第一話
よろしくお願いします(土下座
自動ドアを通った先から暖かい空気が流れてくるのを感じながら私は店内に足を踏み入れた。
自宅から自転車で三十分、この季節だと苦行でしかない方法で大きいデパートにやって来た。
Mじゃないよ・上沢月江です。
そもそもこの方法でデパートまで行きたいと言い出したのは隣にいる兄の泰治である。
インドアのくせに最近妙に活発的になっていて何か事あるごとに体を動かしたがっている変態だ。
その兄も隣で体を擦って暖を取ろうとしていた、お前もやっぱり寒かったんだな、ざまぁ。
今日デパートに来たのには他でもない、ここに居る兄の提案だった。
何でも『ゲームの攻略本が発売されたから一緒に買いに行こう』との事、一人で行けや。
まあなんだかんだ言いながらついて来てしまった自分も自分だし仕方ないだろう、欲しい本もあったしね。
だがせめて温かい飲み物は奢ってもらうぞ兄よ。
「兄よ、私はホットレモンpepperソーダを所望す」
「…お前またあんなん飲むのか、よく飲めるな」
あんなんとは失礼な、と思いながら自動販売機に近付き兄のポケットから拝借した財布から小銭を取り出した。
因みに無断拝借である。
「おまっ!…はぁ、またスられた」
「いい加減チェーンぐらい付けろよ、いつか本当に落とすかスられるぞ」
そう言いながら販売中の文字が出ているスイッチを押すとお望みの飲み物が出てきた。
早速一口飲むと炭酸とピリッとした味が温かい液体とともに口に広がる、他の人達にはよく気味悪がられるが私はとても美味しいと思う。
「……で、今日は攻略本だっけ?」
「それもあるけどな、本命はお前にゲームを買ってやろうと思ってな」
「…頭大丈夫?」
「ちゃんと事前にプレイしてお前にもできそうか調べたよ、だからかわいそうな物を見る目でコッチを見るな」
今日の用事を確認すると予想外の言葉が飛んできた。
私は極度のゲーム音痴で、ストーリー序盤の序盤に2時間をかけるという伝説級の過去を持っていた。
配管工のゲーム?1ステージもクリアできなかったけどそれが何か?
兄もそれをよく知っていて時々私にもゲームを進めるけど全て撃沈、ラノベゲームは『つまらない』との事でやっていないが。
それなのに今回またゲームを進めようとしている、しかもデパートで新品を私に買い与えると言っているのだ、ぶっちゃけ金の無駄遣いだと言わざるを得ない。
それほど私のゲーム音痴は酷いものなのである。
「兄のゲームチョロっとさせて貰えばええやん」
「一人専用の機械を使わないと出来ないゲームだから貸せないでげそ」
「ゲームってカセットじゃねーのかよっ!本体って!それこそ金の無駄遣いだろ‼︎」
それを聞いて頭を抱えると兄がまあまあと肩を叩いてきた、いやお前のせいだよ。
まあとにかく動こうと言うことで手元のジュースを一気に煽って空にするとゴミ箱にカンを捨てた。
「…お前の飲みっぷりは美味そうなんだがなぁ、ジュースが化学兵器だからな」
「兄の味覚がおかしいんだよ」
「お前の味覚がおかしいんだよ!……あーほら、お前の飲みっぷりに騙されてジュース飲んだ人、咳き込んでるぞ」
チラッと後ろを見ると確かに口元を押さえて咳き込んでいる男性が見えた、なんだよ、美味しいのに。
そう思いながらさっさと本屋で攻略本と辞書とその他諸々を買い込んで外に出た、攻略本以外は私の買い物なので私が持つことになった。
