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もしも神様がいたのなら 〇〇箱に細工などしない

6月13日

 赤髪ツインテこと日和ひよりが俺のクラスに親戚として転入してから明日で1週間が経とうとしていた。今日も平和な日常が続いていた。そんな1日の最後のホームルーム。


 「皆そろそろ高校生活に慣れてきた頃だろ。明日席替えを行うから。方法はくじ引きな。クラス委員は準備をしておくように」

家永直人いえながなおと。30代の男性教師で俺たちのクラス担任だ。家永先生のひと言の後、ホームルームが終わる。生徒はそれぞれの放課後、部活に行く者、帰宅する者に分かれた。女子だけは


 「お前ら、聞いたか?」

 クラスメイトの鈴木が前を見据えたままクラスの男子に問いかける。今現在、西白以外の男子は鈴木と同様に前を見据えている。

厳しく辛い修行になるがな」「神様神様神様神様…」そして牛歩戦術...各々の思いを胸に戦い《席替え》が始まる



 


6月13日

 赤髪ツインテこと日和ひよりが俺のクラスに親戚として転入してから明日で1週間が経とうとしていた。今日も平和な日常が続いていた。そんな1日の最後のホームルーム。


 「皆そろそろ高校生活に慣れてきた頃だろ。明日席替えを行うから。方法はくじ引きな。クラス委員は準備をしておくように」

 家永直人いえながなおと。30代の男性教師で俺たちのクラス担任だ。家永先生のひと言の後、ホームルームが終わる。生徒はそれぞれの放課後、部活に行く者、帰宅する者に分かれた。女子だけは


 「お前ら、聞いたか?」

 クラスメイトの鈴木が前を見据えたままクラスの男子に問いかける。今現在、西白以外の男子は鈴木と同様に前を見据えている。


 「もちろん」

 誰かが答えた。1人かもしれないし全員かもしれない。


 「そうか、じゃぁ俺は行くよ」

 鈴木が席を立ち教室を出て行こうとする。


 「待て鈴木、どこに行くつもりだ?」

 同じくクラスメイトの佐藤が教室を出ようとしていた鈴木に声を掛ける。


 「決まっているだろう。修行だ」

 真顔で話す鈴木。


 「本気で言っているのか?」

 聞き返す佐藤。


 「厳しく辛い修行になるがな」

 鈴木が震えながら答える。言っておくがコイツは普通の男子高校生だ。修行する意味が分からない。そもそも何の修行だ。


 「そうか...なら尚更生かせるわけにはいかない!」

 鈴木を羽交い絞めにする佐藤。それを振りほどいて修行とやらに行こうとする鈴木。一方教室後方に座る金田は


 シュッシュッシュッ

 無心で机に置いてある消しゴムを右手で取っては置き、取っては置きを繰り返していた。また、別のところでは


 「神様神様神様神様…」

 星が教室の窓から顔を出し、天を仰ぎ、手を組みながら神頼みをしていた。


 「あっアイツ、くじに何か細工をしようとしているぞ!」

 突如石川が叫び、周囲の目線が集まる先には


 「ばれたかっ!」

 明日の席替え用のくじを作っていたクラス委員の伊藤が慌てた様子で教室から逃走を図る。だが教室にいた男子たちによって取り押さえられる。彼が作っていたくじを見てみる。すると


 「二重底か...」

 くじは段ボール箱を用いたくじ箱を使って行われるらしい。だが女子用のくじ箱の中は二重底になっており、不自然に取り付けられた引き出しの取っ手のような部分を引くことによって通常のくじを置いた板が横にスライドし、下から隠されたくじが現れるようになっていた。それを目当ての相手に引かせ、自分はその隣の席となる番号が書かれたくじを隠し持つつもりだったのだろう。クラス委員の立場を利用しての不正。もちろんそれを許すクラスメイト達ではない。


