告白の言葉は人それぞれ「〇が〇〇〇ですね」
5月18日
神々の神判を何とか無罪で切り抜けられた俺、立花赤矢は今日も女神さんのところへと呼ばれていた。この女神さん、金髪ロングヘアでとても美しい顔立ちをしていて背中に羽を生やしているというのに着ているものは俺から献上された(盗った)中学校指定の緑の長袖ジャージ上下を着ている。
「パツキン」
「却下」
「金の姉御」
「却下」
「お姉さま」
「却下」
俺は今、この女神の呼び名を提案している。かれこれ1時間くらいか。だが提案しては却下されている。どうやらお気に召さないらしい。
「どうしてですか。この前は好きなように呼んでいいって言っていたじゃないですか」
「ダサい」
だってしょうがないじゃないか。正直言って名付けるのが苦手だ。ペットだって飼ったことないし、RPGの主人公の名前だって自分の名前を付けてしまうのだ。つまり名付けた経験が少ない。というかそもそも呼び名とかあだ名って大体名前や見た目からつけられるもので、名前を知らない俺は見た目から決めるしかない。なので
「白い羽と緑のジャージ♪」
「却下」
万策尽きた。女神の特徴は全て言い尽くしたのである。
「じゃあ何て呼べばいいんですか」
「考えろ」
そう言いながら少女漫画を読み続ける女神。そもそも女神の呼び名を考え始めたのは、一昨日の神判の時、他にも女神がいることを知った俺が「女神さん」と呼んだ時に他の女神も振り返るんじゃないかと思ったからだ。
「…ドSの魔王」(ボソッ)
「女神だ。帰れパシリ」
目の前に瞬間移動してきた女神に鉄拳を食らわせられ、下界に強制送還された。
女神の鉄拳によって目を覚ます。その直後にスマホのアラームが鳴る。時刻は午前7時。最早目覚ましはいらないのではないか。頭に鈍痛を感じながらも体を起こす。俺は家から徒歩20分程の高校に通う学生だ。起きて最初の日課である顔を洗うために洗面所に向かう。
「あっ、おはよう黄緒」
先に洗面所で顔を洗っていたのは立花黄緒。俺の2つ上の姉で、同じ高校に通う3年生である。部活はソフトテニス部に入っており、キャプテンを務めている。
「…」(プイッ)
シカトされてしまった。どうやら3週間程前の前髪掻き上げのことをまだ根に持っているらしい。だが気にしてても仕方がない。顔を洗い、通学準備をする。
今日も平穏な授業の時間が終わり、生徒は各々の日課へと向かう。部活動に向かう者。帰宅する者。塾に向かう者。俺はと言えば帰宅する者だった。つい先日までは。
「やぁ立花くん。今日も活動していこぉう」
太ったメガネ男子が教室のドアを開けた俺を見て話しかけてくる。入った教室は漫画研究部、通称漫研部の部室。太ったメガネ男子は漫研部の部長で3年生、本名、綾小路聖一郎。なんか名前負け感がすごい。ここまでくるとむしろ圧勝しているように感じる。自分でも何を言っているのか分からないけれど。
「むっ、今日も来たのか偽物。ここは貴様が来ていいところではない」
俺を全否定する声の主はやせ細ったメガネ男子。高野氏こと高野志仁志。たかのしとは本名だということをついこの間知ったばかりである。こちらも3年生である。
「まぁまぁ、高野氏。ここは来るもの拒まずだよ」
最初にこの部室に踏み込んだ時と同じ言葉を高野志先輩に言うお姉さん系女子。3年生の関根蛍。髪は腰まで伸びている黒髪。前髪を白のカチューシャで上げている。
俺はつい先日、同じクラスの女子、松岡水乃に連れられて漫研部の部室にやってきた。その時は松岡の前髪を掻き上げるという女神の無理難題を達成するためだった。だがその無理難題を達成した今もなんだかんだ言ってこの部室へと足を運んでいる。
「こんにちは、部長、高野志さん、関根さん」
そう言って部室に入ってきたのは松岡だった。ちょっと前までは前髪で顔全体を隠していて表情が見えなかったが、最近では前髪をピンで8:2に分けている。
「やぁ松岡さん」
「立花君早かったね」
「まぁね」
「ブラフェスは読み終わった?」
「うぅ、それはまだ」
ブラッディフェスティバル。通称ブラフェス。主人公がライバルたちを血祭りにあげていくという漫画だが、いろんな漫画からアイディアを盗みまくっていたらしい。連載末期にはそれがばれて作者が血祭りにあげられたとかなんとかといういわくつきの漫画だ。
「まだなの?本当に読んでる?」
「読んでるよ。今も読もうとしていたところ」
そう言いつつ現在読み進めているのは8巻。主人公が仲間を引き連れ、世界で7人しかいない政府公認の山賊のうちの1人に牛耳られている町を救うというところだ。早い段階からとんでもないパクリが見え隠れしているような気がするのは気のせいだろうか。全67巻あるのであと59巻もある。
「早く読んでね」
そう無邪気な笑顔を向けてくる松岡。ずるいよ。そんな顔向けられちゃ読まないわけにはいかないじゃないか。
そんなこんなでパクリの王道を読み進めていく。
「それじゃぁ今日はここまでぇ。みんなぁお疲れさまぁ」
「お疲れ様です」
部長の合図で活動を終える。とはいっても活動内容は主に漫画の論評で実際に漫画を描くことはしないのだ。
「...君」
「んにゃ」
「立花君」
「はいん」
木下式返事と共に目を覚ます。どうやら眠ってしまったらしい。
「部活終わったよ、疲れていたんだね。さぁ帰ろう」
疲れていたのではなく…いやこれに気付いてはいけない。これを認めたらもう読めなくなる。
1年生ということで部室の戸締りを任される俺と松岡。鍵を閉め、鍵を職員室へと戻す。
「それじゃ帰るか」
「うん」
そう言って肩を並べて帰る俺と松岡。知らない合間に2人はそこまでの仲に。というわけではない。悲しいことに。松岡の放課後の日課に全国チェーンの書店と個人経営の古本屋に立ち寄るというものがある。たまたまその道と俺の通学経路が一致しているため途中まで一緒に帰っているに過ぎない。だがそれでもいいのかもな。だって今まで女子と話したことがない俺がこうして女子と話して、一緒に帰っているんだから。ありがとう、神様(女神さんではない)。そんなことを考えていると
「月がきれいですね」
「えっ」
突然の松岡の言葉に驚き、空を見上げた。確かに今夜はきれいな月が出ている。満月ではないものの、雲1つなく晴れ渡った夜空には月が光輝いている。だがそれよりも気になったのが
(なんか松岡の口調がいつもと違う)
いつもはもっと砕けた感じだった。だが今回はなぜか敬語っぽかった。というかこの文言、最近どこかで聞いたような…!