てかじゃんけんに負けました。
「……おい月江、お前じゃんけん弱くないか?」
「うるせいやい」
何か哀れみのこもった目で見られた気がするが気にしない、気にしてはいけない。
暫く歩くと電化製品売り場に着いた、そのままゲーム売り場に行こうとすると兄にフードを掴まれて引っ張られてしまった。
「今日はそっちじゃなくてコッチ」
「兄、首絞まってる、あー苦しい〜」
「はいはい」
適当に流されながら割と近い売り場に歩き始める兄、その間もフードは離さなかった。
私は犬か。
「これだ、VRヘルメット」
兄が見つけたのは三年ほど前に開発されたフルダイブ型ヘルメット、インターネットに繋げたりゲームをしたり出来る機械だ。
最近ではパソコンよりも売れ行きが伸びており他にも何か機能が追加されたりしているらしい。
しかしそれ故値段が高い。
この機会単体で五万六千円と言う驚きの値段でちょっと手が出せない値段なのだ。
少なくともうちの家はこんな大金をポンと出せるほどの金持ちではなかったはずだ。
「……兄?」
「懸賞で商品券が当たったんだよ、流石にこの値段では買わん」
「焦った……」
「ただ選ぶならトゥルースリーパー社のにしてくれよ、他の会社のは対象外だから」
兄が財布の中から取り出した十枚の商品券を見ると一枚につき5千円分の価値があった、それでも出す金額は6千円ほど残っている。
まあそれぐらいなら大丈夫だろうと無理やり安心したところでヘルメットを見ると、形は統一されており違うのは色だけのようだ。
「兄は何色なの?」
「俺は白」
「……んじゃあ紺で」
「相変わらず渋いな」
「ほっとけ」
紺色のVRヘルメットの商品札を手に取るとサクサクと購入に進めた。
それなりの契約書やらを書いたりして私の名前でサインをした後一抱えほどある箱を渡された、この中にヘルメットが入っているらしい。
自転車で持って帰っても大丈夫かと聞くと問題ないとのこと、ヘルメットそのものはいざという時にヘルメットとして使える程の耐久力を持っているのでちょっとやそっとじゃ壊れないらしい。
親切設計だね。
念のため軽くビニールで包んで貰って外に出ると私の自転車の台車にヘルメットを積んで家に向けて走り出した。
その帰り道、ふとまだ言わなければいけない事を言っていないことに気がついて声を張り上げた。
「…兄!」
「はぁっ…はぁっ、なんだ!」
「ありがとう!」
「…ッハァ、…ど、どういたしまして‼︎」
遥か後ろの方で息を切らしながら返答をする兄を見てスピードを少し落とすと兄が追いついて来たので顔を見ると無表情だったが微妙にニヤついていた。
それを見た後再び前を見るとあんなに遠いと思っていた家が近くなっていた。
「家に帰ったらまずインターネットに接続だな」
「Wi-Fiって便利」
ーーーーーーーーーーーー
私の自室、兄がVRヘルメットの設定をしている横で説明書を読んでいると大事な事を聞いていないことに気がついた。
「なあ兄、ゲームするけどなんのゲームなん?」
「ああ、《トゥルーロア》っていうオンラインゲームで戦闘スローライフ生産プレイ何でもござれなフルダイブ型ゲームだよ」
「はい?」
割とよく分からない事をまくし立てられて頭がパンクしそうになる。
確かオンラインはインターネットを通じて全国の人達とリアルタイムでゲームが出来る……だったかな?