 これはただの席替えに関する話である。だが、男子学生にとって席替えとは気になるあの子の隣になれるかどうかが決まる人生の分岐点である。考えるだけで恐ろしいことだが、もしも隣になれなければ次の席替えまで、違う男子が気になるあの子の隣に座り、仲良く話している姿を眺めるしかなくなる。そんなの気が狂ってしまう。たかが1日されど1日。ここで何を行うかで明暗が分かれる。


 「お前らの狙いはわかっているん。松岡か妹ちゃんの隣の席だろん!」

 木下が教壇に上がり、男子全員を見渡し言い放つ。


 (ふっ)


 男子全員が含み笑いをする。どうやら図星らしい。二極化しすぎじゃない?ほらこのクラスには他にもかわいい子がいるよ?…思いつかなかった。まぁ人の好き好きってことで。


 「まぁいいか。部活に行こう」

 俺は余裕の表情で教室を後にし、部活へと向かう。何しろ秘策があるのだから。


6月14日

 あっという間に午前中の授業と午後の1時間が終わり5時限目、ロングホームルームの時間がやってきた。やることはもちろんアレである。


 「それでは席替えを始める。クラス委員はくじを持って前へ」

 家永先生の言葉でクラス委員の伊藤と足立は前へ出る。伊藤は黒板に6×6のマスを書き、その中に番号を書く。伊藤は女子のくじ、足立は男子のくじを持つ。男子用のくじには青丸。女子用のくじには赤丸が目印として書かれている。


 「それでは足立と松岡、ジャンケンして。勝った方の列からくじを引くこと。また、くじを引いても、全員が引き終わるまでは中を見ないこと」

 家永先生が席替えの簡単なルールを説明する。


 「では松岡から順番に」

 じゃんけんの結果、松岡からくじを引くこととなった。これは良い結果だ。なぜなら


 (松岡のくじの番号さえわかれば対策をたてられる)

 知るための手段は考えてある。後は当たりくじを引き当てることだけなのだが


 ガサゴソ


 松岡がくじを引こうとしたその時、男子クラス委員の伊藤が動いた。


 (伊藤のヤツ、くじ箱に何か細工をしやがったな。もしかして昨日のか?)

 伊藤は松岡派の人間である。細工をするならば松岡にするはずだ。

松岡は細工に気付かずにくじを引いてしまう。それを見た伊藤がホッとしたような顔をし、ズボン右ポケットを右手で上からなぞる。どうやら本当に細工をしているようだ。クラス委員は最後にくじを引く手はずになっている。あらかじめ松岡に引かせるくじの隣の席のくじをポケットに忍ばせ、自分の番になったときに取り出し、引くふりをするつもりなのだろう。心底腐った野郎だ。俺の練った対策が水の泡だ!


 「逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ」

 今にも人造人間に乗り込みそうな顔で前田がくじを引きに前に出る。前田は確か松岡派だったはずだ。逃げても逃げなくても結果は決まっていた。


 1人1人がくじを引きに行く前に何かしらのルーティーンを行っていく男子生徒たち、その一方で女子は淡々とくじを引いていた。


 「星―、早くくじを引け―」

 家永先生が星を注意する。その星はと言うと


 「神様神様神様お願いしますっ!」

まさかクラスに神様がいるとは夢にも思わないだろう。今日も教室の窓から天に向かってお願いをしていた。星は赤髪ツインテ改め日和ひより(クラス内では妹ちゃん)派である。お願いをする相手と隣の席になりたい女子が同一人物とはなんて滑稽な話だ。最早本人に頼んだ方が早いのでは?


