わらしべ長者編 コンプレックスは傘と同じで〇〇になる
野外ボディービル大会会場を気絶してしまったカンサイ弁男を片手に持ち、汗でベッタベタなママチャリで周囲を探索する赤矢。そして人気のない空き地で探し人、ピンクデラマンデラを見つける…犬に囲まれた姿で。
「ちょっ、どこ舐めているのぉ。きゃっくすぐったい」
犬にリンチされ、奇声を上げるピンクデラマンデラ。
ちょっと気持ち悪い。吐いていい?
「いた、あそこだ!」
周囲を神の脚で漕いだベッタベタなママチャリで爆走して早5分。ピンクデラマンデラはとある広々とした、だが人気のない空き地の中央に立っていた。
「ワン、ワンワン…ONE」
「ちょっとぉ~ワンちゃんたちやめてよ~アタシ急いでいるんだからぁ」
大勢の犬に囲まれて。どの犬も険しい顔でピンクデラマンデラを威嚇していた。やはり犬にもあの格好は危険人物として映るらしい。と言うか1匹だけ英語を話していなかった?気のせいか。
「も~そこまで言うんだったら可愛がってあげるわよ~」
目の前にいた全身黒色の雑種犬を撫でようとかがみこんだその時
「ワーーーーン《やっちまえ》!」
恐らく群れのリーダーなのだろう。その黒色の雑種犬の遠吠えを皮切りに犬たちがピンクデラマンデラに襲い掛かり、姿が見えなくなってしまった。
「ちょっ、どこ舐めているのぉ。きゃっくすぐったい」
ちょっと気持ち悪い。吐いていい?
それから数十分後、ようやく犬たちの攻撃が終わった。きっとその下には恐ろしい光景が広がっているんだろうな。トラウマになるくらいの。出来れば見たくない、そんなグロテスクな光景。意を決して先ほどまで犬たちがいた場所を見る。そこには
「死んでないか?」
身じろぎひとつせず、うつ伏せに倒れ、全身汗だか犬の涎まみれになっているピンクデラマンデラが。なんだかとても近寄りがたい。汗でベッタベタのママチャリといい勝負だ。
「おーいアンタ大丈夫か?」
取りあえずママチャリから降りて遠目から声を掛けてみる。すると
ビクッ
突如ピンクデラマンデラの体が痙攣した。そして次の瞬間
「どこ行った?」
つい先ほどまで目の前に倒れていたはずのピンクデラマンデラが姿を消していた。ほんの瞬きをした一瞬にである。まるで手品を見たようだ。そこで美月の力を使い周囲を見ようとしたその時
ガシャーン
突如真横から来た襲撃者によってベッタベタなママチャリが蹴り飛ばされた。ママチャリは尋常ではない距離を飛んでいき、およそ100メートルとんだところでようやく落ちた。
「その自転車、何だか汚らわしいわ」
ママチャリを蹴り飛ばした人物は女性の口調だが声は男だった。俺は声がした方を見る。そこには特大のアフロヘア―で首にピンク色のシャンプーハットを付け、ピンクの半袖、ピンクのスカートを穿いた男性がいた。
「ピンクデラマンデラ?」
そう、そこには先ほどまで犬の集団暴行を受け、気絶していたはずのピンクデラマンデラが一瞬にして俺の横まで移動してきて汗でベッタベタのママチャリを蹴飛ばしていた。と言うか物々交換の品を蹴飛ばすとは何事だ。呪いの装備を解除してくれたことには感謝します。
「あらボウヤ、何でアタシの名前を知っているの?もしかしてお姉さんと遊びたいの?いいわよ。じゃぁ行きましょうか」
そう言って手を掴み連れていかれる。その手を振りほどこうとするが、ピンクデラマンデラの力は強く、通常の俺ではどうにもならない。なので俺は美月の力を使い、どうにかしようとする。だが
「あれ?」
美月の力を掴まれている右手に集め、振りほどこうとした。だが振りほどけない。もちろん常人に対し、神の力を100パーセント使うなんてことはせず、10パーセントくらいにとどめておいたのだが。よって20、30、40と徐々に力を加えていくが。
(振りほどけない!?)