戦闘はそのまま、スローライフはのんびりした生活、生産は物作りで何でもござれなフルダイブ型ゲーム。
「簡単に言うとほぼ現実と変わらない電脳世界で人間離れした動きが出来るようになるって感じだ、多少ゲーム要素が入ってる程度だからお前でも行けるはずだ」
「あー、それなら行け……る?」
「心配すんな、オンラインだから俺も一緒にプレイできる」
分かりやすく簡単に纏めてくれて少し理解できたところで兄が保護者発言した。
兄はゲームに関しては神がかかってるからその辺は信頼できる、その代わりリアルだと余り頼りにならないが……。
などと考えていると兄が急に立ち上がってこちらに紺色の塊を投げてよこした。
「ほい、出来たぞ」
「ぱっと見ただのヘルメットなんだけどなぁ」
バイクに乗るとき用のフルフェイスヘルメットにしか見えないそれはよく見るとUSBを指す場所も見受けられることからただのヘルメットではないことが分かる。
「んじゃあメット被って始めてくれ、説明書読んだならもう分かるな?」
「大丈夫」
サクッと被って親指を立てると兄は「また後でな」と言いながら部屋を出て行った。
「さて、やりますか」
軽く覚悟を決めてヘルメットの電源を入れて横になる。
すると直ぐに眠気とは違うものが襲って来て意識が遠のいて行く、なんとなく船のようなものを感じてそれに意識を預けて私は眠りについた。
《マスター確認、個人認識IDabc373登録、ゲームを開始します》
意識がぼんやりとする中、突如頭に聞こえたか電子音声と共に頭がはっきりする。
はっきりした瞬間私は空に放り投げられた感覚がして柔らかい地面に着地したような気がした。
《精神体体感プログラム無事作動確認、ようこそ【トゥルーロア】へ》
再び聞こえてきた電子音声に立ち上がって背中を触った、特に痛みもなく無事なようだ。
周りを見渡すと真っ白な部屋のようで床は柔らかい作りになっていた、何事も無いのは恐らくコレのおかげだろう。
などと考えていると再び音声が聞こえてきて急に目の前にマネキンが出現した。
《アバターを作成してください》
その声とともに私の手元にタブレットが出てくる、浮かんでるけど。
そこにアバターのパーツだと思われるものが表示されているので恐らくコレで操作するのだろう。
いくらゲーム音痴でもこういうことは出来る、と言うことでサクサクと作っていく。
性別は元の性別から変えれないようなのでそのまま女性で。
外見は簡単に自分の体に似せて作って顔つきをいじって自分だと分からないようにして髪の毛を肩にすこし掛かるぐらいに長く設定した、ギリギリ括れるぐらいにである。
仕上げに灰色の髪目に設定して名前をツキエと付けた。
そして決定を押す。
《設定完了、ゲームを開始します》
電子音声がそう告げた瞬間にはもう私の目の前は活気のある如何にもゲームの町と言った風景があった。
ふと上を見ると看板があってそこに【チュートリアルと職業選択の町】と書かれていた。
上を見てへー、などと考えていると隣から声が掛かった。
「あなた、この町は初めてかしら?」
「あ、はい」
声の方を見るとそこに居たのは馬を引いたお兄さんがいた、重ねて言おう『お兄さん』である。
お兄さんはその反応を見て満足するように頷くと笑顔でこう言った。
「困った事があれば町の人達に聞けばいいわ、みんな喜んで答えてくれるわよ、お手頃なのは店先にいる人ね」
「あ、ありがとうございます」
「良いのよう、困った時はお互い様よ、それじゃあアタシは行くわね」
「お世話になりました」
そう言ってお兄さんはそのまま馬を引いてどこかに行った。
どうやら困った時は人に聞けという事らしい。
取り敢えず行く当てもないので町に入ると私と似た服を着た人達で賑わっていた。
取り敢えず店の人でも探そうかと辺りを見渡すとそこらの店に張り紙がしてあるのを見つけた。
金具店に貼られている張り紙を見ると『一時的弟子受付中』と書かれていた。
どういうこっちゃと考えているとそこに町の人っぽい人が居たので聞いてみることにする。