 そんなこんなで俺の番に回ってくるまでには女子は全員引き終わっていた。


 「次、立花」

 家永先生に呼ばれ俺の番となってしまった。伊藤が持っているであろう当たりくじを奪う算段も整っていない。いっそのこと神速でくじ箱を破壊してしまおうか。それとも伊藤を破壊しようか。でもそんなことをすればもう席替えは行われなくなってしまうかもしれない。今の俺が出来ることと言えば


 「おーい立花―早くしろ―」

 席を立ち、教壇にくじを引きに行くため席を立つ。そして右足、左足を前へ出す。


 「立花お前はどこの政治家だ?」

 家永先生が俺の姿を見てツッコミを入れる。なぜなら


 ノソノソ


 教壇までのおよそ10メートルを俺は一歩進みは止まり、進みは止まりを繰り返していた。かの有名な政治的戦術。幾人もの頭の良く、勉強ができ、いい大学を出ている日本の政治家様がダダをこねたいときに使う牛歩戦術である。


 「立花―、お前が何に不満があるかわからんが、ここは国会じゃないぞー。バカな政治家の真似はやめて早くくじを引け―」

 家永先生の言う通りだ、俺自身、国会中継の牛歩戦術を見ては何やっているんだコイツと言う顔でテレビを見ていた。きっとクラスメイトも同じような顔をしているんだろうな。このままだと明日から俺は立花先生とか立花議員とか呼ばれそうだ。そう思うと急に恥ずかしくなり、足早となる。これを恥ずかしげもなく国会でやる国会議員の方はやはりすごい。


 「立花…」

 くじを引くときに伊藤と目が合った。その顔には焦りや焦燥がない。だが無表情と言うわけではなくニヤニヤしていた。恐らくくじ引き後の事を考えていたのだろう。やはり伊藤を破壊してしまうか。


 「右ポケット」

 俺は伊藤破壊作戦を思いとどまり、ただひと言伊藤に言い放つ。このまま伊藤の思い通りにしてはいけない。不正をしたクラス委員に対する宣戦布告だ。


 「なぜそれをっ!」

 そのひと言を耳にした伊藤は動揺し、自白とも取れる発言をした。やはりコイツ黒だ。昨日クラスの男子にボコボコにされたはずなのに懲りないやつである。


 「ふっ、気づいていたか。だがそれがどうした。お前が騒いだところで結果は変わらんさ。それに騒ぎになれば席替えは中止、恐らくもう席替えは行われないだろうさ」

 冷や汗を流しながら悪い顔をし、挑発をしてくる伊東。だが伊藤の言う通りだ。俺は大人しくくじを引き、席へと戻る。


 「次は鈴木、は遅刻だったか。しかしもう5時限目だな。欠席っと」

 この高校は1日の授業時間の3分の1、つまり2時限目を過ぎた時点で遅刻から欠席扱いとなってしまう。昨日は席替えの為に修行をすると意気込んでいたのに欠席とは、鈴木の身に何かあったのではないかと心配になる。


 「先生、俺が鈴木の代わりにくじを引きます」

 佐藤が家永先生に申し出た。その顔は清清しいほどの笑顔でいっぱいだった。だがクラスの男子たちにはその真意がわかっていた。自分と鈴木の分の2回を引くことで当たりを引く確率を上げ、より良い席のくじを自分のものにしようとしているのだ。その時


 「佐藤、その必要はないぞ」

 突如教室前方のドアが開き、鈴木が登校してきた。


 「どうしたんだ。鈴木...」

 鈴木を見て驚くクラスメイト達。なぜなら鈴木の様子が昨日までと全く違うからだ。


 「あぁ、これが修行の成果だ!」

 そう言って鈴木は右手を顔の前に持ってきて握りこぶしを作る。その右腕には


 「何で大量のおみくじなんか腕に巻き付けているんだ?」

 鈴木の右腕のおみくじは三つ折りにされ何枚も結びつけられ、1本のロープになっていた。それを蛇が巻き付いたようにぐるぐる巻きにして右腕に巻き付けているのである。


 「神の加護を得るためだ。しかもこれはただのおみくじではない」

 鈴木が真顔で答える。俺たちは冷ややかな視線を送る。女子は引いている。


 「これらは全て大吉のおみくじなのだ。その枚数100枚。無数の外れくじ《犠牲者》の骸の上に作られた究極の《アルティメット》武器ウェポンなのだ」

 遠い目をして何かを思いだしている鈴木。恐らくはその究極の《きゅうきょくの》武器ゴミを作るのに相当な金額をつぎ込んだのだろう。バカなの?


