命の笄
今、俺とお濃さんは激怒する信長を見つめています
「おいっ犬!誰を切ったか!わかっておるのか!」
顔は冷静であろうとがんばってるんだけど、体が怒りでめっちゃふるえてますがな信長さん
「殿、言い訳はいたしませぬ。ご成敗くだされ」
大きな体を一切動かさず、座り込み頭を前に差し出す犬
声には後悔も感じさせず、逆に清清しい感じすら覚える犬って武士だったのねって、失礼な事を考えていた俺は次の言葉で正気に戻る
「これが原因であろう内蔵助から聞いたわ。奴からもお主を助けてほしいとしつこく言われたわ」
犬の前に信長が投げつけたのは笄であった
「・・・・・・・」
落ちた笄を見つめながら無言を貫く犬
俺は見覚えがあった。犬が女房にしたお松さんが大事にしていた笄、たしか親の形見といってたかな。犬がそれを見せながら
「姫、この笄は某の命よりも大切なものにございます」
「なら兄様は?」
「信長様は某の命よりも大事な方です」
「自分よりも大事な物が二つもあるとどちらか選べと言われたらどうするの?」
「わかりませぬ?犬は馬鹿ですから、その大事な物が目の前にあれば、それを選ぶだけでしょう」
なんともいえない困った顔をしながら、なんともいえない素敵な笑顔を見せる犬に、俺は不器用だなと思ったんだ
「犬!おめぇが切った坊主は、わしの腹違いとはいえ、弟だぞ!それをわかってやったんだよな!」
声が怒りで震えている信長を見ながら俺は思った
あらっまさか捨阿弥?でもな。あいつ横着だったし、偉そうにしてたからな。切られて当たり前じゃ?っと
「もうよい、死ね、犬」
そういいながら、小姓に持たせていた刀の柄を掴み勢い良く抜き出した
あっ終わったわ、犬って思ったらめっちゃ、一心不乱にこちらに走り込んでくる物体が、めっちゃ着物はだけちゃって、色んな物が見えちゃってますが、抱えた赤ちゃん首取れちゃうんじゃないと思わんばかりにブンブンさせながら、背中にからった赤子もやばぁいやばぁい!!!
「おまちくださいぃ~まってぇ~まだ~きらなぁいぃでぇ~!!!」
鬼か夜叉かというような形相で走り込んでくる女性、お松さんだ
「うっ!」
若干怯む信長、すごいっと目を輝かせながら見つめるお濃さん、うん男子と女子の了見の違いを感じちゃった気がするよ
「なんであんたはこんなもんで死のうとするの!!!」
お松さんは笄を足にて一撃で粉砕する
「「「「・・・・・・」」」」
その場にいたお松さん以外全員絶句
でも勇気を振り絞った犬が言葉を発する
「そっそれはお前が命よりも大事だと言った笄ではないか」
顔を上げて、座っていても視線はお松さんとあんまり変わらない犬が呟く
「わたしはお前様が一番大事なのです!!!その大事なお前様の命をこんな笄などの為に使わないでほしいのです」
くりくりとした大きな眼から、とめどなく流れる涙を出しながら話すお松さん
「おまつ、うわぁ~ん!!!」
犬も号泣、お濃さんもらい泣き
刀を振りかぶったままどうしようもない信長
「お兄様 その犬(利家)あたしが飼いならします」
そう信長に告げる俺
「好きにせよ!じゃがその犬、しばらくわしの前には見せるな!!!」
そういいながらその場を去る信長、でもその背中は安堵したような優しいオーラが出てるようだった