「あの、これに書いてある『一時的弟子受付中』ってどういうことなんですか?」
「ああ、弟子入りすると入った職業に就くことができるんだよ、職業はこの先君が進む方向にそれなりに影響を与えるから慎重に選んだほうがいいと思うよ?」
「そうなんですか」
「一応この先でも職業は変えれるから気にしすぎなくてもいいと思うけどね、だけどそうすると新しい事を学び直していかなきゃいけないからあんまりオススメはしないよ」
「ありがとうございました、おかげで大体分かった気がします」
「別にいいよー」
そう言いながら去っていく人を見てこれからの目処が立った、ひとまず職業の種類を見て回ろうと思う。
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「あー、疲れた」
取り敢えず一通り町を見て回って幾つかの職業を見てきた。
ただ数が多すぎて全ての職業を確認したかは分からない、取り敢えず簡単に頭の中で職業にフルイに掛けるしか無さそうだ。
取り敢えず今は落ち着いて座れそうなベンチに座って休憩している。
暫くは何も考えたくねぇとか思いながら空を見ると青くて綺麗だ。
暫くそれに見とれているとふと私に声が掛かった、耳に心地よい落ち着いた声だ。
「お隣座ってもいいですか?」
「あ、どうぞ」
声の主を見ると白い髪の青い布を羽織った初老の女性だった。
女性は私の返事を聞くと滑らかな仕草でベンチに座りふう、と息を漏らして私に声をかけてきた。
「何か、悩みがあるんですか?」
「え?」
「いえ、酷くぼんやりとして居ましたから、少し気になってしまって、私で宜しければ、相談に乗りますよ?」
柔らかに微笑みながら目を見て話す女性に驚きながら取り敢えず言ってみた。
「いえ、職業につこうとしたんですが量が多すぎて悩んでいたんですよ」
「あら、確かにここの職業は多いですからねぇ」
それを聞いてコロコロと笑う女性はどこまでも落ち着いていて耳あたりがいい、落ち着く。
「私が幾つかに絞るのを手伝いましょうか?」
「お願いします」
有難い申し出を受けて頭を下げる、すると女性は幾つかの質問を投げかけてきてその上でこう言った。
「あなたに向いてるのは多分《体術士》ね、その他だと《軽業士》位かしら、オススメは《体術士》よ」
「そうですか?」
「ええ、だってあなた剣や魔法に向いて無さそうだし、弓なんかもしっくり来ないから、それに物作りなんかも一つのジャンルに纏められると伸び無さそうなんだもの」
「《体術士》って確かここから北の方にあった…」
「ええ、それで合ってるわ」
確か体術士の店にはあまり人がいなかった記憶がある、剣士の方や魔術師なんかは結構な人数がいたのに比べると少し寂しい印象がある。
軽業士の方もあまり人が居なかったが私にはマイナーな職業が合っているのだろうか。
「…老人の道楽だと思って聞いてくださいね、私ね、あなたは初めからこれだ!と決められた一本道は合わないと思うの。
剣士は剣しか使えない、魔術師は決まったものしか使えない。
けど体術士はその『体』を使う事がメインなの、そこら辺の石だって武器になるし鍬を持てば立派な農家さんにだってなれる。
手を動かせば動かすほど道は開けていって脚を使えば使うほど進んでいくの、汗を流せば流すほどあなたの努力はきっと報われるわ。
軽業士は報われにくくなる代わりに体が軽くなるの、だから、やっぱり私は《体術士》を進めるわ。
……長くなってごめんなさいねぇ、どうかしら、少しは参考になったでしょうか?」
「少しだなんて、とても参考になりました」
「それは良かった」
そう言って一息つくと二人で町を見て暫く過ごした後私はその場に立ち上がってこう言った。
「お話、ありがとうございました、おかげでこれからの目処が立ちました、体術士になろうと思います」
「いいえ、私も久しぶりに若い人とお話できて楽しかったわ、そうだ、良かったら体術士の所にいるお方に『青の人が宜しく』と伝えてくださる?」
