〇○〇〇〇事件。女神さんそんな目で見ないでください
5月16日
俺は現在、四方一面開けた、上には清清しいほど晴れ渡った青空、下にはその青空が鏡のように写りこんでいる空間にいる。今回も女神さんに呼ばれたのだ。
「ゴッドアイ(笑)」
そう言いながら女神さんは俺の股間を凝視してくる。女神さんのマイブームだ。
「やめてくださいよ、2つの意味で恥ずかしい」
1つ目は、股間を凝視されていることに対して。2つ目はそれを俺が行っていたということだ。俺の場合は後ろだけれど。だってしょうがないじゃん。思春期だもの。
「貴様、罪の意識はないのか。健全な女子に対して神から与えられた力を使ってあんなことをしでかしておいて…卑劣な」
そうは言っているが顔は邪悪な笑みで満ちている金髪女神。本日も安定の中学指定緑色のジャージ姿だ。絶対に楽しんでいる。どうやら今回はからかわれるために呼ばれたらしい。
「こんなんじゃいつまた同じことを繰り返すかわかったものじゃない。ということでパシリ、ちょっと戻ってジャージに着替えてきなさい」
「えっなんで着替っ」
俺の言葉を最後まで聞かず、いつもの鉄拳を食らわされた。
「よし、着替えてきたな」
俺の恰好を見て、納得したような顔になる女神さん。現在俺は高校指定のジャージを着ている。色は青。上着はチャックで開閉できるタイプで右胸にポケットがついている。季節がら長袖長ズボンである。
「それで着替えて何をやるんですか」
まさかまたジャージを奪われるのか。これは現在、高校で使用しているのでやめていただきたい。女神さんの接近に備える。いつでも逃げ出せるように。
「そう身構えるな。盗ったりはしない。そんな女神に見えるか」
実際盗っているじゃないですか。あなたが着ているものは何ですか。
「それじゃ行くか」
「どこにですか」
「そう言えば言っていなかったな。ほら」
そう言って女神はズボンの右ポケットから何かを取り出す。どうやら手紙らしい。蝋で封がされている。手紙を受け取り、封を開ける。中身は三つ折りにされた手紙だった。なんと日本語で書かれている。
「立花赤矢の召喚を要請する」
たった1行ではあるが何やら穏やかではない文言が書かれていた。
「わかったか、罪人」
神がいる世界、天界とでも言うのだろうか。ここでは移動は鍵によってするらしい。金色の鍵を取り出した女神は何もない空間にまるで鍵穴があるかのように差し込む。すると突如その空間に金色の扉が現れた。
「行くぞ」
そう言う女神の顔は真剣だ。恐らくこんな顔は出会ってから1度も見ていない。俺は少し不安になってきた。どこに連れていかれようとしているのだろう。先ほど女神が言った罪人というキーワードも気になる。だがこのまま行かないわけにはいかない。先に扉をくぐる女神に続き、扉をくぐる。
女神に連れてこられた場所は、女神に毎度呼び出されているあの空間とはまるで違った。まず天井と床、壁がある。正方形の部屋で広さは30メートル四方といったところか。材質は石のようなもので出来ており、無機質で冷たい印象を受ける。部屋の中央には壁と同じ材質でできた背もたれ付きの椅子が1席用意されている。そしてその椅子の真正面に12段の階段があり、その上には5つの席がある。その席には5人の男神が座っている。皆一様にもじゃもじゃロン毛の白髪で、白髭を蓄え古代ローマのような服を着ている。個性がない。みんな同じに見える。暫くして、その中央に座っている男神が重い口を開いた。
「来たか、金色の女神よ」
「はい、議長殿」
議長と呼ばれた男神は女神を、次に俺を一瞥した。
「金色の女神よ」
「はい」
議長の口調と顔がさらに重々しいものになっていく。
「なんだ、その格好は」
格好?一瞬何を言っているのかわからなかった。だが周囲を見渡して初めて分かった。左右には男神と女神がいた。左右におよそ30人程度か。計60人が皆椅子に座って中央、即ち俺を見ている。その誰もが議長と同じ古代ローマのような白布を片方の肩にかけて全身を覆ったような恰好をしている。そんな中、俺と女神の服装はというと緑と青の長袖長ズボンジャージである。正直とても浮いている。普通なら謝るべきところを金色の女神こと俺の主人が答えた。