 「あー、いいから早くくじを引け。そして席に着け」

 鈴木の力説を流す家永先生。何だか慣れているような振る舞い方だ。まさか毎年こういう奴がクラスに1人は出てくるのだろうか。先生って大変なんだな。


 「神よ。俺に力をっ!」

 そう言い放ち、くじを引く鈴木。その後ろには本物の神様である日和が退屈そうにしていた。


 「俺の番だん。行くぞん」

 覚悟を決め席を立つ木下。その時


 「コー君、席近くなるといいねー」

 1人の女子生徒が木下に話しかける。話しかけたのはクラスメイトの藤川ふじかわゆうだ。言葉だけを聞くと木下に気があるように思えるが


 「木下乙おつ

 本田が木下を見て思わず言葉を漏らす。他の男子も一様に渋い顔をしている。何故なら


 「アイツ、いつまで藤川のパシリやってんだ?」

 気の毒そうな顔をしながら木下を心配するような発言をする西白。藤川優ふじかわゆう。身長150センチ、明るめの茶髪で肩まであるセミロングヘアをゆるふわに盛り、スカートを太ももが見えるまで上げている女子で、木下をことあるごとにパシリとして使っている女子である。木下自身はと言うと女子と仲良くできて嬉しそうだ。


 「藤川…好意はありがたいん。だが、オレには追い求めていることがあるんだん!」

 だが当の本人はそのことに気付いていない。まぁ世の中知らない方が良いこともある。


 シュッシュッシュッ

 昨日から5時限目の今までひたすら素振りをしていた金田。何で誰も注意しないの?正直鬱陶しかったんですけど。だがその素振りもあまり意味をなさなかった。なぜなら


 「くじが少ないっ」

 それはそうだ。もう大多数の男子はくじを引き終わっている。金田より名前順が上なのは石川・伊藤・岡本の3人しかいないのだから。更にもう1つ問題が


 「くっ、腕が振れない」

 だからそれはそうだって。そもそもくじ箱は長方形の段ボールの上を円形上に切り抜いて腕を通せるように出来ている。しかし金田の素振りはまるで百人一首を取りに行くように横に振り払うものだった。あれではくじは取れず、くじ箱を横から薙ぎ払ってしまう。


 「構うものかっ!」

 自分の特訓の時間を無駄にしたくない金田は大きく右腕を振りかぶった。まさか、あのフォームではくじを取れるわけがない。それとも奇跡が起きるのか?そして


 グシャッ

 案の定、段ボールで出来たくじ箱を横から殴り、へこませた挙句、空になった女子用のくじ箱を巻き込み、教室の左角まで吹っ飛ばしてしまった。


 「何してんだ金田」

 あきれ顔をしたまま伊藤がくじ箱を拾いに行き、教壇に戻ってこようとする。その時の伊藤は教卓の加護を失い、無防備に右ポケットを俺の方へ向けていた。


 (今しかない!)

意を決して行動に移す。おもむろに席を立ち右腕を左脇に添える。その右手には1本のシャーペンが握られている。


 (出ろ!)

 一気に右腕を横なぎに振り、伊藤の右ポケットの下あたり目掛けて何かを飛ばす。その正体は


 スパッ

 長さ1センチほどの小さな飛ぶ斬撃である。ありふれた定番の必殺技を使い、伊藤の右ポケットに切り口を作る。もちろん伊藤を傷付けるつもりはない。しかしミミズ腫れくらいは出来るかもしれないが仕方がない。伊藤が悪い。


 (出てきたか?ゴッドアイ!)