「それぐらいなら喜んで、それでは」
「ええ、あなたのこれからに幸あらん事を」
笑顔で手を振ってくれる女性に深くお辞儀をして北に向けて歩き出した。
そう言えば名前を聞くのを忘れていたと思いながら空を見ると相変わらず綺麗でその青は女性の羽織っていた青い布を連想させた。
などと考えていると体術士の張り紙まで辿り着いた、迷わず張り紙の貼ってあるドアを開けた。
「すみません、体術士になりたいんですけど」
「ん?」
中にいたのは眼鏡をかけた長身で細めの男だった、手元に本があるから多分読書でもして居たのだろう。
「別にいいけど、体術士なんかで良いのかい?僕が言うのもなんだけどあんまりオススメしないよ?」
「大丈夫です、もう決めましたから」
「そう?じゃあ裏庭に行こうか」
そう言って手元の本を置くと私のいるドアとは違うドアを開けて「こっちだよ」と言った。
適当について行くと確かにそこは一軒家の庭ぐらいのスペースがあって一体の案山子が立っている。
ただしボロい、案山子だけじゃなくて全体的に。
「ごめんねボロボロで、もう長い事誰も使ってないから、靴脱いで素足になってね」
「はい」
「僕の名前はシリア、一応体術士のジョブマスターなんて物をやってるよ、取り敢えず柔軟してくれるかな」
「はい、私はツキエです」
「ツキエか、君は長続きするといいなぁ、このジョブすぐ辞める人多いから、関節重点的にほぐしてね」
「はい、ジョブって何ですか?」
「職業の事だよ」
ピロリロリン♩
そう絶え間なく会話をしながら柔軟を続けていると着信音のような電子音が頭に響いた。
「お、電子音鳴った?じゃあ電子端末みたいなの出して、出ろって念じれば出るから」
「はい」
言われた通りにするとキャラクターメイキングと同じようなものが出た、そこ表示されているのは違うが。
《ジョブ《体術士》の会得条件を満たしました、体術士になりますか?YESorNO》
迷わずYesをタップすると《ジョブが体術士に変更されました、ステータスが更新されます》と出た。
「体術士になれた?じゃあほかの説明するよ」
「あ、はい」
ステータス?と考えていると声を掛けられたのでそちらを向くと同じく素足になったシリアが居た、何かテープのようなものを手に持っている。
「これ、皮膚ずれを防ぐテープね、体術だと相手を殴った拍子に皮膚が擦れてそのまま剥ける事もあるから絶対巻くように、主に手と足に巻く靴下と手袋の代わりって思えばいいよ」
「はい」
さらりと恐ろしい事を言うとテープをこちらに投げて寄越した、そしてそれを受け取るとテープから吹き出しが出てこんな情報が見えた。
保護テープ
体術使用に伴う皮膚ずれを防ぐテープ、これ自体に防御力は無いが魔法に対する相性の良さは多少ある。
「それじゃあ適当に巻いて、手は指と手の甲を中心に手首まで巻いて、足は地面についてる所重点的に足首まで」
「はい」
動きを邪魔しない程度に程よい強さで巻いて立ち上がって様子を確かめた、いい感じである。
「はい、じゃあ戦闘の説明ね、基本は気合と根性と感、後は体が考えについて行けるかがポイント」
「……はい」
「で、スキルだけど体術士になったから初級スキルの一つや二つは有るんだけど常時発動型だからまた今度、その時に分からなかったら教えるよ」
割と適当に一番重要なことを流されて次の説明に入っていった、体を動かすことで教えて貰ったの柔軟ぐらいしかない気がする。
いや、それもあんまり教えてもらってないかも。
その後はアイテムボックスの使い方やフレンド登録の仕方、あとステータスの事も教えて貰った。
練習でシリアとフレンド登録するとたまに体術士に関するメールを送ってくれるらしい。
ちなみに私のステータスは次の通り。
ツキエ Level1体術士
HPバー
MPバー
《スキル》
・身体柔軟 体が柔らかくなる。
・基本身体能力 基本的な能力に少し補正が入る。