もう力の80パーセントは出している。だが、一向に手は振りほどけない。90、そして100パーセント。ついに振りほどけなかった。まさか俺の100倍に増した力より、通常のピンクデラマンデラの方が強いのか?訳が分からないまま、しょうがないので言葉での説得を試みる。
「ってそうじゃない。この人アンタのコンビだろ?」
掴まれている方と逆の手で宙づりになっているカンサイ弁男を前へ差し出す。だが
「まずはお腹がすいちゃった。ボウヤどこかいいとこ知らない?」
ピンクデラマンデラはそれを無視して話を進める。もしかして見えてないの?だとしたら俺は今何も持っていない腕を上へ上げている変人と言うことになってしまうのだが。それだけは嫌なので上げている左腕を下へ降ろし、カンサイ弁男の襟首を掴み、引きずることにする。
「いらっしゃいませー」
店員の掛け声を受け、俺とピンクデラマンデラは入店し、2人用のテーブル席に座る。
「ボウヤ、デートにこのお店ってどうなのかしら。お姉さんちょっと疑問だわ」
明らかに不満そうな顔と態度のピンクデラマンデラ。俺たちが入ったのは全国チェーンの牛丼屋であった。もちろんこれはデートではない。ちなみに俺に引きずられて入店したカンサイ弁男は誰にも気づかれずにテーブル席の横に横たわっている。どうやら誰にも見えていないらしい。いったいどうして?
「じゃぁ牛丼大盛りで」
店員さんを呼び、オーダーを伝える。続いてはピンクデラマンデラなのだが
「これとこれとこれとこれ。デザートにこれを頂戴」
メニューを次々とめくり、指さしで注文を伝えていた。とても1人分の量ではない。もしかしてカンサイ弁男の分も?それでも4人前はおかしいと思うが。
「それで?アンタなんで逃げたんだ?確か番組のオーディションだったんだろ?」
注文の品がテーブルに並び、食べながら取りあえず会話を始める。
「何でってアタシは初めからお笑い芸人になんてなりたくなかったの。それをあの男が無理やりコンビを組むって言ってきて...まぁ最初はその引っ張っていってくれる感じが良かったんだけど」
頬を赤らめ両手を当てるピンクデラマンデラ。それを見ないように頼んだ牛丼を凝視する。
「そのうちアタシの普段着や衣装にまで口を出してきて、その服は地味だ。もう少し芸人らしい格好をしろって言ってきて…アタシはおしゃれがしたいの。人を笑わしたいわけじゃない!」
憤慨して語気を荒げる。えっ、笑わしたいわけじゃないの?ただの高校生には分からないファッションセンスだなぁ。
「でもアタシは我慢したの。昔からの夢をかなえるために。どんな舞台でもいい。アタシの露出が増えればそれだけ業界関係者の目に留まる。アタシの夢に近づいていく。そう、女優に!」
驚きの真実がピンクデラマンデラから語られる。女優って女性の役者さんだよ?アンタはどう見ても男の役者さんだ。いいや役者ですらない。
「カンサイではそれなりにテレビに出て、知名度は上がっていったの。でもそれは芸人として。アタシは女優としての知名度が欲しかった」
だからアンタは男なんだって。女優を名乗るんだったらもう少し努力をしてください。
「そんな時あの男が上京してトーキョーで芸人として一旗揚げようって。冗談じゃなかったわ。いくら知名度を上げるためと言ってもトーキョーで芸人として出ちゃったらもう芸人としてしか生きられない。ドラマの仕事が来てもそれは女芸人として。完璧な女優ではないわ」
ピンクデラマンデラが逃げた理由が分かった。つまりトーキョーで芸人としてデビューしてしまったら一生芸人として生きていかなければならない。それでは完璧な女優と言う肩書きは手に入れられなくなる。だから逃げた。と言うかここトーキョーじゃねーから。同じカントーではあるけれどトーキョーは南カントー。対しこちらは北カントー。
「だからアタシは女優になるため、あの男から逃げたの。全ては夢を叶えるため」
女優志望のピンクデラマンデラは4人前を軽く食べ終え、デザートのパフェに取り掛かっていた。