 読み通り、伊藤の右ポケットから何か紙のようなものが落ちてきた。それをゴッドアイを使って確認する。


 (やっぱり細工してやがった)

 ひらひらと落下していくくじには男子のくじであることを証明する青い丸が書かれていた。


 (さぁここからが本番だ)

 いくら伊藤の手から当たりくじを切り離したところで、それを俺が手に入れられなかったら意味がない。


 (よし、松岡はちゃんとくじを手に持っているな)

 どうやら神(美月ではない。もちろん日和でも)が味方したようだ。今から行う作戦は松岡がくじを握りしめており、その隣の席となるくじを持つ人物がくじを手放していることが前提となる。


 (可愛い妖精さんのイタズラ《トリックオアトリート》)

 机の中から1メートルほどのタオルを取り出し、ライブの観客のように頭上で振り回す。幸いなことに皆の注目はくじ引きをする生徒の方に向いている。


 「きゃっ風?」

 唯一、席を立っていた女子生徒、足立が突如教室に吹き荒れた突風によって巻き上がろうとしていたスカートを抑える。自ずと男子の目線がそちらへと向く。


 (悔しいが目を離せない!)

 違う。スカートの方を言っているのではない。俺の視線の先には


 (よし、舞い上がった)

 俺が起こした神風によってクラスにくじが舞い散る。その光景はまさに季節外れの雪が降ったような幻想的な光景で、雪が降るとはしゃいでいた幼少期を思い出し、思わず見とれてしまった…と言うほど感傷的ではない。


 「あぁ!俺の究極の《アルティメット》武器ウェポンがっ!」

 鈴木が悲痛な声を上げながら宙に舞った無数の大吉のおみくじを結んで作ったゴミを見送る。はっきり言って視界の邪魔だ。


 「何やっているんですの、下僕?」

 クラス内で唯一俺の奇行を最初から最後まで見ていた日和が聞いてくる。だがそちらに構っている暇はない。なぜなら


 「あぁ!どれだ。どれが当たりくじだ!」

 「とりあえず全部取っちまうか。そうすれば選べる!」

 「それは俺のおみくじだぁ!」

所々でくじの争奪戦を始める男子。それと鈴木、お前のゴミは誰も狙っていないから安心しろ。


 「くそっあそこかっ」

  俺が凝視を続けている当たりくじは教室中央、混乱の中心地の真上をひらひらと舞っている。このままでは誰かに奪われてしまう。


 「行くぞ」

 静かに席を立ち、教室の最後方にまで下がる。そして両足に力を込め助走し、当たりくじ目掛けて跳躍をする。現在、クラスは混乱の最中。俺の神がかった跳躍に注目しているものなどいないはずだ。争いの中心の真上を通過していく。そして


 「取った!」

 争奪戦を始めている男子の上に落ちる前に何とか右手でくじを確保する。そしてそのまま黒板へと激突する。

 

 「おいお前ら、やめろ。中止にするぞ!」

 家永先生の言葉に静まる男子たち。それはそうだ。ここで中止にでもなればまた、名前順に逆戻り。だが大人しくすれば狙った人物の隣の席になる可能性はある。0と1では大違いだ。

 

 「立花、お前…」

 伊藤が争いの中心から押されて飛んできた(と思い込んでいる)俺に声を掛けてきた。なので俺は黙って手に持っているくじを開いて番号を伊藤に見せた。恐らくこのくじで間違いないはずだ。


 「それはっ!」

 伊藤は慌ててズボン右ポケットを探る。だがそこにはくじがなく、ポケットの下からは突っ込んだ指が出てきた。


 「今度はちゃんと穴を塞いでから来るんだな」

 そう言い放ち、自分の席へと戻る。牛歩ではない。

 

 「勝った...」

 まだ、席替えの結果は出ていないが、勝利を確信して思わず声に出てしまう。


 「贅沢な力の使い方だな、パシリ...」

 頭の中には呆れたような声色の美月の声が聞こえてきた。


 「では、席を動かせ―」

 家永先生が生徒全員に号令をかける。それに従い、机と椅子を移動させる。床には鈴木が時間とお金を掛けて作った究極の《用済みの》武器ゴミが転がっていた。もう用済みなのかあれだけ大切そうに腕に巻いていた鈴木はもう目もくれない。何だか可哀想になってきた。まぁ拾おうとは思わないけれど。