「これはジャージといって下界では冠婚葬祭、神、即ち我々への祈りの場などで着る人間にとって最上級の正装です」
「ほう」
議長は納得してしまった。嘘です。人間にとって最上級の正装ではありません。むしろ逆、最下級の正装です。用途は主に体育の授業以外にはパジャマです。だがそんなことを言える空気ではない。黙っていることにする。
「よろしい。では被告人よ。座るがいい」
どこに。と思ったが恐らく中央の席であろう。言われるがまま着席する。金色の女神は向かって俺から右側の席へと向かい着席する。
罪人、議長、被告人。不穏なワードが乱立している。そして重苦しい雰囲気。訳が分からない。分かるのはこの場にいる人間は俺1人。目の前の議長他4人、左右にいるのは全員羽が生えている男神、女神だ。そしてこの場での被告人というのは。
「俺?」
「被告人、立花赤矢。君は今神判にかけられている。なぜだかわかるかね」
なんで。なんで俺が被告人になっている。そもそも神判っていうのは一体なんだ。混乱する俺のことなどお構いなしに議長は話を進める。
「分からないか。だが我々と人間では価値観が違う。無理もない」
そう言う議長に反論するように向かって右に座る見た目20代後半で眼鏡をかけた黒髪おさげの女神が声を荒げる。
「議長。その人間は極めて下劣な行いをしました。議論する価値もない。今すぐ死刑に」
死刑?死刑ってあの死刑?死んじゃうやつ?顔が青ざめていく。
そうだ今すぐにとメガネ女神の後ろにいる神たちも同調する。
「ちょっと待った、それは早急過ぎる。彼にも何か理由があったはずだ。それにあれしきのことで死刑とはあんまりではないかね」
どうやら俺の弁護をしてくれているらしい男神。こちらは40代前半で髪は黒色にオールバック、口髭を蓄えている。長身で誠実そうな印象を受ける。こちらも後ろに神たちが座っており、口髭男神の言葉に賛同する。
「あれしきのことでですって。あなたは何もわかっていない。この人間の行いは全ての女性の尊厳を壊すことで、むしろ死刑では足らないくらい重い罪なのです」
「そんな馬鹿な」
右と左とでヒートアップする議論。俺は置いてけぼりだ。というかよく見ると、左右で男神と女神に分かれているような。
「あなた方にはわからないのでしょう。神の力を使って辱められた女性の気持ちが」
あっ、合点がいった。どうやらあれのことを言っているらしい。
「両者とも静粛に。まだ神判は始まっていないぞ」
フライングしてヒートアップする両者を議長がなだめる。
「では、これより、被告人立花赤矢によるゴッドアイ(笑)事件の神判を始める」
一気に体の力が抜けた。だってあれは子供のいたずらみたいなものじゃないですか。事故ですよ事故。むしろあの時吹いた神風のせいです。
「死刑ですよ死刑」
だが女神たちは許してくれないらしい。そんな中女神の一団に加わっている金色の女神は口端を吊り上げて笑っている。どうやら楽しんでいるようだ。
「死刑だなんてとんでもない。彼は自分の本能に従ったまでだ、だが決して相手を傷つけてはいない」
本能といわれると恥ずかしい。まるで獣みたいだ。
「本能だからこそです。あの人間が今後なにかをしでかす可能性があるのです。だからこそ今のうちに息の根を」
このメガネ女神、先ほどから俺を殺そうとしている。すごい怖い。それに対し
「そこは金色の女神がいるでしょう。彼女が彼に力を与えた。何のためかは分からないがね。彼女が今後彼を監視していくということでこの話は解決しないかね」
この場のすべての視線が金色の女神へと向く。とにかく女性の味方が欲しい。期待して視線を送る。
「この男はとても誠実だと思います。力を与えた時は、人間の蛮行から女性を救い出しました」
どうやら強盗から松岡を助けたことを言っているらしい。松岡とは俺のクラスメイトで漫研部部員だ。少し前までは前髪で顔を遮り、表情を隠していた。だが現在は前髪をピンで8:2ほどの割合で分けている。どうやら俺の弁護をしてくれるらしい我が主。
「でも今回の件で彼も1人の男性で性欲の権化だと知りました。あぁ恐ろしい」