そこまで考え、体に電撃が走った。別に女神が雷を落としたわけではない。比喩である。
(今日の現国で聞いた話だ…夏目漱石の和訳!確かI IOVE YOUを夏目漱石がそう和訳していたようなっ!)
いやいや嘘だろ。だって俺たちまだ出会って1か月半だよ。きちんと話し始めたのはつい最近でお互いのことだってよく知らないし。いやいやでも知るのは付き合ってからでもいいかな。いいとも?
混乱する。心の声は女神にダダ漏れで「うぜぇ」と言われた気がしたが気にしている余裕はない。
「えっそれって」
「分からないかな」
顔を赤らめて顔を背ける松岡。マジですか。
「いや分かる。分かるけども。出会って間もないから」
「そうだよね。まだ早かったよね」
落ち込む松岡。いけない。ここは男になるしかない。
「いいや、早くない。そんなのは関係ない」
「…立花君ブラフェス何巻まで読んだ?」
「えっ?8巻だけれども」
いきなり関係ない質問で訳が分からなかった。
「それじゃ駄目だね」
嘘だろ。もしかして彼氏の条件に「ブラッディフェスティバル完読」という項目があったのか。クソ。それに気づいていれば神判なんて放っておいて読んでいたのにっ!
「このセリフは11巻で出てくるセリフだから」
「え、何のこと?」
なんだか松岡との会話が成り立っていないようで不安になった。
「何のことってブラフェスの話だよ。月がきれいですねっていうのは11巻に出てくる主人公のライバルキャラの決め台詞だよ。それから戦闘が始まるの」
怒ったように言う松岡。ホッとしたような残念なようなどちらとも言えない気持ちになった。
「ごめん、そこまで読んでいないや」
「そっか、でも残念だよね、いつも月が満月だったら毎日このセリフが言えるのに」
その意見には素直に賛同できない。いつでも戦闘が始まったらたまったものではない。
「いつも月が満月だったら、か」
5月18日午後11時
「やぁ、勘違い男君」
もう見飽きてきたような意地の悪い笑みを浮かべながら女神がからかってくる。
「しょうがないじゃないですか。普通だったら勘違いしますって」
そう言いながらも心の中では否定する俺もいた。月がきれいですねという言葉から告白のセリフだと勘違いする妄想力はなんとたくましいことか。さすが思春期。
「さすが壁ドンゴッドアイDTストーカーパシリだわ」
なんか今までの蔑称を1つにまとめてぶつけてきた。殺す気か。精神的に。
「そう言えば女神さん」
蔑称で思い出した。
「何だ変態」
上記の蔑称を簡潔に表現した女神。流石です。
「女神さんの呼び名、思いつきましたよ」
「何だ?」
意地の悪い笑みをやめ、真顔になる女神。
「これはさっき思いついたんですけれど、何ていうかありきたりで申し訳ないとも思ったんですけれど」
「御託はいい。早く言え」
「女神さんの呼び名。美しい月で美月さんです」
「…」
黙り込む女神。この呼び名は先ほど松岡の「いつも月が満月だったら」という発言で閃いたものだ。女神の髪はまるで満月のようにいつも美しく光り輝いている。それに地上で這いつくばる人間にとって天に浮かぶ月は決して手が届かない。まさに金色の女神にふさわしい。
「ふっ、皮肉だな。まさか私に月の名を付けようとは」
「えっ何か言いましたか」
女神が何かつぶやいたようだが聞こえなかった。
「いいや、本当にありきたりのどこにでもあるような名前。最近の親が子供につけたがるような名前ではないか」
「すみません。俺、ネーミングセンスがなくて。もう1度考えます」
とは言ったものの浮かんでくるのは「ゴッドねーちゃん」やら「ジャージ姫」など言ったらぶっ飛ばされそうなものばかりである。
「いやいい。どうせこれ以上いいものは出てこないだろう。それに好きなように呼べと言ったのは私だ」
「はい、ありがとうございます。美月さん」
「用が済んだら帰れ」
「はい、美月さん」
「本当にわかっているのか」
「はい、美月さん」
「連呼するな気持ち悪い」
「はい、美月さっぐ」
言い終わる前に美月の鉄拳が下された。