 「いい席だな」

 俺が伊藤から奪取した席は左から2列目の最後尾。特等席だ。


 「よっ西白」

 俺の左斜め前に席を移動してきた西白に声を掛ける。


 「立花、お前、さっきすごい飛んでなかったか?」

 しまった。誰も見ていないと思っていたのに世界陸上並みの跳躍を西白には見られていたか。


 「あぁ、あの混乱だもんな。そりゃあそこまで飛ばされるって」

 必死に取り繕う。何とかな…らないよね。不審そうな顔を俺に向け続けている。


 「下僕。なんで貴方がわたくしの後ろなんですの?不快ですわ」

 俺の前に席を移動してきた日和が理不尽な文句を言う。しょうがないじゃん。くじだし。文句言うならくじ引きの神様に言えよ。言えるだろ。同じ神様だし。

 

 「げっ、貴方は…」

 俺を罵倒し続けていた日和が突如黙り込んでしまった。なんだか小刻みに震えているような。


 「あっ、妹ちゃん。この前は途中で眠っちゃったから残念だったね。今度は最後まで読もうよ」

 日和にブラッディフェスティバルと言う悪魔の本を持ち、布教を進めるのは松岡水乃まつおかみずの。もちろん俺の左隣の席である。


 「結構ですの!」

 強めの口調で断る日和。駄目だぞ、松岡を悲しませちゃ。帰ったら家に置いてある松岡から借りたブラフェスを読ませなければ。


 「あぁオレは今とても幸せなんだなん。目の前には女神が2人もいるん」

 両手を胸の前で組み、神に祈るような恰好をするのは木下。日和が転入してきたことで、クラスの人数が奇数になったため、1番左奥の席は隣に人がいないひとりぼっちの席だ。席替え前までは西白がそこに席を移動して座っていた。女子がひとりではかわいそうという意見から男子がその席を宛がわれた。


 「松岡。よろしくん。いつも何読んでいるのん?オレにもその漫画読ませてん」

 席が近くなり、話すきっかけを探していた木下は地雷を踏む。やめろ。それは軽々しく手を出していい品物ではないんだ!


 「いいよ。木下君も興味持ってくれて嬉しいな。全巻貸してあげるから読み終わったら感想聞かせてね」

 松岡は満面の笑みで悪魔の本「ブラフェス全巻」をロッカーから持ってきて木下に渡す。一体何セット学校に持ってきているのだ。それを見ていた日和が小さく悲鳴を上げる。


 「サンキュー。早速読ませて貰うよん。1巻は...これかん」

 記念すべき1巻目を見つけ、読み始めてしまう木下。それから数十秒後、彼は苦しそうな顔をして…眠っていた《気絶していた》。


 こうして男子学生の命と尊厳を賭けた聖戦《席替え》は伊藤のズボンのポケットと鈴木が作ったおみくじのロープという尊い犠牲を出しつつも幕を閉じた。


 「おい、木下。起きろ帰るぞ」

 ロングホームルームが終わり、生徒がそれぞれの放課後に移行する。今日漫研部は休みだ。


 「はっオレは一体何をしていたんだん?」

 白目を向いたまま漫画を手に持ち、座ったまま気絶をしていた木下が息を吹き返す。良かった、生きていた。


 「安易に手を出していいもんじゃないぞ。それは」

 一応忠告をしておく。友人が死ぬのは見たくない。死因が漫画の内容を知ったことによるショック死だなんて。だが


 「何を言っているん赤矢。これを乗り越えてこそ近づけるというものでしょん」

 むしろ読む気満々の息も絶え絶え、満身創痍で顔面蒼白な木下。やめろ死にたいのか。


 その光景を見ていた女神が1人

 「ふむ、あの本、「ブラッディフェスティバル」と言ったか。日和を近づけさせないために置いておくのもいいかもしれない。早速パシリに持ってこさせるか」

 下界を覗き見ていた1人の女神が悪い笑みを浮かべる。


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