あのクソ女神。そう思いながら女神を睨む。
「ほらあの目。きっと今私たちを品定めしているんだわ。気持ち悪い」
恐怖で顔を手で隠す女神。だが俺にはわかる。あの下は満面の笑みであることを。
女神たちから死刑コールが始まる。その迫力に押されて男神が黙ってしまう。まずい。このままでは殺されてしまう。だって見たのは間違いないもん。
「だが死刑というのもいかがなものか」
口髭男神が弱々しく反論する。人間も神も口喧嘩では男性は女性に勝てないらしい。嘘だろ。俺の人生、これで終わりなのか。まだまだやりたいことがあるのに。
絶望する。その時
「ちょっと待って下さい」
男神たちの中から1人の神が申し出た。とても美形で髪は肩まで伸ばしたおかっぱで色は茶色だ。すらっと長身で線が細いが、弱々しさはない。むしろ優雅な印象を受ける。男と言われれば男、女と言われれば女と信じてしまいそうな顔である。
「先ほどから聞いているとあなた方はいささか私情を挟みすぎではないですか」
それに反発するメガネ女神。だが
「今回の言うなればゴッドアイ事件。実は過去にも同じようなことが起きています。そしてその時の神判は無罪放免」
それを聞いた女神たちは一様にざわめきだす。
「なぜです。なぜその男は無罪になったのです。議長。今すぐその者を呼び出し、神判を」
「私、男性なんて一言も言ってませんよ」
したり顔で言い放つ美形おかっぱ神。
「その人間は女性。今回の彼と同じように海水浴場にて男性が着用しているブーメランパンツの中心を神の力を使い凝視。彼女は「魔眼」と呼んでいましたっけ」
どうやらその女性とは気が合いそうだ。
「あなたは勝手に男性だと思い込んでいた。まるで本能に従うのは男性のみだと言うように。冷静さを失ってはいけません。それに前例が無罪ならばそれを無視するわけにはいかないでしょう」
「しかし」
「神の力など使わなくても見てしまうものは見てしまうものです」
美形おかっぱ神の言葉に、その場にいた男神は感嘆の声を上げる。反対に黙り込んでしまう女神たち。どうやら決着がついたようだ。
「被告人立花赤矢は無罪。ただし力を与えた金色の女神の監察下とする」
逆転勝訴。男神たちが勝利の雄たけびを上げる。俺は嬉しくなり男神たちの元に駆け寄る。
「ありがとうございます」
「おぉ私たちの英雄。無事で何よりだ」
英雄?どういうことだ。
「まさか神の力をあのような下らないことに使うとは恐れ入った。普通領地を増やしたいとか地球を征服しようとか考えるものなのに。ゴッドアイ(笑)」
そういって男神たちは一斉に目を見開く。どういうこと?
戸惑う俺に美形おかっぱ神が話しかけてくる。
「すまない。我々神というものは常に暇を持て余している。そのような神にとって君のような思いもよらない行動をとる人間は観察対象なんだよ。暇つぶしとしてね。まぁ女神たちは本気で嫌悪していたが」
えっ。神様たちに見られていたの?恥ずかしい!
「では、私は行くよ」
そう言い残し、美形おかっぱ神は去っていった。
「さぁ余興は終わりだ。帰るぞ」
何事もなかったように話しかけてくる金色の女神。
「あの、俺殺されかけたんですけど」
「そうだな」
残念そうな顔をする女神。おい。
「そう言えば女神さん」
「何だ」
女神に聞きたいことがあった。
「女神さんは金色の女神って呼ばれていましたよね」
「それがどうした」
「俺、女神さんって呼んでいましたけれど、今回他の女神もいたでしょう。その時に何て呼んだらいいのかなって」
正直深刻な問題だ。もし今回のように大勢の女神が集まっているところに行く機会があったら、金色の女神を呼ぶときに女神さんなどと読んだら全員振り向いてしまう。
「知らん。神は人間に真名を教えないのだ。だからお前の好きなように呼ぶがいい」
「そう言われると困るんですが」
今晩の晩御飯は何が良い?と聞かれて何でも良いと答えた時の母親のように。
「これは命令だ。もういいな、帰るぞ」
女神は来た時と同じように金色の鍵を取り出し、何もない空間に差し出す。
「はい」
とりあえず保留にしておこう。適当に決めたら殺されそうだし。
俺たちは金色の扉をくぐり、元いた場所へと戻っていく。