「取り敢えず今教えれる事は教えたよ、分からないことがあったらまた聴きにおいで、あと靴ね装備する意味なくなったからオシャレ程度に考えてね、靴履いて戦闘すると威力落ちるから気を付けて、さっきのテープはあげるから無くなったらまた僕のとこ来てね」
「あ、はい、ども」
戦闘訓練をしないのに何故シリアは靴を脱いだのか、なんて事は考えないでおく。
多分藪蛇だ。
「入って来たドアを開けたら別の町に繋がってるから驚かないように、町の建物の位置は変わってないから安心して」
「これからお世話になります」
靴を履きながらお礼を言うとシリアも本を手に持ちながら片手でヒラヒラと手を振ってくれた。
短時間で分かったことだが彼は余り口を開かないらしい。
軽く会釈をして外に通じるドアのノブに手を掛けると大事な事を思い出した。
お婆さんとの約束である。
「あの、シリアさん、ここに来る前に青い布を羽織った女性が『青の人が宜しく』って伝えてくれって」
「あの人と会ったのか、運がいいね、あの人は余り人の前に現れないから」
本を読みながらそんな事を言うシリアは再び手を振った、もう行けという事らしい。
ドアの前で頭を下げるとそのままドアを開けて外に出た。
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外は先ほどと変わらない町並みだがその町を歩いている人達が向こうとは違った、平均的に服装が凄くなっている感がする。
そこを歩く人なんて勇者みたいな鎧だしあっちを歩く人なんてローブを着てる。
あそこにいる人なんてフルプレート鎧だし。
そう言えば忘れていたが兄もこちらにいるのだろうか?
暫くキョロキョロと見回してみるが特に見当たらない、少し歩きながら街を回って探す事にする。
そして町をほぼ一周してよく考えたらゲームだと見た目が変わっていることに気がついた、ステータス画面で見れるのだがリアル時間ももう直ぐで晩飯の時間なのでログアウトすることにした。
《ログアウトします》
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「……ふぅ」
ベットからのそりと起き上がると頭からヘルメットを外す、どうやら見覚えのある天井らしい。
暫くボンヤリとしていると一階から母の「ご飯だよー」が聞こえたので降りるとそこには兄が居た。
「おっす、どうだった」
「ジョブ決まって説明終わった」
「遅すぎるわ」
晩飯を食卓に運びながらゲームの話になっていった。
「で、ジョブ何にしたんだ?」
「体術士、兄は?」
「俺は騎士だ、てかまた面倒なの選んだな」
「人数が少なくて始めてすぐにジョブチェンジする人続出だって」
「知ってんのになんでそれを選ぶかな」
苦笑いをする兄を横目にご飯をよそう、苦笑いのささやかな復讐に兄の茶碗には米がぎっしり詰まっている。
ふははは、こういうのは給仕する人間の特権だな。
「んじゃあ明日合流するか、どうせ晩御飯食べたら風呂入って寝るんだろ?」
「あたぼうよ」
飯食って風呂入って寝る、早寝早起きは健康の基本なりけり。
その点兄は徹夜でゲームをしたり朝に寝たりとかなり不規則な生活を送っている、が体は壊していないので文句のつけようがない。
「んじゃオヤスミ」
「おやすみー」
どうせ飯を食い終わってからは顔を合わせないのでご馳走様と就寝の挨拶を済ませて風呂に入った。
髪を乾かしながらふと自分の髪の毛が目に付いた、そう言えばゲームの世界ではもう少し長くて違和感は少しあったがかなりリアルだった。
もし体格も変更していたら違和感は大きくなるんだろうなと思いながら部屋に戻る。
部屋に戻るとベットの上にメットが置いてあった、どうやら晩飯に行く前に片付けをし忘れていたらしい。
それを軽く手にとって少し顔が緩んだ。
「……これからよろしくな」
そう言って軽くメットを撫でるとこっぱずかしくなったのでソレを机に置いて布団に潜り込んだ。
明日はどんな事が待っているのだろう、あのゲームなら私にもきっとできそうな気がする。
そんな事を頭に浮かべているうちに私は眠ってしまった。