「あのさ、女優になるためになんかやっているの?」
発声練習とか芝居の勉強とか美容とか性転換とか。
「毎日腕立て腹筋スクワットその他もろもろ1万回とサウナ1時間」
さも当然というような顔でデザートのパフェを食べている。スプーンが小さくおちょぼ口で食べているのがイラッと来る。
「それって女優になるために必要なことなの?」
日頃の成果なのかピンクデラマンデラの体は筋肉でおおわれている。思い返せば野外で行われていたボディービル大会にも飛び入りで参加し、目の肥えているであろう客に喝采を浴びていたほどだ。半端な仕上がりではない。
「当たり前でしょう。アタシは生まれつき体がちょっとゴツゴツしていてちょっと大きいのがコンプレックスだったの。この体じゃぁ生まれつきキレイな女性には勝てないって。だからアタシはコンプレックスを伸ばすことにしたの。コンプレックスを武器にできるような女優になるため」
だからアンタは女ではない。
「ごちそうさまでした。さぁここを出ましょうか。もちろんアナタのオゴリ…なんてひどいことは言わないわ」
そう言ってウインクをしてくる。俺が美月の力を使って精神力を100倍にしていなかったら死んでいた。いや、強化出来ていたのか知らないけど。
「おっと忘れ物」
テーブル横に置きっぱなしだったキャリーケース...ではなく気絶したままのカンサイ弁男の襟首を掴み、引きずる。だがやはり周囲の人間からの反応はない。
牛丼屋から徒歩で移動した俺たちは現在、町に昔からあるボウリング場に来ていた。名前を用紙に書き込み(やはりピンクデラマンデラはピンクデラマンデラだった)受付の店員に渡す。一瞬店員が全身ピンクの怪人を見て表情を崩しかけたが流石は店員さん、持ち直した。だが渡された用紙の名前を見てノックアウトしてしまった。
「11レーンです。どうぞ」
接客の笑顔なのか我慢しきれず笑ってしまっているのか分からない表情でレーンの番号が書かれたプレートを渡してくる。それを気にした様子を見せず、ピンクデラマンデラは受け取る。靴を借り、言われたレーンに向かう。その間にもすれ違う人々が奇異の目を向けてくる。
「ふふっ皆アタシの美しさに見とれているわ」
どこまでもポジティブなピンクデラマンデラ。正直言ってすごい。どう見てもすれ違う人々は美しいとは思っていない。突然現れた珍獣に驚いているだけだ。ただ1人、全身筋肉質のタンクトップ男は見とれていたが。 だがそんなことを気にしていたらこんな格好など出来ないのだろう。ボールを持ってきてゲームを始める。
「キャーやったぁーまたストライク取っちゃったぁー」
レーンには可愛い言葉で喜ぶ野太い声の自称女性のピンクデラマンデラ。使うボールの重さは6ポンドと子供用で、力がない風を装っているのがイラつく。現在3ゲーム目、俺はボールを持つ手が疲れで痺れてきたのに、一緒にゲームをしているピンクデラマンデラには疲労が見えない。それどころか
「おい、あそこの全身ピンク、もう32回連続でストライク取っているぞ」
「本当か!もしかしてプロなのか?」
「いいや、あんなのがいたらもっと騒がれているはず」
今まで奇異の目で見ていた他の客がピンクデラマンデラの偉業を見て、見る目を変える…
「すげぇ珍獣だ!」
いや、変わっていなかった。やはりあの格好では珍獣扱いされてしまう。だが間違いなくただの異物を見る目ではなくなっていた。それはいい。いいのだが1つ問題が…
「誰だあの一緒にゲームしている青年は?」
「あの珍獣の連れか?だったら腕の方はどうだ?」
「全くの平凡だ。見てみろよ。投げ方もいたって普通だ。何で一緒に投げているんだ?」
そう、ピンクデラマンデラと一緒のレーンで投げているため、必然的に俺も投げることになる。別に俺はボウリングが上手なわけでもないし、かと言って下手くそなわけではない。普通だ。だがこんな怪物と一緒にやっていると嫌でも下手に見えてしまう。
(美月の力でも使うか?)
