何かがおかしい。男女比が極端なのは見てわかる。それ以外に
「向こうの男共、経験済みかっ」
俺にはちょっとした特技がある。それはあらゆる匂いをかぎ分けることだ。匂いとは臭いとか甘いとか言う直接的なものではない。もっと間接的な。いうなれば相手の特徴をかぎ分けられるのだ。
例えばあそこにいる茶髪で髪をツンツンにしている口調の最後に「ん」を付けるおかしな男子生徒。見た目こそチャラく見えるが実際にはオタクの匂いがする。その隣にいる今年漫研部に入部してきた(俺は認めていない)立花赤矢からは匂いがしない。偽物だ。
オタク臭とは別にたくさんの知識を持っているということと比例しない。どれだけそれに対して思い入れがあるかどうかだ。そういう意味では同じく新入部員の松岡水乃は最強クラスだ。
そんな俺がかぎ分けた匂いはズバリ女性遍歴だ。向こうの金組男子50名からは経験済み特有の余裕の匂いがする。対してこっちの俺以外の赤組み未経験男子449名からは強烈な焦り、妬み、諦めの匂いがする。ちなみに女子のこういう匂いは感じ取らないようにしている。知れば自害してしまうだろう。
一体どういうことだ、訳が分からない。こんな分け方をして誰が得をする。この行事の主催者である校長か?校長も俺達と同じ匂いを発している。それも強烈な。
そんな疑問を他所に体育祭は進行していく。
体育祭の日程もある程度消化していき、残す競技もあと少しとなった。次の競技は
「騎馬戦、ガンバろぉーねぇみんなぁ」
ゆるい言葉で騎馬をまとめるのは俺が入部している漫研部部長で同じく3年の綾小路聖一郎。
騎馬戦は赤組、金組両軍4人1組の騎馬を50騎作って行われる。赤組は男子比率が高いため出場は男子のみとなっている。
「はい」
「はいん」
一緒に騎馬を作るのは綾小路と偽物と先ほどの変な口調の1年だ。名前は木下というらしい。騎馬戦ではそれぞれ役割があり、大抵の場合体格で決まる。今回も例外ではなく中央の土台に体格の大きな綾小路、両脇に俺と木下、騎手が身軽な立花となる。他の騎馬も似たり寄ったりだ。対し金組の騎馬は。
「嘘だろん」
あまりの光景に木下が言葉を漏らす。それも仕方がない。俺達赤組と向かい合う形で校庭の端に構える金組の騎馬は、俺達にとって絶望の象徴に見えた。
「中央の土台に男子。それ以外は女子だとっ」
分かっていた。分かってはいたんだ。向こうは男子50名。その男子50名は全て経験済み。つまり焦りがない。そう言った余裕が女子を油断させ、土台にするほどの安心感を与える。もしも赤組の未経験男子が向こうのチームに参加しようものなら焦りや下心を感じ取られ避けられるだろう。
「それでは両軍用意」
審判である男の教師が合図をする。こいつは経験済みだ。
「始め」
それと合図に両軍中央に騎馬を進める。騎馬戦のルールはお馴染みの相手の騎手のハチマキを奪うか騎馬を崩すことで勝ちとなる。だがこちらには問題がある。
「キャー触らないで変態」
1人の騎手が騎馬を進め金組の騎手のハチマキを取ろうと手を伸ばしたところ、女子生徒に変態扱いされそのまま顔面を殴られてしまった。その赤組の騎手は殴られた勢いで10メートル後方まで飛ばされていた。あの女、人間か?
