戦争を始める前の必須項目。〇〇〇〇〇第1
6月5日
4日前、6月1日に起きた校内での暴動騒ぎは神々の記憶操作のおかげで、暴動を起こした生徒が謎の筋肉痛になるというだけで事なきを得た。記憶操作というのはいわゆる記憶を抜き取り、味わうというやつで、松岡がいつも美月にやられているものだ。どうやら神の中にもドМな神がいて、率先して俺が黒い傘で殴りつけた記憶を吸い取っているのだという。美月が言うにはその神は記憶を吸い取った後、恍惚とした表情で消え去ったという。キモイ。だが話はそれで終わりではない。
「ならば戦争ですわ」
突如俺の目の前に現れた赤神ツインテールの女神が美月に向けて宣戦布告したのだ。それに対する美月の答えは
「いいだろう。だが私に負けたら2度と私の目の前に現れるな」
いやいや、受けて立たないでください。地上が火の海になってしまいます。2人の会話を聞いてガタガタと震えていると
「安心しろパシリ。戦争といっても私たちが直接戦うわけではない」
「その通りですわ、戦うのは人間。あなたたちです」
訳が分からないという顔をしていたのだろう。美月が説明をしてくれた。歴史の教科書に出てくるあの戦争やあの反乱が実は神々の代理戦争であることを。
「安心できるかっ!火の海じゃなく血の海を見ることになるわ。っていうか俺は美月さんのパシリは辞退しますので、どうぞ女神様、俺の代わりになってください」
「話が分かる人間ですわ。ではお姉さま、わたくしを…」
「断る。戦争だ」
どうあっても戦争は回避できないらしい。
「では人間。あなたはわたくしの陣営ということになります。こちらへ」
そう言われ遠慮がちに赤髪ツインテ女神の元へといく。
「ふん、パシリが裏切りとはどうなるかわかっているんだろうな」
今まで見たことがないような顔を見せる美月。やばい、殺される。
「まぁ良い。私が勝ってお前を取り戻した後たっぷりと調教してやる。2度と裏切らないようにな」
これまた見たことがないような怖い笑みを浮かべる美月。やだ帰りたくない。
「ところで戦争の内容ってどうなるんですか」
疑問をぶつけてみた。いくらなんでも殺し合いとかは論外だ。
「それはあなたが決めることです。人間」
質問に答える赤髪ツインテ女神。味方になったということで俺に対する感じが少し柔らかくなっている気がする。
「俺が決めていいんですか?」
「そう言っているでしょう。下僕!」
勘違いだった。
「そうは言ってもそんな都合良く…」
2つの陣営があって、誰も死なない争い。しばしの沈黙ののち、答えにたどり着いた。
「あれがあったか!」
「ラジオ体操第1~」
校庭の朝礼台に立つ1人の生徒が号令と共に体操を始める。それに習い、その他の生徒も体操を始める。
体操が終わり、生徒が整列をし直した後、今度は2人の生徒が朝礼台の前に駆け足で向かう。朝礼台には頭が輝かしい60代の校長先生が立っている。
「宣誓。僕たち」「私たちは」「スポーツマンシップにのっとり」「正々堂々と競い合うことを誓います」
ここまで来れば何のことかわかるだろう。そう体育祭だ。美月と赤髪ツインテの代理戦争は体育祭を用いて行われることとなった。
「校長先生の挨拶」
教頭の言葉で再び校長が朝礼台に立つ。だがなんだか様子がおかしい。目を開けて寝ているように見える。
「えーみなさん、先日通達した通り、今年は赤組と金組に分かれて戦ってもらいます。また、お気づきだろうと思いますが、両軍の男女比はそれぞれの運動能力を均等にした結果ですので理解するように」
校長の言葉でも納得する者は少ない。特に金組。
この高校の全校生徒の数は男子500人、女子500人の計1000人。普通なら両軍男女250人ずつに振り分けられるのだろう。だがしかし、今回はそうならなかった。
赤組、男子450人、女子50人。
金組、男子50人、女子450人。
ちなみにこれは代理戦争である。赤組には赤髪ツインテが、金組には(ふつうは白組のはず)美月が勝利の女神としてついている。
「あの、なんでこの男女比なんですか」
単純な疑問を赤髪ツインテに問いかける。俺も赤組の一員だ。
「それはわたくしの能力に関係あります」
「能力ってこの間の人間を操るやつですか」
「そうです。わたくしが力を与えられる人間はある条件を満たしていなければならないのです。今回は操らずに力を貸すだけですが」
神妙な顔で言う赤髪ツインテ。どうやら重い話らしい。
「その条件って?」
「第1に男であること」
なるほど、どうりでこの前俺を襲ってきたのは男だけだったはずだ。女子が混ざっていたらあんなに思い切って刀(黒い傘)を振り回せなかったのでとても助かった。
「そして第2に…」
赤髪ツインテが一呼吸置く。どうやらこちらがネックらしい。俺は緊張で唾を飲む。
「清らかであることです」
「…どういうことですか?」
意味が分からず聞き返す。
「分からないのですか人間、つまり異性と交わったことがないということです」
「…そうですか」
なんだか切ない。人のことを言えた義理ではないが、赤組にいる450人の男子生徒は全て清らかである。つまりDT…である。いやいやポジティブに考えよう。だって大人が言っていたじゃないか。最近の若者は性の乱れが酷いって。だがそんなことはなかった。少なくともここにいる450人の戦士たちは己の魂を守り抜いている。ところで校長先生って60代だよな…
「赤矢、ここにいたのかん。どうしたん?そんな悲しそうな顔してん」
「いや、何でもない」
俺は高校デビューをして口調と髪形を変えるという涙ぐましい努力をしている親友を一瞥し自陣へと向かう。
「ところで女神さま」
赤髪ツインテに話しかける。
「何ですの人間」
「女神さまの姿って他の人には見えていないんですか」
まぁ見えていないだろう。見えていたら大騒ぎだ。
「見えていません。もちろんこれから男子はわたくしと仮契約するわけですがあくまで仮契約です。声も姿も見えません」
「そうですか。またあのビニール傘を渡すんですか」
「馬鹿ですの?体育祭に傘なんてもって出場したら戦う前に失格ですわよ」
あっ、この女神さま、ちゃんと体育祭のことを勉強してきてくれている。ちょっと感動。
「ですので今回はこれを媒介に力を与えます」
そう言って女神さまは俺に赤色のハチマキを2束渡してきた。
「こっちは男子用。こっちは女子用。女子用は普通のハチマキですので間違えないように」
言われた通りにハチマキを渡す。すると
「おっおーなんだか力がわいてくるっ」
「ほっほっほっほっ」
「はぁはぁはぁ」
あちこちから男子のやる気に満ちた声が上がる。一部は発情しているように聞こえたが気のせいだろう。
「男子キモッ」
ごめんなさい、あなたたちがその鎧を脱ぐ日はまだ来なさそうだ。
「さて、こちらも力を分け与えるとするか」
私の姿は私のことを美月と呼んでくる人間の下僕にしか見えない。そのため私の陣営、金組の人間には私の姿は見えない。だがしかし、見えなくても問題はない。
「ほれ」
私は金組の人間に向かって右手を振るう。ただこれだけ。媒介なんて必要ない。直接体の中に力を送り込めるのだ。どこかの出来そこないとは格が違う。
こうして2人の女神の戦争、体育祭を用いた代理戦争が幕を開ける。