一瞬そう思ったがやめた。使ったら最後、多分ボールでピンを粉々にしてしまうだろう。そうなったら俺まで奇異の目で見られる。それでいろんなところで担ぎ上げられて有名になってテレビや雑誌に取り上げられる。こんな珍獣とコンビで有名になるのは嫌だ。そう考えるとそこに転がっているカンサイ弁男はすごい。尊敬する。
「あと1回、あと1回だ」
ゲームも終盤になり、あと1投のみとなった。周囲は目の前の偉業を見ようと静まり返っていた。俺もそれに習い静かに見守る。正直言ってトイレに行きたいんだけどそう言いだせる雰囲気じゃないし。
「さぁ投げるわよぉ」
注目されているにも拘らず依然として平然と投球フォームに入る。やはりこういう見た目をしていると心臓も強くなるのかな。いいや逆か。心臓が強くなければあんな格好は出来ない。例え罰ゲームでも。
助走(女襲)に入り腕を振りかぶる。そしてボールが腕を離れようとしたその時
「アカンでピンクデラマンデラ!そこはお笑い的にわざと外して笑いを取りに行くところやでぇ。間違っても成功したらアカン!客は笑いを求めてるんや」
今まで気絶し、沈黙を保っていたカンサイ弁男が急に起き、今まさに最後の投球をしようとしていたピンクデラマンデラに向かって叫ぶ。
「あら嫌だ」
それまで集中を保っていたピンクデラマンデラだが、急に声を掛けられたことでフォームを乱してしまう。それでももう止められない。ボールは勢いよく腕から離れていき、ピン目掛けて突き進んでゆく。弾丸ストレートのノーバウンドで。
ガッシャーン
「力が入っちゃった」
恥ずかしそうな顔で振り返るピンクデラマンデラ。だが周囲の観客は目の前で起きた光景に呆気に取られている。なぜなら
「おい、ストライクを取ったぞ...」
「3回連続パーフェクトゲームだ…」
「信じられん…」
カンサイ弁男に話しかけられ、ノーバウンドで放たれたボールはそれでもコントロールを失うことなく真っ直ぐにピンへと向かっていき、見事にストライクを取っていた。だがそこじゃない。
(アレ、ピンが粉々に砕けていない?何で誰も気づかないの?)
偉業に興奮した観客がピンクデラマンデラに集まっていくその先、11レーンの奥には粉々になったピンの欠片が落ちていた。あれってストライク判定でいいの?
「あーやってもうた―。客はそんなん望んでへん。感動なんて犬にでも食わせとき」
見事ストライクを取ってしまった相方に膝を落としてがっかりするカンサイ弁男。こちらもおかしい。むしろ粉々になっていた方が面白いんじゃないの?いいや普通は粉々になんてならないけれど。
「弁償はいいよ。いいもの見せてもらったからね」
騒ぎが収まり、支払いに行くとき、その店の店長から直々に許しを得た。さて、俺はなんでピンクデラマンデラとボウリングなんてしていたんだっけ?
「やっと捕まえたで。さぁこれからオーディションや。いくで」
つい先ほどまで俺のキャリーバック状態だったカンサイ弁男がピンクデラマンデラを連れて行こうと腕を掴む。だが
「嫌よ。私は私の道を行くの」
それを振りほどくことなく、そのまま走り出してしまう。
「イタ、イタイイタイで。ちょっと止まって膝こすれてるから。イタイっていうか熱い」
それでも止まろうとしないピンクデラマンデラと手を離そうとしないカンサイ弁男。どちらの意思も堅そうだ。2人が出会えたしもういいんじゃないかな。帰ろうかな。
「あっ、その前に物を貰っとかないと」
俺が持っていたベッタベタのママチャリはピンクデラマンデラに破壊されてしまった。ならばその飼い主であるカンサイ弁男に弁償してもらわなけれければならない。まぁあの状況じゃどちらが飼い主か分からないが。よく犬に散歩させられている飼い主がいるがまさにそれである。姿を見失わないうちに追いかけようとした、その時
「おいパシリ。彼女が出来てよかったな。正直引くわ」
突如頭の中に声が響く。この意地の悪い声。間違いない。俺のご主神、金色の女神こと美月である。
「彼女ってアレのことですか。どこをどう見たらそうなるんですか...ただの人助けですよ」
恐らく一部始終を見ていた美月を相手に必死に誤解を解くという無駄な行為はせず、淡々と受け流す。
「まぁそう照れるな。お前の自由だからな。日和を1人で家に帰したかと思えばそう言うことだったのか」
照れていないし。あの時は走って逃げるピンクデラマンデラを2人乗りでベッタベタなママチャリで追いかけるために定員オーバーとなった日和を1人で返したのだ。まさかカゴに乗せるわけにはいかない。
「否定することはないですわよ下僕。愛の形は人それぞれ、ですわよねお姉さま」
同じように頭の中にもう1つの声が響く。先に家に帰していた日和のものだ。
「ええいくっ付くな。あっち行け」
グシャッ
頭の中に何かを殴り飛ばすような音が聞こえてきたような気がする。だが気にしないことにする。生身で神の鉄拳を食らった人間の末路など想像したくない。
「パシリ、さっきのお前の彼女、あの変態を追いかけろ。少し気になることがある」
アレを彼女と言う目が腐ってしまった主の言うことを聞き、ピンクデラマンデラを追いかけていく。