「くっこれでは迂闊に近づけないっ」
俺たちに残された攻撃手段は相手の土台である男子生徒を攻撃して騎馬全体を崩すしかない。だがしかし
「こいつら自らを盾に」
金組の騎馬は土台である男子生徒が攻撃されないように騎馬を常に動かしてくる。これでは女子生徒に触って変態扱いされてしまう。
「どうすれば」
攻撃が出来ず後退していく赤組の騎馬。その隙を逃さず金組の進行が始まる。みるみる減っていく味方の騎馬。
「俺らが行く」
そう言ったのは俺達の隣に構えている騎馬。
「馬鹿言うな、意味が解って言っているのか。ハチマキを取りに行くってことは女子の髪に触れるということだ。恋人でもない女子の髪を触りに行くのは変態行為だぞ」
「くっ」
俺の言葉を聞き再び後退し始める隣の騎馬。なすすべなしか。その時。
「前へ進んでください」
「立花くん!?」
立花の無謀ともとれる発言に驚きと戸惑いの声を上げる綾小路。
「意味が解っていっているのん赤矢。女子に触れたら最後、お前は変態扱いされ続けるかもしれないんだよん」
そうだ。お前はまだ1年。残りの高校生活を無駄にする必要はない。ここは下がれ。俺は願うように思った。しかし
「いや、行かせてくれ。俺には負けられない理由がある。この3年を無駄にしても。一生を無駄にするよりはマシだ(それに松岡に1回やっているし松岡に嫌われなければいいし)」
こいつ本気か。高校生活は1回しかないんだぞ。それを無駄にするというのか。何が立花をここまで動かす。最後の方は何を言っているのか聞こえなかったが。
「分かったよぉ立花くん。君の覚悟」
「付き合うよん赤矢」
その覚悟が伝わったのか立花に賛同する2人。こうなったら仕方がない。
「死ぬなよ立花」
こうして俺たちの無謀な進軍が始まる。
「キャー変態」
「構いません」
「触らないで」
「競技ですから」
女子生徒の拒絶の声にもかかわらず立花は手を緩めない。そんな俺たちを止めるため金組の騎馬5騎が周囲を囲む。
「みんな、土台を潰すよ」
どうやら相手の騎馬は立花にハチマキを取られることを恐れたらしい。騎馬の土台である綾小路に集中攻撃を仕掛ける。しかし
「効かないよぉ」
綾小路は攻撃をものともせず涼しい顔をしている」
「こいつただのデブじゃないの!?」
金組の人間から驚きの声が上がる。そう、綾小路はただのデブではない。あの脂肪の下には分厚い筋肉が隠されている。
「今だよぉ立花くん!」
金組の集中攻撃を受けながら立花に合図を送る綾小路。
「はいっ!」
綾小路の合図を受け取った立花は両腕を使い一気に5本のハチマキを奪い取る
「変態」
「痴漢」
「エッチ」
「触らないでっ」
「汚らわしい」
数々の暴言をもろともせず立花はただひたすらに前を見据える。いったい何がこの男を突き動かすのか。立花の進軍で戦況は変わった。同じように捨て身でハチマキを取りに行く者。そこまでの勇気はないがせめてハチマキを取られないように防御に回る者。だが数的にはいまだに不利だ。金組の残騎は20騎。対し赤組は7騎。
「いける、いけますよ皆さん」
立花が残りの騎馬に向けて声を掛ける。不思議だ。今のこいつの言葉には妙な力の匂いを感じる。本当に逆転してしまいそうな。
その匂いを感じ取ったのだろう。他の6騎にやる気の匂いを感じる。
「さぁ進軍です」
そう言って立花は高い位置で敵を見ようと両足で綾小路の体を挟み込み立ち上がろうとした。その時
「待って立花くんっ」
珍しく早口で綾小路が立花を止めに入る。だが時すでに遅し。
「キャーッ」
「変態」
「露出狂」
「もしもし警察ですか」
立花の足が綾小路のズボンの両端ポケットを捉え、その力の向かうままズボンを下ろしていた。下着と共に…
「モロダシ。失格。退場」
審判の無情な宣告が下る。まるで相撲の決まり手みたいだな。
勢いの中心であった騎馬を失った赤組はその後なすすべなく全滅した。